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第2章ダイジェスト2
魔法学院には様々な授業があるが、当然学ぶべき基本は魔法という事になる。
しかしナコルル式魔法が普及していない以上そこで学ぶのは旧式魔法と呼ぶべき魔法である。
そのための授業として、座学と実技が存在するが、実技授業の中で問題が起きた。
俺、ジョンの魔法学院で出来た初めての友人であるノール・オルフル。
彼は背の高い、赤髪の精悍な少年であるのだが、特に裕福と言う訳でも貴族と言う訳でもない。
そんな出自故か、それとも単純に目がついたからか、彼をいじめの対象にしようとした生徒がいたのだ。
実技授業を担当する教師は、モラード・ガラクルシアと言う強大な老魔術師であり、その実力はナコルルが認めるほどのもので、実際、彼が魔法学院にいるのは彼女が勧誘したからである。
実技授業で見せてくれた魔法の制御技術は、その名に違わず非常に高度で洗練されており、俺は感心したのだった。
そして、彼に魔術の見本を見せてもらったのち、生徒たちが実際に魔術を使用する段になって、ノールの「や、やめろ!」という声が響いた。
何が起こったのかと振り返った俺の目に入ってきたのは、一人の生徒がノールを追い回して魔法を放とうとしている様子であり、非常に危険なことだった。
モラードが止めてくれないかと一瞬期待したが、彼は少し遠いところにいて、間に合いそうもないと感じた俺は急いで止めるべくノールとその生徒の間に立ちふさがった。
貴族らしきその生徒はそんな俺の態度が気に入らなかったらしく、魔術を放ってきて、しかもその後、魔力の制御に失敗して苦しそうにしていた。
早く魔術を解除しろと俺は言ったのだが、彼はそれすらも出来ないようで、このままではまずい状態になると思ったところ、モラードがやってきて彼の魔術を何らかの方法で停止させたのだった。
それから、振り返ってノールに大丈夫かと聞くと、大丈夫だと答えたので、俺は安心する。
けれど、ノールに襲い掛かってきた生徒の魔術で多少傷ついていた俺を心配した俺を、ノールは無理矢理医務室に連れて行ったのだった。
その後、そのときの顛末をお昼を食べながらカレンとテッドに話したところ、もっとどうにかできただろうと呆れられてしまう。
実際、この二人ならなんとか出来そうだから俺としてはぐうの音も出ないところである。
昔からこういう要領の良さについて、俺はあまり持ち合わせがない。
生まれ変わっても変わってないあたり、少し悲しい気もするが、仕方ないだろう。
放課後、寮に帰るために歩いていると、おかしな三人組に話しかけられた。
その中でも最も偉そうな一人が、
「ベルナルドにちょっかいを出したのはお前か?」
と聞くので首を傾げた。
詳しく聞けば、あのノールをいじめようとしていた生徒がベルナルドだったらしく、その点についていくつか質問をしてきたので答えた。
それによって判明したのは、彼はベルナルドに嘘をつかれたらしく、ベルナルドの方がちょっかいをかけられたのだ、という話を聞いていたらしい。
事実が分かり彼は頷いていた。
ただ、ベルナルドも彼も、それなりの貴族であり、嘗められるわけにはいかないという。
そのために一発殴られろということなのだろう。
ジョンの腹に一撃、膝蹴りをかまして去っていったのだった。
結局それから貴族におかしな視線を向けられることもなく、その一件はそこでおしまい、ということになるだろう。
そのまま俺は日常に戻っていった。
その日、俺は召喚術の授業を見学していた。
魔法学院には選択授業があるのだが、それを選ぶためにいくつかの授業を見学することが許されているのである。
その一環だった。
ただ見ているだけ、それだけのはずだったが、俺は召喚術の授業のなかで不思議な声を聴くことになった。
――でぐちがあるね。
