113/163
暗き都の、宴の夜に
危うくスライム人の宴に連れ込まれて宿泊までする羽目になるところだった。
後、思っていたよりも時間も経ってた。
神秘的な光景というのは、こういうとこ落とし穴だと思う。
時を忘れる絶景は時間のある時に見るべきなんだな。
宴会の時間には間に合ったけど、予定よりも一時間以上遅い帰りになってしまった。
「では紅璃の卵は無事に届けられたのですね、上首尾だったようで」
「いや、宴会断っちゃったから少し気分を害しちゃったかもしれない」
「その程度なら別に構いませんとも。大体、自分達の崇める相手を届けてくれた相手を、その程度で悪く思ったりはしませんから」
「……だといいけど。僕の方も、特にこれから深く付き合う相手でもないし、多分これっきりだと思ったから少し適当だった部分は……ね」
「事実、この辺りで個別の集落を回らせるというのは、森鬼どもでも厳しいでしょうな。チームを組ませるなら大丈夫でしょうが、一人ではちと危険かもしれません。そういった意味でも今後の関わりは深くならないのではないでしょうか」
「ただでさえ人手は足りていないんだからそこまでは僕もさせる気はないよ。例えこの都に物を持って来るとしても……識とか巴に管理してもらって月に何度かってとこじゃない? 流石に店は置かない方がいいだろうし」
「向こうは……求めてくるでしょうが」
「その時は丁重にお断りするよ」
「まずはそれが無難でしょう。ところで、今日の席次についてですが」
僕は、魔族の都、クズノハ商会に割り当てられた部屋に戻ってドワーフ製の礼服に着替えたところ。
当初三人それぞれに部屋を用意してくれると申し出があったんだけど、亜空に戻ったりが面倒臭いので一部屋で良いとこちらからお願いして一室にしてもらっている。
そして何かとジャケット着ていけない場所増えたから、任せてくれというドワーフの言葉に甘えて何着かパーティとか儀礼に出れる服を作ってもらっていた。
思えばあの時、何でオークに頼まなかったのか。
ドワーフにお願いした時点で防具的性能も追及されるのは目に見えていたというのに。
結果、完成まで相当の時間を要し。
何度か店で服を買ったりもした。
今それらはタンスの肥やし。
ちょっと勿体無い。
「席次? ああ、座席表ね。ええと……」
識に、僕達が座る場所を見せてもらう。
「私たちはここですね」
「ああ、ん? 結構魔王に近いね。これは一応歓迎されてるってこと?」
またアピールされているんだろうか。
一応魔族に加担とかは出来ませんよって伝えたんだけど……。
「歓迎、の区分では相当なものです。間違いなく国賓として扱われているかと」
「こ、国賓……。たかだか商人の僕らが、国の大事なお客さん?」
「我々が調べて知らぬ限り、あちらは言い出さないでしょうが、そのようです。流石は魔王ゼフ、でしょうか。若様から何かしらを感じ取ったのでしょう」
「物凄い挨拶地獄が来るかな?」
今から胃が痛くなる。
ロッツガルドの学園祭ですら結構一杯一杯だったというのに。
「この席ですと、逆に無いやもしれません。魔王との歓談が優先されるかと。入ってきても側近の魔将か先立って同席した者らでしょうか」
?
識の言葉に違和感を覚える。
魔将はともかく、同席したのって魔王のお子さんだろ?
だったらもう少し言い方があるような気がするんだけど。
「同席した者って識。魔王のお子さんなんだから王子様王女様でしょ?」
……それはそうとして。
魔将と、あの王子様方か。
十分、気疲れするな。
さわやかに笑っても、優しそうに笑ってもする人によって笑顔だってプレッシャーになると知ってくれ。
いや、知っててやってるんだったらもう、耐えるしかないんだろうけどね。
笑わないで下さいとか言えないですしおすし。
「おや、ああ、そうでした。若様はご存知ありませんでしたね」
「ん、何?」
「魔族は次の王を能力で選びます。選出の過程には多少権力なども干渉するかもしれませんが、結果として実力に長けないと魔王にはなれません」
「うん」
「その次期魔王の卵を、魔族は魔王の子、と称するのですよ」
「……? それって王子様と王女様って事と何が違うの?」
兄弟に派閥が出来るけど、実力重視ですよって言っているだけな気がする。
「申し訳ありません、言葉が足りませんでした。つまり、有望な子を血筋など無関係に数百人集め魔王となるべく王の教育を施され、その中から次の魔王が選出されます。その集められた子が皆、“魔王の子”なのです」
……え?
それって、つまり。
「あそこにいたのは魔王の実の子じゃない?」
「おそらくは。四人まで絞られているので次で魔王が決まるのかもしれません。もちろん、王にならなかった三人には相応のポストを与えられ次代の魔族を王と供に導く役割を担います」
血筋、関係ないんだ。
凄いな。
有望なら幼少から家族の手を離れて魔王の子として扱われて磨かれるんだ……。
そりゃあ、有望な人材が育つね。
育つだろうけど……そこまでするかって気もする。
力さえあれば才能さえあれば本人の事情は無視、とでも言われているような嫌な感じもした。
「とことん、能力主義だね。魔族って」
「ええ、そうせねば生き延びられなかったかもしれぬとは言え、確かに極端ですな」
「いくら結果が出ていたとしても……亜空には持ち込みたくない考え方、かな」
「……他所は他所。亜空は亜空です、若様」
「だね」
識の言葉に頷く。
「若様! 案内の者が来ましたわ!」
「澪、お帰り。迎えが来たって、ぎりぎりじゃないか。戻ってくるの遅いよ」
「堪能してまいりました。全て計算通りですわ」
「……はいはい。それじゃ、いこっか」
門限まではまだ一分ある!
