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強くてニューサーガ 作者:阿部正行

第六章

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第11話 ミレーナ王女

「カイル様、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
 まるで指先の動き一つまで計算されたかのような優雅な所作、光が零れるかのような悠然とした笑顔、そして全身から溢れる人を惹きつける気品…… 
 直接会うのは半年ぶりだが、その微笑みを間近で見るためだけにいかなる代償を払う者もいるだろうミレーナのジルグスの至宝と呼ばれている美しさは変わらず健在だった。
 だが今のカイルには何の感慨も与えない、何せ朗らかなミレーナとは対照的に、室内は張りつめたかのような緊張感に満ちているのだから。

 翌朝、ミレーナ王女の元を訪れたカイルを迎えたのはミレーナ王女の護衛である近衛騎士達の敵意を通り越した、殺意混じりの視線だった。
 エルドランドとの会談の為に帝都を訪れたミレーナを初めとするジルグス一行は、宮殿にほど近い高級住宅街の一区画を借り切って滞在しており、特にミレーナの為の屋敷は一国の王女に相応しい豪華さで、ここを手配したエルドランドも相当気を使っていたことが解る。

 だがそれもエルドランドの死により状況は一変した。
 帝国内の情勢が不安定になったにもかかわらず、帰国も許可されず閉じ込められた形となったジルグス一行にとって、この場所は半分近く敵地となってしまいその危険度は日に日に高まっていると言える。

 そんな中帝国側からの使者として、ミレーナ王女を訊ねて来たカイルに対し友好的に接しろというのも無理な話だろう。
 武器を預けるのは当然で、会うまでに何度も身体検査をされたカイルが通された応接室は決して狭くない部屋なのだが、ミレーナの他に武装した近衛騎士が十人近くいるとなればかなりの圧迫感を感じる。
 騎士達はカイルの一挙一動を見ており、僅かでも不穏な真似をすればすぐさま斬りかかって来るだろう。

 特にミレーナの傍らに立つ二人の視線がきつかった。
 ミレーナの縁戚で、かつてカイルと共にこの帝都を訪れた近衛騎士第五隊隊長のキルレンと侍女のニノスだ。
 キルレンは主を守らなければならないと言う故の緊張からと解るが、ニノスに関してはどうも個人的な感情によるものが強そうで、カイルを明らかに失望と怒りの目で見ている。

 実に緊張感に満ちた室内で、ただ一人だけ平然としているのは、ミレーナ当人だけだ。

(何でこんな厄介な役目を俺が……)
 カイルは自分の不運さを嘆くが、嘆いたところで何も変わらないと解っているのでほとんど諦めの境地でいた。

「ミレーナ様もお変わりないようで……」
 カイルは内心を隠し努めて平静を装いながら礼儀正しく挨拶をする。

「ご活躍の方は聞いております……まさか、帝国側からの使者としてくるとは思いませんでした」
 ニノスが責めるような、嫌味ともとれる言い方でカイルを軽く睨む。
 この侍女は幼いながらもミレーナ側近であるらしく、その瞳にはよくもミレーナ様の期待を裏切ったな、という怒りがありありと見えた。
 竜殺しという武人としては最高の栄誉を得たカイルの知名度はジルグスでも高まっており、ジルグス国の英雄であってほしかったという思いもあるのだろう。
 カイルは少し意識して咳払いをしたあと弁明をする。

「勘違いしないでいただきたいのですが、私は別に帝国の人間になった訳ではありません。今回はジルグスとガルガンの間に諍いを起こさないようにするために動いているだけで、これは両国の為になると確信しています……」
「まあ、それは何よりです。何度お誘いをしても素気無いお返事しかいただけなかったので本当に残念に思っていましたし。いつか良いお返事を聞かせてくださいね」
 ミレーナが嬉しそうに声を出す。
 特定の国や組織に属さずに影響力を高めたいと言うのがカイルの目的だが、名声が高まるにつれやはり様々な個人や組織から誘いを受けていた。
 特に竜殺しとなってからは、勧誘はあちこちからきており、中には破格の好条件と言っていいのもあったが、それらは全て断っていた。
 そしてミレーナからも幾度か書状や使者による勧誘をうけている。

「申し訳ありません。お誘いは本当に嬉しく光栄なのですが、まだ当分は自分を高めることに集中したいもので」
 決まり文句になりつつある断りの返事をするカイル。

「解りました。でもあまりつれないことを仰らないでくださいね。カイル様には色々な意味で期待しているのですから」
 ジルグスとはこれからも友好的な関係を保っていきたいカイルとしてはこれ以上話がずれないよう本題をきりだすことにする。