彼女の声が、そう言ったような気がした。
そのまま何もなければ良かったのだが、現実はうまくはいかない。
事件は起こった。
ある日のこと、俺はベルナルドに絡まれた。
ただそれだけならよかったのだが、彼はカレンの持っていたはずの首飾りを差し出して、自分に着いてくるように言ったのだ。
彼が俺を連れて行ったのは、王都中心部に位置するスラム街。
過去、そこには身分の高いものが住んでいたが、歴史が下るにしたがって徐々に彼らは外側へと逃げていくように住居を移した。
その結果、王都中心部にある家々は古く、脆く、そして汚いものだけだ。
ただ権利は移っていないらしく、未だにそこに自らの持ち家を所有している貴族は少なくない。
そしてそこはスラム街の住人が勝手に使用している、というわけだ。
そんな館のうちの一つに、ベルナルドは俺を誘った。
カレンがそこにいる。
俺はそう思ったから、ベルナルドに従った。
しかし、館に着き、中に入って判明したことは、そこにカレンはいないということである。
しかも、ベルナルドは俺に言った。
「魔法実技の続きだ。お前は俺の的になれ」
と。
小さい男だと思った。
結局彼は、俺に復讐がしたかったわけだ。
本来なら彼を打ちのめして反省させてやってもいいところだが、彼は子供である。
あまり酷いことをしてトラウマにするのも可哀想だと思った俺は、仕方なく彼の攻撃を黙って受けてやることにする。
子供の魔術である。
大したことないと思ったし、死ぬこともないだろうと思った。
それにあの時代を生き延びた俺が、その程度の痛みに耐えられないはずがないとも。
実際、ベルナルド、それに彼の連れてきた手下二人はその年にしては優秀な魔術師で、高度な魔術や召喚術を操って俺を傷つけたが、俺はそれで心を折られたりすることはなかった。
全身傷だらけにされながら、全く問題なく立っている俺を、彼ら二人は恐怖し始めたらしい。
怯えて、最後に強力な魔術を、首筋に向かって放ってきた。
まさかそこまでのことをするとまでは思っていなかった俺は、けれどその死の予感を敏感に察知して避けようとした。
だが、その直前で雷撃の魔法を食らわされ、若干鈍っていた神経がその回避の可能性を奪った。
まずい、避けられない、とまぬけにも思ったそのとき。
声が聞こえた。
――あいかわらずうっかりしてるね。だから、たすけてあげるよ、ジョン。おだいは、かれらからもらおう。
それは、明らかにあいつの声だった。
そして彼女は現れた。
見れば、ベルナルドの手下の一人が持っていた召喚魔法具を媒介にするという器用な方法でもって、この世に再度現界した彼女。
銀糸で精緻な縫い取りのされたその蝶のようにひらひらとした真っ黒な衣服を身に纏う少女は、懐かしくもあり、また会いたくもなかったと様々な感情を俺の胸に去来させた。
けれどこの場で現れたことは僥倖である。
彼女は俺に向かって放たれた魔術を霧散させ、その上でベルナルドたちに襲い掛かった。
命を長らえさせてくれたことはありがたかったが、それ以上を俺は望んでいない。
彼女に人を攻撃させることは極めて危険であることを知っていた俺は、叫んだ。
「やめろ! 食べるな! ファレーナ!」
だが、人の言うことなど聞く存在ではない。
彼女は、ファレーナは俺の言葉を無視して、彼ら三人の魂を貪り、そして彼らの精神を破壊したのだった。
三人の子どもの魂を味わい切った彼女は、しかし不満足な顔をして言った。
「やっぱりこどものはおいしくないな」
おぞましいその姿。
そんな彼女に、俺は話しかける。
彼女は前世から、いた。
ただ、俺はもう一度やり直しているのだから、彼女は前と違う存在である筈だった。
なのに、彼女の返答は明らかに一つの可能性を示していた。
彼女が、前世の俺のことを知り、その魂を食べたことを証言したのだ。
彼女は、俺についてきたのだということだ。
