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平兵士は過去を夢見る 作者:丘/丘野 優

第1章 プロローグ、及び村でのこと

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父は息子の夢を追いかける 5

「……ッ!?」

 衝撃とともに、俺は目を覚ました。
 酷い夢だった。
 幸せな部分もあっただけに、他の部分の陰鬱さ、苦しみ、絶望が際だつような、そんな夢だった。
 しかも、俺はあの夢を見ていたのだろう人物のことを知っていた。
 あれは俺の――

 そう思って頭かぶりを振ると、視界に奇妙な光景が目に入った。

「……そういやぁ、ここはどこだ……」

 ぶつぶつと呟きつつ、俺は確認する。
 先ほどまで、俺は寝ていた。
 たった今起きあがったわけだが、自分が眠っていた場所を見れば周囲の床よりも高くなった祭壇のような場所であることが分かった。
 材質は、石材だろうか。
 もしかしたら金属かもしれない。
 そんな、どちらとも知れない奇妙な材質の物体であった。
 ただ、そんなことはどうでもいいだろう。
 問題は、いったい俺はどんな状況に置かれているのか、ということなのだから。

 そう、俺――アレン・セリアスはいったいどんな状況に置かれているのか、ということが。

「……記憶はどこで途切れている……」

 思い出す数々の記憶。
 その最新の部分に近づくにつれて、絶望が深まっていく自分の記憶。
 いや、この時代に生きる祖種ヒューマンは、みな似たようなものだろう。
 むしろ俺は幸せな方かもしれないとすら思う。
 何せ、息子も、妻も、そして故郷も未だに失われていないのだから。
 普通ならすべて失っているだろうものを、俺は今でもすべて持っている。
 そのことを喜ぶべきなのだろうが、未来のことを考えればそうも言っていられなかった。

 そして、そう考えると同時にもっとも最近の記憶が引き出された。

「そうだ……こんなところにいる場合じゃねぇ……砦はどうなった……あの魔族は……!」

 思い出す。
 俺の職場であった魔の森の砦へと襲いかかってきた灰色の表皮をした魔族のことを。
 周囲をとてつもなく強い力でもって蹂躙していった、あの悪魔のことを。

 居ても立ってもいられず、俺は自分が寝ていた台から飛び降り、そして壁に立てかけられていた剣をしょってその部屋から飛び出そうとした。
 俺は今すぐに向かわなければならない。
 あの、砦へ。

 そう思ったからだ。

 けれど。

「……おい、出口はどこだよ……?」

 走り出しておきながら、間抜けなことに出口がどこにも見当たらない。
 周囲三百六十度、すべてを見回してもどこにもないのだ。
 すべて、完全に閉じた部屋であって、もしかしたら天井が……と思って上を見てみたり、階段か……と思って地面を観察してみたりしたが、やはり出口と思しき場所は存在しない。

「……まぁ、そうだな。そういうことなら他にやりようもあるか……」

 ないものはない。
 これは仕方ない。
 そして、ないものは作ればいい。
 ただそれだけの話だと俺は即座に頭を切り替えて背中に背負った剣を引き抜き、そこに魔力を通していく。
 身体強化魔術もかけた。
 何のために?

 それはもちろん、壁を壊すためだ。

「建物の持ち主には悪いが、俺に分かるように扉を作らなかったのが悪いんだぜ……」

 そうぽつり、と呟く。
 軍の施設である可能性はないだろう。
 仮にそうだったとしても、起きたのに説明一つしない方が悪いのだ。
 躊躇なく剣を降りかぶり、そして、

「うおりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 ……振り切った。
 轟音とともに斬撃が壁に襲いかかる。
 幾多の魔物、幾多の魔族を切り倒してきた攻撃である。
 たかが建物の壁くらい、仮に金属で出来ていたとしても破壊できないはずはない。
 それくらいの武名は築いたし、事実としてその程度のことは出来る自信が俺にはあった。

 けれど。
 実際にはそんな自信は粉々に砕かれることになる。
 なぜなら、俺の剣が命中したはずのその壁は壊れたりなどすることはなかったのだから。
 それどころか、近づいてみてみると恐ろしいことが分かった。
 壁をさすってみるとそれがはっきりと分かる。

「……おいおい、自信がなくなるな。傷一つついてねぇ……」

 妙につるつるとした壁だと思っていたが、ひっかき傷一つついていないのは新しいからだ、というくらいにしか思っていなかった。
 しかし、そうではなく、単純に耐久力が恐ろしく高いからなのかも知れないと考えを修正する。
 俺が身体強化をし、さらに武具に魔力を通して攻撃したにも関わらずいっさいの傷がつかない、そんな存在に出会ったことなどついぞなかったからだ。
 あの魔族どもすら、俺の攻撃の前にダメージを食らわないことはなかったのだ。
 それなのに、である。