なんて言い出しそうな。
……僕も結構そういうタイプだったな。
懐かしい。
『はい』
駆け込み乗車が如く、ぎりぎりで戻ってきた澪の言葉どおり。
その後すぐに案内の人が来た。
間違いなく、今のところ澪が一番この旅を楽しんでるな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
立食形式じゃない宴だったおかげで結構助かってる。
感じとしては結婚式の披露宴みたいな?
そんな感じの宴会だった。
もちろん、新郎新婦はいなかったけどね。
時折出し物のような踊りやら一芸披露があったり、宴会用の物凄い大きさの料理が出てきて取り分けられたり。
雰囲気も明るくて料理も美味い。
澪も識も楽しんでいるし、僕も十分に楽しい。
思ったよりも気を遣わずにいられるのは、魔族の配慮に感謝だ。
ただ魔王の視線とかそのお子さんの視線とかは結構頻繁にこちらを向く。
ホストとして客の様子が気になるのは当たり前だろうし、仕方ないことだと思いながらも、そのせいで小さな緊張は持続している。
ことある毎に魔王から話を振られるし。
他の人、多分魔族の貴族とか軍の偉い人とか、そんな人たちからは話は振られていない。
結構距離もあるからだろうけど、こちらは素直に嬉しい。
識の読みが当たったみたいだ。
あと……。
「記憶は消えてるみたいだけどさ、何ていうかこびり付いたトラウマは残ってたって事かな」
「……そのようで。少々驚きました」
「失礼ですわ。人の姿を見て泡を吹くなど」
「……神様も万能じゃあないって事だよね、うん」
宴席に僕らがついた時のことだ。
魔将の集まったテーブルで一人の魔将がいきなり立ち上がった。
まあ、上半身は人だけど下半身は蛇だから立ち上がったかどうかは……ってそれはどうでもいいや。
澪を凝視してぶるぶる震えたかと思うと。
彼は何も物言うことなく、直に泡を吹いて後方にぶっ倒れていった。
一時、場が騒然となった。
真相を知るのは僕らのみ。
彼、魔将レフト自身さえもその理由はわからないだろう。
彼の心だけが恐怖を拭えずに底に残していたんだろうな。
で、それは苦手意識程度のトラウマかと思ったら重いPTSDレベルだったと。
記憶が無いなら別に気にする事もないかと甘く見積もったことを、心の中でレフトさんに詫びておいた。
なので魔将のテーブルには三人しかいない。
一心不乱にご飯食べてる人は見たことない人だけど、四人いる最後の一人なんだろう。
見た目はヒューマンみたいな人だな。
亜人なんだろうけど、強さ自体はそれほどでもないみたい。
ロナみたいなのがまだいるって事だろうか。
それも嫌だな。
「まあまあ、澪殿。手の込んだ料理も数多く出ておりますし、歓迎を受けているのですから」
「……そこは嬉しいですよ? でもそれとこれとは話が違うでしょう? 私のどこが卒倒するような化物ですか」
澪はレフトの反応が不服のご様子。
場面だけ切り取れば澪のお怒りももっともだけど、その前に澪がした事を考えるとスリッパで頭をはたいてツッコミといきたい所でもある。
そもそもお前が連れてきたんだろうが、と次に僕が後ろから突っ込まれそうな気がする流れだね。
なのでノーコメント。
「ライドウ殿、どうかな今夜の宴席は? 見たところ、楽しんでもらえていると勝手に喜んでいるが」
「いえ、素晴らしい席をありがとうございます。我々も十分に楽しんでおります」
「従者の方は、何か思うところがおありのようだが……」
「いえ、レフト殿の様子が気がかりだと、そんな話をしていただけです。あの、ご容態をお聞きしても?」
「む、レフトの件で気を揉ませていたか……。いや、申し訳ない。今も悪夢でも見ているのかうなされていると報告が入っているが命に別状はないようだ。ご心配頂くほどではないよ」
あー、どうしよう。
明日か明後日かに、ケリュネオンの事なんて話のついでにさらっと話したりとかしようかと思ってたんだけど、レフトの一件があるからどうも話しにくい。
何であの日あの時に限ってケリュネオンにいるかね、あのレフトってのは。
今日ので一層話しにくくなったし。
「……」
う、魔王が何やらこちらを見ている。
仲間になりたそうに、じゃなく何かを企んでいるだろう柔和な笑みで。
じゃ、邪推だと思いたいけど経験上これは何かある笑みだ。
「あ、あはは。重病などではなくて、その、安心致しました。はい」
「そうだ、ライドウ殿。この後メインの料理まではまだ少し間があってな。ライドウ殿さえ良かったら少し……付き合ってもらえんか」
「付き合う、とはどちらまで?」
「そこだよ。バルコニーになっておる。ちと早いペースで飲みすぎてしまってな、夜風にあたろうかと思うのだ」
外。
バルコニーね。
まあ、そのくらいなら。
識を見ると、小さく頷いてくれる。
大丈夫そうだ。
「わかりました。喜んでお付き合いします。私も少し顔が火照りますし」
「うむ。城から見る都の夜景もまた美しいぞ。と言っても、一年の大半が夜だがな、この都は。はっはっは!!」
魔王に促されて席を立つ。
っと。
少しふらつくな。
魔族の酒は結構度数が高い。
甘い酒も辛い酒もキツイのが多いんだ。
こっちの酒に慣れると、ロッツガルドの水割りとかもう酒として飲めないかもしれないな。
ジュースみたいに感じそう。
魔術で酔いを醒ましてしまおうとすればこの程度は一瞬の事だけど、折角楽しく酔ったのにそれは勿体無い。
数歩歩いてみると、さした酔いでもなかったから魔王の後についてバルコニーに出る。
そこには誰もおらず、僕と魔王の二人だけ。
後ろで戸が閉まる音がして、宴の喧騒も一段遠く聞こえるようになった。