それから彼女は、腹が減ったと言い、どこかへと飛んでいく。
止めようとしたが、やはりいう事は聞かなかった。
ファレーナがごはんをたべる、と言うのは非常に危険なことだ。
それは魂を食べるという事だからだ。
俺は早急にその対策を立てるべく、必要な人物に連絡をとることにする。
その場に倒れて苦しんでいるベルナルド達の手当の事も考えながら。
ちなみにカレンはその後すぐ、無事であることが判明し、問題はファレーナについてだけだ、ということになる。
連絡を取った相手はナコルルであり、すぐに何が起こったのかを説明し、協力を求めた。
それは、あの危険な都市、ソステヌーの幻想爵への連絡をとってくれ、というものだった。
ファレーナのような存在について、研究していた者が過去、あの街にいたということを俺は知っているからだ。
ナコルルはファレーナの危険性を聞き、早急な対策の必要に同意してくれ、すぐに連絡を取ってくれた。
返答が返ってくるのも早かった。
それこそ、見てすぐ、に近いだろう。
ナコルルが魔術によって送った手紙を、即座に返信し、しかも着の身着のままここに向かっているらしいことも分かった。
ナコルルも、それを見て流石はソステヌーの人間じゃ、とあきれていた。
ただ、飛竜にやってくるにしてもソステヌーからでは王都までは距離がある。
来るまでの間、俺はすこし学院長室のベッドで仮眠させてもらうことにした。
その夜、俺は夢を見た。
過去の夢だ。
あの戦争の頃の、暗い夢だった。
ファレーナに取り憑かれて少し経った頃の夢だった。
夢の中で、俺はコウに呼ばれて、参謀の天幕の中にいた。
そこには俺以外にも何人か兵士がいて、そこには何らかの共通点があるらしかった。
それからしばらくして、コウに紹介された人物は、ブルバッハ、と呼ばれる人間で魔導部の人間であると言う。
ソステヌーの幻想爵でもあるらしき彼は、突然、「うしろにいるんでしょう?」と言い、俺を驚かせた。
そこにはファレーナがいるからだ。
そしてそれは他の兵士たちも同じだったらしい。
それでわかった。
その場に集められたのが、ファレーナのような何かに取りつかれた者たちであるという事が。
実際、彼らの背後には何者かの気配があった。
ブルバッハに請われ、一人の兵士がその存在に話しかけ、姿を現してもらったときのブルバッハの喜びようと言ったらなかった。
古文書が正しかっただのなんだのと言っていた。
それから契約は可能かと聞いた。
その兵士は彼に取り憑いているらしき巨大な狼に尋ねる。
そして帰って来た答えは可能だというものだった。
俺もファレーナに聞くが、やはり可能だと言う。
楽しそうに、けいやくする?と質問されたところで、その夢は途切れた。
目が覚めると、そこは学院長室だった。
ナコルルに起こされたらしく、目の前にナコルルが緊迫した表情で立っていた。
ブルバッハが着いたのか、と思いきやそうではなく、事件があったらしい。
それは、ファレーナの起こしたらしきもので、その確認のために起こされたのだった。
実際、見に行けばそれは間違いなくファレーナの餌食になったと思われる人物がそこにいた。
精神の破壊された人の抜け殻がそこにはあった。
ただ、その人物は犯罪を犯しかけていたらしく、悪人と呼んで差支えない人物だった。
それを見て、どうやら前世、ファレーナと俺との間で結ばれた契約が未だ有効であるらしいことをしった。
それをナコルルに説明する。
けれど、その契約が極めてあいまいなもの――罪人は食べていい、というものだと聞き、彼女は眉をしかめる。
当然だろう。
法に違反した者、ではなくファレーナの基準で罪人、ということになっていたのだから。
結局、事態は思った以上に危険であることを確認し、それから学院長室に戻ることになった。
すると、そこには懐かしい人物がいた。
ブルバッハ幻想爵である。
