科学技術立国という言葉を最近、聞かなくなりました。世界一の技術力が日本の生きる道。有為の人材を育てよう、という考えは古いのでしょうか。
米マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏がもし、日本で生まれていたら。そんなことを考えてみました。
ゲイツ氏は一九五五年十月、米・シアトルで生まれ、裕福な家庭の子どもが通う中高一貫校に進学しました。同校は六八年、コンピューター教育に取り組むことを決め、時間貸しでコンピューターを借りました。費用は保護者がバザーを開くなどして集めました。
◆始まりは「三目並べ」
そのコンピューターでゲイツ氏は「三目並べ」という簡単なゲームのプログラムを作って楽しんだといいます。後に共同創業者となるポール・アレン氏も同じ学校でした。二人は高校生になると、ベンチャー企業をつくり、州政府や民間企業のプログラム作りやシステムの運用を引き受けて、コンピューターの利用料金を稼ぎました。日本ではまだ、大学生でもほとんどコンピューターに触ったことがないころのエピソードです。
二人は天才です。でも、環境も大事だと思いませんか。
今年七月、理化学研究所(理研)のスパコン「京」が世界一に輝きました。一人の大学院生の功績でした。若者が一千億円を超えるスパコンを使って世界をあっと言わせたのです。
快挙は「グラフ500」というスパコンのランキングです。京は昨年六月に一位になりましたが、十一月に二位に転落。東工大博士課程の上野晃司さんが開発したアルゴリズム(計算法)で、性能がほぼ二倍に向上しての“カムバック賞”でした。発表は年に二回、行われます。さる十八日の発表でも一位でした。
◆省エネでも世界一に
京の開発に携わった姫野龍太郎・理研情報基盤センター長は「上野さんのような若い人でないと、従来の発想を超えるアイデアは出ません」と言います。
スパコンの世界ランキングは、一種類ではありません。
東日本大震災直後の二〇一一年六月、京は「トップ500」で世界一になりました。同年十一月も一位でしたが、翌年、米国のスパコンに抜かれました。一三年から六回連続で中国国防科学技術大学の「天河2号」がトップです。この十一月、京は四位でした。省エネ性能の良いスパコンを選ぶのは「グリーン500」と呼び、一位は理研の「菖蒲(しょうぶ)」でした。
トップ500はハードウエアのピーク性能の比較に便利で、グラフ500はビッグデータの処理で必要なグラフ解析の性能を競っています。ビッグデータはビジネスの世界ではホットな話題です。
話は変わりますが、最近、スケールの大きな話を聞きました。トヨタ自動車が人工知能技術の研究開発のために米国に設立する新会社のギル・プラット社長です。
「トヨタは毎年、約一千万台の車を販売。十年間では約一億台になります。仮に一台が年間一万キロを走るとすると、合計で年間一兆キロもの実走行データです。世界中のあらゆる条件下で走るトヨタ車から得られる膨大な走行データは、技術の進化を加速させるための重要なキーになり得ます」
ビッグデータの成功例として有名なのが、GEです。ジェット旅客機は世界で約二万機が飛んでいるそうです。GEはエンジンを造っているのですが、エンジンに付けたセンサーから得たデータを利用して、故障の予測や最適な飛行経路と速度を航空会社に提供するサービスを始め、航空会社の経費削減に貢献しています。
ジェットエンジンの数と比べると、プラット社長の目標は桁違いに大きい。これで交通事故が減ったり、燃費が改善されたりするのであれば、ぜひ、実現させてほしいものです。ただ、研究所はシリコンバレーというのは、ちょっと寂しいですね。
今月、行われた行政事業レビューで、京は「約一千百億円の国費を投入して、どんな成果が得られるのかを説明できていない」と批判されました。
◆競争は日米から米中へ
世界のスパコンはどうでしょうか。ニューズウィーク九月八日号は、スパコンは「国威発揚と核実験のシミュレーションに使われている」として「開発競争は日米から米中に移る」と書きました。
第二、第三のビル・ゲイツがもし、日本で生まれたら。スマホで大成するでしょうか。
成果も大事ですが、若い人でも高度な情報通信システムを使える環境を整え、才能を伸ばすことがもっと大切です。世界から有能な人が集まる国が理想です。それが科学技術立国の姿です。
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