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THE NEW GATE 作者:風波しのぎ

『第一巻・終わりと始まり(書籍化該当部分)』

4/47

【4】

 店を出たシンはその足を図書館へと向けていた。依頼は完了していないがもともと無期限なのだ。急ぐ必要もない。というのは建前で、本音はここ数日の自身の行動からこの先じっくり調べられないかもしれないという危機感があるからだ。

「ここか」

 シンがいるのは商業区と居住区の中間地点。商人たちの活気のいい声が時折シンの耳に届く。商業区との隣接地点の中では比較的静かな場所だ。
 そしてシンの目の前にそびえたつのはベイルリヒト王国が管理する図書館、名を王立魔法図書館。
 魔法とついてはいるがそれ以外のジャンルも豊富に取りそろえているらしく、わからないことはとりあえずここで調べる、というのがこの国の常識だとは情報源のツグミの言だ。中には許可がないと読めない本もあるということだが、今回は読める範囲で調べようとシンは思っているので問題ない。

 図書館の中は特にこれといった特徴はなく、受付とテーブルに椅子、あとは大量の本棚がひしめいていた。念のため受付で使い方について説明を受けると、図書館内で読む分には無料だが貸し出しには費用がかかること、貸出日数には限度があること、一度に一人三冊までしか借りられないことなど注意点を要約して教えてくれた。
 貸し出し費用については本の種類と日数で決まるらしい。本をなくせば当然罰金だ。閲覧に許可がいる本は原則、貸出禁止で上級冒険者や宮仕えの士官のようなある程度の身分と信頼がなければ読めないような本もある。貴重な本があるなら泥棒でも入りそうだと思うものだが、館内には警備と思しき兵士が周囲に目を光らせており、防犯用のスキルまで張られているので手を出す輩はいないのだとか。

(レベルⅧの防壁(ウォール)障壁(バリア)か。自信満々なわけだ)

 城壁より強力な結界スキルが使われているのに疑問はあるが、たしかにこれなら早々破られることはないなと感心する。
 説明を受けた後、どの分野の本がどこにあるのかを教えてもらい、図書館内を回って持てるだけの本を取ってきて空いている席に着く。
 まずは歴史だ。やはりデスゲームからの一斉ログアウトと関係があると思われる栄華の落日について調べるのが先決だとシンは考えた。建国からの大きな出来事が記載されている年表があったので早速広げる。

「まずは最近の出来事からか。えーっと、今は建国から511年目か。栄華の落日があったのがだいたい五百年前って言ってたからほとんど建国と同時期だな」

 奇妙な符合に首をかしげながら年表を過去にさかのぼっていく。書かれているのは国王の代替わりや葬儀、戦争、大規模工事に同盟の締結など国政にかかわるものが多い。そして年表の最端、建国の部分を見るが。

「栄華の落日について欠片も書いてないな」

 年表にはただベイルリヒト王国建国とだけ書かれており、それ以前のことは書かれていなかった。

「まぁ年表だしな。他の本なら何か書いてあるだろ」

 気を取り直して他の歴史書を開く。しかし、次に開いた本もその内容のほとんどが建国後のことであり、栄華の落日について詳しく記載されてはいなかった。
 その後もいくつか歴史書を読んでみるが、ことごとくハズレ。唯一それらしきものが書かれていた本もあったが、

「あの日を境に世界は変わってしまった、ってだけじゃな……」

 王が去り、国が消え、世界は変わってしまったと書かれてはいたが、その後の世界がどうなったのかいまいちはっきり書かれていない。どうやら栄華の落日の後、世界中が一時乱世のような状態になったことだけは何とか読みとれたが、栄華の落日でなにがあったのかまでは詳しく記載されていなかった。プレイヤーがログアウト、事実上消失したのだから混乱するなと言うのもおかしな話だが少しくらいは記録があってもいいんじゃないかと思ってしまう。

 書物からハッキリとした情報は得られそうにないなと思いつつも、手がかりくらいはないかと山と持ってきた本から適当に一冊取り出し開く。
 種族についての本だったらしく、簡潔にだがそれぞれの特徴や在り方が載っていた。

 ヒューマン――もっとも数が多く、国も多い。王国を作り、王は国王を名乗る。

 ドラグニル――力と生命力が突出して高く、長命。ヒューマンの姿を取ることもできる。皇国を作り、王は竜王を名乗る。

 ビースト――人の次に数が多く、俊敏で部族ごとに異なる特徴を持つ。部族が寄り集まった連合を作り、長は獣王を名乗る。

 ロード――能力に偏りが少なく、またどの能力も突出するほどではないが総じて高い傾向にある。帝国を作り、王は魔王を名乗る。

 ドワーフ――手先が器用で武具や道具の作成を得意とする。各国に散らばり、組合と言う形式を取りその技術を共有する傾向がある。一番の職人は岩窟王を名乗る。

 ピクシー――種族の中で最も長命であり、魔法のあつかいに優れる。妖精郷という独自の世界を作り、その中で生きる者と外の世界と交流を持つ者に分かれる。王は妖精王を名乗る。

 エルフ――ピクシーに次いで長命であり、魔法だけではなく危機察知能力も高い。森に住み、森とともに生きる。若いエルフは集落の外に出ることも多い。集落は(その)と呼ばれ、長は森王を名乗る。

 このあたりはシンの知っている内容とそれほど違いはない。ドワーフの職人が岩窟王というのに一瞬違和感を覚えたシンだが、ドワーフはもともと洞窟にすんでいたという設定があったなと思いだしそのせいかと納得した。
 エルフやピクシーなら栄華の落日について知っている者がいるかもしれないので、そこの部分はしっかりと記憶しておく。

「さて、次いくか」

 時間の許す限り調べようと決意し、次の本を開くのだった。



 ◆◆◆◆



 シンが図書館で調べ物をしているころ。冒険者ギルドの一室ではバルクスやエルスなどの幹部が顔をそろえていた。
 もちろん議題はスカルフェイスのことだ。宝玉の鑑定を待つ状況だが、報告してきた相手が紹介状もちということもあって情報は正確であるという前提条件のもと手の空いているメンバーがとりあえず集められた。緊急性がそこまで高くないのはすでにスカルフェイスが倒されていること、シンの人柄がバルクスやエルスの報告で多少なりともわかっていることが挙げられる。
 シンという人間を簡単に信用しすぎているようにも思えるが、紹介状持ちが危険人物だったことが一度もないことが報告の信憑性をあげるのに一役買っていた。

「では、臨時会議を始めるとしよう」

 その声に反応し、会議室内の面々が一斉にバルクスへと視線を集める。

「もう耳にしている者もいると思うが、北の森に出現したというスカルフェイス・ジャックが討伐された。討伐者は宝玉のみ回収してきたということで現在宝玉を調査中だ」
「ジャック級を討伐しておいて、剣や鎧を回収しなかったのですか?」

 淡々と告げたバルクスの言葉に怪訝な顔をする面々。真っ先に声をあげたのは王国との連絡役として派遣されてきたばかりのアルディだ。同じ疑問を持っていたのかうんうんとうなずいているのは宝玉の調査を担当している魔導士のアラッド・ロイル。サブマスターであるキリエ・エインと事情を知るエルスは無反応である。

「本人いわく、大したものじゃないのだそうだ」
「大したものじゃない……ですか?」
「そこまで言い切るとは、なかなか景気がよさそうな御仁じゃの」

 納得できないという表情のアルディ。その横でアラッドが髭を撫でつけながらほっほっほと笑っている。
 老境に入ったせいか髪や髭には白いものが目立つアラッドだが、背筋はピンと張っており見た目ほど年を取っているようには見えない。朗らかに笑うさまは好々爺という言葉が似合う。

「紹介状持ちの連中は大概非常識な奴らじゃからな。気にしたら負けじゃよ、お若いの」
「そうなのですか?」
「待て待て。私が言えた義理じゃないが、そこまで非常識ではないぞ」
「ギルドマスターが言うと説得力がないね」

