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 祖国で学び、同じ若い世代と語り合いたい――。そんな思いで玄界灘を渡った在日韓国人たちが40年前にスパイとして拘束され、死刑判決を受けた。その後に再審で無罪となった青年らが22日、大阪市で民主主義と平和の尊さを考える集いを開く。

 朴正熙(パクチョンヒ)政権下のソウル。1975年12月のある朝、高麗大大学院生だった李哲(イチョル)さん(67)=大阪市生野区=の下宿に数人の男が押し入ってきた。「聞きたいことがある」。李さんはそう言われ、連行された。翌月には、韓国人の女性との結婚式を控えていた。

 「お前は北(朝鮮)のスパイだろ」。情報機関・韓国中央情報部(KCIA)の地下室で連日、拷問を受けた。あまりに苦しく舌をかんで自殺を図った。「調べが終われば出してやる」と言う取調官の言葉を信じてKCIAが描いた筋書き通りに自白したが、結婚相手の女性も連行された。李さんは国家保安法違反などの罪で死刑が確定した。

 熊本の高校の同窓生らを中心に救援活動が広がり、懲役20年に減刑。民主化後の88年に釈放された。13年遅れの結婚式を挙げ、89年に日本へ。約10年前から盧武鉉(ノムヒョン)大統領のもとで軍事独裁政権下の政治事件の真相究明が進んだこともあり、元政治犯に再審の道が開かれた。李さんは今年、ソウル中央地裁と高裁で無罪判決を受け、大法院(最高裁)での確定を待つ。

 韓国で70~80年代、政治犯として拘束された在日出身者は百数十人に及び、心身の後遺症に苦しむ人は少なくないという。李さんは「民主化された韓国が大勢の人々の犠牲の上にあることを伝えたい」と話す。

 康宗憲(カンジョンホン)さん(64)=京都市=はソウル大医学部にいた75年11月に身柄を拘束されて死刑判決を受け、13年間を獄中で過ごした。公判中も拷問をした取調官から傍聴席で監視された。拷問の恐怖から逃れるために自白した苦しみや悔いを克服したいと再審請求し、今年8月に無罪が確定した。

 違憲性が指摘される中での安全保障関連法の成立、沖縄の人々の思いとは裏腹に進む米軍基地問題……。「平和とは何か」「民主主義とは」という課題と向き合う日本で、康さんは自らの体験を伝えていきたいと思っている。22日の集いは午後2時から大阪市浪速区稲荷2丁目の区民センターで。資料代1千円。問い合わせは実行委員会(06・6721・6670)へ。(中野晃)