B-Pのお話
B−Pについて
2月22日はボーイスカウトの創始者ベーデン パウエル卿の誕生日であり「世界友情の日」とさだめられています。 ボーイスカウトでは、これを祝い、多くは2月22日の近くの土曜日か日曜日にB−P祭を行っています。 ベーデンパウエルはボーイスカウトの仲間の間ではその頭文字からB−Pと呼ばれ、親しまれています。 |
||
ベーデンパウエルは1857年2月22日にイギリス、ロンドンのハイドパークの近くに生まれました。 1907年にベーデンパウエルが都会の少年たちと 小さなキャンプをしたのが始まりです。 彼らはこの体験をもとに、少年たちに野外活動のすばらしさ、グループでの楽しさを教えた「スカウティング・フォア・ボーイズ」という本を書き上げました。 これに魅せられた少年達は、グループを作り野山を駆け巡りました。 以来、ボーイスカウト運動は世界中に広がり受け継がれています。 |
||
ベーデンパウエルの夫人、オラブ・ベーデンパウエルも同じ2月22日が誕生日です。オラブ・ベーデンパウエルはガールスカウトのチーフガイドであったので、ガールスカウトでもB-P祭を実施しています。 ですからボーイスカウトとガールスカウトは夫婦みたいなものですね。 |
||
南アフリカ ズルー族との出会い | ||
イギリス陸軍であったB−Pは1888年南アフリカでのズルー族の反乱との戦いの中で現在のボーイスカウト運動に結びつく経験をしました。 B−Pは戦いの中でも傷ついた女の子の手当を してあげたり、子どもたちに優しく接してあげました。 この戦いでのB−Pの活躍により反乱は収まり、ズルー族は降参して、酋長より首飾りを贈られました。 木製のビーズに紐を通した長い首飾りは現在「ウッドバッチ」と呼ばれウッドバッチ実習所修了者に贈られるものとなっています。 熱帯ジャングルにおいてはヘルメットよりつばの広い帽子(ハット)のほうが、太陽光線や木の枝から身を守るのに好都合であることを学び、ハットはB−Pのトレードマークと共にスカウトの制帽となりました。(現在はベレーをかぶっていますが) また、このときの活動しやすい服装が、現在のボーイスカウトの制服の原型となっています。 |
ズルー族 |
|
そなえよつねに | ||
1899年から1900年アフリカにおいてイギリスとオランダからの移民ボーア人との間で戦いが始まりました。ボーア戦争と呼ばれる戦いです。 B−Pは9000人ものボーア軍に包囲された町をわずか1000人で守り抜きイギリスの英雄となりました。そしてB−Pは43才で史上最年少の少尉となりました。 このときに多くの人から祝電や祝福の手紙を受け取った。その中に一通のある婦人からの封筒に B.P. と書かれていたことから B.P.「そなえよつねに(Be Prepared)」を考えつきました。 |
||
シートンとの出会い | ||
動物記で有名なシートンとの出会いもこの頃でありました。 シートンの提唱するウッドクラフト(森林生活法)はインディアンの儀式を取り入れ野外活動をゲーム化したもので、道徳教育や集団行動などにおいてあまりふれていなかった。しかし、素朴な生活と自然への感謝と活動の楽しさを重視し、バッジシステムや、各班に動物の名前を使うなど、また各種のゲームやキャンプクラフトをシートンから学びました。 |
||
ブラウンシー島でのキャンプ | ||
1899年B−Pは軍隊時代に学んだ技術を生かし兵隊たちのために、「斥候の手引(Aids
to Scouting)」 と言う本を書き上げました。 しかし、この本は、冒険の遊び方の本として子どもたちに大きな反響を得て兵隊よりも子どもたちに多く読まれました。 そこで、B−Pは子どもたちに野外活動の正しいやり方、楽しみ方を教えてあげようと1907年に都会に住む20人の少年たちとイギリスのブラウンシー島でキャンプを行いました。 |
||
スカウティング・フォア・ボーイズ | ||
ブラウンシー島でのキャンプは大成功に終わりました。 B−Pはこのキャンプでの体験をもとに子どもたち向けに「スカウティング・フォア・ボーイズ」と言う本を書き上げました。 この本は冒険好きな子どもたちの間で大評判となり大勢の子どもたちが本を買って活動を始めました。 「スカウティング・フォア・ボーイズ」は現在でも世界中で多くの人たちに読まれています。 |
||
ボーイスカウト運動との別れ | ||
1937年夏 オランダで開催された第5回世界ジャンボリーの閉会式で世界のスカウトたちに別れを告げました。 |
||
「スカウトの兄弟たちよ、今、諸君にさよならを言う時が来た。 私たちが諸君に会うのはこれが最後であろう。 私は人生の最期に近づいている。
諸君は人生のはじめである。 しかしわたしたちはこのことを悲しむ必要はない、むしろ逆である。・・諸君らの幸福な人生を祈るものである・・・グッドバイ、ゴッド・プレス・ユー・オール」 "Now good-bye. God bless you all" そして、大好きなアフリカのケニアに移り住み、のんびりと暮らすこととなるのです。 |
||
最後のメッセージ | ||
ある日、この地上との別れが近づいたことを知ったB−Pは世界のスカウトたちに向けて最後のメッセージを書きました。 | ||
「私は、非常に幸せな生涯を送ることができた。だから、君たち一人ひとりにも、同じように幸福な人生を歩んでいってもらいたいと願っている。 お金持ちになっても、社会的に成功しても、わがままができても、それによって幸福にはなれない。 幸福への第一歩は、少年のうちに、健康で強い体をつくっておくことである。そうしておけば、大人になったとき、世の中の役に立つ人になって、人生を楽しむことができる。 幸福を得る本当の道は、ほかの人に、幸福を分け与えることにある・・・「そなえよつねに」を忘れずに、大人になっても、いつもスカウトのちかいとおきてを、守っていきなさい。神よ、それをしようとするみんなを、お守りください」(一部略) |
||
原文はこちらです Baden−Powell Home Page内より |
||
最後の日 | ||
1941年(昭和16年)1月8日 B−Pはこの地上を去りました。83才。 | ||
この地上を去ってもいつまでも私たちの心の中に居ます。 今でも世界各地で新しい仲間がふえていっていることでしょう。 ボーイスカウトという、すばらしい活動をつくり上げ、 そして教えていってくれたベーデンパウエル卿に、改めて感謝し、 そして、B−P祭で、誕生をお祝いしましょう。 |
本ページの内容は Robert Baden-Powell,
Founder of the World Scout Movement,
Chief Scout of the
Worldより参考及び引用
B−Pを更に良く知っていただくために作成しました
ページ内作成/管理:macchi