 常識を求めちゃいかんと言うアラッドとそれを信じかけているアルディ。バルクスが横やりを入れるがエルスがバッサリと切りすてる。

「まあ、それはそうと例の宝玉なんじゃがの。詳しいことはまだわからんが、少なくともレベルの話については、どうやら間違いなさそうじゃぞ」
「やはりか。それについては裏付けが取れればそれでいい。問題は他にも同じようなモンスターが発生していないかだ」

 ちょっとしたおふざけだったのだろう、適度に緊張感がほぐれたところでアラッドは真面目に報告した。宝玉調査に関してギルド内でアラッドの右に出る者はいないので、少なくともキング級のレベルを持ったスカルフェイスが出たというのは確定のようだ。

「それについては探索を得意とする職員がすでに調査に出ています。明日には情報がそろうかと」

 冷静な口調でキリエが補足する。バレッタでまとめた黒髪、メガネの奥から覗く茶色い切れ長の瞳。怜悧な美貌も加わって、腰に帯剣してさえいなければバルクスの秘書にしか見えない。

「相変わらずキリエ嬢は仕事が早いのう。ギルドマスターにも見習ってほしいわい」
「うちのサブマスターは優秀なのだよ。ロイ爺」
「バルクス様はもう少し事務仕事に意識を向けたほうがよいかと」
「う゛っ」
「ほんに容赦のないことじゃ」

 バルクスの軽口をキリエの一言が両断する。バルクスは事務能力は別段低いわけではないのだが、キリエとしてはまだ不満があるらしい。

「…………」
「ふむっ、考えていたものと違って驚いたかね」
「いえ、まあ、もう少し緊張感があると思っていたものですから」

 先ほどの三人の掛け合いにあっけにとられていたアルディにアラッドが問いかける。まじめな性格なのだろう。控えめに言うアルディはまだ少し困惑気味だ。

「まあいつものことじゃて。それに今回は会議というよりはちょっとした連絡会のようなものだしの。ほんに緊急事態なら各地区の責任者やらSランク冒険者やらが集まっとるよ」
「やはり今回のスカルフェイスは報告のあった一体だけだと考えているのですね」
「そうじゃ。正直に言えば、あんな化け物がそう何体も出たらたまったものではないというのもあるんじゃが、それ以外にもそう考えさせられるだけのものがあるんじゃよ」

 集まった人数が五人という時点でそこまで緊急ではないということはわかっていたアルディだったが、楽観視しすぎているのではないかという思いがあった。そんなアルディの心の内をよんだのか、本心を吐露しつつアラッドが補足する。

「守護結界ですか」
「さよう。あれがどのようなものかは知っておるか?」
「魔物除けの結界ですね。結界の外からやってくる魔物を寄せ付けないという」
「そのとおり、初代国王が張らせたものじゃの。故に結界内で強力な魔物が生まれたとしてもそう何体も出てはこんのじゃよ。あれには濃度の濃い魔力だまりができるのを防ぐ効果もあるしの。それに警戒をしていないわけではないことはおぬしもわかっておるじゃろ」

 建国時に施されたという術式はいまだベイルリヒト王国を守護している。それゆえに今まで強力な魔物が出現したときも数が多くなることはなかった。
 しかし、いくら結界に守られているといってもそれが万全だなどとは王国もギルドも考えてはいない。スカルフェイスの報を受け、王国では騎士団が万全の態勢で出撃できるよう準備がされており、ギルドの方も討伐報告が来た現在でも冒険者への待機指令はとかれておらず、情報収集に励んでいるのである。

「スカルフェイスの活動が活発になるのは夜だ。アルディ君には万が一に備えて警戒体制を一ランクあげるよう団長の方に連絡してもらいたい」
「承知しました」

 二人の会話の切れ目にバルクスが発言する。先ほどのうろたえ具合が嘘のようだ。アラッドとキリエ、エルスの態度から察すると、いつものことなのだろう。

「私からはこんなところだ。他に何か意見のある者はいるか? いないのなら解散とするが」

 今回はスカルフェイスについての報告が主となっていたのでこれで終わりかとバルクス、キリエ、アラッド、エルスは思った。しかし、アルディが片手をあげて意見がある旨を伝えてきたのでバルクスは一つ頷いてそれを促す。

「今回のスカルフェイスは武装が違ったという情報を得ています。その武装についてこれからの調査で判明したことと、スカルフェイスを討伐した者の情報をできるだけ詳しく知らせていただきたい」
「ふむ、武器に関しては隠すつもりはないが、討伐者については本人の意向もあるので明言はできない。それでもいいなら請け負おう。こちらとしてはなぜそれにこだわるのか気になるのだが、理由を聞いてもいいかね?」
「はい。少々話は変わりますが、王城に剣が飛んできたということは皆様ご存知ですね?」

 当然とばかりに全員が頷き返す。スカルフェイスの騒動がなければ、今頃その噂でもちきりだったはずだ。

「今回出現したスカルフェイスは通常の個体とは違う大剣を装備していたとか。王城に剣が飛んできた日にスカルフェイスが討伐され、しかもそのスカルフェイスは通常の個体とは違う大剣を装備していた。これらを結びつけて考えておられる方がいるのです」

 その場にいたアルディ以外の面々はその発言で何人かの人物を思い浮かべた。

「どのような剣だったのか、聞いてもいいかね」
「口外しないという条件ならば」

 アルディが出した条件にその場にいた全員が頷く。情報の大切さを知らない者はこの場にはいない。

「刀身2メルほどで材質は魔鉄鋼とミスリルの合金、その上光属性の永続付与の魔法がかかっていました。我が国の宝剣と同格か、下手をすればそれ以上の業物です」
『!?』

 語られた内容に一同は驚きを隠せない。ベイルリヒト王国の宝剣と言えば下位とはいえ伝説(レジェンド)級に分類される武器だ。もはや鍛えられる者はほとんどいない国宝級の武器と同格の剣などそうあるものではない。ましてやスカルフェイスが持っていたなどと考える者はいないだろう。

 戦いの最中だったため、鑑定スキルを使わなかったせいでシンは気付いていなかったが、最下級であったが自己再生能力ももっていたためスカルフェイスの持っていた大剣は希少(レア)特殊(ユニーク)よりもランクが高かったのある。

「もしスカルフェイスが持っていたのが本当にあの大剣ならば、高レベルに加え宝剣並みの武器を持っていた相手を倒すほどの実力者と言うことになります。気にするな、と言う方が無理でしょう。それに少々困ったことにもなっておりまして……」
「困ったこと?」

 アルディの語った内容は真実を言い当てていたが、大剣について詳しく知っている者がいなかったため誰も確証を持つには至らなかった。アンデッドが光属性の武器を持つというのはこの世界ではまずあり得ないと言っていいことなのだ。
 実力者が気になるというのは納得できるが、後半の発言が何とも煮え切らないことに疑問を持ったバルクスが問いかける。

「これはしばらくしたらバルクス殿にも知らせが行くかもしれませんし、大々的に発表されるかもしれません。一応それまでは口外しないで頂きたい」
「ふむ、承知した。他の者は席をはずさせるかね?」
「許可は出ていますので、先ほどと同じ条件を守ってくださるのなら構いません。皆さんも知ることになる可能性がありますから」

 バルクス以外の面々は発表されると言うところに疑問を持ってはいたが、とりあえず頷き発言を促した。

「実は……」

 その後、アルディの口から語られた内容に一同は頭を抱えるのだった。



 ◆◆◆◆



「異世界でも焼き鳥は安定したうまさだな」

 図書館で調べ物をして数時間。公共施設の宿命か、夕方というにはいささか日が高い時間で図書館は閉館となった。シンがメニュー画面で確認したところ、時間は4時50分。本当に時間があっているかは分からないが、市役所や郵便局でもあるまいにとシンが思ったのも仕方がないだろう。むしろ終業時間がほぼ同じだったことに驚きである。
 とりあえず南区に戻り、露店でも見て回るかと思ったところで腹の虫が鳴いた。夕食には早かったがたまたま見つけた屋台で焼き鳥がいい感じに焼けているのを見てつい買ってしまったのである。焼き鳥と言っても日本で売られているようなものではなく、30セメルほどの串に豪快に鳥肉が刺さった代物なのだが。

