東北でも指折りの観光名所青森・弘前公園。
観光客のお目当ては弘前城天守。
江戸時代に築かれた国の重要文化財だ。
その天守が今倒壊の危機に瀕していた。
天守の足元石垣が老朽化し放置すれば崩れ落ちる危険な状態にあった。
そこで石垣を改修するため天守を移動させる。
200年以上の歴史を誇る天守の大工事を託された一人の男。
どんな建物も自在に動かす若き匠。
曳家とは500年以上前から受け継がれる土木工法だ。
曳家職人石川。
建物を移動させるいにしえの技で弘前城を守る。
(主題歌)江戸時代に造られた文化財の山門。
総重量1,400トンの校舎。
建物と共に人々の思いも運ぶ。
若き日の大失敗。
調子に乗っていた。
挑むのは400トンの国の宝。
いくよ。
(きしむ音)次々と襲いかかる想定外の事態。
半年間に及ぶビッグプロジェクト。
失敗は許されない。
人生は何が起こるか分からない。
前の日ちょっとした事故に見舞われたという。
(取材者)おはようございます。
おはようございます。
(取材者)あっ石川さん…。
(取材者)歯はどうされたんですか?歯が抜けたからというわけではないが朝食はシンプルだ。
毎朝サプリメントで手早く済ませる。
うんうまい。
山形・米沢市の中心にある石川の会社。
皆さんおはようございます。
(一同)おはようございます。
(石川)毎日大変お疲れさまです。
職人は12人。
曳家専門のこの会社で石川は現場を束ねる工事部長を務める。
曳家とは500年以上前から伝わる伝統の土木工法。
建物を解体し移築するよりも低コストで短期間で移動できる手段として発展してきた。
当時の姿のまま貴重な建物を移動できる唯一の手段として今も重宝される曳家。
かつてはテコを使って人力で動かしていたが今はジャッキ。
古い文化財や震災で傾いた家など傷つける事なく安全に運ぶ。
高齢化で職人が減る中石川は40歳にして国の重要文化財をも任されるエキスパートだ。
今年石川の腕を頼り世紀の大工事が舞い込んだ。
青森県にある国の重要文化財弘前城天守の曳家だ。
この日現場下見に臨んだ。
傾いてますね。
石川の目には傾きがセンチ単位で見えるという。
傾きの原因は江戸時代に造られた石垣のゆがみ。
このままでは天守が崩壊しかねないという。
そこで今回石垣を改修するためおよそ400トンの天守を持ち上げて70メートル先の仮設の台に移動させる。
曳家のエキスパート石川。
工事に挑む前必ず心に誓う信念がある。
歴史があるほどに深まっていく建物への愛着。
曳家は単なる建物の移動だけでは済まされないと石川は言う。
だが現場は想像を超えていた。
200年以上前に建てられた建造物。
設計図は存在しない。
壁や柱の老朽化も著しい。
壁の内部の造りもどうなっているのか記録もない。
怖いな〜。
難工事は必至。
曳家職人石川憲太郎。
一世一代の大仕事が間もなく始まる。
一旦山形に戻った石川。
弘前城の工事本番までにおさめなければならない現場があった。
山形県鶴岡市にある…築130年の国の重要文化財だ。
地盤が悪く建物全体が傾いてきたため1メートル先に動かし基礎工事をやり直す。
一度は解体しての移築が進められたが和洋折衷の趣を少しでも残したいと急きょ曳家する事となった。
ちょっとどうしようかなと思って考えてたとこでした。
ここもまた難しい現場だった。
建物の顔とも言える入り口のアーチに2階部分がのしかかり激しく沈み込んでいた。
曳家の成否は建物全体を水平にできるかどうかで決まる。
今回主要となる柱は43本。
それらを鋼材で固定。
ジャッキの圧力で少しずつ傾きを直しながら水平にする。
だが少しでも圧力をかけ間違えれば建物が壊れてしまう。
曳家職人としての石川のすごみはその眼力。
建物の構造や使われている部材地盤の固さなどからどこにどれだけの力を加えればよいか見切る。
方針が固まった。
とりあえず当たるまで押してやろう。
計測した結果43本の柱の沈み込みは全てバラバラ。
最も難しいとされるアーチ部分は6.5センチ上げなければ水平にならない。
1234…ところがここで新たな問題が立ち上がった。
文化財ゆえの制限だ。
柱脇の壁にボルトを通し鋼材と固定すれば確実に持ち上げられる。
しかし国の重要文化財に傷は一切つけられない。
せ〜の!そこで新たに鋼材を運び入れた石川。
2本の鋼材で柱と壁を挟んで持ち上げようと考えた。
僅かなミスも一切許されない現場。
鋼材で挟んだ柱がずれ落ちる事はないか。
困難に直面した時石川は自らにこう言い聞かせる。
これ単純に…逆に…。
石川が動いた。
目をつけたのは壁が剥がれ落ちた9センチほどの隙間。
ここに板を挟めば鋼材と壁を確実に固定できるのではないか。
急ごしらえで加工した板を何枚も挟み込み密着させていく。
いよいよ建物を持ち上げる。
作業開始直前。
石川はアーチ部分のジャッキを更に2台増やすよう指示した。
設置したジャッキは全部で17台。
それぞれの圧力を変えながらミリ単位で持ち上げていく。
まずは深く沈んでいる部分を持ち上げる。
(石川)10!
