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地政学と歴史からしか不可解な隣国を理解できない

2014年10月27日 公開

宮家邦彦(外交政策研究所代表)

 

小中華思想とは何か

「事大主義」と同様、韓国を理解するうえで非常に重要な概念が「小中華思想」だ。この二つの概念は一見相反するようで、じつは「コンプレックス」という同じコインの表裏である。この醜い劣等感・優越感の塊こそが、コリア人の魂の叫びなのかもしれない。

 小中華とは、中華文明圏のなかで、非漢族的な政治体制と言語を維持した勢力が、自らを中華王朝(大中華)に匹敵する文明国であって、中華の一部をなすもの(小中華)と考える一種の文化的優越主義思想である。

 コリア半島の歴代王朝の多く、とくに李氏朝鮮は伝統的な「華夷秩序」を尊重した。表面的には中華王朝に事大する臣下という屈辱的地位に甘んじながらも、内心は自らを漢族中華と並ぶ文明国家と位置づけ、精神的に優越した地位から漢族中華以外の周辺国家を見下していたのだろう。

 ところが17世紀に入り、その李氏朝鮮が拠り所としていた明王朝が滅亡してしまう。しかもよりによって、これまで李氏朝鮮が見下していたマンジュ(満州)地方の女真族が明を圧倒し、中華に征服王朝を樹立したのだ。当時の李氏朝鮮の儒者たちにとっては青天の霹靂であろう。

 それまで夷狄だ、禽獣だと蔑んできたマンジュの女真族には中華を継承する資格などなく、李朝こそが中華文明の継承者だと彼らが考えたのも当然かもしれない。一方、実際には軍事的に清朝に挑戦することは不可能であり、李朝の仁祖は清への臣従を誓わざるをえなかったのだろう。

 夷狄とは文明化しない、すなわち儒教化しない野蛮人であり、禽獣とは人間ではなく獣に等しい存在をいう。17世紀以降、コリア半島の指導者たちは女真系の清を徹底的に蔑む一方で、事大主義に基づいて、その夷狄・禽獣に朝貢を行なって冊封関係に入るという矛盾した世界観と行動様式を維持してきた。

 この屈折したコンプレックスの塊とも思えるコリア半島の住民の民族性は、李氏朝鮮以降、事大主義という劣等感と小中華思想という優越感を、心中で巧みに均衡させることによって維持されてきたのではないだろうか。そう考えれば、激高しやすい韓国の国民性の理由も理解できるだろう。

 ならば、コリア半島の住人のこの屈折・矛盾した「事大主義・小中華」的世界観は、最近の韓国外交が大きく変節した原因なのだろうか。韓国は中国との関係をほんとうに全面的に見直すつもりなのだろうか。

 

ネオ民族主義の時代

 現在、世界各地で地政学的な大地殻変動が起きている。半世紀近く続いた東西冷戦が終了してから早くも、四半世紀近くの年月が流れた。共産主義超大国・ソ連の崩壊によって真の平和と安定が始まるはずだった欧州では、皮肉なことに「ロシアの巨熊」が復活しつつある。

 顧みれば冷戦とは、共産主義と自由主義という二つのイデオロギー・国際主義同士の戦いであった。幸いなことに、欧州各国の不健全で、ときには暴力的な民族主義は米ソ冷戦の陰で事実上、封印されてきた。ナショナリズムよりもインターナショナリズムが優先した時代だったからだろう。

 ソ連の崩壊とは、共産主義イデオロギーの崩壊だけでなく、それまで封印されてきたロシア民族主義復活の可能性をも意味していた。危機感を抱いた欧州各国は、1990年代以降、旧東欧社会主義地域までEU・NATOを拡大し、ユーロ通貨まで創設してロシア民族主義の復活を回避しようとした。

 2014年3月のロシアによるクリミア併合は、こうした欧州諸国の過去20年間の努力が失敗したことを示す歴史的事件だ。もちろん、あの不健全で、ときに暴力的な民族主義はロシアの専売特許ではない。英、仏、ハンガリー、ウクライナなどで極右ナショナリストが台頭していることは偶然ではない。

 このような「プレ冷戦的」「ロシア革命前」の醜い民族主義が復活しているのは欧州だけではなく、東アジアでも中国、韓国などにみられるとおり、各民族の不健全で、ときに暴力的な民族主義が徐々に頭をもたげつつあるとみるべきである。

 実際に、ロシアが欧州の陸上で行なっていることは、中国が東アジアの海上で行なっていることとなんら変わらない。東西の二つの旧大帝国は、その不健全な民族主義的衝動により、近年失われた帝国の既得権を回復すべく、力によって国際秩序の現状を変更しようとしている。これが筆者の考える現実である。

