どんな情報も疑い、取り入れる知識を厳選する
――― 海老原さんの発言は、定説を覆す大胆な指摘でありながら大変説得力があります。そういった 眼識はどこから生まれるのでしょうか? 海老原 僕のスタイルは、本の読み方にしても、データの見方にしても、基本的にイチャモンなんです。つまり、頭から信用せずに、僕が持っている知識や経験と照らし合わせて「それは、ちょっと違うんじゃないか」と疑うんです。例えば、本を読んでいて疑問に思う部分は赤線を引いていきます。僕の見方は違うけど、著者はなぜそう考えたのかな?と、1文1文を乗り越えてから、次に読み進むんです。だから、すごく時間がかかります。新書程度のボリュームでも2~3日、時には一週間かけて読み込んでいくんですね。 また、読む時だけでなく、本を買う時にも時間をかけます。例えば、調べたいことや勉強したいことがあった時、まずウィキペディアなどで調べて、わからない個所に赤線を引きます。ここまでで2~3時間、次に、そのわからない所について書いてある本を本屋で探す。ここで半日。ですから、本を買うまでに1日近くかける。決して、10冊、20冊という買い方はしない。「これは最適だ」と思う1冊を購入するんです。 僕は、乱読とか速読とか、全く興味がありません。たくさんのことを知る必要はないと思うからです。その代わり、取り入れる知識は、必ず自分の栄養になるように、よく咀嚼してから体に入れる。自分の体に、合成着色料や合成甘味料のような毒を入れないために、取り入れる知識の選別にもとても時間をかける。そして、取り入れた知識は必ず使う。これが僕のスタイルなんです。 中高年のキャリアには2つの形がある ――― 最後になりますが、「プロフェッショナルズクラブ」は、中高年の方々が対象のSNSです。 中高年のキャリアについて、お聞かせ下さい。 海老原 日本でキャリアをまっとうするとはどういうことかを考えると、40代以降のホワイトカラー職の方たちについては、「ジェネラリスト」として生きるか、「スペシャリスト」として生きるか、2つの形しかないと思っています。 まず、「ジェネラリスト」についてですが、ホワイトカラー職においては、40歳前後で約半分の方が課長に昇進しているというデータがあります。「課長は何もしないでハンコを押すだけの人」などと揶揄されることがありますが、人事労務に詳しい人間から見ると、大間違いです。10年、20年、その会社にいた人たちは、若手には真似のできない見えない力を発揮している場合が多いんです。 例えば、新規事業を始めたいと相談された時、「マーケッターはあいつがいい」「営業はあいつがいい」とアドバイスできるのは、人事や他の部門に豊富なコネクションを持つ課長だけです。もしくは、若手が新たな営業戦略を持ってきた時、「それは、1回目の営業では顧客が取れるけど、リピーターは集まらないよ」と言えるのは、これまで多くの営業戦略を立案し結果を見てきた課長だけなんですね。 こうした社内コネクションや経験値をもとに、迅速かつ正確な意思決定ができるというのは、社内では大変な価値があります。ジェネラリスト課長の妙味は、こんな社内のコネクションや経験を蓄積した内部昇進者だからこそ生まれるのであって、外部から登用した課長に同様のパフォーマンスを期待することは難しい。逆に言えば、厳しい言い方ですが、「ジェネラリスト」は転職市場では価値がなくなるということになります。 ――― 確かに、「ジェネラリスト」の立場というのは、見方によっては、厳しくなりますね。 では、もう1つの「スペシャリスト」で生きるとはどういうことですか? 海老原 率直に言って、変化の激しい時代の中で、技術力や発想力の「スペシャリスト」としてのピークは、一般的に30代だと思っています。ただし、人事や転職エージェントの現場から見てわかったことですが、少数とは言え、中高年になっても「スペシャリスト」であり続ける方がいます。ジョブホッパー(転職を何度も重ねる一部の人)と呼ばれる方たちです。 日本では35歳を過ぎたら転職するのは難しいのが現状なんですね。20代前半で年間10%程度の転職率が、40代では2~3%まで下がっています。転職が盛んと思われている欧米でも、40代は5~10%です。