「え~……まず帝国としましてはジルグスとの関係悪化は望んでおらず、今回の件でご迷惑をおかけしておりますが、帝国の事情をご理解いただきたいとのことです」
 カイルは自分の役目を果たすべくミレーナに帝国の、そしてカイル自身の要望である何もしないで大人しくしていてくれ、というかなり都合の良いお願いになる。

「ならばことは単純です。早くミレーナ様を帰国させるよう帝国に言ってください。それで全ては解決します」
 斬って捨てるかのようなニノスだが、それは確かに言うとおりだ。
 ジルグス側からすれば不当に留め置かれているのだが、当面の間は帝国内に留まってもらわなければならない。

「まあ、帝国もそれが出来れば苦労しないでしょうけどね」
 不機嫌そのもののニノスと違い、ミレーナは余裕ある態度を崩さない。

「……まさか初めからミレーナ様を害する目的で会談をひらいたのではないだろうな」
 キルレンも厳しい視線と共に、カイルを詰問する。
 だがカイルからしてみれば俺に言われても困る、という状態だ。

「キルレン、言葉が過ぎますよ」
 やんわりとした、しかししっかりと芯のある主の嗜める声に、キルレンは思わず身を小さくする。
「帝国の現状は理解できています。それに少なくともエルドランド殿下はジルグスとは当面は現状維持しつつ、他の問題に全力で当たるつもりだったのは会談の内容からも解っています」
「他の問題?」
「今回の訪問は間もなく即位されるエルドランド殿下への御挨拶もありましたが、会談の議題には対メーラ教に関してもありました。どうやらエルドランド殿下は本格的に、それこそメーラ教を根絶する勢いで対峙するおつもりだったようです」
 またメーラ教か……カイルがうんざりするかのような思いだった。

 カイルと何度も相対しているメーラ教。
 人間だけを偏愛する女神メーラを信仰するメーラ教は人間至上主義を抱え、エルフやドワーフといった他の人族を迫害する邪教として扱われている。
 そのメーラ教の聖下と呼ばれる指導者は何故かカイルを自分達の仲間に、それも中心人物として迎え入れようとしているらしい。
 勧誘してくるだけでなく、英雄になるというカイルの目的を手助けもしているくらいで、その真意はわかっていない。

 帝国は実力主義の国で、認められれば人間以外でも出世ができるのでメーラ教とは決して相容れることはできず、厳しく弾圧しているが、その為に抵抗も大きく帝国ではメーラ教による被害も大きい。
 そして帝国は本格的に対抗するためにジルグスに協力を求め、その為のミレーナの訪問であったらしい。

「ではもしかしたらこの暗殺は……」
「ええ、時期的に言ってメーラ教の可能性がありますね……私もメーラ教に関してはこのままで良いとは思っていませんが強い弾圧は同じくらい反発を呼びます。エルドランド殿下のなさろうとしたことはガルガンらしいと言えますが」
 死んでしまっては意味がない、そう言いたげなミレーナだった。

「話は戻りますが帝国側の事情は理解しております。私が敵国側だとしても帰国させることはありません。ある意味私が居ることによって、帝国は内部を押さえているところもあるでしょうから。特に帝都を包囲されているダルゴフ将軍などは逃がしたくないのは解っております」
 ミレーナは正確に帝国の内情と自分の立ち位置が解っているようだ。
 帝国内の獅子身中の虫とすることでうかつな行動が出来ないであろう勢力も確かにいるだろう。

「ミレーナ様を重石のように扱うだなんて……」
 不機嫌さと怒りを混ぜた声を出すニノス。
 だがこの場でこれ以上カイルに文句を言ったところで意味が無いのは解っているのでそれ以上は何も言わない。

「ただ私も戦争自体は望んでいませんし、何としてでも避けたいと思っています。その為には協力は惜しみません。そうお伝えください」
 ミレーナがはっきりとそう言った。
 これはミレーナからの譲歩と変わらず、現にニノスは明らかに不満そうだし、キルレンも顔が強張っている。

 そしてこれはカイルからしても意外なことで、ここに来た目的は帝国の意思を告げるよりもミレーナに自重してもらうようにお願いするのが大きかったのだ。
 ジルグス国にとってガルガン帝国は目の上の瘤のようなもので、今回はその帝国の力を削ぐのに絶好の機会なのだ。

