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カレン⑤
そこは一種のサロンだった。
魔法学院には様々な部屋があり、個人で借りることの出来る区画も存在している。
たとえば、学院の教授が教授という地位に付随して与えられる研究室が手狭になったり、他に物置が欲しい、というときに学院に申請すれば借りられるような用途のためにである。
また学院には貴族がいる。彼らはまだ爵位を継いでいなかったりその可能性のかなり低いただの次男三男であったりするのだが、それでも親の影響を受け仲のいい貴族悪い貴族、というものがあり、必然、派閥が形成されている。
そしてそれらの派閥が学院内で顔を合わせるといがみ合って諍いが起きたりするため、学院としては出来る限り敵対しているような貴族が遭遇する機会が少なくなるようクラスや時間割を整理している。
ただ、もちろんそれでも完全とは言えない。
他のクラスに学院生徒が出かけることはきわめて日常的な現象であるし、それを止める正当な理由は学院にはない。諍いが起こるから、というのは基本的に目立つところでぶつかろうとはしない貴族子女には中々通用しない言い訳なのだ。
ただ、そうは言っても、そもそも貴族子女たちにしてもわざわざ諍いを起こしたくないと言う部分もある。
顔を合わせれば体面や誇りという私から見ればどうでもいいもののためにお互い意地を張らざるを得ないようだが、そうしないで済むならその方がいいというのは人間として当然の感情だろう。
学院はそのための一つの方策として、休み時間や放課後にクラス内で敵対貴族同士が顔を合わせて牽制しあう事態を避けるための部屋というのを作った。
もちろん、学院は学院生徒の扱いについて平等を謳っているため、貴族にはただで部屋を与える、というわけにはいかないから、貸与という形をとり、金銭の支払いを求めているため、そんなものはいらないと言われればそれまでなのだが、貴族たちはこぞってこの部屋を借り、それぞれの派閥のサロンとしているのである。
賃料については彼らの親が支払っているようで、その点を見ると親の方も学院の状況というのは理解しているということだろう。
子供に面倒なことを起こして欲しくないと言う心もあるようである。
敵対している貴族とはいっても、子供の暴走でよく分からずに上位の貴族に危害を加えたりされる事態を恐れているのだろう。
むしろ、貴族子女たちを素のまま放置していたらその可能性は高そうだ。
あえて分別する学院と貴族の親たちの思慮は正しい。
私が今来ているのはそんな貴族派閥の一つ、トラン男爵子息であるロラン=トランが盟主を務めるサロンである。
サロンにいる人間の内訳は男爵子息数名に子爵子息数十名という感じか。
最上級生までいるので結構な人数である。ロランはどうやら最上級生らしく、着ている服にそのことを示すバッジがつけられていた。
大体十六、七歳ということだろうか。
それなりに余裕が見え、まぁ、貴族としての威圧感というか、高貴さというかそういうものが感じられないでもない。
言い換えると偉そうな態度をしている、であるが。
私はそんなことを考えていることなど表に出さず、サロンに入り、ロランの前にひざまづき言った。
「お初にお目にかかります。ロラン様。私はタロス村のカレンと申します」
すぐにでも用件は何だ、さっさと帰らせてくれと言いたいところだったが、こういう高級なイスにふんぞり返っているタイプはあまり早く話を進めたがらないということを私は学院に来て知った。
こういうタイプにさっさと話を始めろと急かして逆ギレされている平民を何度か見たからだ。
なんて面倒くさいのだろうと思うが、これが彼らのもつ美学という奴なのだろう。
仕方なく、私は自己紹介してからロランから話し始めるのを待った。
そんな私の様子にロランは満足したらしい。
その貴族的な顔によく似合っているにやにやとした笑みを浮かべると、立ち上がって彼は話し出した。
「ふむ……タロス村、か。寡聞にして聞いたことがないがね、いい村なのかね」
世間話を始めるのか。
なんて面倒くさいのだろう。
「ええ、とてもいい村ですよ。とは言っても、田舎に過ぎないので王都に比べれば何もないと言っていいところかもしれませんが……」
適当に返答しつつ、思う。タロス村を知らない、という事実がロランのダメさを表しているような気がする。
タロス村それ自体は確かに大したことのない村なのはその通りだが、あの村にはアレンおじさんがいる。
あの人は王国ではそれと知られた剣士であり、魔の森の浸食から王国を守る守護兵士でも指折りの存在である。
当然ながらその住む村というのも知っている者は知っているのだ。
情報収集が彼ら貴族にとって非常に重要なものであり、それが立身出世に大きな役割を果たすものであるということを私はジョンとフィルに聞いて知った。
テッドはそれを聞きながら「村のガキを纏めるのと大して変わらねえんだな」と言っていたし、コウたちは何か思いついたかのようにニヤニヤと笑っていたのを覚えている。コウたちのそんな様子を見て「目立つことはやめろよ!」とジョンが釘を刺していたが、コウたちに何を言っても基本無駄なことは村にいたときから明らかなことだ。今さらどうしようもないのであきらめるのが賢いと思うのだが、ジョンはどうにか制御したいらしい。それほどに貴族の持つ権力というのは危険なもののようだった。
話がずれたが、つまり情報収集を怠るような貴族はダメ貴族だということである。その内実が善であれ悪であれ、有能な貴族は情報収集に余念がないものだということだから。
したがって、今私の目の前にいる貴族――ロランはあまり有能ではない。そこまで考えた私は今後どうするべきかをぼんやりと頭の中に思い描く。
最近、学校の授業も暇になってきていた。
あまりにも簡単だからだ。
ジョンの教えてくれた知識は学校で教わるものとは言葉の意味からして違っていたが、それでも理解を助けてくれた。
むしろ学校で教えている内容が間違っている場合も多くあったが、そのことについて指摘することはない。ジョンから禁じられているからだ。
だからぼんやりと聞き、間違っていることについては間違ったまま暗記し、けれど自分がその理論を使うときはジョンの理論を元にして汲み上げるという非常に面倒な手順で魔法を使う羽目になっていた。
そして、それでも学校の授業は簡単で、暇なのだ。
だから、私は暇つぶしがしたい。
このロラン達を使って、何かおもしろいことが出来るのではないだろうか。
「……? なにかおもしろいことでもあったのかね?」
ロランが私の表情を見て、つぶやいた。
たぶん、私は笑っているのだろう。
「いえ、この部屋がとてもすてきなもので……つい、ほころんでしまいました」
そうお世辞を言うと、ロランは、
「おぉ、そうかねそうかね! では、存分に見るといい。この絵画はだね……」
楽しそうに調度品の説明を始めた。きっと親に買ってもらってそろえているのだろう。
何人もの貴族子息を纏めているのだから、非常に扱いにくい人間かもしれないと思っていたのだが、むしろ正反対らしい。
それを理解して、私の笑顔は明るくなる。
そうして、私はそのサロンでそれなりに厚遇されたあと、何の問題もなく寮に返された。
ロランは最後に思い出したかのように「その触媒はどこで手に入れたのかね?」と聞いてきたので素知らぬ顔で「これはなにか珍しいものなのですか?」と聞き返すと「いや、普通の触媒に見えるがね……」と言うので「両親がツテを使って手に入れたようです」と答えるとすぐに興味を失ったような表情になったのが奇妙だった。
もしかしたら、彼自身が、というより他に私の触媒について気になっていた者がいたのかもしれない。
しかしそれが誰なのかは分からない。
調べなければ……そう思いつつ、私は寮に戻る。
媚びを売るだけ売った結果だろうか。ロランにはいつでもサロンに来て構わない、と言われたので、しばらく入り浸ろうかな、と思った。
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