NHKアナザーストーリーズ「宿命のトリプルアクセル それぞれの選択」①伊藤みどり
NHKアナザーストーリーズ「宿命のトリプルアクセル」が8月5日にBSプレミアムで放送されました
youtube動画ブログさんがデイリーモーションの動画を上げてくださっていますので
見逃してしまった方はこちらをどうぞ
skating.livedoor.biz/archives/51927713.html
じっくり視聴させていただきました。
視聴者に誤解を与えかねないような表現、事実誤認などで
「チョットそこは違うんでないかい?」という箇所が多々ありました
何より伊藤みどり、荒川静香、浅田真央の3人を「五輪におけるトリプルアクセル」という視点で
無理やり取り上げようとする構成に無理があった、と思う
ここは「3人のメダリスト」という括りでよかったのではないだろうか?
五輪で3Aに挑んだ日本選手には伊藤みどり、浅田真央のほかに2002年ソルトレイクシティ五輪に出場した恩田美栄もいました
こちらがその動画です。恩田はFS冒頭で挑戦しています
残念ながら3Aは転倒してしまい、認定は受けませんでしたが
五輪でのトリプルアクセルで取り上げるなら『みどり、恩田、浅田』の3人であるべきだったと思う
トリプルアクセルのパイオニア・伊藤みどりに関するくだりで気になった箇所をいくつか述べさせていただく。
1988年カルガリー五輪で規定に苦しみながらもアクセルを除く3回転ジャンプをすべて成功させて5位。
この大会で金メダリストになったのはカタリナ・ヴィットだったのですが、
浜田岳ナレーションにあったビットの発言には事実誤認がある。
「美しさはアイススケートの一部。それに男性の方は誰だって、ゴムまりみたいな人よりきれいな体をした女性を見る方がいいでしょう」
「ゴムまり」がジャンプをポンポン跳んだ伊藤みどりを皮肉った発言とされていますが
この発言は五輪直前にライバルだったカナダのコーチから
衣装についてクレームを付けられた時に発したもの。
発言内容からいって「地元カナダでメダルを争うライバルであるエリザベス・マンリーの体型」について述べたのではないかと思う
当時は規定で出遅れると実質メダルが遠のくようなことになってましたので
規定に弱いみどりはヴィットにとってはさほど眼中になかったのではないだろうか
尤もヴィットもジャンプをポンポン跳び、表彰台を逃しながらもEXに招待され
大喝さいを浴びた伊藤みどりについては快く思っていなかったらしく
1994年リレハンメル五輪復帰に際してNHK特集のインタビューでは
「技術がますます高度になっていく傾向を止めることはできないでしょう。
より高く、より多くジャンプ出来ることは確かに素晴らしいことだと思います。
しかし、フィギュアスケートはスポーツであると同時に氷上の芸術です。
観衆がただジャンプを観るだけでなく、スケートの美に感動して欲しいのです」
と答えているのでジャンパー嫌いだったことには間違いないのではありますが
カルガリー五輪5位の伊藤みどりは同年愛知フリー選手権で非公式ながら女子では世界初のトリプルアクセル成功
NHK杯でもやや着氷が乱れながらもジャンプを降りたことでトリプルアクセルはみどりの代名詞となるに至る
・・・・・・・・・・・・のですが
みどりがトリプルアクセル習得を始めたのは
マンネリ化した練習がつらいという15歳のみどりに興味を持たせるために山田満知子コーチが提案して始めたもの。
カルガリーの前の話である
伊藤みどりが本格的に習得に向けて練習に取り組むようになったのは
北米のアイスショーで男子トップ選手が跳ぶトリプルアクセルに魅せられたからであって
カルガリー五輪で高評価をもらえず5位入賞にとどまった悔しさではない
そもそも五輪で5位だったのは大の苦手としていたコンパルで出遅れたからであって
FSに関してはジャッジから高評価をもらえていたのではないかと思う
もう一つの違和感は1991年アルベール五輪前年に起きた「異変」について述べる件。
トリプルアクセル成功と世界選手権優勝が「勝って当たり前」「(トリプルアクセルを)跳んで当たり前」になり
伊藤みどり自身「やりたい」から「やらなきゃいけない」という重圧があったことは確かだと思う。
ただこのアルベールビル五輪前年度には伊藤みどりは
左足首を故障したり、手術があったりなど様々なトラブルを抱えながらの出場だった
満足な練習もできぬまま臨んだ1991年世界選手権ではとうとうフランスのレティシア・ユベールとの衝突事故が起きてしまう
どちらもスピードを出していたため、気づいても互いに避けることができなかった。
伊藤みどりのシューズにはユベールのエッジが刺さり、ユベールはSPを23位で終えた後FSは棄権
みどりも4位で競技を終えて後病院へ直行している。
NHKナレーションが「あり得ないミス」で片づけたこの衝突シーン、その後についてはあまり報じられてませんでしたが
ここに衝突からオリジナルプログラムの演技、演技を終えてリンクを去るまでの一連の動画がある
衝突によって伊藤みどりの左のシューズ側面には大きな穴が開いた
奇しくも故障していた方の足。画像が不鮮明ですがテーピングされた左足にはくっきりと傷もついていた
衝突事故によってユベールのエッジの先が伊藤みどりの負傷した左の足を直撃し靴に穴をあけただけでなく傷まで負っていた
テーピングされていたから切り傷で済んだものの
傷はもっと深く選手生命にかかわるほどの重症になっていたかもしれません
ユベールのようにボロボロになってもおかしくない状況で伊藤みどりはオリジナルプログラムで3位に踏みとどまり
