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地政学と歴史からしか不可解な隣国を理解できない

2014年10月27日 公開

宮家邦彦(外交政策研究所代表)

 

「渋谷駅のハチ公前交差点」

 こうした地形のコリア半島にとって、華北の中華王朝やマンジュ地方の遊牧・狩猟勢力の強大化はただちに、潜在的脅威を意味する。一度外敵が件の「廊下」を通って南下を開始すれば、これを防ぐことは容易ではないからだ。こうした事態を回避するため、コリア半島の住民は二つの戦術を編み出してきた。

 第一は、潜在的脅威となりうる外敵が出現すれば、これとは戦わず、むしろ取り込み、朝貢し、冊封関係に入って自国の安全保障を確保する方法だ。「名」を捨てても、しっかりと「実」をとる戦術だが、戦略的縦深のないコリア半島には、きわめて現実的な選択である。

 これに対して第二の戦術は、侵入した外敵と徹底的に戦うことだ。戦うといっても、劣勢になれば歴代の王族は国民を置いて逃げることが多かった。外敵と徹底的に戦ったのはむしろ、一般庶民だったのかもしれない。しかも、この半島の住民は外敵に激しやすく、ときに暴力的であり、少なくとも従順では全くなかった。

 先に述べたように、個人的にはコリア人の性格はイラク人に似ていると思う。東西南北をトルコ、クルド、ペルシャ、ローマ、ベドウィンに囲まれ、チグリス・ユーフラテスに挟まれたこの肥沃で平坦な土地には自然の要塞がない。コリア半島が「行き止まりの廊下」なら、イラクは「渋谷駅のハチ公前交差点」だろう。

 幸か不幸か、筆者はこのバグダッドに2回赴任している。コリア半島と同様、イラク人も激しやすく、ときに暴力的で、外国人には扱いがたい人々だった。しかし、二度の在勤を通じ、こうしたイラク人の国民性の根源が彼らの「強さ」ではなく、むしろ「弱さ」であることがわかってきた。

 イラク人に「激情的で、狭量で、自尊心ばかり強く、協調性に欠ける」人々が多いのは、過去3000年間、東西南北の列強がこの「渋谷駅のハチ公前交差点」の住人を殺戮・搾取しながら通りすぎていったからだろう。イラクほどではないが、コリア半島の住人にも自然の要塞をもたない民族の地政学的悲哀を感じる。

 

征服コストの高さ

 コリア半島は、アフガニスタンにも似ている。外国勢力が出兵・侵入しても国力を消耗するだけで、征服・支配のコストが高過ぎるからだ。それは唐、元、清などの中華王朝や日本と半島との歴史をみれば明らかだろう。外敵にとってコリア半島は侵入しやすいが、支配が難しい土地だったと思われる。

 中国は漢の時代にコリア半島の一部を400年ほど支配したが、その後、少なくとも漢族の中華王朝がコリア半島を直轄支配したことはない。コリア半島の内政に深く干渉した元朝ですら、高麗を併合することはなかった。それには二つの理由が考えられる。

 第一は、先ほど述べた征服・支配コストの高さだ。コリア半島に侵入・干渉した唐、元、清はいずれも国力を消耗したのか、ほどなく滅亡している。これが事実かどうかについては別途、検証が必要かもしれないが、少なくとも多くの韓国人はそのように考えていると聞かされた。

 第二の理由は、中華王朝にとってコリア半島支配は地政学的に不可欠ではないということだ。歴史的にみても、中華王朝は遼東半島の維持を優先した。彼らが戦略的に関心をもった幹線ルートは遼東地域から北方に抜ける回廊であり、コリア半島の「行き止まり廊下」はあくまで支線だったようだ。

 漢族中華王朝とコリア半島との関係も微妙である。たしかに歴史上、両者が助け合ったことは何度かある。たとえば7世紀に新羅は唐の支援を受け、百済と高句麗を滅ぼしたが、その後、唐は新羅を攻めている。李氏朝鮮も明の支援を受けて、侵入する日本の豊臣秀吉軍と戦っている。