強くもなく弱くもなく吹く風が気持ち良い。
「どうかな、都の夜景は?」
「綺麗ですね。ぼんやりとですが、色とりどりの灯りが何故か優しく感じます」
「優しく、か。ふふふ、魔族からは聞けぬ感想。新鮮だ」
魔王はおかしそうに笑う。
見た感じそれほどに酔った感じはしない。
色々な感情を感じさせる言葉の後の笑いだった。
酔い覚ましって僕を連れ出す口実だったのかも。
「私などの意見で笑ってもらえれば」
「……もう一度、帰る日にでも同じ景色を見て感想を聞きたい」
「……はぁ」
「明日、明後日、ライドウ殿には魔族を見て、そして我らを理解して欲しい。良き所も悪き所も」
自分達の社会の長所も短所も見せるって意味かな。
それで、最後にどう感じたのかを聞きたいと。
多分、そんなところ。
「素晴らしい都だと思います。知恵や魔族の皆さんの生きる力に満ちた」
「実はな、騙していた訳ではないがここは首都としての機能を持つ都では、ない」
「え?」
「正確には、そうでなくなった」
「遷都をなさったのでしょうか?」
「その通り。考えてもみよ。多くの領土を得た魔族が、これほど過酷な場所に都を構え続ける必要はないであろう?」
……。
確かに。
魔族が現在得ている領土は、エリュシオン以北は結構曖昧だし、ヒューマンには地図もないからわからないけど。
少なくともここよりはまともな環境の土地があるよね。
「はい。確かに」
「うむ。実際、今は港を設けた海沿いに首都としての機能を持った都市を築き、これを国の中心としている。余も普段はそこにおる」
なら何で僕らは吹雪の中を何日も歩かされたんだ。
もっと楽な場所ならそっちの方が良いじゃないか。
……無茶苦茶遠いとかかな?
「なら何故ここに呼んだのか、と思っておるだろう?」
「うっ、はい……。少し」
何で考えている事がわかるのか。
表情に出てたかな。
出切るだけ感情を出さないようには心がけているんだけど。
「ライドウ殿は、わざわざ難しい感情の隠し方をしているのだよ。読まれたくないのなら感情は消すのではなく、隠すことだ。無理に押し殺そうとすれば不自然にもなる」
「そ、そうですか」
「先ほど楽しいかと余が聞いた時もそう。笑顔を浮かべておけば済むのだから、無表情のままでいようとする必要はない。何より、上手く自然に笑えるようになることだ。それである程度のことは隠し、取り繕えるものでもある」
「ありがとう、ございます」
なんで魔王に指南されてるんだろうな。
でも、上手く笑う、か。
簡単に言ってくれるけど難しいんだよなあ。
状況問わずにやれと言われると、どうも引きつる時が。
精進しないとな。
「なに、ほんの手ほどきにもならぬ事。貸しにする気もない。ああ、話は都の件であったな。この都はな、我らの歴史の詰まった場所なのだ。そして長らく魔族の全てだった場所でもある。だからこそ、ライドウ殿にお見せするのならこの都でなければならぬと思ったのだよ。厳しい路を来てもらったのはその為だ」
「歴史……」
「そう、歴史だ。今も、ここで生まれた多くの慣習が我々の中で生きている」
「……例えば、お子様の件でしょうか」
識から聞いた事を思い出して聞いてみる。
血が繋がってなくても優秀なら王の候補として扱うんだっけ。
「……誰ぞから聞いたか。そう、あの王を決める方法もここで生まれた、と記されている。口の軽い部下がいたようだな。困ったものだ」
「いえ、従者の者が偶然に存じておりました」
いたとしても識からも澪からもそんな話はまだ聞いてない。
その他大勢に括られるだろう部下の人をフォローしておく。
「ほう……博識な。そうか、魔族の慣習を知る部下が、ライドウ殿にはいるか。いや、驚いた」
全然驚いた感じしないし。
識の事、知られているのかな。
ラルヴァって名前でリッチやってた時に、ロナとは何かと関係もあったようだし報告されている可能性は高い。
「偶然に、でございます」
「それだとしても、よ。明日から見てもらうであろう幾つかの慣習もひょっとしたらご存知かもしれぬな。未だ魔族にはヒューマンの社会の事を知っている者が少ない。主に軍の者ばかりだ。そう考えると商人の身でそこまで知識を深めているのは賞賛に値すること、真に良き部下を持たれている」
「恐縮です」
「……この変わらぬ闇の中、魔族は辛苦に耐えてきた。だが、それには永遠に終わりがない。このままではいずれ魔族は滅びる。そう悟った時、我らは力を蓄え機を待った。そして余が戦争を始めた。王として……悔いてはおらん」
恐縮だと言った僕の言葉から少しの沈黙を経て。
遠くを見つめた魔王が僕を見ず、でも確実に僕に向けてその言葉を放った。
そう感じた。
「例えそれが他者の持ち物であったのだとしても、魔族には豊かな土地が必要だ。そうせねばいつまでも、我らは苦しみ、飢え、死ぬ。ライドウ殿、もしも君がそんな種族の王になったのなら、どうしていたかな? 戯れ言だが、聞かせて欲しい」
戯れ言とは、思えない顔で魔王は僕を見た。
この都は……魔族にとって本当に大きな意味のある都市なんだと思う。
おそらく魔王は、何かを回顧して僕に尋ねたんだろうから。
日本人にとっての京都と東京みたいなものなんだろうか。
歴史的な首都と実質の首都みたいな。
いや、首都を移して何年かしか経っていないんだ、そんな風には比べられないか。
僕が想像する分には多分そんな感じだけど、正しくはない気がする。
「僕ならですか。僕なら他人の持ち物に手をつける前に新天地を求めると思います」
「まだ見ぬ土地を探す、か。では、それが絶望的な場合は?」
ええー。
折角答えたのにその返しってあり?