 

コリア半島をめぐる国際情勢

 当然ながら、東アジア最大の地政学的地殻変動といえるのは中国の台頭だろう。韓国・北朝鮮を含む周辺国は、この新たな地政学的大変動に対して、これまでの外交政策を適応させる必要に迫られている。最近の韓国外交の微妙な変化の背景には、こうした計算が働いているとみるべきだ。

 そうであれば、最近日本を軽視し、中国を重視しはじめたようにもみえる韓国外交の変化には、たんなる国内政治的事情だけではなく、最近の中国の台頭に対応した、より戦略的・地政学的な理由があると考えるべきではないか。

 しかも韓国を取り巻く国際政治状況は一時期、一世を風靡したポスト・モダニズムのいう“21世紀のグローバル化現象”などといった「新しいもの」ではない。誤解を恐れずに申し上げれば、現在の韓国をとりまく国際情勢は欧州の状況と同様、100年以上前の李氏朝鮮末期の国際情勢に似てきているかもしれないのだ。

 北朝鮮からの軍事的脅威に直面していた冷戦時代の韓国にとっては、日米韓の三国連携こそが、対北朝鮮に対応するために唯一、機能する安全保障の枠組みだった。しかし、改革開放を断行できない北朝鮮の国力拡大は不可能に近く、第二次朝鮮戦争が勃発すれば北朝鮮側の軍事的敗北と体制崩壊は、おそらく不可避だろう。

 だから北朝鮮は韓国に対して小規模の軍事的挑発を続けても、総攻撃を仕掛けることはない。一方、米韓側から北朝鮮を攻撃することもない。戦争には勝利するが、ソウルは火の海となり、韓国経済が壊滅するからだ。双方が合理的判断を続けるかぎり、今後、コリア半島で大戦争が再発する可能性は低いだろう。

 つまり、北朝鮮は韓国にとって危険でありながらも「先のみえたエピソード」となりつつある。これに代わって韓国外交の中心課題となりつつあるのが対中関係だ。これからも韓国は、日清戦争以降考えたこともなかった巨大な隣国・中国との安定的関係を再構築すべく、さまざまな選択肢を模索していくのだろう。

 

不幸な地政学的「罠」

 米国、ロシア、中国、インドなどは大規模国家だが、国連加盟国の大半は中小規模国家だ。そのなかには、日本のように四方を海という自然の要塞に囲まれ、外敵の侵入を比較的容易に防ぐことが可能な海洋国家があれば、列強に囲まれた平坦な土地で、外敵の侵入を防ぐ自然の要塞をもたない大陸国家もある。

 後者の中小大陸国家の典型例は、独露に挟まれたポーランドや、ローマ・トルコ・ペルシャ・ベドウィンに囲まれたイラクだろう。だが先に述べたように、コリア半島も地理的にみれば、ポーランドやイラクに勝るとも劣らない、不幸な地政学的「罠」に嵌った地域である。

 このコリア半島がポーランドやイラクと最も異なる点は半島、すなわち北部は大陸国家、南部は海洋国家の特徴を併せ持っていることだろう。コリア半島の場合、北部はツングース・モンゴル系の狩猟・遊牧民、南部では韓族系の定住農耕民の影響がそれぞれ強かったようだ。

 筑波大学の古田博司教授は洞察鋭くコリア半島を「廊下」と見立てる。たしかにコリア半島の北東側には険しい山々があり、外敵が侵入するルートは同半島北西側の比較的なだらかな地域、すなわち遼東半島から現在のピョンヤン、ソウルを通り、半島南西部に抜ける回廊しかないからだろう。

 しかも、この回廊は先が海で「行き止まり」だ。なるほど、だからコリア半島は「廊下」なのかと納得した。軍事専門家はこの種の「行き止まり廊下」のことを「戦略的縦深がない」と表現する。撤退できる余地に限りがあるため、長期戦に耐えられない悲劇的地形という意味だ。

 だが、コリア半島の地政学的特徴は「廊下」だけではない。「廊下」は遼東半島からコリア半島南部に至るルートだが、遼東半島北方にはもう一つの回廊、すなわち靺鞨、女真、契丹など多くの北方狩猟・遊牧民族が華北方面に向かうルートもある。これら二つのルートが半島北西部でつながっているのだ。

<<次ページ>>「渋谷駅のハチ公前交差点」

 

著者紹介

宮家邦彦(みやけ・くにひこ)

外交政策研究所代表

1953年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省に入省。日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任。2005年外務省を退職し、外交政策研究所代表に就任。09年より、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹を兼務。著書に、『語られざる中国の結末』(PHP研究所)がある。

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