(小堺)さあ。
もう麻丘さんがそうですか。
(麻丘)そう。
一緒ですもんね。
一緒です。
ちょっと先輩ですね。
(片岡)そうね。
学年は一つ上になるんですね。
私ね。
60歳。
60です。
もう何か僕は30代20代から存じ上げてるし。
もう10代から僕らファンでした。
そういう方が60になる。
はい。
(片岡)ねえあっという間ですよね。
ホントに自分の中であっという間でしょ?
(片岡)で人ごとですよね。
(麻丘)人ごと人ごと。
ねっ自分が60なったと全然思ってないですからね。
還暦とか言われてもね。
(片岡)生後3カ月ぐらいのつもり。
カワイイのね〜。
(片岡)まだ首が据わってないです。
キューちゃん!
(片岡)「オハヨ!キューちゃん!」まんまですもんね。
ホントそう。
「もうそうですか?」とか言われるといや自分じゃそんなにって。
よく先輩がそうおっしゃってて嘘だ!と思ったけどそうですね自分がなってみると。
さあ今日は田淵君お二人のことを。
(田淵)題して「60秒でわかる60年の歩み」まずは鶴太郎さんからご覧いただきましょう。
どうぞ。
しばらくパッとしない時代を過ごします
しかし『オレたちひょうきん族』で九官鳥のキューちゃんそして近藤真彦マッチの物まねなどで人気に火が付き全国的に人気者に
さらに…
活動の幅を広げます
そして現在は水墨画書道陶芸など芸術家としての顔を持つ。
これが…
素晴らしい。
(麻丘)すてき!すてき!ありがとうございます。
今のお話で…この間他の番組で見せていただいた由緒ある料亭に屏風があってそれにすっとそこに絵を描くのを見てねすごいなと思った。
まさか絵を描くなんて思ってなかったんですよ。
まったく?はい。
「キューちゃん!」のころは?
(片岡)キューちゃんのころなんか全然!絵だとか花だとかそんなのめでるなんて気持ちまったくないですから。
ひたすら遊んで。
女の子と遊ぶことだけ。
酒飲んで遊んでましたから。
夜遊びしてそれが楽しい。
それがもう…。
今はやっぱり季節とか感じたりすごいですか?やはり。
もうやっぱそっちですね。
花見たりとか何かこう果物を見たりとかそういうふうにねえ。
(麻丘)金魚の絵とかね。
(片岡)金魚ちゃんとかね。
すごいすてきな絵がたくさん。
いとおしいなと思うんですね。
そういうものが。
思うんですよね。
変わるもんですね。
すてきですよ。
そういうご趣味というかお仕事にもなってますから。
さあそして。
では続いて麻丘めぐみさんの「60年の歩み」ご覧いただきましょう。
このかわいらしさから…
そして…
さらに…
そしてこのころのヘアスタイル…
しかし…
女優の道へ
そして現在は歌手活動も再開
歌に芝居に精力的に挑む
これが麻丘めぐみの60年です
すごく簡単にご紹介を…。
いえとんでもございません。
それではね60年の歩みのお話を伺いたいと思います。
さあ今日のさいころの目開けてください。
お話を伺っていきたいと思います。
さあそれでは鶴太郎さんからです。
お願いいたします。
どうぞ。
では参ります。
何が出る何が出るかな。
いきましょう。
さあ転がります。
不思議な転がりだ。
これでしょうか?緑ですね。
はい。
「60年の中で自分をホメてあげたい事」よしよし。
はい。
(観客・小堺)よしよし。
褒めてあげたいですか。
はい何でしょうか?それはねやっぱ褒めてあげたいと思うんですよ。
こんなねホントにあの…。
ホントにちっちゃいときからちっちゃくって。
そんでちっちゃいときからこんな顔で。
そんで何にもホントに取りえもなく何にも…。
頭は勉強もできなかったし。
よくぞこの60年付き合ってきて自分がね。
よくぞこうやって生きてこれたなって思います。
でもこう節目節目が色々あってやっぱり大事な方に会ったりとかそういうのは?もうまずやっぱり出会いですね。
やっぱりそうですよね。
もう出会いによって生かしていただいてると思いますね。
私自身はホント何にもないんですよね。
そんなことはないです。
いやホントに。
これはもうホントに声高に言えますね。
もう出会いだけできました。
(麻丘)どうして絵を描こうと…。
何かきっかけあったんですか?