「なぜ絶望的なのでしょう?」
「地理的に、そこよりも劣悪な場所しか残っていない。技術的に、越えられない場所があり先に進めない、といった所かな」
「なら技術を研究させます」
「なるほどな。ライドウ殿は、とにかく戦争は避けるべきと考えるか」
「戦争、というのは確実に遺恨を残します。将来的に見ればプラスとは思えません」
「もちろん、その通りだな。だが、魔族はあまりにも追い詰められすぎていた。最早北への開拓も不可能だと判断された時、我らは先住者である亜人を滅ぼしこの地を得た」
……。
奪うって決めて、ここ!?
どれだけ悲惨な所で生活してたんだ、魔族。
女神も女神だ。
相変わらずひどいな。
いつか横っ面に一発入れないと、とつくづく思う。
「そ、そうですか」
「ああ。そして遺恨は残さず、な」
「え、でも……」
「皆殺しだ。全員始末すれば恨みは残らない。愚策だとは思うが、当時はそれで種族を救った訳だ」
確かに、敵を一人残らず殺すなら恨みは残らない、けど。
徹底してるな。
「……」
「問いかける者によって答えは違おうが。魔族の根底には多かれ少なかれ力の理が生きている。飾らずに申せば要は、弱肉強食というやつだ。出来れば君にはそのような部分は見せたくないが、これからも関係を続けるのなら知ってもらうのは早い方がよい。そう、思ってな。ここに居る間に、その理に沿った慣習やいざこざも見る事があろうから」
真剣に向き合ってくれるということだろうか。
自分の汚い部分は、確かに見せにくいと思う。
……恐いもんな。
「だが少し意外だ。余の感じた限り、ライドウ殿は相当な力を持っている筈。ヒューマンは元々はそこまで強大な力を持つ種族ではない。つまりライドウ殿はそれだけの修練を積んだという事になる。そうした者は、力ある者がより多い自由と権利を得る、そんな考え方に寛容になるものだが。正直、そこまで戦争を忌避しているとは思わなかった」
「戦争を避けたいと思うのは、おかしな事ではないでしょう」
「君ら商人にとっては下克上のチャンスでもあり、勿論大儲けのチャンスでもあるぞ?」
「僕は……戦争で儲けたいとは思いません」
「……だが君は、余と子供たちを交えた世間話の中で戦争で儲けるが文句を言うな、とも取れる発言をしたが?」
そんなこと……言った気はない。
どこがそう取られたんだ?
あ、あれか?
対立したとしても敵対したいんじゃなくて利益がどうのって話した……。
でもあれは、そんなつもりで言ったんじゃない。
「いえ、それは誤解です。僕は戦争そのものに参加したいと思っていないですから」
「ロナが頭を痛めておった。以前聞いた話と違う、ライドウ殿は戦争でビジネスをするつもりなのかとな」
「ですから――」
「よい。その言葉が聞けたなら十分だ。ライドウ殿が言われるように、ロナの誤解だろう。まだ、我らがお互いを理解する為の時間はある。余としては少しずつ歩み寄ることができればと思っている。急がずに、な」
「ありがとうございます」
僕の言葉を手で制して、魔王は僕の言葉を理解してくれた。
良かった。
まさに誤解だし。
すれ違いにならなくて助かった。
……。
そうだ、今だったら。
周りは誰もいない、僕と魔王だけ。
向こうが魔王だけ、こっちは識と澪が一緒の時が最高だったけど考えてみれば相手は王様。
その状況は現実的に難しい。
話のわからない人じゃないみたいだし、さっきの話で魔族が土地を奪うどうこうにも思うところがあるみたいだ。
(識、今大丈夫?)
識に念話を飛ばす。
(若様? 魔王と話をされているようですが、何か問題ですか?)
(いや、そうじゃないんだ。あのさ、今言えそうな雰囲気なんだけどケリュネオンの事、言っちゃってもいいかな?)
