だが、この時、中国政府はこの民間の動きを弾圧した。天安門事件の学生鎮圧で国際社会が中国の敵となったとき、経済制裁をいち早く解除し苦境にあった中国に手を差し伸べてくれた日本との関係を損なってはならないという政治的理由からである。"元慰安婦"支援活動に関わったことで童増も張双兵も公職を失った。この中国政府が抑え込もうとした"元慰安婦"の賠償訴訟を支援したのは、日本の民間人だった。日本の人権派弁護士、研究者、フェミニストらが現地に赴き、戦時性暴力被害の聞き取り調査を行い、提訴に必要なだけの資料・証言を揃え、民間からの寄付によって彼女らを東京に招いて証言させた。
最終的に敗訴で終わったが、日本の最高裁で、彼女らが受けた性暴力の実態は事実と認められたことは、長らくその存在すら抹殺され、その苦しみを口にすることすら許されなかった彼女らの環境を大きく変えた。
今の中国は"慰安婦問題"を韓国と共闘で日本を牽制する外交カードとして積極的に利用するようになっている。日本が良心の呵責も感じないでいる非道な国家だというイメージを国際的に喧伝し、日本の発言力、影響力を削ごうということだ。
中国政府にとってのパンドラの箱
"元慰安婦"たちに、日本政府は謝罪をしていない、謝罪が欲しい、と訴えさせているが、日本は村山富市内閣の時、日本国民から集めた「償い金」と首相の「おわびの手紙」を世界の元慰安婦に届けた。中国の"元慰安婦"たちに、この金と手紙が届けられなかったのは、中国政府が「元慰安婦」の存在を認定せず、断ったからだ。
なぜか。班忠義は「金さえ出せばよいという日本政府の上から目線が気に入らなかった」と説明するが、私が日中関係者から私的雑談の場で聞いた話では、「そんなものを受け取るとパンドラの箱を開けることになる」という趣旨の言葉を聞いた。
戦時性暴力の加害者は旧日本軍だけではない。国民党軍も慰安所は利用しており、兵士が村々で暴力的に軍糧や女性を調達した。共産党軍内にも性暴力はあり、誰も公言は出来ないが、党のため、革命のためという理由で、性をささげることを強要された女性同志も少なくなかった。それは一見、女性たちの自発的奉仕に見えて、その実、性搾取である。旧日本軍から性暴力を受けた女性だけに償い金があると、収拾がつかなくなると考えたのかもしれない。いずれにしろ、それは中国の政治判断であった。