(片岡)これもですね僕まったく絵描いたことないんですよ。
これね前伺った。
すてきな話なんですよ。
えっ何何?まったく絵が上手じゃなくてねそれで38歳のときなんですよ。
38歳のときっていうのはちょっとこう何ていうんでしょうかね仕事にもちょっとこう過渡期というか何となくまあ…さてこれからどうしようかな?これから40になるのにね何か人生のこう私自身の哲学みたいなものが何にも定まらなくて何かこう鬱々としてたんですよね。
そんな朝で。
毎日毎日自信のない朝を迎えてて。
でも取りあえずドラマの仕事とかあるもんですからそれを行くんですけども。
朝…2月なんですよね。
38歳の2月の朝5時なんです。
(麻丘)寒いね。
(片岡)ねっ寒い。
まだ暗いし。
暗いし。
ロケでね何か嫌だなと思いながらもね。
まあ車が来ていつもだったらすぐ乗るんですけど何となくねこう後ろで気配しましてね何かなとふっと見たら赤い花が咲いてたんです。
(麻丘)えっ何?
(片岡)2月の寒い朝でね。
それでこんな寒くて誰も見ていないのにこの花ってりんと咲いてるんですよね。
素晴らしいなと思って。
僕はそのとき心の中ではりんと咲いてる自分じゃないもんでね。
寒くてもどんなことがあっても花っていうのはりんと自分の生を全うしている。
その姿に感動してね。
いや〜そういうふうに生きたいな。
花と初めて対峙ができたんですね。
さっきおっしゃったそんなことに興味なかったのに。
花とか。
なかったのに。
何だこの花は!と。
素晴らしいな!と。
花というのは美しいとか形がいいとかではなくってそういうまっとうできる生き方なんじゃないかと思って初めてそれに感動を覚えて。
その感動を何か表現できないかなと思ったんです。
もし音楽的な才能があればそれをこうメロディーで…。
(麻丘)楽曲にしたりね。
(片岡)伝えることができるけど僕にはそういう才能もないし何がいいんだろうな?と思ったらふっとですね絵だな。
絵だな。
ええーっ!?と思って。
いやそんな俺絵描いたこともないし…。
でも絵だなっていう何かこう魂というか心の声というんでしょうかね。
それに導かれて絵を描いてみようかなと思って描くんですね。
この花の名前も知らなかったんですよ。
夜ロケ終えて帰ってきたらこの花はお隣のおうちのお花だったんですね。
奥さまこのお花カワイイですね何ていうんですか?ったら「ええ〜!?あんたツバキ知らないの?」って顔されて。
(麻丘)ツバキか。
そうだ。
冬だもんね。
あっ!ツバキですか!木偏に「春」ですよね?「そうよ〜。
これねヤブツバキなのよ」「私この一重のね筒咲きが好きでね」初めて聞くんですよ。
全部ね。
「一重の筒咲き」とかね。
「一重の筒咲き」なんて何て言葉の響きがいいんでしょうと思って。
それでツバキに魅せられてツバキによって絵の道に入っていって独学でこう描くんです。
でももともとあったんですよね。
きっと何か。
絶対そうじゃなきゃ描けませんもん。
描けないですよ。
エネルギーみたいなものが。
いやそれでねある番組でうちの家系を調べてもらったらばうちの母親の…私にとって祖父ですね。
じいちゃんが羽子板の絵師だったんです。
(観客)ええーっ!?それでうちの父親方は神田の果物屋のせがれですから。
果物屋だから何にも関係ないなと思ってたらばそれまた番組で調べていただいたらば父親方…まあ私の父親方の祖父もかすりの着物の下絵を描いてた。
(麻丘)ええーっ!?すごい鳥肌立ってきた。
(片岡)だからもう驚いちゃいましてね。
(麻丘)すごい!だから両家のじいさんが絵筆を持ってて。
ですからそれがこういうふうにこう何か知らせて。
(麻丘)描いてほしかったんですね。
(片岡)絵の道をね。
もうDNAですね!