(……。そうですね、恐らく我らと魔王だけで話をするのは今後難しいかと思われます。今この時ならば場を調えるのに借りを作ることにはなりません。ただ、ご説明の際にアーンスランド姉妹の為にだとか、亜空がどうのという話はなさらない方が話が早くまとまるかと)
(? でもそれだと理由は僕の親絡みだけになるよ? その方がまずくない? 何か、エヴァとルリアの境遇とかは触れておいた方が……)
(そこを話しますと、ヒューマンに加担してケリュネオンを取り戻した、と受け取られます。ヒューマンへの加担は翻れば魔族への敵対。結果的に我々は勇者を助けてもいますからこれ以上ヒューマンの味方というイメージはもたれない方が“お互い”の為です)
(そ、そっか)
考えてみれば、確かに。
あくまで結果としてだけど、僕らの動きは魔族よりもヒューマンの助けになっていると言える。
思惑としてはそんな気はまるでないんだけど。
結果だけを見れば、この上ケリュネオンをヒューマンに頼まれて取り返しましたというのは……まずいな。
うん、まずい。
(ならばいっそ、若様のご両親の故郷だったから奪い返した、とでも言い切っておいた方が得る物は多いです。魔族にも、若様の両親はケリュネオン出身なのだと情報を一つ渡す事にもなります。果たしてそれを奴らがどう扱おうと、こちらとしては知られてどうなる情報でもありませんから)
(わかった。ならそれでいくよ。ありがとう)
(いえ、この程度。それから、そろそろ魔将や他の者がそちらを気にしだしております。頃合を見てお戻りを。っと、忘れておりました。レフトの件もあります。少なくとも若様はケリュネオンには攻め入ってないと……そうですね、部下が若様を思って暴走した、とでも説明しておいて下さいませ。後に私や澪殿に何かあればそれはこちらで対処します)
(ありがとう。じゃあ、この事を話したら戻るよ)
念話を切る。
魔王には念話を悟られてはいない。
綺麗に隠せていた、と思う。
魔王は夜景を眺めて手すりに手を掛けている。
「……ふっ。いかぬな、少し話し込みすぎたか。客人をいつまでも夜風にあてておくなど、余がしてはいかんな。戻ろうか、ライドウ殿。付き合ってもらって礼を言う」
「あの、魔王様。……お話をしておかなければならない事がございます。今少し、お時間をもらえますか?」
「誘ったのは余だ。ライドウ殿から話があるのなら、もちろん聞こう」
「先だって、魔族は領土を失われましたね?」
「……! ああ。ライドウ殿たちとの待ち合わせ場所の近く、かつてケリュネオンという名の国だった場所だ」
魔王がその表情を、これまでで一番驚きに染めた。
よし、話すぞ。
「それは、私どものやった事です」
「っ!! ライドウ殿、何を言っているかわかっての発言だな?」
目を細め、魔王はこれまでの取っ付きやすい雰囲気を一気に脱ぎ捨てて確認してくる。
大丈夫、話す事は頭でまとまってる。
気圧されるな。
ことケリュネオンに関する事なら。
僕には確実に責任がある。
逃げられはしないんだ。
「はい。私たちクズノハ商会が、ケリュネオンを魔族の手から奪還しました」
「……理由を聞こう。当然、あるのだろうな? ヒューマンの為、と言わぬ事を余は期待しているぞ」
「……私自身の為です」
「ライドウ殿自身の為?」
「はい。ケリュネオンは……私の両親の故郷です。かつて、私の両親はそこで結ばれた。僕にとって、ケリュネオンは第二の故郷とも言える場所なのです」
「……」
「と言っても、私は既に魔族領の只中にあるケリュネオンの領土を奪還しようとは、当初考えておりませんでした。ただ……」
「……ただ?」
「私の部下が、私の事を想うばかりに、かの地を貴方方の手から取り戻してくれたのです。彼らから贈られたケリュネオンを、私は受け取りました」
「それは君の二人の部下、澪と識がした事か? それとも、他に関与している者が?」
射抜くような鋭い目だ。
敵意は、感じない。
それが逆に恐ろしい。
彼は、僕に難しいと言っていた感情の隠し方をしていた。
何の感情も想起させない無表情で、ただ僕を詰問している。
「申せません。誰が関わったにせよ、クズノハ商会の者が動き、成果を私が受け取った以上、責は私にあります。私は力によってケリュネオンを……奪いました」
「……くくっ。力の理によって、かね? 確かに魔族の基本的な思想だが……まったく、かような場所で暴露される内容ではないな、間違いなく。仮にも魔将の一人までがいた魔族の領土の、その真っ只中の地を。いくら見過ごせぬ力を持つとは言え、商会が単独で奪還するか。すまぬな、流石に混乱しておる。が、まず一つ、聞かせてもらいたい。レフトは、何故見逃した?」
「あの方が魔将であると、後で知りました。怪我をされていたので、こちらで治療して魔族の地にお返ししました。記憶が混乱していたのは、理由がわかりませんが」
「魔将だったから、か。ケリュネオンとレフトなら、余はレフトを選ぶ。そう言った意味では礼を言うべきかな?」
「いえ、それは……」
含み笑いを漏らした後の魔王は、達観したような不思議な表情に薄い笑みを浮かべていた。
「しかし、参った。これでは今日は眠れぬ事になりそうだ。既にそれなりの酒を飲んで良い心地であったのだがな」
「……」
「話が終わりなら……今度こそ戻ろうか、ライドウ殿」
「魔王様、この話は」
「誰にも言うな、と続けるなら無理な話だぞ。余とてまだ飲み下せるかわからぬ。そして個人で抱えられる話ではない。まあそもそも、王を個人とするのかという問題もあるがな」
先に言われた。
やっぱり魔王の胸だけに留めて、っていうのは無理か。
でもこれで黙っちゃうとカッコ悪いし……。
「いえ。魔王様のお人柄に触れ、私の意志でお話しした事です。ただそれだけ伝えておこうと思いまして」
「評価は素直に受け取ろう。さ、中へ」
「ありがとうございます」
魔王に扉を開かれ、宴の場に戻る。
暖かな空気が身を包み、席に戻った僕は大量の料理に迎えられた。
事情を知る識にはお疲れ様といった顔を向けられ、澪からは料理の感想やオススメを満面の笑顔と一緒に。
な、何とか言えた。
今日はもう、食べて寝るだけだから良い様なものの。
明日からもこんなだったら身がもたないかも……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
夢だ。
もう雰囲気でわかった。
魔族に宴でもてなされて、僕らは部屋に戻った。
それから部屋にロックをかけて亜空に戻って休んだ記憶が確かにある。
今日は流石に他に何もやる気がしなかった。
戻ってすぐに部屋でダウンだった。
この前はおっさんな自分が砂漠を作ったらしい夢。
その前は……確か響先輩を殺しかける夢。
電子レンジがどうのって、あれ、それは智樹だっけ?