「でもちょっと買いすぎたか」

 苦笑しつつ袋から新しい串を取り出す。買った焼き鳥は四本。夕食前に食べるにはさすがに多いと言わざるを得ない量だ。
 食べながら歩くのは落ち着かないので憩いの場となっている広場の中心にある噴水の縁の部分に腰を下ろし、なんとはなしに道行く人たちに視線をむけながら肉をほおばる。
 スカルフェイス出現の情報が公表されているからか、やはり冒険者の姿が多い。そして、そういった者たち向けの商売をしている露店商もシンが見た中では格段に多い気がした。といってもシンはまだ数日しか過ごしていないのでなんとなくでしかないのだが。
 討伐完了の情報も公表されているが、冒険者たちの様子を見るにまだ警戒しているのだろう。

「………っ…っ」

 街の喧騒を眺め焼き鳥を咀嚼つつ、図書館で調べた内容を頭の中で整理する。今のところわかっていることで特筆すべきものは三つ。

 一つ目は栄華の落日について書かれた書物は見つからなかったこと。
 他に可能性があるとすれば閲覧制限のある場所か禁書の類が保管してある場所だろう。どちらも今のシンでは入ることはできないので一旦置いておく。エルフやドラグニルなどの長命種の集落を訪ねなければならないことは覚悟していたので、忍び込んでまで探す気はまだない。

 二つ目はシンのいる世界のこと。
 本来、THE NEW GATEの世界には大陸が四つ存在しており、三つの大陸がそれぞれ初級者、中級者、上級者向けのエリア。残り一つが一般フィールドに飽きたプレイヤー用のエリアとなっていた。
 当然シンのマップは四つのエリアすべてをほぼ制覇していたのだが、現在でもマップ機能はほとんど死んでいると言っても過言ではなかった。理由は至極簡単で、栄華の落日の後に起こった天変地異によって大陸の形そのものが変化してしまっていたからだ。大陸の移動と大地の隆起現象、これらによっていまでは大陸は五つとなり、小さな島国も多く点在する状態になっていた。一応地図は載っていたが大雑把としか言えない代物だった。栄華の落日に関する資料がないのはこれも原因の一つかもしれない。
 ちなみに現在シンのいる大陸はエルトニア大陸と呼ばれている。

 三つ目はかつて冒険者たちの活動拠点となっていた大都市のことだ。
 各大陸にはプレイヤーの活動拠点となる大都市が二つ、もしくは三つ存在した。武具が充実している都市や商業が活発な都市などそれぞれ特色があり、種族や職業に偏りはあったもののどこも賑わっていた。転生を行うための神殿が大都市にしかなかったというのも人が集まる理由の一つだった。
 それら大都市は現在では『聖地』と呼ばれ、奪還目標とされていた。天変地異の影響を受けずほとんどそのままの姿で存在している大都市だが、栄華の落日以降、各都市は高レベルモンスターの跋扈する魔都と化していたのだ。幾度となく調査団が派遣されたが、最低レベルのモンスターですら500を超える『聖地』に踏み入って帰ってくるものは皆無と言ってよかった。
 なぜか『聖地』の高レベルモンスターは『聖地』の外に出てくることがなく、『聖地』から溢れる魔力によって周囲の土地や植物は変異を起こし、さらに低レベルのモンスターが突発的に大量発生するというのが現状だった。

「さて、どうしたもんか」

 顎に手を当てながら黙考する。地形そのものが変わっているとなれば、ゲーム時の記憶などあてにならない。エルフの園やピクシーの妖精郷など、長命種の集落も記憶とは違う場所にあるだろう。情報収集は難航しそうである。

「ふぅむ…………ん?」

 いっそティエラやエルスにでも聞こうかと考え始めたところで、シンは誰かの視線を感じて顔をあげた。視線を感じる方向にシンが顔を向けると、2メルほど離れた場所から小学校低学年くらいのネコミミ少女がじっとシンの方を見ていた。

「…………」
「…………」
「…………じゅるり」
「っておい……」

 訂正。小学校低学年くらいのネコミミ少女がじっとシンの持つ()を見つめていた。なぜだかとて物欲しそうにしているように見える。

「…………」
「あーっと……」
「…………」
「えーっと……」
「…………」
「…………食うか?」

 じーっと、それはもうじーっと見つめてくる少女にさすがのシンも折れた。なんというか穢れのない(物欲全開のような気がしないでもないが)目で見つめられるとシンの方が悪いことをしているような気になるから不思議である。
 もとより買いすぎたと思っていたのでまあいいかと、食べかけの串を銜えつつ袋から新しい串を取り出して少女の方へ差し出す。
 シンは「食うか?」と聞いたつもりだったが、実際には串を銜えていたせいで「ふうふぁ?」という意味不明な言葉を発していた。
 シンの発音を解読できたのか、ただ単に肉の刺さった串を差し出されたからなのかはさだかではないが、少女はテトテトと小走りにシンに近付きシュバッという擬音がなりそうな勢いで串を受け取るとシンの隣に腰掛けて焼き鳥をほおばり始めた。一口目を口にした瞬間、ネコミミが「シュピンッ!」とたったのにシンは少し驚いた。

「むぐむぐ」
「はむはむ」

 しばらく無言で肉を食べる。それとなくシンが少女に視線を向けると小さな口で一生懸命に肉をほおばる姿が確認できた。微笑ましい気分になるのはなぜだろう。
 だがそれとは別にシンの脳裏に浮浪児や物乞いと言う単語が浮かぶ。が、少女の身だしなみを見るにそういった類ではないと浮かんできた単語を即座に否定する。
 所々繕ってはあるがしっかりとした服を着ているし、痩せ細っているわけでもない。財布を狙ったりといった様子もない。少なくとも帰る家と育ててくれる人はいるのだろうとシンは判断した。

「はふっ、ごちそうさまでした」
「ん、どういたしまして」

 最後の一切れまできれいに食べ終わると、少女はシンに頭を下げた。

「おにいちゃん、いい人」
「そりゃどうも」

 小さく笑いながらシンを見上げる少女。ネコミミからもわかる通りネコ科に類するビーストなのだろう。黄色い髪の先端だけが茶色に染まっているところを見ると虎型(タイプ・タイガー)だろうか。ツグミとの雑談でベイルリヒト王国の人口の三割はビーストだと聞いていたので別段珍しくはない。

「わたし、ミリー。おにいちゃんは?」
「名前か? 俺はシン、ただのシンだ」
「ミリーといっしょ」
「一緒?」
「ミリーも、ただのミリー」
「おおっ、たしかに一緒だな」

 シンはプレイヤー名をそのまま使っているので家名はない。とくに指摘されなかったのでそのままにしていたが何か問題あるだろうかと一瞬考える。だが、それは後でいいかと早々に思考を打ち切った。となりで「おっそろい、おっそろい」と嬉しそうにしているミリーを見て考える気が失せたのだ。

「さて、肉も食い終わったし俺はそろそろ行くがミリーはどうする? 帰るなら送ってくぞ」
「だいじょうぶ。おむかえ、きた」
「ん? ってお迎えってまさか……」

 ミリーの指差した方向。まっすぐに二人の方へ歩いてくる人影にシンは驚きを隠せない。
 その人物もミリーと一緒にいるのがシンだと気付いたのか、少し早足で二人に近付いてきた。

