15/112
十四話 ボス
トレントを狩ってから三十二日が経過した。二日に一度沸く森狼のお蔭で日の進みを計算しやすい。
森狼の毛皮は大量に狩れる様になった所為で、かなりの量を保存している。最近は若干肌寒くなってきたので非常に助かっており、そのお蔭で今の格好は全身毛皮に覆われた野生児になってる。
袋の服から解放された時はつい雄たけびを上げてしまった。ゲームで言えば文明度が一上がりましたって感じだ。
毛皮だけでは無く木材も増えている。五日のペースでリスポーンするトレントを狩る毎に部屋の片隅に積まれていたので、いい加減邪魔になり、今では俺の風呂へと変化した。
詳しい日付は忘れたが、百日以上ぶりに風呂に入った時は本当に生き返った気分がした。清潔にはしていたつもりだったが、溜まった汚れが浮かぶほど体中から汚れが出た。
風呂作りは板にした木材を切込みを入れて組み合わせて、飛び出た釘が俺のかわいいお尻を突き刺すアクシデント何かもあったが意外と上手くいき完成した。
お湯は最初の頃は木材を燃やして鍋で温めた物を使っていたが、恐ろしく面倒なので思案した結果、炉に入る最大サイズの鉄球を作り、炉で熱した鉄球を水を張った風呂桶に投入するという、ダイナミック湯沸かしを採用した。エネルギーは俺の体から生まれるマナだけだ。最高にエコである。
もちろんエルダートレントの木材は、勿体ないので手を付けていない。名前が違うんだ気安く使う気にはならない。
こんな感じでトレントを狩る事も日常になっていて、いなくなったスライムの代わりに投擲術を上げる方法も模索した。
それは最初にエルダートレントを狩ってしまえば、遠距離攻撃を持たないトレントを一方的にやれる事を利用した方法だ。
エルダートレントが居なくなった後の広場で、青銅のダガーナイフをこれでもかと投付ける。一匹当たり五十も投げれば死んで消えてしまうが、普通に何もない所で訓練をするよりかは効率が良い。
やはりこの世界のスキルは難易度制なんだろう。
既に数回のリスポーンを経験して、沸く魔物は変化しない事が分かった。だが、一度だけエルダートレントが二匹沸いた時が有り、危うく顔に攻撃を食らう所だった。一匹倒した所で様子見をしていた時に、こちらに飛んで来る攻撃に気付いて何とか避けれたのだ。
探知ではトレントの見分けがつかないのだが、この気配の大小は何を基準にしてるんだろうか?
まあ、そのお蔭でレベルは更に上がっていて、現在は二十五になっている。この世界の基準で高いのか低いのかは謎だが、確実に自分が強くなっているのが理解できる。
既に地球のどんな人間となぐり合っても、負けない気もするのだが、果たしてどうなのだろうか。
そんな訳でレベルと同時にスキルの熟練度は上がっている。だが、次のレベルに必要な数値が、レベル毎に増えるのでまだまだ時間が掛かる状態だ。進展状況が分かるので苦にはならないのだが、これ以上の効率は難しいので仕方ない。
次に採掘の話をしよう。
坑道は大きな反応が有る方向に掘り進んでいたのだが、遂にダンジョンに辿り着いてしまった。幸いな事に探知で周りに気配がない時に進んでいたので、魔物との遭遇は無かった。
掘り抜いたダンジョンの壁はコンクリートの様に綺麗な平面をしており、人が作ったかの様な印象を受ける。
長い通路に出たらしく明かりも無く、手に持ったトレントの木から作った松明だけでは、通路の果てまで見通すことは出来なかった。松明の火も消えない事から酸素も十分ある事が分かる。
少しダンジョンの中を見回って調べていたのだが、気配が近づいている事に気付いたので、慌てて坑道に戻りマジックバッグから掘り出した土を一気に放出して穴を塞いだ。
詳しく調査するべきなのだろうが、もう少し安全な場所でしたい。気配が来ない場所を掘り当てたらそうする事にして、掘り当てた通路を大きく迂回するように採掘を再開した。
その為、未だにボスの居そうな方向にはたどり着けていない。だが、アクシデントが無ければ後一・二ヶ月あれば到達するだろう。
そうそう、採掘の途中ではまた掘れない場所が出て来ている。例によって採掘のレベルが上がらない事には掘れないあの場所だ。次のレベルに上がるのは当分先の話なので、今は放って置くしかない。
◆
既に何キロ分の坑道を掘ったのだろうか?