ん、まずいな。
何かごちゃごちゃになってきてる。
変な界とか、砂漠とか。
出てきた人とかはぼんやり覚えているけど、その他の部分はかなり曖昧になってるな。
夢なんてそうそう覚えていられるものじゃないから仕方ないけど、この一連のは何か暗示的というか気になるんだよ。
もう三回目だし。
起きたら巴にでもお願いして保存しておいてもらおう。
にしても……やけに霧が濃い。
スモークかってくらい。
僕は、いや、夢の中の僕はどこにいるんだろ?
そう思っていると。
いた。
「……」
前ほどおっさんじゃないな。
ただ、凄く思いつめた顔をしている。
僕は……これだけの表情をした事があったかどうか。
そこには公園に設置されているベンチがぽつんと置いてあった。
他は何も見えない。
夢にこんな事を言うのはどうかと思うけど、現実感の無い場所だった。
それに、僕以外誰もいないのが気になる。
「こうして二人きりで話すのは、いつ以来でしょうかな若」
「……巴」
え?
声がして、驚いた。
いなかったはずの、僕が黙って座っていたベンチにいつの間にか人影が。
夢の僕が口にしたように、それは巴だった。
ああ、この変な場所は巴のお膳立てってことか?
この夢に巴が出てきたのは初めてだ。
というか、これまで従者や亜空の人にはまったく会ってなかった。
「そのようなお顔は……いえ、儂が言ってよい事ではありませんでしたな」
「お前が元凶だからな」
「ええ」
「巴……俺は」
俺。
前も確かどっちかの夢で僕は俺って言ってたな。
うーん。
自分なのに、いや自分だからか。
違和感が凄い。
「若、その先は仰らないで下さい」
「まだ何も言ってない」
「大方謝ろうとでもされたのでしょう? 無用です」
「……最後まで、お前には敵わないなぁ……」
?
最後?
「儂が望んでした事です。少なくとも儂には悔いがないのですよ。どうか」
「……」
「なに、転生が効かぬ事は若と契約した時から覚悟の上でした。それに向こうには澪もおります。あれも、若には劣りますが一緒に居て退屈しませんからな」
「もっと、俺が……もっと強かったらこうならなかったと思うか?」
「……いいえ。若がかの女神を圧倒する程の力を得たとて、この結果が変わったかどうかなどわかりません。誰にも」
「だが少なくとも、勇者二人と澪を引き換えにするような無様はしなかっただろう?」
なんだよ、これは。
澪もいて。
そしてもういないって、こいつはそう言ってるのか?
「ですが女神がもっと早く出てきたかもしれませぬ。そうなれば澪どころか、あそこで若までも死んでいたやも」
「それでもっ!」
「全てはもう、起きてしまった事です若。若はご自身の道を選ばれた。我らはそれに従った。そして、神と争い今に至る。なに、先ほども言いましたが儂には、いえ澪にも、後悔などありません。若に会ってなかったら、などとは露ほどにも思ってもおりませんよ」
「……」
「真に楽しかった。満ち足りぬまま永久を生きるよりも、ずっと。だから、若も前を見て、自身の道を往かれませ。悩みは全て、ここで儂が預かります。いつか常世に参られたその日に、お返ししましょう」
「俺の道か」
「はい。儂も全部を達観できていた訳ではないので、そう偉そうな事を言えた分でもないのですが」
「こんな風に俺と話しているようなお前でも?」
こんな風に。
なんだろう?
妙に、嫌な感じが付き纏う。
「……ええ。聞きたくば、お聞かせしますが? ただ約束を。決してもう儂らに引き摺られないと」
「ずるいな、巴は。時代劇や和風以外に、お前に悩みがあったなんて聞いたら聞きたくなるってわかっていてそう言うかよ。……わかった、前に進む。もう後少しなんだしな。登りきった向こう側を見てくる」
俯いた口元に笑みが浮かぶ。
口角を吊り上げた、作ったようにも見える笑み。
でも僕には、それが本当に、心から笑っているものだと何となくわかった。
「では……。若が道を定めた後から、儂は段々とこう思うようになっておりました。もしも。もしも儂と澪以外にも若を支える者がいてくれたのなら、と」
「従者ってことか? だけどお前と澪以外に従者なんて」
「儂も澪も、少々独占欲を出したかもしれません。等しくご寵愛を頂きましたが、それゆえ新しく従者が加わる事に否定的であったと」
「……お前たち以外の従者なんて俺には想像つかないよ。無理やり考えるなら、ゼフとか? 後は砂々波か……ルト? まあ候補だとそんな所か?」
「ゼフですか。あれは良いかもしれませんな。うむ、男なら儂らもさして気にしなかったでしょうし」
「三人目の従者ねえ。またトンデモ発言だな、おい」
いや、識は?
識は……いない?