「おう、また会ったな。シン」
「昼飯ぶりだな。ヴィルヘルム」

 声をかけてきたのは野獣のような気配を纏った黒髪の男。そう、ミリーの言うお迎えというのは他でもない。ヴィルヘルム・エイビスだったのである。

「ヴィルにい!」

 トテテーっと駆け寄り、ヴィルヘルムに抱きつくミリー。まさかの展開にシンは驚くばかりだ。

「まさか、ヴィルヘルムの子供……か?」
「んなわけねぇだろ! 孤児院で面倒見てんだよ!」
「孤児院?」
「ああ、そういやお前はまだこの国に来て日が浅かったな」

 ミリーの頭を撫でつつ、ヴィルヘルムが簡単に説明する。それによると西区にある教会が孤児院も兼ねており、何らかの事情で親を亡くした子供たちを保護しているらしい。ミリーもその中の一人なのだとか。

「こいつは昔っから院を抜け出すのがうまくてな。俺がこうして探してたわけだ」
「無断外出かよ。それはちょっと感心できないな」
「う、ごめん、なさい」

 悪いことだという自覚はあったらしく、素直に謝るミリー。なにげにネコミミも「しゅん……」となっている当たりさすがはファンタジーである。

「にしても、こいつがこんなに怖がらねぇのも珍しいな」
「怖がる?」
「今の見てる限りじゃわからねぇだろうが、こいつはけっこうな人見知りでな。初対面の奴にはまず近づこうとはしねぇんだよ」
「そうなのか」

 肉に釣られただけのような、と思いシンが視線をずらすとフルフルと首を左右に振るミリーの姿があった。シンの考えたことを読み取ったのか、なんとなく「いっちゃだめ」と言っているような気がする。あながち間違いではないのかもしれない。

「さて、あまり長居する気もないんでな。ほれ、帰るぞミリー」
「ちょっと、まって」

 そういってシンの方へ駆けてくるミリー。

「どうした?」
「おみみ、かして」
「これでいいか?」

 しゃがんでミリーの口元に耳を近づけるシン。ミリーはシンの耳元で囁くように言葉を発するとシンに近付いたときと同じようにヴィルヘルムの方へと駆けていった。

「ばいばい」

 ヴィルヘルムに手を引かれながら人込みに消えていくミリーを見送るシン。
 ミリーによって告げられた言葉の意味を考えながら、穴熊亭へと歩を進めるのだった。

 穴熊亭に戻った後、夕食ができるまでの空き時間にシンは部屋で休んでいた。
 ベッドに腰掛け、ミリ―が去り際に言った言葉を頭の中で反芻する。

「北の森にいる狐さんを助けてあげて……か」

 ゲームのときならばエリア情報から何を指しているのか判断することもできたのだが、あいにくと地形の変わった今推論をたてるだけの情報があるとは言えない。
 実際に足を運んだことはあるので何も分からないわけではないが、狐などいただろうかと首をかしげるばかりだ。少なくともシンに襲いかかってきたモンスターに狐タイプはいなかった。熊や蛇、犬に類するモンスターがほとんどで偶に飛行タイプが出るくらいだったのだ。
 モンスターが多いせいかほかの野生動物は極端に少なく、見かけたのはせいぜい蛇とネズミくらいだ。モンスターは野生動物が魔力の影響を受けて変異したものが多いので普通の動物も当然いる。それでも狐など見た覚えはない。

「だめだ、わからん」

 わざわざ頼み込むくらいなので普通の狐ではないことくらいは予想がつくシンだが、いくら考えても答えは出ない。だが『助けてあげて』というくらいだ。何か危険が迫っているのかもしれない。とくに北の森ときたらベイルリヒト王国近隣ではなかなかに危険度の高いエリアだ。

 初対面のシンに頼むのは妙な気もしたが、ヴィルヘルムの知り合いだから冒険者だろうと判断したのかもしれない。子供の考えることは得てして理解しずらいものだ、と若干引っかかりを覚えたもののシンは深く考えることはしなかった。

 頼まれたからといって何かしなければならないというわけではない。だが、だからといって何もしないというはなんとなく後味が悪い。ミリーの頼みでもあるし行ってみるかとシンは明日の予定を決定する。ついでにティエラのところに行ってシュニーへの伝言を済ませてしまおうと考えた。

「そうと決まれば……飯だな」

 すでに焼き鳥は消化済み。夕食を食べにシンは階下に降りて行った。



 ◆◆◆◆



 明けて翌日。
 シンは穴熊亭を出ると露店ひしめく大通りを抜け、南門をくぐった。門を出るとシンとは逆に門から国内に入ろうとする人々が長蛇の列を作っていた。どうやら前日の閉門時間に間に合わなかった人々が開門と同時に並んでいるようだ。見たところ妙に商隊が多い。おそらくそのせいで時間がかかっているのだろう。

 そんな人々をしり目にシンは壁伝いに移動する。月の祠は南門と東門の間に位置しており、どちらかと言えば南門寄りだ。しばらく歩くと木々の開けた場所が見えてくる。
 やはり太さが一メルもある大樹が囲んでいる月の祠はそこだけが周囲から切り離されているような印象を受ける。月の祠はもともと四大陸の一つである『アークリッド大陸』の野外エリアに建っていたのでシンたちが生活するこの大地はもとはアークリッド大陸のものなのだろう。

 アークリッド大陸は上級者エリアである『ホウザント大陸』のさらに上のエリアだ。もともと一般エリアである他の三大陸エリアよりも難易度が高いクエストやモンスターが多い。また、初心者や中級者などが受けられるクエストもあり、ちょっと変わったがクエストがしたい、ヘンテコモンスターと戦いたいといったプレイヤーがよく訪れていた。ある意味最もレベルも職業も関係なしにプレイヤーが集まる場所であった。

 人が集まるといっても野外エリアに建っているせいで月の祠に来る客は上級プレイヤーがほとんどで、ごく稀にモンスターに追いかけられたプレイヤーが逃げ込んでくるくらいだった。ちなみに月の祠が建っていたエリアのモンスターレベルの平均値は600前後。最低は200を少し超える程度で最高は言うまでもなく1000だ。過去のことではあるが、何気にボスモンスターの住処の近くに店を構えていたりする。
 ボス戦に挑む前に月の祠でアイテムを補給していくプレイヤーもいた。

「……考えてみれば、アークリッド大陸にいたモンスターとかどうなったんだろ。大陸がくっついたら絶対乗り込んでくるようなのもいたはずだけどな。天変地異で滅んだのか?」

 もしモンスターが設定そのままで存在した場合、まず間違いなくベイルリヒト王国は滅んでいる。なにせ軍隊蟻のような習性を持ったモンスターもいたのだ。各エリアにランダムで出現するそれらのモンスターは軒並みレベルが600を超えており、上級プレイヤーには鬱陶しい、中級プレイヤーには逃げるかやり過ごす、初級プレイヤーにはあったら死に戻りという認識がされていた。パーティー人数が多いほどエンカウント率が上がるので国などという大多数の人が集まる場所が狙われないはずがない。

 とはいえここでいくら考えてもわからないことだ。被害が出ていない以上何かしら対策が取られたか、出現していないか、とにかく理由があるのだろう。そうでもなければ国や街道を作るなどできるはずがないと自身を納得させ、一旦考えるのをやめる。実は月の祠の周り以外は別の大陸の大地でした、などということもあり得るのだ。

 疑問を棚に上げておき、月の祠の前に立つ。数日前に訪れたときは店がまだ存在したことにホッとして気付かなかったが、店の入り口である扉には縦20セメル、横10セメルほどの木札がかけられていた。札には『店主奮闘中』の文字。これは月の祠が普通に営業していることを表している。裏には『店主家出中』の文字。こっちはログインしていないときや素材集めなどで閉店しているときを表している。

 まだこれ使ってたのかと感心しつつ扉を開いて店に入る。シンが店内に一歩踏み出すと「チリーン」と軽やかな鈴の音が響く。誰もいない店内に誰かが入ってくると鳴るようになっているのだ。どうやら今日は騎士団は来ていないらしい。