FSを棄権してもおかしくない状況でも4位に踏みとどまって総合4位になった。
ワールドの結果を受けてアルベール五輪の出場枠は2になった。
伊藤みどりは競技終了後「3枠獲れなくて申し訳ありません」と発した。
みどりにはワールド優勝だけでなく、五輪出場の最大出場枠にも大きな期待がかけられていた
それだけ精神的な負担は大きかったのである。
カメラ席に飛び出してしまう場面はスポーツの珍プレーとしても取り上げられたりもしますし
五輪前年度の4位という結果には不調という言葉で片付けられがちですが
伊藤みどりは突発的な衝突事故と怪我との闘いの中でエースとしての責任を果たしただけなのにこの扱いは何なのかと
ちょっとここは個人的にムカつきました
伊藤みどり集大成となる1992年アルベールビル五輪。
当時の出場枠は2つでしたが「フィギュア初の日本人五輪(金)メダリスト」への連盟や国民の期待と重圧は
みどり1人だけに重くのしかかっていた。
仮に伊藤みどりが前年ワールドで3枠を獲得していたとしても
やっぱりメダルへの重圧はみどりひとりにかかっていて
五輪期間中孤独だったのではないだろうか
ナレーションでは「SPでは安全策を取ってルッツを選択」とありましたが
これも事実誤認ではないかと思います
今では女子選手はエラー持ちでもルッツを含めトリプル5種は当たり前になっていますが
当時はルッツジャンプを跳べる選手も少なかった
伊藤みどりには「安全策」でも女子の技術レベルとして考えた場合
ルッツを跳ぶことは決して[安全策]ではなかったのではないでしょうか
「トリプルアクセルを跳ぶ」と腹をくくったアルベール五輪のFS
伊藤みどり本人の解説がありました
冒頭3Lz+3Tは第1ジャンプが2回転に抜け、続くトリプルアクセルは跳ぶと決めていたものの
「重い切りが足りなかった」ためブレードがスキッドして転倒。
本人解説では「回転は回っていた」とありますが、五輪の日本の中継では解説の五十嵐文雄はやや回転が足りないと述べている
SPでは4位。FSでも立て続けのミス。ここで伊藤みどりのトリプルアクセルも
日本選手初のメダルも完全に遠のいたと感じてしまった者は多かったと思う
3F+2T、3Loを決めた後半、伊藤みどりはリカバリーに迷わずトリプルアクセルを跳ぶことを選択し
後半3:10とうとう「女子史上初の五輪トリプルアクセル成功」に導く
番組では触れていなかったものの伊藤みどりはこのとき、インタビューで
『ぐちゃぐちゃになってもいいからトリプルアクセルを跳びたかった』と語っている
ジャンプの天才と言われ続けた伊藤みどりもトリプルアクセルは弛まぬ努力なしには習得できなかった
失敗しても故障しても諦めずに跳び続けたことが五輪でのトリプルアクセル成功に導いた
「跳びたい」から「跳んで当たり前」「跳ばなきゃいけない」に代わっても
最後に伊藤みどりを突き動かしたのは「五輪で跳びたい」という強い信念であり
トリプルアクセルも表彰台も最後まであきらめないという強い気持ちだったのではないか
そしてそんなみどりの限界に挑むアスリートとしての姿勢や渾身の演技が
多くの観衆の心を打ち、「記録にも記憶にも残る選手」になったのではないか、と私は思います
五輪でのトリプルアクセル成功でもって競技生活の集大成とし、
「もうこれ以上の演技はできない」と引退を決意した伊藤みどり。
でもトリプルアクセルを取り上げた割にはどれだけみどりにとって思い入れの強いジャンプだったか
五輪という重圧のかかる舞台で失敗すれば体力を大きく消耗するなかで成功させることが
いかに難しい事かについてはあまり触れていなかったような気がします
伊藤みどりのアルベール五輪FS演技に関してはアメリカ実況で解説者のスコット・ハミルトン氏が担当アナウンサーと
つぎのようなコメントのやり取りをしている
ハミルトン(以降S)「どうやら再度トライするようです。もう一度3A。成功させました!信じられない!」
実況アナ(以降J)「演技開始後3:10すぎですよ!」
S「そして3S。この1週間3Aを成功させていなかったのに!」
S「開始3:10で成功させるとは・・・メダルを獲るために跳ぶ必要がありました」
J「これでメダルは獲れるでしょうか?」
S「間違いなく。とても勇気が要るんですから」
S「ジャッジも、会場にいる全てのスケーターもそれがどれだけ難しいかを知っていますから」
S「間違いなく表彰台に届くでしょう」
当時の日本の実況放送動画も見ましたが後半の3A成功と伊藤みどりがメダルに届いた偉業は湛えてましたが
ハミルトンのような踏み込んだ発言まではしていませんでした
実際のところは日本のメディアというのは当時から
女子がトリプルアクセルを跳ぶことの難しさを全く理解できておらず
20数年経った現在に至るまでもやっぱり理解できていないし理解する努力すらしていないのではないか
…と感じてしまいました
youtube動画ブログさんがデイリーモーションの動画を上げてくださっていますので
見逃してしまった方はこちらをどうぞ
skating.livedoor.biz/archives/51927713.html
じっくり視聴させていただきました。
視聴者に誤解を与えかねないような表現、事実誤認などで
「チョットそこは違うんでないかい?」という箇所が多々ありました
何より伊藤みどり、荒川静香、浅田真央の3人を「五輪におけるトリプルアクセル」という視点で
無理やり取り上げようとする構成に無理があった、と思う
ここは「3人のメダリスト」という括りでよかったのではないだろうか?