 俺は改めて周囲を見渡した。

「……こいつぁ、だめだな。周り全部おんなじ材質だ。壊せねぇ。詰んだ」

 そう言ってため息を吐くくらいしか出来ることは残されていなかった。
 自らの渾身の一撃を軽々と耐えきられてしまったのだ。
 少なくとも、もう打つ手はない。
 何か新たに発想の転換とかでアイデアを思いつくしかないが、俺はそういうタイプではない。
 努力とか積み重ねとかでどうにかするタイプで、新たな何かをぱっと生み出せるような頭脳はない。
 基礎が分かってれば応用も利かせられるが、ゼロを一にすることは出来ない。
 そう言う人間なのだ。

 しかし、そうは言ってもずっとここにいるわけにはいかない。
 助けに行くとか状況を確認するとかそういうレベルの問題でなく、単純に生理的な問題として。
 いくら強力な戦士であるとか英雄であるとか言われていても、食事しなければ死ぬのだ。
 人として生まれた以上、当たり前の摂理である。
 そして、この部屋に食べ物があるようには見えない。
 はじめに眠っていた祭壇と、よく分からない管があたりを通っているだけで、有機物のかけらも存在していない。
 飲まず桑図で三日過ぎれば死ぬことになるのははっきりとしていた。

「……殺すならもっとひと思いにさっくりやってほしかったもんだが……」

 はじめに眠っていた台にいそいそと戻り、俺は天井を見ながらそう呟いた。
 剣は脇に置こうかと思ったが、使っても事態を打開できないのだから何の役にも立たない。
 壁に立てかけておくことにした。

 寝転がりながら考える。
 ここはどこなのだろうか、と。

 軍の施設なのだろうか。
 それとも、魔族の牢獄か何かか。

 いや、どちらでもないのかもしれない。
 魔族にこんなものを作れる技術力があるのなら、彼らの都や砦も同じ材質で作ればいいのだし、そうしなかった以上、彼らの建物ではないだろうと考えることが出来る。
 軍だって同じだ。
 こんな夢の材質を発明したというのなら、即座に活用すべきだろう。
 そうしてこなかったのは、そもそもそんなものを発明できていないからだ。

 つまり、ここは軍でも魔族の所有でもない、第三の勢力が持っている建物だ、ということになる。

「……第三の勢力? はっ。自分の思いつきなのに笑えてくるぜ。そんなものがいたなら、戦争はそいつの勝ちで終わってんだろうが……」

 考えてみたが、そんなものがいるはずないというのは分かっている。
 こんな技術を持っている何かがいて、戦争に介入してきたらそこで戦争は終了だ。
 何せ、勝ちようがない。
 攻撃をいっさい通さない素材を作れるのだ。
 それで何かしらの移動型兵器を作ればおしまいだろう。
 しかし、現実にそんな存在が戦争に現れることはなかった。

 つまり、そんなものはいないのだ。

 ということになるはずだが、実際に俺はこんな訳の分からない部屋に閉じこめられている。
 意味が分からない。

「……せめて、誰か説明してくれよ……」

 ぽつり、と呟いた独り言だった。

 しかし、その言葉は意外な効果をもたらした。

「分かったわ……落ち着いたようだし、そろそろ説明して差し上げましょう」

 とどこからともなく声が聞こえてきて、俺が驚くど同時に、部屋の一点に光が集中し始めたからだ。
 そして数秒経過すると、部屋の中心あたりに一人の女が立っていた。

 現実感のない、変わった女だった。
 銀色の髪に、青い瞳をしている。
 夢見るような焦点の合っていないぼんやりとした表情をしているが、じっと見つめていると徐々に得体の知れない焦燥感が背筋に走ることに気づく。
 その瞬間、俺は台から起きあがり、そして壁の剣のところまで走って構えた。
 しかしそれでも何も解決した気がしない。
 そうではなく、ただ思った。

 ――なんだ、こいつは……!?