「いらっしゃいませ! あら、シン」
「よっ、忘れてた伝言しに来た」

 入ってきたのがシンだとわかると、ティエラの表情が微笑から笑顔に変わる。窓から差し込んだ光で元に戻った銀髪がきらりと光った。

「そういえば、そのことすっかり忘れてたわ」

 シンの言葉を聞くと、あ! っという唐突に忘れていたことを思い出したときの表情をするティエラ。さすがに前回の出来事を考えれば忘れているのもしょうがないと言えるだろう。本人からすれば伝言のことなど吹き飛ぶような大事だったのだから。

「それでだ。これに見覚えがあったら会って話がしたいって伝えてほしいんだ」

 そういってシンはアイテムボックスから取り出した物をカウンターに置く。
 それは濃い青色の忍者刀で、鞘と柄にはティエラの見たことのない花が描かれていた。細部までしっかりと描かれたそれは、武器であるはずの忍者刀を芸術品の域にまで高めている。

「…………」
「……ティエラ?」
「……あっ」

 忍者刀をじっと見つめているティエラにシンが声をかける。その声にティエラはハッと我に帰った。

「どうした?」
「ねぇシン。これ……もしかして古代(エンシェント)級の、武器?」

 あり得ないという顔で忍者刀を見るティエラ。まるでまぶしいものを見ているように目を細めている。

「わかるのか? たしかにこいつは古代(エンシェント)級。シュニーの専用武器で名は『蒼月』だ」
「師匠の?」
「ああ、間違ってるかもしれないが、今シュニーは専用武器を使ってないんじゃないか?」
「ええと、そもそも専用武器っていうのがわからないんだけど……」
「わからない?」

 てっきり伝わると思っていたシンは、専用武器という言葉が伝わらないことに驚く。

「専用武器っていうのは設定……あー、特定の人物しか使うことができない武器のことだ。『蒼月』の場合、製作者である俺以外だとシュニーもしくはシュニーの許可した相手しか使うことはできない。預けるからティエラでも触れるようにしてるが、許可のない奴には触れることもできない」

 ゲーム中ではその機能をイベント時の報酬としてもらえるアイテムが強奪されないように付与したり、ギルドの象徴として作った武器に付与するなどされていた。
 認知度はそれなりにあったのだが、専用武器としての機能を付与できるのが最上級クラスの鍛冶師や錬金術師だったのでわざわざ作ろうとする者は少なかった。

「使用者の限定って……そういえば、遺跡から発掘された武器の中には誰も使えないものが出ることがあるって聞いたことがあるわ。もしかしてそれも?」
「たぶん誰かの専用武器だろうな。この分だと見つかった武器もどうにかして使えないか研究してそうだな。専用武器にできるのは伝説(レジェンド)級以上の武器だから基本的に高性能だし。ものによっては使えさえすれば、たぶんレベル1の奴だってテトラグリズリーくらいなら軽く倒せるようになるぜ」
「……何よその理不尽な性能」

 予想をはるかに超える性能にもはやあきれるしかないティエラ。ただ説明を聞いただけならば半信半疑だっただろうが目の前にとてつもない魔力を秘めた忍者刀があっては信じるしかない。
 シンが『蒼月』といった忍者刀はカウンターの上に無造作に置かれている。だが、ただ置かれているだというのに『蒼月』の周囲だけが歪んで見えるような気が、ティエラにはした。戦闘経験がそれほどあるわけではないティエラにすら、それがどれほど強力なものか理解できてしまう。

「でも、たしかにこれを使えればできるでしょうね。私は使いたくないけど」
「へぇ、ちなみに使いたくない理由は?」
「飲み込まれそうだから、かしら」

 ティエラは直感的に理解し、同時に確信していた。これはたしかに使用者に強大な力を与える。だが、それに見合うだけの実力がなければ、使用者を蝕むだろうと。

「飲み込まれそう……か。それは素材のせいかもしれないな」

 ティエラの言葉を聞いて、一番初めにシンの脳裏に浮かんだのはレベルに見合わない武器を装備したときに発生するペナルティのことだった。武器にはそれぞれ使用するために必要なステータス値が設定されており、それに達していない状態で装備するとステータスが低下するのだ。一部の伝説(レジェンド)級と神話(ミソロジー)級、古代(エンシェント)に至っては装備することもできない。
 ただ、飲み込まれそうなどという表現をされるようなことではないと思い、武器の素材をあげてみることにした。

「一体、何を使ってるの?」
「メインはキメラダイトっていう合金。そこに黒死龍の牙、海乱獣の鱗、あとエレメントテイルの涙滴を融合させて作ったものだ。他にもいろいろ必要な素材はあるが主な材料は今言った四つ。推測だが黒死龍の牙か海乱獣の鱗あたりが原因じゃないか? どっちも最高クラスのモンスターだし」
「…………」
「ティエラ?」

 シンの説明を聞いていたティエラだが、片手を額に充て理解しがたいことを聞いたように眉間に皺を寄せている。

「…………いえ、もう驚かないわ。ええ、たとえ、今聞いたのがどれも伝説の中の生き物だとしても……大丈夫。うん、大丈夫よ」
「いや全然大丈夫に見えんて」

 自分の中の常識が崩壊する音を聞いて頭を振るティエラに思わずツッコミをいれるシン。
 相変わらず世界の基準がわかっていないシンだが、今回は輪をかけて常識から外れていた。それもそのはず、ティエラの言った通りシンが口にしたモンスターは現在ではどれも伝説の中に名を残すのみとなった強大な力を持ったものばかりだったからだ。その力は天変地異を引き起こすとまで伝えられているモンスターを素材にしているなどと言われれば、普通は冗談だと思うだろう。しかし、目の前の忍者刀の持つ『格』ともいうべき存在感と、それを取りだしたのがいろいろと常識外れなシンだという事実が冗談などではないと告げている。

「はぁ、シンと話をしてると私の常識が片っ端から粉々にされていくようだわ」
「え、俺のせいか?」
「当然でしょ。何気なく取り出した武器が古代(エンシェント)級とか、ありえないにもほどがあるわよ」
「そう言われてもな。シュニーが俺を覚えてるかどうかはこれにかかってるわけだし」

 シンは『蒼月』へ視線を向けながら言う。シュニーの専用装備であるそれは、オリジンに挑む前にシュニーから預かって(ゲーム風に言うなら回収して)いたもので、これはシュニーだけでなくサポートキャラクター全員に行っている。シンなりのちょっとしたげん担ぎのようなものだ。他のサポートキャラクターの装備もアイテムボックスの中で出番を待っている。

 シン自身がいるときならともかく。伝言でただ会いたいと言って会える状況ではないのはティエラの話を聞けば一目瞭然。シンという名前も絶対に他とかぶらないという確証はないのでこれという品を残しておこうと考えたのだ。

「こんなものを渡されて会わないって言える人も珍しいと思うけどね。でも師匠はそれに当てはまる人だからあながち間違いでもないか」

 シンと同じく『蒼月』に視線を戻しながらティエラは納得したように頷く。
 今までも高価な服や宝石、珍しい品々を送られることはあった。だが、そのほとんどに関心を示さなかった師匠の姿がティエラの脳裏に浮かぶ。ジェイル金貨には及ばなくとも、ジュール白金貨を何十枚とつぎ込んだ品や伝説(レジェンド)級に相当するアイテムにすら大した関心を抱いていなかったのだから、単に珍しい、高価などと言った品では見向きもされないだろうくらいのことは簡単に想像できる。

 今回は見覚えがあったらという伝言なので多少見るくらいはするだろうというのがティエラの予想だ。伝説レジェンド級アイテムをスルーしたことすらあるので、『蒼月』に関心持つかななどと考えているあたりティエラのシュニーに対する評価も少々ずれている。