これ程深くなると毎回の土の処理に嫌気がさしてくる。トレントのお蔭で余裕が出来た木材で、大き目な桶を作り鉄製の車輪を付けてお手製の台車を作った。多少ではあるが改善した事に喜びながら更に掘り進めた。
大量に出ている土で脱出する案だが、あれは頓挫している。当初は土を盛ればいいだけだと考えていたのだが、そうは甘くなかった。
まず掘れた土は柔らかくなっており、高く盛っても踏めば相当圧縮されるからだ。
踏み固めた土の上に盛って行っても、結局は土なので柔らかく崩れてしまい高くするには、土台にかなりの面積が必要になってくる。
止めにこの世界でもちゃんと雨が降るという事だ。
そこまで降水日が多い訳では無なかったのだが、それでも今迄は十日に一度ぐらいは雨が降る日があった。しかも最近は季節の変化なのか降られる日が多くなっている。その為、毎回土がボロボロになり、更には流れだしてリセットに近い状態にされていた。。
その為にもう、土を盛って脱出する案は今は捨てている。再開するのであれば手詰まりになった時にして、方法を変えて集中してやらなければ成功しないだろう。
そんなこんなも有りながら、更に日にちが経ち、そろそろボスであろう気配の上に坑道が達しそうになっている。探知で感じる気配の距離と予想では、既にボスの居る上の層の部屋にたどり着いても良さそうなのだが、未だに掘り当ててはいなかった。
どうやらそんな部屋は無いみたい。
とは言え、もう少し様子を見てみる為に掘ってみる事にした。
数日後ようやく部屋に出た様だ。
採掘の効率を上げる為に作り上げた、ルーンメタル製のツルハシが、ダンジョンの壁を後ろから突き破り顔を出せる程度の穴を空けた。
意外な事に開けた穴からは程よい明かりが射しこんで来て、どうやら光源がこの先にはあるようだ。最初にたどり着いたダンジョンの通路とは作りが違うらしい。
空けた穴から様子を伺ってみると、そこからは巨大な空間が目に見えた。ボス部屋の上の層だと思っていたのだが、どうやら直接掘り進めてしまったらしく、気配を辿ってみると部屋の真ん中に何かが居る事に気付いた。
これはまずいと思い音を立てずに後退して、探知で様子を伺うが、動きは無い。恐る恐る穴に近づき覗き込んでみるが、こちらに反応している気配は見せなかった。
相手の気を感じて強さが分かる、何て事は俺には出来ないのだが、視線に入っているそれからは圧倒的な存在感を感じる。見ているだけで額から汗が流れて来て俺の顎から滴り落ち、地面に吸い込まれている。
気を張りながら観察してみると、その姿は見た所、俺の体なら一飲みに出来そうな位、巨大な蛇の頭だけがフワフワと浮いていて、髪の毛の様に頭部から触手の様な物が複数本生えている。
空いた穴はその魔物の後方上部の場所なので、正面がどのようになっているかは分からなかった。振り向かす訳にもいかないので、このまま観察する事にした。
大きい気配に気を取られて、部屋の事まで頭が回らなかったが、少し落ち着いて見てみると、この巨大な空間はドーム型をしており、壁から光が発生しているみたいだった。
その為、明かりを持たなくとも部屋を見回す事が出来たのだ。
魔物が向いている方向を見ると、この部屋に入る為の入り口らしき物が見える。通常ならばあそこから侵入してこの部屋の主と戦うのだろう。この見学の方法はちょっとズルだな。
視線を下にずらすと巨大な水晶が見える。ボスとの位置関係を考えると、これを守っているかの様に思えてくる。上からでは色が濁ってしまい良く判らないが、中には何かが入っているように見える。
それ以外は殺風景なもので、平らな石の様な地面が見える位で何もない。ただあの魔物と戦うだけの場所と言った雰囲気だ。
さてどうするか。背後を取れたのはデカいが、槍を投げるにしても、このままの穴のサイズでは攻撃は出来ない。攻撃をするのであればこの辺の採掘が必要になってくる。
果たしてあれほどの存在に、俺の攻撃が効くかは微妙な所だが、これ程の絶好の位置取りが出来たのであれば試しては見たい。
ボスのサイズから考えて、俺が掘ってきた坑道にはまず入れない。投げて逃げる方式ならば何とかなるのではないだろうか。
俺の直観ではあるが、あの魔物をどうにかできればあの水晶の中身も手に入れられる気がする。あの手のアイテムはこのダンジョンに関わる重要アイテムのはずだ。
これまで散々ゲーム臭い常識を味わってきたのだ、ここも当然それが適応されてても可笑しくは無い。むしろそうでない方が不自然なぐらいだ。
そう結論を下し、静かに気づかれない様に採掘をして、今いる場所の空間を広げる。慎重に動いたので一時間も掛かってしまったが、後はダンジョンとの穴を広げれば、槍を投げれるだけの空間を作れる。
ゆっくりと音を立てずに穴を広げて遂に、環境が整った。
俺はマジックバッグからルーンメタル製の槍を取り出す。回収は難しいだろうけど、現段階で最高の武器を使う事にした。