(石川)はいストップ!問題のアーチ部分だけがなかなか上がらない。
そこだけ?
(石川)うんここだけ。
他の圧力を弱めアーチ部分に力を集中させる。
全体のゆがみ具合からいけると踏んだ。
(石川)あぁストップ!ストップ!
(作業員)上げま〜す!
(石川)はいよ!
(石川)よ〜しストップ!1時間後建物はねらいどおり水平になった。
そしてこれから移動用のレールに載せるため更に全体を70センチ上げる。
ジャッキの位置を再度確認。
柱や壁を傷つける事なく70センチ持ち上げた。
あとは仮の土台が出来しだい移動させる。
お疲れさまでした。
石川は休む間もなく次の現場に向かった。
ただいま。
おかえり。
Let’seat!
(笑い声)いただきま〜す。
(取材者)今何か月ですか?
(取材者)結構…。
そうですね大きくなってきました。
この日会社の事務所を訪ねると石川さんの師匠秋葉孝さんに出会った。
昔の石川さんの事を聞いた。
ケンちゃんね…ああいたいた。
この人に職人の心得をたたき込まれた。
「曳家は臆病にやれ」。
その言葉の意味を石川さんが本当に理解したのは取り返しのつかない失敗をしたあとだった。
振り返れば両親の離婚がきっかけだったかもしれない。
当時高校生だった石川さんは何もかもが嫌になったという。
夢も希望も見いだせず高校卒業後はアルバイトをしていたスーパーにそのまま就職。
しかし1か月後には先輩とケンカし逃げるように退職した。
ぶらぶらしている時たまたま求人のチラシを見て入ったのが今の会社だった。
15人を超えるベテランの中で唯一の新人。
毎日雑用に追われた。
横目で先輩職人の仕事を見ているうちしだいにある感情が湧き起こってきた。
「俺より仕事が遅い」。
ようやく現場リーダーを任されるようになったのは20代半ばの頃。
ある仕事を託された。
何代も受け継がれてきた会津若松の古い土蔵。
現場を見るなり思った。
「やれる」。
素早くジャッキをセットすると蔵を持ち上げた。
しかし次の瞬間…。
蔵は傾き壁が崩れた。
不安定な地盤にジャッキを設置した初歩的なミスが原因だった。
家主のどなり声が響いた。
臆病なほど時間をかけて作業していた先輩職人たち。
その本当の意味が分かった。
心を入れ替えた。
下準備を徹底した。
建物の構造や強度。
地盤の固さ。
よし。
ジャッキの位置。
圧力。
確認の上に確認を繰り返す。
どんなに時間がかかっても納得できるまでは作業を進めない。
曳家という仕事にのめり込んでいった。
OK!曳家職人になって20年余り。
あの時叱ってくれた先輩にやっと冗談も言えるようになった。
すみません。
7月。
石川が青森・弘前に入った。
これから4か月部下たちと寝食を共にしながら大工事に挑む。
およそ400トンの天守を石垣から切り離し移動させる今回の大工事。
調査の結果天守は最大27センチも沈み込んでいた。
中でもやっかいな場所があった。
入り口の扉部分。
外から湿気が入り込み土台の傷みが特に激しい。
しかも腐った土台には200キロを超えると見られる扉がついていた。
更に難題があった。
中心部分の柱は鋼材で固定し持ち上げる事ができる。
しかし壁に埋め込まれている52本の柱は固定できない。
壁の下は石垣のため鋼材を入れようにも地面を掘る事ができない。
離します。
工事着工の日を迎えた。
200年前に建てられた天守の柱は時間の経過とともに微妙にずれまっすぐに並んでいない。
鋼材が密着するよう板を挟み隙間を埋めていく。
よしいい!OKよし。
よしOK。
問題の壁はどう持ち上げるか。
下さつけるように。
今回石川は自身にとっても初となるある方法を用意していた。
持ち込んだのは壁に直接引っ掛けるカギ状のジャッキ。
地面と壁の隙間にカギ状のジャッキを入れ壁を持ち上げる。
これで最大27センチ上げて天守全体を水平に戻す計画だ。
しかし柱と壁それぞれ別々のジャッキを同時に動かすのは至難の業だ。
ジャッキは柱に27台壁に10台。
そのどれもが僅か数ミリでも想定以上に上がればたちまち壁がゆがみヒビが入ってしまう。
繊細なジャッキアップが求められる今回の現場。
石川自らジャッキを操作する。
まずは柱に圧力をかける。
(作業員)OKですか?いくぞ!