(片岡)何かね。
眠ってたDNAが「絵だよ」って。
かも分かんないですね。
独学だって描けないよ!描けない描けない。
もし下手…。
描けねえや!になっちゃうじゃないですか。
描けたわけでしょ?ツバキを。
いやいや全然描けないんです。
いや…ご自分の範囲で「描けない」とおっしゃるけどすっと何か筆的には描けたんでしょ?どうしたらいいんだろう?じゃなくてすーって。
でもねまったく…要するにツバキに感動して感動が強かったもんで自分の描いてみた絵とギャップが重過ぎるんですよね。
すごくて。
ホントにそのツバキと。
(片岡)ええ。
やっぱ描けないな。
でも今ある美術の評論家に「そこでねだいたい撤退するんだ」と。
「描けないなって諦めるんだけどなぜ鶴太郎さんはそこで諦めなかったの?」って言われたんですけどそんときにホントに鬱々とした日々でしたからやっと絵の道というかねそれがつかめたもんでこれを離しちゃうとまたね…。
またさみしい鬱々とした。
戻りたくなかったんですよ。
だからひたすらこれを握って。
やっぱり僕はホントに不器用で才能ないもんですからボクシングを始めたときも縄跳びも跳べなかったんですよ。
(観客)ええーっ!?ホントにゼロ以下からスタート?ゼロ以下なんです。
でもそれをトレーナーに縄跳びってどうやって跳ぶんですか?ったら「いや鶴さんねこれねコツないんだ」と。
「毎日毎日やるしかないんだ」と言って毎日毎日やってる間にパチパチってやってたのが5日たって1週間たって2週間たって1カ月たってると跳べてる自分がいたんですね。
諦めないでやってると1カ月後に違う自分が存在してそれを鏡で見ながら跳んでたときにホント涙が出そうになりましてね。
はあ〜やってよかったっていう体験があるもんですから絵もおんなじだろうと。
とにかくひたすら描くしかないな。
もう描こうと。
それでしがみついたんです。
はあ〜。
その一重の…筒咲き?
(片岡)…のツバキなんです。
で私にとってはミューズ。
女神です。
でも気配を感じたんでしょ?気配感じたんです。
(麻丘)それがすごいよね。
普通だと見過ごしてて。
だっていっぱい他のお花も草木があるはずでしょ?その赤い花の気配ですかね。
その迫力が。
入ってきたんでしょ?うん。
精霊みたいなものが。
(麻丘)やっぱり上にいらっしゃるおじいちゃまがこう…。
(片岡)かも分かんないですね。
描かせてくださったんですね。
お願いします。
麻丘さんどうぞ。
何が出るかな何が出るか。
こい!あら!一緒の目ですね。
やっぱりこうですか。
同じですよ。
「60年の中で自分をホメてあげたい事」よしよし。
はい。
(観客・小堺)よしよし。
(観客)パート2。
そうですねえ。
はい。
さあ褒めてあげてください。
自分の中でもちっちゃいころからお芝居を子役からやってますんでそういう環境とかみんなでものをつくっていくっていうことが大好きだったもんで。
仕事とはいえ。
だからお芝居をやりたいなとはずっと思っていて。
やっぱりいろんなことがあるとブレるじゃないですか人って。
なかなか。
悩んだり不安になっちゃったり。
不安になったりなかなかうまくいかなくなったりも。
もういいのかな?とかいろんなねっこう…。
あっじゃあもうこのお仕事は無理なんだったら例えばよ再婚しようかとかもうお芝居が無理だったらまたもう一回歌手として頑張んなきゃいけないのかなとか色々普通は揺れるんですけど私ねやっぱり絶対揺れたことが一度もないんですね。
それは素晴らしい。
(麻丘)そこだけはホントに…。
まあ結婚は揺れましたけど。
揺れて駄目になりましたけど。
やっぱりね芝居の気持ちみたいなものはずっとブレなくって。
ちょうど30〜40代もお芝居をやりながらっていうこともあったんですけど芝居をやりたいってエネルギーがすごくたくさんあり過ぎて自分でプロデュース公演をやったり。
小劇場10年ぐらいやったんですけど。
それもやっぱり何か芝居に関わってたいとか何かいい芝居がつくれないかなってことを24時間考えてることがもう楽しくって。
それがまた自分の仕事のモチベーションになっていく。
それをやってるから今やれるっていうことがすごくあって。
だからそこだけはね。
他のことにはブレブレなんですけど。
芝居ってものは揺るがなかったんですね。
芝居っていうことに関してはホントにいまだにブレてない。