 しかし、その李氏朝鮮も建国当初は拡張主義政策をとり、明を討つ計画を進めていた。後金の圧力を受けた明が李氏朝鮮に援軍を要請した際も、当時の光海君は出兵こそしたものの、最終的には中立を守っている。コリア半島と中華王朝の関係はつねに緊張感のある、是々非々の付き合いだったようだ。

 実際、コリア半島には清朝以降の中華に対する愛着や憧れが感じられない。コリア半島の住人は北方の靺鞨・女真系狩猟民と南部韓族系の農耕民の混血であり、必ずしも全面的な「親」中華ではないらしい。だからだろうか、今日、コリア半島にいまだ神戸・横浜のような「チャイナタウン」は存在しない。

 

漂流する韓国外交

 隣国に信頼できない魑魅魍魎をもちながら、自然の要塞のない中小大陸国家の住民は、外国人を基本的に信用しない。自らがその地域の覇権を握る可能性は低いが、特定の列強だけに依存すれば、いずれ他の列強の反発を買い、中長期的には自らの安全そのものが危うくなるからだ。

 そのような国家の外交に「機軸」は不要である。逆に必要とされるのは、隣接する列強の力関係に関する「バランス感覚」。特定の列強に過度に依存しないことこそが生き残りの秘訣だからである。こうした発想は、ポーランド、イラク、クウェートなど魑魅魍魎に挟まれた多くの中小国の外交に共通している。

 コリア半島の住民にとって現在の中国、ロシア、日本、米国はいずれも信用できない大国である。ロシアにはどうしても信頼が置けず、そもそも日本とは格が違うと思っている。米国は唯一の域外国だが、しょせんはコリア半島にとっては新参者に過ぎない。

 とくに、中国との関係は複雑だった。潜在的に最大の脅威でありつづけた漢族中華王朝に対する憧憬と劣等意識、非漢族王朝に対する反発と優越意識。この二種類の(繰り返すが実際にはコインの裏表でしかない)コンプレックスを併せ持つのが、コリア半島の対中観の特徴なのである。

 

*本論考は、宮家邦彦氏の新刊『哀しき半島国家 韓国の結末』(PHP新書)の一部を収録したものです。

 

<掲載誌紹介>

2014年11月号

<読みどころ>
「権力は腐敗するから批判する」のがジャーナリズム。しかし、『朝日新聞』は「安倍政権は保守的だから批判する」のではないか。「原発はけしからん」から、東京電力を貶めようとする。常にオピニオンがあって、それに都合のよい事実(ファクト)のみを寄せ集め、記事として発信する。社会をよい方向に導いていこうとの気負いかもしれないが、傍から見ていると読者を洗脳しているようにしか思えない。偏差値エリートの多い新聞社ゆえ、啓蒙的で「上から目線」は避けられないのか。
最近、もう一つ許せないのが消費税増税論議だ。財政再建がわが国の喫緊の課題であることは承知しているが、景気を殺してまで急ぐ必要があるのか。橋本龍太郎政権と同じ道を辿るのではないかと心配になる。一般会計は膨らみ続けているが、歳出カットの話は聞かない。増税の前にやるべきことはあるはずだ。
そこで、今月号の総力特集は、「さよなら朝日、ストップ増税」と題し、各方面の識者に深く論じていただいた。
第二特集は、ウォン高に苦しむ韓国企業の現状を分析した「崖っぷちの韓国」。巻頭インタビューでは、いま最も注目を集めるノンフィクション作家の門田隆将氏に、これからのメディアのあり方を問うた。

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著者紹介

宮家邦彦(みやけ・くにひこ)

外交政策研究所代表

1953年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省に入省。日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任。2005年外務省を退職し、外交政策研究所代表に就任。09年より、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹を兼務。著書に、『語られざる中国の結末』(PHP研究所)がある。

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