「覚えがあるって言ったらこいつを使ってくれ。俺がどこにいても連絡がつくはずだ」

 そう言って『蒼月』の隣にシンプルなデザインの便箋とメッセージカードを置く。

「これを使うと連絡が取れるの?」
「一方通行だけどな。こっちにメッセージを書いて送りたい相手の名前を便箋に書く。あとは送信と言えばいい」

 メッセージカードと便箋を指しながら使い方を説明する。ゲームでは誕生日やクリスマスによく使われていたアイテムだ。開いた瞬間煌びやかなエフェクトがなるように仕向けたりする凝ったカードを作る人もいた。
 ゲーム内では普通にメールした方が早いので特定の時期だけ使われるアイテムだったが、この世界ではそもそもメールやフレンド登録といった機能が使えないので実に重宝するアイテムだ。

「こんな便利なアイテムもあるのね」
「使わなすぎて、盛大に余ってるけどな」

 メッセージカードと便箋に限らずクエストやイベントの報酬で貰っても滅多に使わないアイテムというのはことのほか多く、シンのアイテムボックスの中にはこういった『ゲーム』ではたいして役に立たないが『現実』では意外と役に立つアイテムがけっこう眠っていたりする。

「これが普及したら、すごいことになると思うけど」
「だろうな」

 相手がどこにいても届くなどティエラから見れば技術革命にも等しい。だが、そんなアイテムを持つシンはティエラの言葉の裏に込められた、広めないの? という疑問をスルーした。
 歴史に詳しくなくとも優れた技術や便利な技術が必ずしも発案者や開発者の意図したとおりに使われるとは限らないことなど、とうに知っている。人の歴史を紐解けばそれこそ枚挙にいとまがない。あいにくとシンは技術革命など起こす気もなければ興味もない。そもそも今回のアイテムはTHE NEW GATEにもともと存在した物なのだ。その内誰かが発明するだろという考えもある。

「……ねぇ。思ったんだけどわざわざ伝言頼まなくても、これで直接師匠に連絡を取ればいいんじゃない?」

 メッセージカードを片手にティエラはふと思いついたことを口にする。

「それができればな。これは直接会ったことがある奴にしか送れないんだが、なぜか会ったことがあるはずのシュニーには送れなかったんだ」

 そう、直接送ればいいという案はシンも思い付いてはいたのだ。しかし、なぜかメッセージは送られず、シュニーと連絡を取ることはできなかった。そもそもなぜメールが使えないのにメッセージカードが使えるのかという謎もある。

 カードに不備があるんじゃない? というティエラに実際に外に出てメッセージを送って見せる。突然目の前に現れた便箋に驚くティエラだが、少なくともアイテムに不備があるわけではないということは納得したようだ。

(リストが初期化されてるっぽいんだよな)

 送れない理由はこれだろうとシンはあたりをつけていた。メッセージカードの説明欄には『冒険で出会った人たちにあなたの気持ちを届けよう』という一文がある。この世界で会ったことがない人物には例えゲーム時代に会ったことがあってもメッセージを送れないのだろうとシンは考えた。

「ねぇねぇ、これ余ってるならもう何枚かもらってもいい?」
「別にかまわないが、これを知らない奴にはあまり使わない方がいいと思うぞ」
「使うんじゃなくて、研究したいのよ。私これでも魔導士を目指してるからこういう珍しいマジックアイテムを見ると仕組みが知りたくなるの」

 事実、メッセージカードを使ったあたりからティエラは楽しい玩具を見つけた子供のように目をキラキラさせていた。

「まあ、そういうことならいいか。じゃあもう五枚渡しとく。シュニーからの返事分も含んでるから全部は使うなよ? あとこれだけ渡すんだから伝言代はサービスということでよろしく」
「わかってるわよ。それに無闇に使う気もないから安心して。下手に誰かに使ったら騒ぎになっちゃうもの。あとこっちもただで提供してもらう気はないから。とりあえず伝言の代金は無料でいいわ。残りは期待してなさい」

 アイテムが余っているからといって無料配布というのはどうかと思ったので、伝言代くらいサービスしてくれないかという考えのもと、ものは試しと提案してみるシン。結果は代金無料に加え何やら特典が付いてくるようだ。やっぱり貴重なんだなと再確認し、人目に付くところでの使用は避けようとシンは脳内メモに書き足した。

 ティエラの方は何から試そうかしら、と早くも構想を練りだしていた。研究が好きなら錬金術師を目指した方がいいんじゃないかと思ったシンだが、別段魔導士が研究をしてはいけないわけではないのでわざわざ口を出すことはしなかった。実際、職業:魔導士、副職:錬金術師というプレイヤーは少なくなかったからだ。

「じゃあ、俺はこれで。シュニーによろしくな」
「任せて。師匠が帰ってきたら最初に見てもらうから」

 軽く挨拶を交わしてシンは月の祠をあとした。

 私がメッセージカード送ればすぐに連絡つくじゃない! とティエラが気づくのはシンが去ってしばらくしてからのことである。



 ◆◆◆◆



 月の祠をでたシンはそのまま一直線に北の森を目指した。スカルフェイスのことを調べに来たギルドの関係者と遭遇するのは面倒なので周囲に人がいないことを確認しながら進む。

 あてがあるわけではないので進む方向は勘頼みだ。ただ、なんとなく森の奥が怪しい気がしたのでとりあえず森の奥を目指す。さすがにスカルフェイスのいた場所に向かうと調査員との遭遇は避けられないと思ったので、スカルフェイスのいた場所と反対の方向へ進む。以前来た時には散策しなかった方向だ。

 スカルフェイスのいた場所は北の森の南東。シンは森の奥を目指しつつ東から西へ進路を取っているので、進む方向は北の森の中心部分に近くなる。進めば進むほど木々が生い茂り、日の光をさえぎっている。東の森とは比べ物にならない、夜のような暗さだ。木々の高さ自体が東の森よりも高く、暗く鬱蒼とした雰囲気は人が奥に進むことを拒んでいるようにすら感じられる。

 事実、シンは森の奥に近づくほど進んではならないという考えが自身の頭の中に浮かんでくることを自覚していた。勘や予知の類ではない。もっと明確な、意識に働きかける何かがこの場にはある。

(これが、そうなのか?)

 確信はないが、シンには進めば進むほど強くなる感覚にはこちらを害しようとする意思がほとんど感じられなかった。何かを守る結界の類かと予想をたてる。
 結界などなんのそのと森をずんずん進むシン。なんでもないように進んでいるが、実際はまともな人間なら近づくだけで忌避感が出るくらいの強力な結界で多少腕に自信がある程度の者ではそもそも意識することすらできないほどだ。ある意味強力な幻惑魔法ともいえるので、ここにいるのがシンでなければ害意がないとは言い切れない代物でもある。だが、精神干渉系に対しては特に力を入れて強化していたシンにとっては結界の効果などあってないようなもの。むしろ『この先に何かありますよ!』と知らせているようなものだった。

 暗い森を感覚が強くなる方向へ向かって周囲を警戒しながら早足で歩くシン。結界の効果ゆえかモンスターの姿もない。
 しばらく歩き続け、一際大きな樹の横を通った瞬間、目の前の暗闇が取り払われ柔らかい光がシンに優しく降り注ぐ。
 開けた視界の先にはその部分だけ丸く切り取ったかのように地面がむき出しになった空間が広がっている。そして、そこには鮮やかな朱色の鳥居とこぢんまりとした神社が建っていた。

「ここが結界の中心か」

 森の中に唐突に出現した空間に足を踏み入れた時から精神干渉を受けている感覚がなくなっていたので、結界を抜けたのだろうと推測する。さすがに神社があるとは思わなかったが。

「ん~? ……この神社、どこかで見たような」

 以前、どこかで見た覚えがある気がして首をひねる。ゲーム時は和風建築も珍しくはなかったが、神社を建てるようなモノ好きはあまりいなかった。すぐに思い出せると思ったのだが、あと一歩と言うところでどうしても思い出せない。