100%芝居ってものが好きなんですね。
工程とかつくり上げていくとことか。
だから出てなくてもいいし私がスタッフでやってるときもみんな「何で出ないの?」って。
「何の意味があってやってんの?」とか言われるんですよ。
でもそれは「この作品は私スタッフでいいの」とか。
「この作品は出たい」とかそこでもブレないわけでしょ?うんそう。
だから芝居を全体で照明さんとか音響さんとか自分が演出してるときもそうですけど。
お弁当の手配制作も自分でやりながら…。
だからそういうのが一つの芝居をつくってるっていうその一員であればもううれしいんですよ。
だからやり始めたころは女優の気まぐれだろうみたいにして皆さん「1年ぐらいでやめちゃう」みたいなこと言われたんですけどでも5年ぐらいたったときによく乾電池の稽古場とかヴォードヴィルの稽古場とかお金がないもんですからお借りしてたんですよ。
そしたらあるとき乾電池の楽屋にふらーっと柄本さんがいらっしゃって「5年続けられるっていうのは麻丘さんすごいよそれは」って褒めてくださったときにもう私涙が出ちゃいまして。
やっぱり皆さん苦労してるじゃないですか。
劇団をやっていくってことで。
大変なことですからね。
だからそういう人たちが「ちょっとでも私認めてもらえたんだ」と思ったらすっごいうれしくて。
だからそういう10年間ですけどホントにいろんな劇団の方たちにすごいお世話になって支えてもらってました。
やっぱり柄本明さんとかもう苦労してなさってるから分かるわけですよ。
5年続けるってことが。
(麻丘)B作さんにしても新しい稽古場を一番乗りで貸してもらったりとかして。
「光熱費だけでいいよ」って言ってくださって。
だからそういう何か気持ちが伝わったみたいなとこでホントに。
やっぱりお金ではなくホントに好きなことを一つの所にくっと根を置いて5年10年やるっていうことがやっぱその方の人格というかその方の信用というかそういうことになってきますよね。
それがやっぱ一番強いですよね。
そう。
だから始めるときに私絶対10年はやろうと。
どんなことがあっても歯食いしばって10年はやらないとやっぱり勉強にならないと思ったんですね。
(片岡)すごいですね。
(麻丘)勉強になりました。
やっぱり続けていくことで人を説得するというか。
最初いろんなこと言う人もいますけど。
認めざるを得ないというかもうすごいなと。
(鈴木)
「HYGIA」で洗えば気になる菌から抗菌バリアで守る
(娘)パーン!
実験でもこのとおり
ママーまた守ってね。
はい。
・「予防発想のお洗たく『HYGIA』」
スプレーも
(マミ)お泊り保育〜。
お泊り保育〜。
(西島)
主夫がんばってます
お泊り保育〜。
ほら行くぞ〜。
やだ〜。
やっぱりお泊りしたくな〜い。
お友達待ってるよ。
や〜だ。
「ソフラン」はまず消臭。
ますますアロマ
(お友達)いい香り〜。
(先生)あの〜…。
あっ。
もう帰ります。
・「アロマが香るソフラン」
キャンペーン実施中
(後輩)頭痛ですか?
(松下)うん。
彼女はカラダのことまで考えて選びたかった
でも速く治すから。
(由紀)とにかく速いヤツにして。
決めた。
プレミアム処方の「バファリンプレミアム」
効いた。
前半のお話でも聞いていてお分かりになったようにお二人とも非常に自分に厳しく他人に優しくそういうとこでやってもらいましたがここでまた自分に厳しく命令をしよう。
何を命令するんでしょう?またいい字を片岡さんは…。
すてきですね。
(片岡)悪筆なんですよホントは。
これはね何て読むんですか?これ。
悪質じゃないですか。
悪筆さんっていうんですか。
(中国語の物まね)
(中国語の物まね)さあ…。
またこれ面白いですね。
何ですか?これ。
あのかかしっていうのは要するにスズメだとかカラスとか追い払ってるわけです。
でスズメとかカラスにとっては怖いものですよね。
でも怖い所っていうのは実はそこに宝があるからですよね。
(麻丘・小堺)お〜。
(片岡)宝があるから寄せないようにこうして来るな来るなってスズメだとかカラスにとっては怖く見せてるわけですよね。
だから彼らは来ないんですけど。
だから要するに怖い所には宝がある。
すごいな!何かもう鶴太郎さん。
(片岡)っていうことですよね。
でこれ何て読むんでしたっけ?