深呼吸をして槍を構える。明らかに危ない相手なのは分かっているので、もしもの事を考えて逃げる方向も改めて確認しておく。
助走を取れるほど広くは無いので、体の力だけで投げる事になるが、レベルが上がった今ならば、それでもかなりの威力が出るだろう。
体を後方に曲げる様に撓らせ力を蓄える。最高に達した頃に一気に力を開放して体をひねる様に投擲を行う。投擲された槍は迷わず目標へと進んでいく。一瞬の間で到達した槍が突き刺さると思った瞬間、何かに抵抗を受けた様に速度を落とし、突き刺さりはしたが刃の半分程度しか刺さらなかった。
次の瞬間にはボスはこちらを向いていた。
正面から見たボスの姿は巨大な蛇の頭が、その大きな口を最大限まで広げた姿で、その口の中には巨大な目玉を咥えていた。
見ただけで恐怖と驚きに染まってしまい、体が動かなくなり足が震えだす。
恐ろしくとも目が離せないその視線の先では、頭部に生えている触手だと思っていた目玉を咥えた蛇の一匹が、動いたかと思うとその小さな目玉の先に火の玉が発生して、こちらに高速で向かってくる。
はっと攻撃された事に気付き、逃げようとするが腰が抜けてしまい、手で這う様に坑道の向こうへ逃走を試みるが無駄だった。
穴の中に放られた火の玉は坑道の壁に当たると、その大きさからは想像も出来ない程の爆発を引き起こした。
俺の体は地面に伏せていたにも関わらず、爆発の衝撃を受け壁に叩きつけられながら坑道に沿って吹き飛び、逃げようと思っていた方向へと凄まじい速度で進んでいく。
レベルのお蔭で体が丈夫になった事が幸いしてか、何とか意識を保ち、頭を守りながらその勢いが落ちるを耐えた。
ようやく吹き飛ばされた体が止まった頃には、足の震えも収まっていて自力で部屋まで逃げる事が出来た。
ようやく部屋に着いた俺は、四つん這いになり荒れた呼吸が収まるのを待つ。
すると、次第に体中から痛みが襲ってきた。痛みに喘ぎながら体の確認をすると、至る所から血が滲み、特に爆発の衝撃を受けた背中から火傷に近い痛みを感じる。
余りにも痛みが酷くなってきて、すぅーっと血の気が引いてくるのを感じる。このままでは気を失ってしまいそうなので、急いでマジックバッグに入れて有ったポーションを取り出し一気に飲み干した。酷い味だがそんな事を言っている余裕も無く、祈るかのように痛みが消える事を望みポーションの効果が出るわずかな時間を待った。
ポーションの効果は劇的で、体中が暖かくなると同時に痛みが引いていく。小さな傷などは既に消えていて、滲んでいた血がかさぶたのように剥がれていく。
ただ、一番痛みが酷かった背中からは未だに鈍い痛みを感じる。ポーション一本では完全回復は出来なかったようだ。
手を伸ばし背中を触ってみるが、湿った感じなどは無いので、表面的な傷は治っているみたいだ。寝るのに少し苦労しそうだが、もう一本を飲む必要は無い、この程度なら勉強代として受け入れよう。
しかし、これで低級ポーションなのだ、上級ポーションは一体どれ程の効果が有るのだろうか。
痛みも引き頭の中も落ち着いてきた。坑道での作業なので上半身裸だったのが、怪我を大きくした原因だろう。甘く見ていた訳では無いが、トレントが放つ魔法の威力を参考にしすぎたようだ。
大半が爆発の衝撃で壁に叩きつけられた傷だが、あの攻撃に直撃していたら俺の命は無かっただろう。
散々な結果になったが希望は見えた。助走が付けられなかった事もあり全力の投擲は出来なかったが、それでもあの目玉に傷を付ける事が出来たのだ。
投擲した槍の威力を一時的に防いだように見えたあの力も、それを超える威力があれば突き破れるのだろう。実際俺が投げた槍は僅かではあるが刺さったのだ。
となれば更なる威力で投擲すれば槍は届くという事だろう。
問題は現段階で最強のルーンメタル製の槍を、使い捨てる程は用意できない事と、威力を増すには投擲術のレベルアップが必要なのだが、必要熟練度が跳ね上がっているので、まだまだ時間が掛かる事だ。
さらに言えば反撃をどう防ぐかだ。
今回はかろうじて逃げられたが、次回もこう上手くいくとは限らない。ちゃんとした対策が取れるまでは、手を出すことは難しいかもしれない。
いや待てよ、別に投擲術は必要ないのか?
あの場所とあの魔物の位置を考えると、一つの案が浮かんだ。この案ならば反撃をされる前に、ある程度の距離を逃げる事も可能だ。
俺は思い付いた案を実行する為に、背中の痛みなどすっかり忘れて、更に思案をして計画を詰めていく。いつの間にか日が傾いて着たが、夜飯を食べながらも、床に入った後も考えを突き詰めて遂に考えが纏まった。
背中を庇うように仰向けに寝ていた俺の口が自然と緩む。今日はこのまま寝る事にしよう。
おやすみなさい。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。