 ジルグスの立場からすれば積極的に後継者争いの対立を煽り、帝国の力を削ぐよう動くのが当然のはずだ。
 そしてミレーナ王女ならそれぐらいやりかねないと思っており、それを控えてもらうよう説得する必要があると考えていたのだ。

「あら、意外そうな顔ですね。もしかして私がこの機会に帝国内の抗争を煽ったりするとでも思っていましたか?」
 心を見透かされたかのように考えていることを当てられてしまったカイルは慌てて否定をする。

「いえそのようなことは……」
「勿論それは考えておりました。帝国に内戦を起こし出来る限り長期化させる為の計画も立てました。うまくいけば帝国の力を大幅に削ぐことが出来ます」
「ああ、考えてはいたのですね……」
「ですが、実行した場合両国間の亀裂は決定的になるでしょう。そして全ての策が上手く行き、大幅に削った状態でようやくガルガンとジルグスは互角と言うところで……つまり勝ち目が出てしまうのですよ」
 勝ち目が出る、それが問題だとミレーナが軽く頭を横に振る。そんな動きさえもまるで計算されているかのように優雅な所作だ。

「勝てる可能性がある以上国内からも戦争を望む声が上がるでしょう。そうなると私としても抑えきれず全面戦争は避けられません。そうなればジルグスが生き残る可能性は賭けになってしまいます。そのような賭けにはのれません。私が望むのはあくまでジルグスの発展と繁栄で、人族の覇権ではありませんので」
 国家間同士の、それも大国の戦争ともなれば問題は勝敗そのものではなく、勝ち方負け方になる。

 被害のほとんどない完勝から、なんとか勝ったところでも割に合わない辛勝もある。
 また負けるにしても国が滅びる大敗から、少額の賠償金を払えばすむようなほとんど引き分けに近いものまで様々だ。

 そしてジルグスとガルガンが戦争になった場合、どちらかが滅びる可能性が高く、勝った方もその被害は甚大だ。
 つまりミレーナからしてみれば長い目で見ればここで帝国の弱みにつけこむのは得策ではないのだ

「しかし、帝国の目的は人族の統一です。いずれは戦う時が来るのでは?」
 キルレンが厳しい顔で指摘する。避けられないのならばいっその事しかけてはどうかと騎士らしい好戦的意見を出す。

「いえ、現在の戦力比で戦争になった場合、ジルグスが負けるでしょうが帝国とて大打撃を受け、後の支配すらおぼつかなくなるでしょう。帝国もそこまで愚かではありません。つまり現状維持が一番良いのです……それにこのような言い方も何ですが、帝国に対し貸しということにもできますので」
 ここで動かない事により、帝国に恩を売るという狙いもあるようだ。
 勿論これで帝国が本当に感謝する可能性は低いが、後々取引の材料にもなるだろう。

「そして何より帝国が私を本当に害しても利はありませんし、そんな余裕も無い事も理解しています。情勢が落ち着いたら問題なく帰れます」
 自分の身に危険はない、そう確信しているミレーナ。

「国元の方も問題ありません。決して動かないよう厳命しておりますので」
「まさかこの事態を想定していたのですか?」
「全ての事態を想定するのは上に立つ者の義務です。何らかの事情でガルガンから戻れなくなった場合のことは指示しております。そしてちゃんと指示通り動いてくれていますので」
 どうやらこの状態でも外部と連絡を取る方法を有しているらしく、ジルグス国の心配はしていないようでにこりと優雅に、しかし見る者を安心させるかのような自信に満ちた笑みを見せる。
 やはりこの女性は女王に相応しいと改めて思わされるカイルだった。

「そうですか……ありがとうございます」
 ちょっとした格の違いを見せつけられた気分になったが、ミレーナがここまで言ったのだ、戦争になる事は無いだろう。
 懸念が一つ減り安心したのか、カイルは強張っていた身体の力を抜いた。

「ふふ、カイル様に感謝されることではありませんよ……でもその代わりと言っては何ですが是非とも旅の様子をお聞かせ願えませんか? 不便はありませんが退屈しておりましたので」
 ミレーナが堅苦しい話はこれで終わりと告げ、控えていた侍女に命じお茶と菓子の用意をさせる。