「とりあえず、入るか」

 一人でうんうん唸っているのも馬鹿らしいのでさっそく鳥居をくぐって神社の敷地内に入る。
 鳥居から伸びる参道がまっすぐに本殿まで続いている。建物は鳥居と本殿のみで、神社に付き物の狛犬や手水舎、賽銭箱が置いてある弊殿などの施設は一つもない。ただ鳥居から本殿に進んで終わりである。

「空気が変わったか?」

 しかし、たとえ建物が本殿だけであろうともここが神聖な場所であることを知らしめるように、鳥居をくぐった瞬間からシンの身を取り巻く空気が一変していた。
 森の中であることを忘れるほどの清々しい風がシンの頬を撫でる。さまざまな生き物の匂いが混じり合う森の中を通ってきたシンにはそれが一層強く感じられた。
 ここが特別な場所だということを否応なく自覚させられる。

 神社の敷地内は特に荒れていることもなく、しっかりと管理されているように思えた。
 参道を通って本殿に近付いていく。本殿は床が高く張られており、装飾も少ない。一般的な神社しか知らない者から見れば違和感を感じるだろう。

 シンが本殿にたどりつく一瞬前、ピシリという音が耳に届く。

「なんだ?」

 なにか、ガラスにひびが入った時のような音だ。考えられるのは結界にひびが入った可能性。
 あまりいい予感はしない。

 俺のせいか? とあたりを見回してみるが特に変わったところはない。空気は変わらず澄んでいるし、神聖な雰囲気も薄れていない。そもそもシンは何もしていない。
 強いて言うなら、本殿の扉が僅かに開いていることくらいだ。シンがそれに気付いたのは音がしてからなので元から開いていたのか、音と共に開いたのかはわからない。

「開いてるな……」

 なんだか開けろ言っているかのような開き方だ。中を覗けるほどの隙間はないが、無視できるほど閉まっているわけでもない。一度気になってしまうと意識をそらすのが実に難しい。

「……開けてみるか」

 あまりほめられたことではないなと思いつつ、シンが本殿の扉を開くと薄暗かった室内が外からの光を受けてその全容をあらわにする。

 最初に目に入ったのは床に書かれた文字だ。梵字のような文字が模様を描くように書かれている。複数の円を一際大きな円が包んでおり、その様はまるで魔法陣のようだ。

 そして、その中心。大小さまざまな円の中央に身を横たえる影が一つ。

「……狐?」

 光をその身に浴びながらぐったりと床に身を伏せているのは、銀色の毛並みを持つ子狐であった。

「って、呑気に見てる場合じゃないか」

 トラップがないことを確認するとシンは子狐に駆け寄る。目に見える外傷こそないものの、子狐のHPゲージはレッドゾーンの半ばを過ぎていた。その上、【毒・Ⅹ(ポイズン・テン)】【呪い・Ⅹ(カース・テン)】の状態異常までかかっている。普通ならこの状態で放置されれば体力が尽きるのはもはや時間の問題だろう。

「こいつかどうかはわからんが、まあいいだろ」

 こんな場所にいる以上唯の狐でないことは確かなので、間違っていたらその時はその時! とシンはメニュー画面からアイテムボックスを開く。ズラリと並んだアイテムの一覧から万能回復薬エリクサーを選択しアイテムカードではなくじかにアイテムとして取り出す。HP、MP、一部を除いた状態異常、部位欠損まで全回復させる金色の液体が詰まった瓶の蓋を親指ではじき、子狐の口元にあてがおうとしたところで、ガシャン! という大量のガラスを一度に砕いたような派手な音が連続してシンの耳に届く。

「今度はなんだ!?」

 シンはとっさに【気配察知】を発動させ周囲の状況を探る。【気配察知】はモンスターのみを発見する【索敵(サーチ)】と違い、感知範囲内すべてのモンスターおよびプレイヤーの位置や数を知ることができる。感知範囲が【索敵(サーチ)】より狭いのが欠点だが、建物や遮蔽物の影から周囲の状況を探るにはこちらの方が効果的だ。

 シンがざっと確認しただけでも軽く五十体以上のモンスターが本殿に向かってきているのがわかる。どうやらさっきの音は結界が破られた時のもののようだ。マップを見れば砂糖に群がる蟻のように本殿を赤いマーカーが取り囲んでじわじわとその包囲を縮めてきているのがわかる。

(狙いはこいつか?)

 腕の中で「クゥ……」と弱弱しく鳴く子狐を見ながらシンは考える。エリクサーは飲ませたので状態異常はすでに治癒しており、体力もレッドゾーンからイエロー、グリーンへと順調に回復している。体力が回復しているにもかかわらずいまだ弱っている様子から見るに、どうやらさっきまでの状態になってからシンが回復するまでけっこうな時間がたっていたようだ。

「まずは【防壁・Ⅹ(バリア・テン)】発動!!」

 この場所、そして子狐にどんな意味、役割があるかわからないシンはこれ以上敵がが寄ってくる前にと最大級の防壁を展開する。本殿を中心に張られた防壁が赤マーカーの進軍を阻み、防壁の外側に敵が群がる。
 正直に言って事態がまだよく理解できていないシンだが、ここで子狐を見捨てるという選択肢はなかった。やろうと思えば見捨てられるのだろうがさすがにそこまで薄情ではない。震えながら首をあげ、シンを見つめてくる子狐を魔法陣のような模様が描かれた床に下ろし、頭を一撫でしてから立ち上がる。

「クゥ……」
「ちょっと待ってろよ。邪魔な奴らは俺が蹴散らしてくるからな」

 そう言って子狐に背を向け本殿の扉を開いて外に出る。本殿から出たシンの目にうつったのは防壁の向こう側にひしめくスカルフェイスの姿だった。錆びた剣と鎧を身につけ、眼窩に仄暗い灯をともした骸骨戦士達が夢遊病者のように展開された防壁へと群がっている。
 スカルフェイスでは防壁を破ることはできないので、シンは悠々と全体を見渡す。

「質がだめなら、量でってとこか?」

 視界に広がるスカルフェイスの群れを見ながらシンは呟く。シン達を囲っているスカルフェイスの群れには前回戦ったジャック級のような特異な装備やレベルの個体は見当たらず、シンの知識通りのポーン級やジャック級によって構成されていた。

 自分達を取り囲んでいたのがスカルフェイスだとわかったシンは、発動していたスキルを【気配察知】から、より広範囲をカバーできる【索敵(サーチ)】に切り替える。モンスターのみに的を絞ることで拡大した感知範囲によって、すべてのスカルフェイスを補足する。

 今回問題となるのは数だ。【索敵(サーチ)】によって【気配察知】の感知範囲外にいた個体も補足できたことで、敵の数が三桁近いことが分かった。もし、十分の一でも取り逃がせばまた被害が出る可能性がある。
 シンの脳裏をよぎるのは地面に広がる血だまりのあとと、その近くにわずかに残っていたヒトだったもの(・・・・・・・)の残骸。今さら正義を気取るつもりはないが、余計な被害を出さないようにしようという心意気くらいはある。

「悪いなお前ら。一体も逃がさねぇぞ」

 群がる敵に向かって一歩を踏み出しながら、シンはアイテムボックスから新たに武器を取り出す。その手に実体化されたのは一本の槍。柄は白銀に輝き、穂には翡翠のような鮮やかな緑色をした刃がついている。魔法が付与されているのか、槍全体を覆うように白い輝きが見て取れた。

 槍を一回転させ、穂先を前方のスカルフェイスの群れに合わせると【制限(リミット)】を一気にⅡまで解除する。力を完全に制御できるという意味で現段階では最も戦闘能力のある状態まで力が解放されたのを確認し、シンは地面を蹴って防壁の向こう側へ躍り出る。

「まずは一発っ!!」

 ダッシュと同時に槍術系武芸スキル【轍貫き】を発動。シンの膂力によって突き出された穂先がスカルフェイスを数体まとめて貫き、スキルの発動によって発生したエメラルドグリーンの光が、螺旋を描きながら剣に、鎧に、そしてスカルフェイス本体に牙をむく。まるで水平に撃ち込まれた砲弾のごとき威力で密集していたスカルフェイスを粉々に打ち砕き、一直線に骨と鉄片でできた轍を形成していく。
 突進の勢いそのままに防壁の内側からスカルフェイスの包囲を抜けたシンは、敵の位置に注意を向けながら一旦距離を置く。