 それがそのときの俺の正直な心情だった。
 たとえどんな相手が自分の正面に立っていようとも、恐れたことはなかった。
 自分よりも遙かに強いだろうという敵を前にしたことも若い頃は少なくなかったが、それでも俺は怯えたりはしなかった。
 ただ強い相手と戦えることに喜びを感じ、そしてそんな敵を打ち倒す未来を夢想して、ただ喜びの中で剣を抜く。
 それがいつもの俺の心の動きだった。
 そのはずだ。

 なのに、今の俺の心情はどうだ。
 ただただ、恐ろしい。
 なぜこんなものがここにいるのか、どうにかこの場所から逃げ出すことは出来ないのかとそれだけを考えている自分に俺は気づいてしまった。

 こいつは、やばい・・・奴だ。
 今までであった何よりも、危険……かどうかは分からないが、まずい相手なのは間違いない。
 そんなものと何の手だてもなく向かい合っているこの状況は、よろしくないと言うほかない。

 無意識にじりじりと後ろに下がっている自分がいるが、しかし冷静になってみれば分かる。
 そんなことをしても無駄だ。
 部屋に出入り口はないし、あの女は出現した場所から動きもしない。
 俺がどんな動きをしようとも対応できるという自信か、それとも俺の動きなどに興味はないのか。
 分からない。
 何も。
 そしてだからこそ得体の知れないその女に俺は恐怖を覚えているのだろう。

「……お前は、何だ? どこから現れた? いや、そもそもお前は……お前が、俺をここに閉じこめてる張本人なのか?」

 俺の質問に、女は笑った。
 花のように、とはこのことだろうと感じるような美しい笑い方だった。
 けれどやはりそこには何もなかった。
 がらんどうの……枯れた花を眺めているようなおかしな感覚がするだけだ。
 この気持ちがどこから来るのか、それは俺にも分からない。
 だから、この場で俺に出来ることは女の返答を待つことだけだった。

 俺に視線を向け、少しの間微笑みながらも無言だった女は、口をゆっくりと開いて言った。

「私の名はディアナ。貴方の質問に答えると――確かに私が貴方をここに閉じこめたモノ、ということになるかしら」

 思いのほか、その女は正直に答えた。
 もしかしたら嘘をついているかもしれないとは思ったが、おそらく俺の生殺与奪の権利はこの女が握っている。
 嘘を吐く意味は薄いだろう。
 それに、なんと表現するべきか分からないが、俺は直感したのだ。
 この女は嘘をつかない、と。

「……だったら早く俺をここから出せ。まぁ、お前が魔族に与する者でないなら、という話にはなるがな」

 馬鹿にしたような口調で俺はそう言った。
 これで怒るようならその程度の存在と言うことだし、反応によってこの女がどちらに与する者なのか、もしくはどちらにも肩入れしない者なのかが分かる。
 そう思っての台詞だった。

 目下、俺の一番の目的はここを出ること、そしてすぐに職場であった砦に向かうことだ。
 それが出来ないなら、軍に合流することでもいい。
 とにかく、一切の資源を無駄に出来ないこの状況で、俺というたった一人の人的資源も無駄にはすべきではない。
 たとえ、全体から見れば微々たる力であってもだ。

 だからこそ、俺はなりふり構っていられない。
 ここから出られるなら、そのためにはどんな手段も講じる覚悟があった。
 もしかしたら次の瞬間、俺は消し炭にされるかもしれない可能性もないではなかったが、女はそんな俺に対し、予想していなかった反応をした。

 彼女は、声を立てて笑ったのだ。

「あはははは! なにそれ、挑発? もしそうだというなら私の見込み違いだったかも知れないわ。貴方は、あのジョン・セリアスの尊敬すべき父親だというのに――意外と、平凡なのね?」

 すべてを見透かしたような声だった。
 ジョン・セリアス。
 俺の息子。
 その単語が、俺の身のうちから強い怒りの感情を引き出す。
 俺の息子について、何を知っているというのだ。
 何かしたというのか。
 俺は女に声をぶつけた。

「……お前、何かしたのか! あいつに……俺の大事な息子に!」

 ありったけの怒気をぶつけたつもりだった。
 殺気もだ。
 普通であれば、これだけの威圧をすれば多少は怯むものだ。
 少なくとも、どんな騎士でも、軍人でも、俺からこれだけの威圧を受けて平常心を保っていられる者はいなかった。

 けれど、女は違った。
 女は、微笑みを絶やさないまま、俺に言ったのだ。

私は何もしてないわ・・・・・・・・・。いえ、誰も何もしていない、と一応は言えるかしら。ただ、彼は行ってしまった――もう誰の手も届かないところへね」

 何を言っているのか、正確なところは理解出来なかった。
 しかし、最後の一言が意味することは、一つだった。
 こいつは、この女は、俺の息子が死んだと言っている。
 たぶん、そういうことだと思った。
 俺の心は、その瞬間真っ暗になった。
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