「ああ、口にするものは全てジルグスから持ち込んでますので、大丈夫ですよ」
「ははは……」
 引きつった笑いを見せるが、カイルも気が楽になったので雑談に入る。



「まあ、そんなことが。伝わってくる噂とはやはり違うのですね」
 この後カイルは旅の出来事を出来る限り面白く話す。
 退屈していたというのは嘘ではないようで、流石に竜王ゼウルスや魔王ルイーザと会った等は喋れないがその他の旅の話に面白い様に一喜一憂するミレーナの様子は、話しているカイルの方が見ていて楽しいくらいだった。

「ではドラゴンをそのように倒したのですか!」
 キルレンも騎士らしく武辺話には興味があるようで特にドラゴンとの、グルードとの戦いには身を乗り出しかねない勢いで話に食い付いてきた。

「…………」
 ただニノスだけは自分だけは騙されないぞと言わんばかりに厳しい目で見ており、カイルにやりにくさを感じさせている。

「そう言えばマイザー殿下とお会いしたとの事ですが、どのような方なのでしょうか?」
 一通り話が落ち着いた頃、ミレーナが何気ない様子でマイザーのことを聞いてくる。

「これも同じですよ。噂通りでもありますし、全く違う点もありますよ。個人的には話していて楽しいですし頼りになる方です。」
 マイザーに関しては放蕩皇子としての噂が広まっており評判は悪い。だが個人的にも気に入っているカイルは一応のフォローをいれる。

「そうですか。まあどのような方でもジルグスの王子に比べればマシですけどね」
 すさまじく辛辣なことを言うミレーナ。
 ミレーナ暗殺を企んだカレナス王子は、現在廃嫡され軟禁された状態となっており、事情を知っているカイルとしては愛想笑いをしていいかどうかすら判断に迷った。

「ただマイザー殿下は元婚約者ですからどのような方かと思っておりました。会談でエルドランド殿下と共に会えるのを楽しみにしていたのですか」
 ミレーナとマイザーは国同士の密約と言う形で結婚の予定があったが、結局は表に出る事も無く解消となったのだ。

「マイザー殿下の件が無くとも、そろそろ王配についても考えなければならないので」
 王にとって跡継ぎを作るのは最も大事な仕事の一つで、その為にミレーナも結婚を考えなければならない時期に来ている。

「それは大変ですね。一国民として良縁を願っております」
 カイルとしては当たりさわりのない返事をするしかないのだが、これにはミレーナの方が意外そうな顔になる。

「あらそんな他人事のようにおっしゃらないでください。カイル様も王配候補の一人に挙がっているのですから」
「……は?」
 さらりととんでもない事を言うミレーナに対し、カイルは飲みかけていたカップを持ったまま固まり、間の抜けた返事しかできなかった。

「そんな意外な顔をなさらないでください。王配を選ぶ基準は国に利益をもたらす人物ですが、その利益にも様々な形があります」
 カイルとは対照的にさも当たり前のようにミレーナが自分の婚姻についてを語りだす。

 女王の夫、王配の条件として一番優先されるのは国の、そして女王の利益になる人物だが、その利益にも色々な形がある。
 国内の有力者から選び地盤を固めたり、他国から選び同盟国との関係強化、敵対する国との和解の証とするなど様々だ。

 そして国民への人気取りという側面もあり、国民人気に押され選ばれる場合もある。
 そんな中でも国を救った英雄がお姫様と結婚する、ありふれてはいるが、だからこそ王道で大人気の英雄譚だ。

 実際には早々起こることではないが、そんな英雄が現実に現れたらどうだろうか?
 平民から国の頂点にまで駆け上がるのだ、人々は夢を見るだろう、そしてそれは希望にもなる。

 つまり竜殺しの名声を得たカイルは、ぎりぎりではあるが王配の条件に入っているのだ。

「知っていますか? 今マラッドの城下では邪竜に襲われた国の姫を助ける演劇が大好評ですし、それに類する読み本も大流行していますよ」
 流石に本人の名を出すわけにはいかないので架空の国の姫の名となっているが、誰がモデルになっているかは明らかだ。

「私も取り寄せてみましたが中々どうして読み応えがありました。でも、意識を取り戻した瞬間に感極まって抱きついたりはしていないのですがね」
 くすくすと面白そうに笑うミレーナ。