「先にこいつだ。【スター・マイン】!」

 スキルの発動と同時にシンの周りに数十個の光弾が出現し、スカルフェイスの群れを取り囲むように配置されていく。

 光術系魔術スキル【スター・マイン】

 光属性の光弾を空中に機雷のように設置するスキル。
 本殿を囲むスカルフェイスのさらに外側を囲むように光弾が配置され、スカルフェイスが森に逃げられないように退路を断っていく。
 光弾の設置が完了したのを確認し、攻撃を受けたにもかかわらずいまだに防壁に群がっているスカルフェイスにシンは再び攻撃を仕掛ける。

 群れの背後に向けて槍術系武芸スキル【閃華】を繰り出す。エメラルドグリーンの軌跡を残して槍が横一文字に薙ぎ払われると直撃を受けたスカルフェイスが粉々になったのは言うまでもなく、さらには砕けた鎧や剣が射程外にいたスカルフェイスに向かって殺到した。尋常ではない威力を有した一撃によって吹き飛ばされたそれらはポーン級、ジャック級を問わずその体を貫き、スカルフェイスの群れを文字通りハチの巣状態にしていく。

 さすがに気付いたのかジャック級のスカルフェイスがシンに攻撃しようと剣を振り上げるが、槍の一撃を潜り抜けることはできず次の瞬間には即席の弾丸と化して味方に突き刺さっていた。

「もう一丁!!」

 縦横無尽に槍を振るうシン。スキルを使えば一撃で十体近くのスカルフェイスを倒し、なおかつ破片による簡易散弾攻撃まで繰り出すことでその数は見る見るうちに減っていく。
 完全にシンの独壇場となったこの場で、何の特異点もないスカルフェイスが生き残れるはずもなかった。



 ◆◆◆◆



 シンが戦闘を開始してわずか十分足らずでスカルフェイスの群れは完全に駆逐されていた。防壁の周りにはスカルフェイスの残骸が散乱し、地面が見えないほど。片づける気など到底起きなかったので残骸は見なかったことに(スルー)して本殿に戻る。

 本殿の扉を開けて中に入ると、シンを待ち構えていたように子狐が飛びついてきた。

「クー!!」
「おわっ! っとと、あぶないことするなぁ、おまえ」

 顔を擦りつけてくる子狐を腕に抱きながら、崩しそうになったバランスを取り直しつつ本殿の階段を下りて地面に立つ。体調もすっかり良くなったようで、しきりに顔を舐めてくる子狐にさっきまでのぐったりした様子は微塵も感じられない。

「さて、これからどうするかな」

 子狐を抱えながら惨憺たるありさまになっている周囲を見渡してつい本音がこぼれてしまう。加えて先ほどまで感じていた神聖な空気も感じられなくなっていた。結界が壊れたことで神社を守護していた力が消えてしまったのかもしれない。

「クー?」
「そういえば、よくわからんのはお前もだったな」

 ミリーの頼みと弱っていたところを発見した勢いで助けたが、この子狐も意外と謎が多い。発見した当初は体力の低さに目を奪われて、まだ名前すら確認していないことにシンはたった今気付いた。ゲームではHPゲージがあるのはプレイヤーかモンスターだけなのでこの子狐もモンスターの一種だということはわかっているのだが。

「名前を見るのをすっかり忘れてたな。やっぱりリトルフォックスか?」

 ペットとして人気のあるモンスターの名前を挙げながら、分析(アナライズ)で子狐の情報を読み取る。言葉の意味がわからないのか、子狐はシンに抱えられたまま首をかしげていた。

「えーと、名前、なま…………え?」

 シンの視線がモンスターネームの位置で止まる。そこに書かれていた名前はシンの想像のはるか上をいっていた。

「エ、エレメントテイル………………マジでか……」
「クー!」

 まるでその通り! とでも言っているかのような反応をする子狐、もといエレメントテイル。シンが硬直するのも無理はない。エレメントテイルはプレイヤーの間では九尾の狐と呼ばれていたモンスターであり、本来はLv,1000を誇るTHE NEW GATEにおける最上級モンスターの一角なのだ。

 プレイヤーによって選ばれるTHE NEW GATE最強モンスターランキングでは常に上位にランクインしていたほどで、まさかそんなモンスターの名前が出てくるとは予想だにしていなかったシンは途方に暮れるしかない。

「どうしよう……マジでどうしよう……」

 詳しく調べてみるとエレメントテイルのレベルは現在211。この世界の住人からすればすでに十分危険なレベルだ。一匹でいたところを見ると親はいないのかもしれない。ついでに言うなら、いたらいたでシンの命が危ない。エレメントテイルはカンストプレイヤーですら単独で挑むのはけっこうな無茶と言える相手だ。【制限(リミット)】を全解放したシンなら倒せるだろうが少なくとも北の森は焦土と化すだろう。

「なんだってこんなところにエレメントテイルがいるんだ。まるでアークリッドの……ってそうか!! いたじゃんエレメントテイル!!」

 神社を見たときに感じていたどこかで見たような感覚。その元を思い出しつい声をあげてしまう。
 本殿と鳥居のみで構成された神社といえばエレメントテイル関連のクエスト、通称九尾クエストで訪れることになる場所なのだ。実際には神社とは別に離れがあったのだが、そこは天変地異で倒壊してしまったのかもしれない。おそらく、神社自体はシンも感じた結界によって守られていたのだろう。そう考えればここにエレメントテイルがいてもおかしくない。
 なにせ月の祠に来る客の半分は九尾クエストに挑むプレイヤーだったのだ。ある意味シンは店の売り上げに協力してもらっていたとも言える。

 エレメントテイルがこの場にいることには納得したシンだが、ではこの後どうするのかという問題が残る。もとより九尾クエストで訪れる神社にはエレメントテイルの成体が一体いるだけで、子狐のようなモンスターはいなかったのだ。

「おまえ、これからどうするんだ?」

 会話ができるわけではないが、何となく理解しているような気がしたので声に出して問いかけてみるシン。防壁が張ってあるので安全ではあるが、既に役目を終えたような雰囲気のあるこの場所にエレメントテイルといえど子狐一匹を残していくというのは何とも忍びないと思ったのだ。

「クー……」

 地面に下ろされたエレメントテイルは本殿の方をじっと見つめていたが、しばらくして何かを振り切るようにくるりと体を反転させる。そして、そのまま勢いよくジャンプするとシンの体をよじ登り、シンの頭の上にポテッとその身を預けた。

「なぜに頭の上?」
「ク~!」
「いやわからんから」

 頭をペチペチ叩いてくるエレメントテイル。こいつなりにここから出ていく覚悟を決めたか、とシンは感じ、なんとなく思ったことを口にする。

「……一緒に来るか?」
「クー!」
「そうか…… ってこら暴れるな! 爪! 爪が痛えっての!」

 なんとなく、いく! と言っているような気がして返事をしたシンだが何やらご機嫌な子狐の暴れっぷりに視界がぐらぐらと揺さぶられる。
 得物を仕留める爪が全く隠されていないので、それがシンの顔をチクチク攻撃していて歩きづらいことこの上ない。

「ちょっと落ち着け!」
「クー?」
「何首かしげてんだ。絶対言葉わかってるだろお前!」

 子どもといえど種族は最上級モンスターエレメントテイル、賢くないわけがないのだ。もしかすると子狐なりに寂しさを紛らわせようとしているのかもしれない。

(俺が元の世界に帰る前に一人前になってくれるといいけどな)

 そんなことを考えつつ、放たれる肉球パンチ(爪付き)を両手で防ぎながらシンは王国に向かって歩を進めた。
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