「三人が四人でも構いませんが。まあ、そんな益体もない事を考えて悩んだこともありました、と」
「お前でも、もしも……なんて考えるんだな。ちょっとホッとしたよ」
「では、もう別れの時です。万が一を考えてこのような仕掛けをしましたが、儂如き残留思念でも役に立てて何よりでした」
「巴……っ」
お、おお……。
巴と僕が、キスした。
しかも、何か初めてって感じがしない。
慣れてる。
信じられない。
これまでで一番驚いた……。
巴と、ねえ。
頼れる奴だとは思うけど、兄貴ってタイプだし女としては……見ていない。
いや、そりゃあ見る分には綺麗な女性、なんだけどさ。
「っ、粗相をお許し下さい。身体も残らず消し飛んだので、ついこの様な真似を」
身体を残さず。
やっぱり、この巴は。
キスの衝撃もあったけど、それ以上に重く冷たいモノが腹に溜まるのがわかる。
きつい。
巴はいつもみたいに笑って、周囲を包む深い霧に紛れるように、砂が風で散るみたいに。
消えた。
冗談じゃ、ない。
巴も、澪も!
女神にだって殺させるか!
おい、お前は何をやってやがった!
どんな馬鹿げた道を選べば二人を失うんだよ!
識は!?
識はどうしたんだ!
くそっ、話がわからないだけ、余計に行き場が無い感情が次から次に疑問を溢れさせる。
一人になった僕の周囲が一気に変化する。
薄くなりつつあった霧が渦巻き、ベンチから立ち上がった僕を中心にして晴れていく。
あれ、ここって。
「真殿。入るぞ」
見覚えのある部屋、聞き覚えのある声。
声の主は中央で突っ立っている僕の返答を待たず、部屋に入ってきた。
やっぱり。
姿を見て僕はそう思った。
魔王ゼフ。
「ゼフさん」
「巴殿のこと、残念だった。だが、敢えて一言言わせてもらいに――」
「もう大丈夫。さっきまで巴にも説教されてたとこなんだ」
吹っ切れたような顔で僕が魔王に笑いかける。
ゼフさんって。
随分と親しい感じ。
「……巴殿に?」
「ああ、まったく心配性な奴だよ。死んだ後まで説教しに来るんだから」
「……」
「で、準備は?」
「万端だ。真殿待ちだよ、俺たちは」
「そっか。ゼフさんは勘弁してくれたけど、この分だとロナとサリが五月蝿そうだ」
「真殿の立場ならば、仕方ない事だ。受け入れるしかないだろう」
そうか。
夢の僕は、魔族についたんだ。
これはそういう夢か。
「他人事だと思って」
「事実、他人事だからな。ようやく重荷を降ろさせてもらえたんだ。少しは羽を伸ばさせてもらう」
魔王は僕の印象よりもずっと若く見える。
いや、外見はあまり変わらないと思うんだけど、何となく雰囲気が。
「まあ、気持ちは既にわかる。でも羽を伸ばすならもう一仕事した後だ」
「ふっ、承知しているとも。さあ、部屋を出たら切り替えてもらうぞ真殿。まずは兵を鼓舞してもらわねばならん」
魔王は部屋の扉を開けて僕を待つ。
僕も、彼の言葉に応じるように、そちらに歩いていき、そして。
僕と魔王は廊下に出た。
天井を見て、僕は深く息を吸い、吐いた。
「行くぞ、ゼフ。魔将として存分に働いてもらう」
「御意。新しき魔王にこの身命、賭して御仕えします」
「相手は女神、覚悟はあるな?」
「とうに。魔族に産まれ落ちたその時から」
魔王。
僕は魔族について魔王まで登り詰めたのか。
それどころか、女神の前に出る段階みたい。
こいつは僕よりもずっと、先にいる。
ただし……巴と澪を犠牲にして。
歯を噛み締める。
芯が通り、前を見据えて歩く僕の姿と表情を見て。
怒りを覚えていくのがわかった。
その時。
世界が、軋む。
二人が廊下を歩く風景に細かなヒビが入って見えた。
ガラス同士をこすり合わせたかの様な嫌な音が加速度的に大きくなっていく。
夢は、さめた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
うなされて起きるでも、夢から追い出されて起きるでもなく。
僕は静かに目を開いた。
例によって深夜だ。
草木も眠るなんとやら。
冗談じゃない。
あれは予知夢じゃあない。
現実の僕とは歩いている道が明らかに違うから。
でもだ。
魔族に協力したらその結果、あれに近い事が起きるという示唆である可能性はあるんじゃないだろうか。
このところの夢は、ただの夢じゃないと思えてきた。
巴だ。
あいつに僕の夢を記録してもらおう。
記憶は薄れないもので、人が忘れるだけとあいつは言っていた。
だったら、前の夢も含めて全部再生でもしてもらって検証することは出来る。
……本当に、冗談じゃない。
魔王になんぞなりたくもないし、巴と澪を失うなんて考えたくもない。
大体だ。
おぼろげな記憶になりつつある前二回の夢を含めて。
後味が悪いのが多すぎる!
念話を巴に飛ばす。
寝ていても起こすつもりだった。
(若? お休みではなかったのですか?)
(起きてたのか。ちょっと相談したい事があるんだ。今、いいか?)
てっきり寝ていると思った。
こんな時間まで何をしていたんだ?
(わかりました。ではお部屋に)
(いや、こっちから行くよ。部屋か?)