この熟年転職者が、ジョブホッパーと呼ばれるのですが、ジョブホッパーは確かに「スペシャリスト」ではありますが、別の形のプロに変わることができた方たちなのです。 例えば、経理のプロを自負する方が、ベンチャー企業に転職したとします。そして、経理でものすごい仕組みを作って見事上場を成功させる。そうすると、今度は上場を狙う他のベンチャー企業から引き合いが来るわけです。そして、また転職する。上場を成功させる。これを繰り返し、彼は、経理のプロというより、「上場を考えるベンチャー企業」というステージで、上場請負人として活躍するプロになっていく。 別の形のプロと言ったのは、こういう意味なのです。このように、「スペシャリスト」というプロから、「ステージのプロ」に変われた人は、転職してうまくいっています。 最後に、余談になってしまうかもしれませんが、僕は、団塊の世代の方に、ぜひ聞いて頂きたいことがあるんです。団塊世代は、富も仕事もいいとこ取りの勝ち逃げ世代で、若者には、苦しいものしか残っていないというのが今の論調で、『「若者奴隷」時代』なんて本まで出ています。でも、僕は、客観的に見て、それは違うと思うんです。団塊世代のトップランナーである1947年生まれの方は、40%近くが中卒で働いていて、大学に行けた人はたった15%程度です。この時代は、肉体労働をやる人はいくらでもいたから、中卒で小さな町工場に勤めた人の給料は、すごく安かったし、高卒で大きな会社に入った人も、自分は学歴がなくて苦労したから、せめて子供は大学に・・・っていう人が一杯いる。そういう彼らが勝ち逃げ世代なのかと。「あの頃は夢があって、確立されたレールに乗っていれば、みんなが幸せを掴めた」っていう批判も、本当なのかと。今、短大や専門学校を含めると、高等教育機関への進学率は70%にもなります。派遣労働は賃金が安いと言われているけれど、製造業派遣で日給8000円はもらっている。ニコヨン(日給240円)で働いていた1960年代の肉体労働者と比較して、本当に「昔の方が良かった」と言えるのでしょうか。だから、団塊の世代の方には、もっと声を上げて欲しいです。真実を伝えて欲しい。物事ってコントラストを強くすると、理解しやすくなるのかもしれないけれど、「若者は損、お年寄りは得」とか「小泉改革の賛成、反対」とか、そんな風に集約して考えてしまっては、本当の問題を見誤ってしまうと思うんですね。雇用の問題にしろ何にしろ、1つ1つを疑いながら解を考えるべきだと思っています。 【海老原嗣生(えびはら つぐお)さん プロフィール】 (株)ニッチモ 代表取締役、『HRmics』編集長 (株)リクルートエージェント ソーシャルエグゼクティブ (株)リクルートワークス研究所 特別編集委員 1964年、東京生まれ。上智大学卒業後、大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)に入社。コピーライターとして、最も名誉あるTCC新人賞受賞。その後は、新規事業企画と人事制度設計等に携わった後、リクルートワークス研究所へ出向し、「WORKS」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に(株)ニッチモを立ち上げ、HRコンサルティングを行う他、リクルートエージェント社のフェローとして、同社発行の人事雑誌『HRmics』の編集長を務める。転職エージェント漫画『エンゼルバンク』の主人公 カリスマ転職代理人・海老沢康生のモデルでもある。 主な著書 ・『雇用の常識「本当に見えるウソ」』(プレジデント社) ・『学歴の耐えられない軽さ』(朝日新聞出版) ・『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(プレジデント社) ・『課長になったらクビにはならない 日本型雇用におけるキャリア成功の秘訣』(朝日新聞出版) ・『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書) ・『仕事をしたつもり』(2010年8月発売予定) 株式会社ニッチモ ホームページ http://www.nitchmo.biz/ *プロフィールは、インタビュー公開時(2010年7月)のものです。