(作業員)伸びてます!間を空けず壁のジャッキにも力を加える。
そのまま…あっ?
(きしむ音)伸びてるけど…伸びてる伸びてる。
伸びてる。
(きしむ音)
(作業員)上がってます!今度は柱と壁で12台のジャッキを同時に上げる。
いくよ!
(きしむ音)どうですか?柱に比べ壁はほとんど上がっていない。
目標は27センチ。
だが石川は3ミリ上げただけでこの日の作業を終えた。
お願いします。
翌日抑え気味にしていた壁のジャッキを少しだけ強めてみる。
(作業員)はいいきま〜す。
(きしむ音)どこまで圧力を加えるか。
あ〜すごいな。
2時間をかけ5センチ持ち上げた。
外もだいぶ上がった。
しかし…。
200キロを超える入り口の扉。
このまま持ち上げると壁自体耐えきれない。
実は弘前城天守の曳家は今回が初めてではない。
およそ100年前にも同様の石垣改修の工事が行われた。
昔の職人は見事曳家をやり遂げた。
果たして自分は…。
この日石川の指示で木材の加工が始まった。
200キロもの扉がある壁。
その壁に突き出ている小さな部材に木片を挟む。
石川の作戦は部材に木材をあててジャッキアップの力で全体を持ち上げようというものだった。
考え抜いた末にたどりついた結論。
だがこれがうまくいかなければ八方塞がり。
やるよみんな。
腕が試される。
いくよ!・はい!スタート!
(きしむ音)
(きしむ音)更に圧を加える。
(きしむ音)はいよ!はいストップ!壁は崩れる事なく確実に持ち上がった。
先が見えた。
(作業員)はいいきます!2日後。
無事27センチのゆがみを直した。
(主題歌)天守を10センチ宙に浮かせる。
地切の作業にかかれ〜!
(子供たち)せ〜の…。
かかれ〜!
(無線)「100です」。
(拍手)天守は2か月かけて70メートル移動した。
いくぞ〜!・オー!
(会場アナウンス)さあ今スタートいたしました。
(きしむ音)
(会場アナウンス)到達いたしました!世紀の大工事が終わった。
(会場アナウンス)さあ見事着座いたしましたね。
200年の重みを支えきった。
根性ですかね。
技術うんぬんではなく本当に精神面だったり強い心そして芯の通った気持ちを持ち続ける事がやっぱりプロフェッショナルじゃないかなと思ってます。
2015/11/21(土) 02:46〜03:36
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「曳家(ひきや)職人・石川憲太郎」[解][字][再]
“城”が動き出す。国の重要文化財に指定されている「弘前城天守」の大移動。半年におよぶ難工事に完全密着。曳家職人・石川憲太郎(40)、一世一代の大仕事に挑む。
詳細情報
番組内容
国の重要文化財「弘前城天守」を移動させる大工事に密着。今回注目を集めているのは、500年以上前から続く土木工法「曳家(ひきや)」だ。一軒家から神社仏閣まで、さまざまな建物をそのまま移動させる。高齢化で職人が減る中、若きエキスパートとして知られるのが石川憲太郎(40)。石川はおよそ400トンの天守を4か月かけて70メートル離れた場所へと移す、百年に一度の大事業に挑む。しかし想定外の事態が襲う。
出演者
【出演】曳家職人…石川憲太郎,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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