金寅植監督は04年末に脳梗塞で倒れた。それ以来、片脚に後遺症が残っている。ハンファの監督を引き受けたが、他の後輩監督たちがためらう中、喜んでWBCの監督になった。「我々は今、偉大な挑戦をしている」「国があるから野球がある」という名言はその時、飛び出した。全韓国人が「金寅植野球」を通じて一つになった。今回も不自由な体を引きずって代表チームの監督を務めた。体の具合を尋ねたところ、「やはりほかの人よりしんどいのはしょうがない。年齢もあるし…。だが、野球の監督は体でやる仕事じゃないだろう? 体よりも見る目と考える頭がなければ。思いや情熱も必要だし…」という答えが返ってきた。
金寅植監督はWBCで韓国野球の威信を知らしめたが、所属チーム・ハンファの成績が振るわず、責任を取って09年を最後に退いた。監督がプロ野球16シーズンで挙げた公式戦の勝利は980勝。1000勝まであと20勝足りない。監督は「1000勝に到達したいという気持ちはあるが、体の不自由な年寄りを受け入れるチームなんてあるだろうか。もうその夢はほぼあきらめている」と言って、話題を切り替えた。
「ここまで来たんだから、もう優勝するしかないだろう? 選手たちもそんな気持ちだよ。私もベストを尽くすだけ。とにかく準決勝戦の前日にヘムルタンを食べて日本に勝ったんだから、きょうもまた食べに行かなきゃね」