2015-11-22
開発途中で退職したエンジニアの責任 東京地判平27.3.26(平26ワ12971)
ソーシャルゲームの開発中に退職した従業員らが,会社から開発頓挫の責任を追及された事例。
事案の概要
Xは,平成26年2月,ソーシャルゲームの開発を目的として設立され,最大20対20の大人数のリアルタイムバトルができるという特徴を有する本件ゲームの開発を行うこととなった。Y1,Y2兄弟は,Xの設立前から,Xのグループ会社の依頼を受け,本件ゲームの開発に関わり,Xが設立された後には,Xの従業員となって,本件ゲームの開発に従事した。
当初は,本件ゲームは同年3月18日までにリリースすることを目標としていたが,これに間に合わず,延期された。
その後,Y1は,同年5月21日付けで,Y2は,同月25日付けでXを退職したところ,Xは,Yらが開発設計仕様書も作成せず,突然の退職によって本件ゲームの開発が頓挫して損害を被ったとして,主位的に不法行為に基づく損害賠償として,予備的に労働契約上の債務不履行に基づく損害賠償として,5400万円の賠償を求めた。
ここで取り上げる争点
Yらは,信義則上,あるいは労働契約上の義務として,開発設計仕様書を作成する義務があったか
裁判所の判断
Xが主張するようにプログラミングを伴うゲームの開発を担当する従業員が退職する場合に,当該ゲームの開発に関する開発設計仕様書が存在しない場合には後任者は開発途中のプログラムを解読するのに時間とコストを要し,開発設計仕様書を作成することによってかかる時間とコストを低減させることができるものと認められる。しかしながら,他方で,開発設計仕様書の作成はゲームの完成に必ずしも必要な書面ではなく,その作成には相当程度手間と時間を要するものであり,開発担当従業員が退職することや開発の一部または全部を後になって外注することが常に想定されているとも言い難いことから,開発設計仕様書を作成するよう明確な指示がなくても,信義則上,又は雇用契約上,当然に作成しなければならない義務があるものとまでは認められない。
裁判所は上記のように述べて,一般論として,指示がないのに仕様書を作る義務まではないとした。
さらに,裁判所は,本件ゲームは,Xが設立されてYらが雇用契約を締結してから約1か月後にリリースすることが予定されていたような開発作業においては,
明確な指示もないのに,信義則上又は雇用契約上,ゲームを完成させるためには必ずしも必要のない開発設計仕様書を上記のような手間と時間をかけて作成すべき義務があったということはできない。
と述べて,義務自体ない,とした。
若干のコメント
ソーシャルゲーム業界では,急激に市場が拡大する中で,優秀なマネージャ,エンジニア,デザイナらを確保することが死活問題だとされています。また,ゲームが売れるかどうかわからない不確実性や,ゲームのリリースまでの資金不足に悩む会社側は,一獲千金をあてにして,労働者にかなり厳しい条件を提示しているというケースもあるようです。さらには,創業者同士の仲違い,仲間割れといったことも起きています。
本件のYらがどのような理由で退職に至ったのか,詳細は不明ですが*1,こうした業界の競争(狂騒)が引き起こした事件であるように思われます。
いずれにせよ,本件におけるXの請求はかなり無理があり,請求棄却は当然だと思われますので,法的意義がある事件ではありませんが,業界の状況をよく示す事例だと感じました。
*1:事実認定の中では,Y1が本件ゲームの開発のためにエンジニアを集めようとして行った行為について,Xから情報漏えいだとする警告がなされたとあり,このことが退職の契機になったとされる。