「とにかくその反応を受けまして、国内の支持を高めるという点においてはカイル様の名前も候補に挙がっております。まあ流石に何かもう一押し二押しがないと、現実的な話ではありませんけど……それに順調に行きましてもあと二年か三年くらいかかりますわね。でもそれぐらいでしたら私としましても待てる期間ですので」
 妙に乗り気な様子のミレーナと、更に目を吊り上げてこちらを睨むニノス。
 何やら冷や汗が止まらなくなり、手にしたカップを受け皿に置く際音を立ててしまうが非礼を詫びる余裕もないカイルだった。

「こ、光栄な話ではありますが、急な話ですし……それに分不相応かと」
「あら私の気持ちもあります。女王としての職務でありジルグスの為とはいえ顔もわからず話したことさえない方よりも、身を挺して私を救ってくれた勇敢な殿方のほうがいい、そう感じる心くらいありますわ」
 選択の余地がない時もあれば情勢によっては押し付けられる場合もあるなかで、マシという扱いではあるが選べる場合はまだいいのだ。

「は、はははは……」
 歴史に残るような美姫にこう言われて嬉しくない筈はないのだが、その本性ともいうべき裏の顔を知っており、それにミレーナは知らないだろうが、父親のレモナス王暗殺という負い目もある以上、カイルから引きつった笑みが消えることは無い。

「そう難しく考えず、戯言のひとつとして、心の隅に留め置いてくださればけっこうです」
 冗談めかして話を締めくくったミレーナだが、カイルには忘れずに覚えておけ、そう言われた気がした。

 このあとも雑談は続いたが、カイルは半分以上耳には入らず、誰もが憧れるはずのミレーナの微笑みに微妙な寒気を感じたのは気のせいだと思いたかった。



「あら、すっかり話し込んでしまいましたわね。カイル様もお忙しいでしょうからこれ以上お引き留めは出来ませんね」
 カイルがそろそろ退去しようとした時、こちらの気配を悟ったのか先にミレーナから申し出る。
 こういった配慮の取り方も彼女の武器だろうと、すっかりペースに嵌められてしまったという思いのカイルだ。

 本来ならミレーナのような立場の人間がすることではないが見送りに出る。これだけでもカイルをどれだけ評価しているか解った。

「今日はありがとうございました。私はカイル様やお仲間の皆様を友人と思っております。それはこれからもそれは変わりません。これからもご活躍をお祈りしています」
 館の玄関ホール部分での別れ際に、ミレーナはリーゼ達にも是非遊びに来てください、と別れの挨拶をする。

 カイルももてなしてくれたミレーナに礼を言い辞去しようとしたその時、何やら妙な視線に気づき、何気なくそちらを見た。
 それは少し離れたところにいる、護衛の近衛騎士からの視線だ。
 年の頃はカイルと同じか少し上で、笑顔を見せないような引き締まった顔立ちで、いかにも真面目で堅物そうな女性騎士だ。

 半分敵地であるこの場でのミレーナ王女への来客だ、緊張するのは当然だろうが、カイルを見るその眼が他の騎士とまるで違う。
 キルレンのように警戒心でもなければニノスのような敵意でもない、強いて上げるならば憎悪に近いような視線だ。

 そしてカイルがもっとも引っかかったのはその顔で、どこか見覚えがあったのだ。
 近衛騎士を全員を知っているわけではないし、間違いなく初めて会うのだが、どこかで会ったことがあるようなそんな気になるのだ

 それに気づいたミレーナがそっとキルレンに目配せをすると、その女騎士も含め周りの騎士を遠ざけ人払いをする。
 思わずその後姿を追ってしまったカイルにミレーナが先ほどまでとは違う、どこか沈んだ様子で話しかけてくる。

「カイル様、今の騎士ですが気になられましたか?」
「あ、いえ……何と言いますか」
 確かに気にはなった、だがカイルも何故かは自分で説明できないのだ

「カイル様、その……」
 だがミレーナにしては珍しく口淀んでおり、隣のキルレンもまた同じような表情だ。

「お話しするかどうか迷いましたが……彼女についてはカイル様も知っておいたほうがいいかもしれません。彼女の名はフレデリカ・オルディ……ゼントスの妹です。そして全てを知っています」
 ゼントス、その名を聞いたカイルは電流が走ったかのような衝撃を受ける

 ジルグス国近衛騎士第二隊隊長ゼントス・オルディはカイルが戦い、殺さざるを得なかった。
 その妹で、全てを知っていると言うことは、フレデリカにとって自分が兄の仇であるということだ。
 また一つ心の重しが増えた気分になるカイルだった。
六章第十一話です。

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