(中国語の物まね)だから怖いものこそ入ってけと。
攻めていけば。
ええ。
要するにあそこは怖いよとかそこは駄目だろっていう所をむしろ入ってけ。
これはやっぱりいろんなことを自分の60年の経験してくるとボクシングのトレーニングをやったときもそうなんですけどもまあボクシングってこう打ち合ったりするじゃないですか。
そうするとね普通はこう人間は本能でいうとパンチがこう来たらよけるわけですよね。
怖いから。
それが本能ですよね。
はい。
でもボクシングっていうのはこうパンチが来たらばそのパンチの方に向かっていくんですね。
向かっていくことの方が一番そのパンチを…。
受けないんですか?受けないんですね。
来る方によってこう顔出して顔出しながらこうしてよけるっていうか出していく。
それがむしろよけるとそのまんまバランス悪くなってまたポンポンッて来て打たれて駄目になる。
すごいんだやっぱり。
見るってことですね。
だからカヌーの人なんかもこう激流があるじゃないですか。
激流怖いからそこをねよけるとガラッと持ってかれるんですよね。
激流を必ずなってるとこをバーンって行くとスパーンって。
真ん中行っちゃうの?真ん中行くんですよ。
あっそれ僕勝さんに居合でお話は聞きました。
居合も離れてるから斬られるんです。
そうです。
中入れって。
斬られる宇宙にいるんですって言うんですね。
入っちゃえば斬られないって。
怖いとこ行けっていう。
だから怖い…。
例えば嫌だなあの人…。
例えばね部長だ課長だとか何か「君君」って呼ばれたときにはスッと入ってった方がそれを後回しにしたりとかすると余計に怖くなるからとにかく怖いものとか何か自分がやりたくないなめんどくさいなっていうものの方にわざとスッと入ってってやっちゃった方が全然こんなもんだったのっていうぐらい楽なんですね。
だから先手先手でいくっていう。
もっともっと攻めていけっていう。
なるほど。
今攻めたいとこがあるんですね。
ちょっと怖いけど。
いや〜。
怖いけどもどんどんやっていこうと。
あ〜なるほど。
すごいな〜。
それはそれはプリンセスにささげた高貴で優しいロイヤルローズの香りなのでした
(柴咲)
「アロマリッチダイアナ」誕生
(少女たち)NEW!・「アロマリッチ」
実施中
(役所)「Magica」使用者の9割が「ゴシゴシこすらなくてよくなった」と答えました。
サラサラ落とすと食器洗いはもっとカンタンになる。
・「Magica」カンタンに変わる。
「LION」さあそして麻丘さんでございます。
何てお読みになるんですか?
(麻丘)えーっと…。
(麻丘の中国語の物まね)うまく言えない。
すいません。
さあ…。
あ〜そうか。
だからもう全部。
ご自分でやっちゃうからね。
頑張るから。
下手くそなんですよね。
甘えるとか。
人に何か委ねるっていうことが。
だからさっきの柄本さんの一言でポーッて涙が出たんでしょう。
でもねこれからはねやっぱり60年生きてきてこれからは身もね心もだんだん老いていくわけだからやっぱり一人じゃもう…。
今までもそうですけどもっといろんな人に支えてもらわないと。
みんなでつくるとかね。
いけないわけじゃないですか。
だからできるだけ…。
もう癖がついちゃってる。
自分で何でもやる。
だからそうじゃなくって言われても何か人にお願いをするということを甘えるっていうことを心掛けて甘えさせてもらう。
でそれが最初やっぱりあっ申し訳ないなとか色々悩むんですけどあ〜あんなことお願いしちゃったどうしようかなってもうすぐ考えちゃう方なんで。
でもだいぶちょっと慣れてきてそういうふうにしておくとその人が気にしてくれるのね。
っていうことがこの年になって分かって。
(片岡)あ〜なるほどね。
気に掛けてくださるから。
気に掛けてくださるから…うん。
お二人とも甘え下手じゃないですか?頑張っちゃう方で。
かも分かりませんね。
あんまりね人さまに頼むのもちょっと失礼かなとか何か自分でできるものはやっちゃおうかなと思いますけどホントはやっぱり甘え上手の方がいいんでしょうね。
甘え上手床上手がいいんでしょうね。
(麻丘)え〜!鶴太郎さん何をおっしゃってるんですか?いきなり。
「増えちゃったな〜」「徐々に増やしてくとバレないだろうな〜」「ごめんなさい。
ホンットにごめんなさい」「ホンットにごめんなさい」お待ちしてます!
(恵一)二郎君。
私を支えてくれないか?
(二郎)僕が板金工場の経営に入るってことですか?2015/11/20(金) 12:55〜13:25
関西テレビ1
ライオンのごきげんよう[字][多]
60才のふたりから強く生き抜く人生のヒントが続々と!▽鶴太郎の運命を変えた一輪の花▽もがいていた27才の麻丘めぐみを救った一言▽鶴太郎の名言にスタジオ感動
詳細情報
番組内容
毎回多彩な豪華ゲストを迎え、ゲストが順番に大きなサイコロを振り、出た目に書かれたテーマについて話すトークバラエティ。
出演者
【司会】
小堺一機
【ゲスト】
片岡鶴太郎
麻丘めぐみ
スタッフ
【チーフプロデューサー】
渡辺俊介
【プロデューサー】
渡辺琢
笠井雅旭
【キャスティングプロデューサー】
高橋味楓
【演出】
三宅恵介
【ディレクター】
豊島浩行(月曜日)
笠井雅旭(火曜日)
庄司裕暁(水曜日)
窪田豊(木曜日)
豊島浩行/笠井雅旭(金曜日)
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
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