前世と変わらない物凄い喋り方で俺とナコルルを出迎えた彼は、早速自分の実験対象がどこにいるか聞き始めた。
それに対し、俺は流して、自分の要望を彼に伝える。
それは魔導具“皿”を作ってほしいというものだ。
彼はなぜ俺がそれを知っているのか驚いていたが、そのこと自体に対した興味は無いようで、作れるなら作りたいと口を尖らせた。
そんな彼に、俺は“皿”の制作方法で、分かる部分を伝えた。
すると彼はそれなら作れると言い、作業室に走っていったのだった。
それから数日、疲れ果てた顔だが満面の笑みを浮かべて彼は“皿”を差し出した。
どうやらできたらしく、俺はすぐにファレーナを呼ぶべくその魔導具を首にかける。
どうやって使うか、それを俺はよく知っていた。
ただあのころの憎しみを、絶望を思い出せばいい。
それだけだ。
そしてそれは成功した。
輝き始めた“皿”に轢かれるように現れたファレーナ。
俺は彼女に以前よりも厳しい契約条項を突きつけ、承諾をとる。
その際に、俺もまた彼女にかなり厳しい条件を付けられた。
竜をいずれ狩れ、というものだ。
しかしそれは理不尽なものではなく、ファレーナの身体の維持のためにはどうしても必要らしい。
しかたなく承諾し、そして契約は成ったのだった。
それから日常は戻ってきて、俺は普通の学院生活に戻った。
その中でも特筆すべきは授業の一つとして設けられている迷宮探索実技である。
迷宮探索はパーティで行うことが決められており、パーティメンバーを探すことが必要だったのだが、俺とノールと言うのは決まっていても、他の二人を誰にするかというのは難しい問題だった。
悩んでいるうちに次々とパーティは組まれていき、そして俺とノールは余ってしまった。
けれど運よく、同じくあまり組になりかけていた女の子二人をパーティメンバーに誘うことが出来た。
一人は銀髪の黒貴種トリス・メルメディア、そしてもう一人は種族がら背丈の低く幼い容姿のフィー・ドルガンティアである。
二人とも異種族――祖種(ヒューマンではない者)――であるために、クラスでは微妙に浮いていたらしく、だから余ってしまったらしい。
けれど実力は確かであるし、俺もノールもそう言ったことを気にするタイプではない。
話はすぐにまとまり、俺たちは彼女たちとパーティを組んで迷宮探索をすることに決まったのだった。
迷宮は極めて不思議な空間であり、何とも説明しがたい。
迷宮というものは、どんなものであれ俺たち人類が住んでいる通常空間とは異なる“ここではないどこか”に存在しているものであると言われており、その内部は基本的に異界であるとされているものだからだ。
その大きさも様々で、非常に広いものも、それなりのものもあり、共通点を拾う事は難しいが、とにかくどの迷宮も言えることは、人類の住む通常空間とは別の場所にある、ということである。
そんなところに、俺達四人は飛び込んでいった。
迷宮に入るまでには何週間か時間があったため、その中で連携の確認など、訓練をいくつかしたおかげか、迷宮における戦闘はさして苦も無く行うことが出来た。
途中、カレンとその友人らしき高位貴族の女の子で構成されたパーティに出くわしたが、変わったことは、そのことと、目的地である泉にいた守護者が非常に厄介だったことくらいで概ね問題なく迷宮をクリアすることが出来た。
迷宮を出て、担当教官であるベルノー女史に褒められたことは、非常に名誉なことだっただろう。
彼女の言によれば、俺たちに課せられた今回の任務は非常に難易度が高いものだったらしく、そのことを知らされた他のクラスメイト達は驚いていた。
そうして、俺たちの学院生活は順調に進んでいく。
これからもまた、楽しいものになるだろうと思って、学院までの帰り道、足がはずんだのだった。
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