寂しいって訳じゃないけど。
なんでか、巴の姿が見たかった。
(いえ、外です。屋敷の右手の林ですな)
(わかった)
巴に居場所を聞き出して、僕からそっちに向かう。
林ねえ。
僕も弓を引く時にたまにいくけど、巴がいるのはあまり見ない。
それほどの距離でもなく、僕は間もなくそこに到着する。
「巴、何をしているんだ?」
「無論、修練を。と言っても謎掛けのようでもあるんですが」
「謎掛けねえ」
巴は一本の木の前にいた。
刀の柄に手をかけ、身をやや低く構えている。
刀を抜く手前の姿勢だとわかる。
でも、木との距離が近すぎる。
柄頭が幹に当たってる。
あれじゃ、そもそも抜けないよなあ。
新手の瞑想か?
「この姿勢から抜刀するのが修練になるらしいのです」
「抜刀って、距離ゼロじゃないか。無理に抜こうとしても木に柄が当たるだけじゃ?」
「はい、何度か木を倒してしまいました。あれは恐らく正解ではない、でしょうなあ」
そりゃあ、正解じゃないだろ。
普通は無理やり抜こうとして木が倒れる事って無いから。
どんな画だよ。
「誰から聞いたの、それ?」
「響から教わりました。刀の扱いの基本でもあるそうでしてな」
「だったら記憶を見ればわかるんじゃない?」
「若、それでは修練の意味が半減する気が致します」
「変な所で真面目だね、そういうの好きだけど」
「刀の修練というだけで楽しいですからな、苦にはなりません。今日が駄目でも明日、明日が駄目でも明後日と思い、毎日励んでおりますよ。と言っても、今日はもう仕舞いにする心算でおったのですが若から念話を頂きましたので今少しと。それで……儂に御用とは?」
汗を拭き、満足そうな顔で笑う巴。
うっ。
夢の巴の笑顔を思い出す。
やめろ。
あれは、夢だ。
現実じゃないんだよ。
そう、現実になんてさせない。
だから巴に会いに来たんだし。
「少し、夢を調べて欲しくてね。夢も記憶の内、調べられるよね?」
「無論です。最近ですか?」
「ああ、ここ十日くらいかな。その内僕が亜空で休んだ日があると思うんだけど、その辺りを頼むよ」
「では、失礼して見させてもらいますぞ」
「余計なものは見ないようにな」
「心得ておりますよ」
巴の手が僕の額にあてられる。
ふぅ……。
とにかく、もしかしたら何か大事な事だったのかもしれない。
これで一安心だ。
巴は目を閉じて僕の記憶を探っている。
しかし、柄を木にあてて抜刀する、ねえ。
僕に居合いの初歩を教えてくれていた熊先生、いや石堂先生にはそんな事教わったことないなあ。
……単に僕がそこまで段階を進めてなかっただけか。
筋、悪かったからなあ。
響先輩から聞いたって巴は言ってるけど、考えてみたら剣道に抜刀に関する練習とかって無い、よな?
先輩って、剣術とかも習ってたんだろうか。
益々凶悪な人になるな、それなら。
「……若」
「あ、終わった?」
僕が何となく考え事をしている間に作業は終わったみたいだ。
よし寝ている場合でも無いし、早速見てみるか。
「三日ほど、夢など見られていない夜はございましたが……特に妙な夢はありませんでしたぞ?」
「え?」
「恐らくその三日は夢を見ることもない程深くお休みになっていたのでは?」
「いや、そんな筈は。ええっと、響先輩に会った日……あと帝国に行った内の初日、かな。それに今日、まさに今なんだけど……」
「ありませんな。一体どのような?」
「何か、先輩を殺しかけたり、国を砂漠にしたり、魔王になって、その……巴達が死んでたり」
「……確かに、何か暗示的な夢ですな」
「本当に、無いの? 僕に、そんな夢を見た記憶は」
「はい。まったく」
そんな馬鹿な。
確かに見たし、今も僕はその内容をこうして言えるのに。
見たのに、見てない夢なんて……ますますただの夢じゃない気がしてきた。
でも、巴も嘘をついている雰囲気じゃない。
どうなってるんだ?
「……わかった。ごめん、巴。こんな時間に用事なんか頼んじゃって」
「いえ、それは一向に。若、よろしければ何度でも調査してみますが」
「いや、押して駄目ならって訳じゃないけど。部屋に戻って覚えている事を少しでもメモしとく事にする。またお願いするかもしれないけど、その時は頼むね」
「なにやら、お力になれず申し訳ありません。ただ、若」
「うん?」
「儂らは容易く死にません。若の従者ですからな。そこは、信頼を頂きたいですな」
「……うん。ありがとう、おやすみ」
「ええ、おやすみなさいませ。儂も……っ! 押して駄目なら……引いて?」
「ん、巴?」
「も、もしや! そういう事か!? うむ、そうかもしれん!!」
「……巴ー、おーい?」
「若!!」
「なに? 寝ないの?」
「寝ません! やはり若は一味違いますな!! うむ、これは試す価値がある!! 申し訳ありません、若。ご一緒しようかと思ったのですが、やはりもう少し修練に励む事にします!!」
「あ、ああ。じゃあ、先に休むな」
「おやすみなさいませ!!」
??
まあ、嫌な慌て方じゃないし、ほっとくか。
僕は僕で、夢の内容を書き留めておきたいし。
前二回は少し怪しいけど、今回のはまだ大丈夫、だと思う。
よし、部屋に戻ろ。
今月下旬に「月が導く異世界道中2」が発売される事になりました。
応援してくださった皆様のおかげです。ありがとうございます。
詳細として、情報第一弾を活動報告にて紹介しております。
気にして頂けた方はそちらにも目を通して頂けると幸いです。
ご意見ご感想お待ちしています。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。