五輪で3Aに挑んだ日本選手には伊藤みどり、浅田真央のほかに2002年ソルトレイクシティ五輪に出場した恩田美栄もいました
こちらがその動画です。恩田はFS冒頭で挑戦しています
残念ながら3Aは転倒してしまい、認定は受けませんでしたが
五輪でのトリプルアクセルで取り上げるなら『みどり、恩田、浅田』の3人であるべきだったと思う
トリプルアクセルのパイオニア・伊藤みどりに関するくだりで気になった箇所をいくつか述べさせていただく。
1988年カルガリー五輪で規定に苦しみながらもアクセルを除く3回転ジャンプをすべて成功させて5位。
この大会で金メダリストになったのはカタリナ・ヴィットだったのですが、
浜田岳ナレーションにあったビットの発言には事実誤認がある。
「美しさはアイススケートの一部。それに男性の方は誰だって、ゴムまりみたいな人よりきれいな体をした女性を見る方がいいでしょう」
「ゴムまり」がジャンプをポンポン跳んだ伊藤みどりを皮肉った発言とされていますが
この発言は五輪直前にライバルだったカナダのコーチから
衣装についてクレームを付けられた時に発したもの。
発言内容からいって「地元カナダでメダルを争うライバルであるエリザベス・マンリーの体型」について述べたのではないかと思う
当時は規定で出遅れると実質メダルが遠のくようなことになってましたので
規定に弱いみどりはヴィットにとってはさほど眼中になかったのではないだろうか
尤もヴィットもジャンプをポンポン跳び、表彰台を逃しながらもEXに招待され
大喝さいを浴びた伊藤みどりについては快く思っていなかったらしく
1994年リレハンメル五輪復帰に際してNHK特集のインタビューでは
「技術がますます高度になっていく傾向を止めることはできないでしょう。
より高く、より多くジャンプ出来ることは確かに素晴らしいことだと思います。
しかし、フィギュアスケートはスポーツであると同時に氷上の芸術です。
観衆がただジャンプを観るだけでなく、スケートの美に感動して欲しいのです」
と答えているのでジャンパー嫌いだったことには間違いないのではありますが
カルガリー五輪5位の伊藤みどりは同年愛知フリー選手権で非公式ながら女子では世界初のトリプルアクセル成功
NHK杯でもやや着氷が乱れながらもジャンプを降りたことでトリプルアクセルはみどりの代名詞となるに至る
・・・・・・・・・・・・のですが
みどりがトリプルアクセル習得を始めたのは
マンネリ化した練習がつらいという15歳のみどりに興味を持たせるために山田満知子コーチが提案して始めたもの。
カルガリーの前の話である
伊藤みどりが本格的に習得に向けて練習に取り組むようになったのは
北米のアイスショーで男子トップ選手が跳ぶトリプルアクセルに魅せられたからであって
カルガリー五輪で高評価をもらえず5位入賞にとどまった悔しさではない
そもそも五輪で5位だったのは大の苦手としていたコンパルで出遅れたからであって
FSに関してはジャッジから高評価をもらえていたのではないかと思う
もう一つの違和感は1991年アルベール五輪前年に起きた「異変」について述べる件。
トリプルアクセル成功と世界選手権優勝が「勝って当たり前」「(トリプルアクセルを)跳んで当たり前」になり
伊藤みどり自身「やりたい」から「やらなきゃいけない」という重圧があったことは確かだと思う。
ただこのアルベールビル五輪前年度には伊藤みどりは
左足首を故障したり、手術があったりなど様々なトラブルを抱えながらの出場だった
満足な練習もできぬまま臨んだ1991年世界選手権ではとうとうフランスのレティシア・ユベールとの衝突事故が起きてしまう
どちらもスピードを出していたため、気づいても互いに避けることができなかった。
伊藤みどりのシューズにはユベールのエッジが刺さり、ユベールはSPを23位で終えた後FSは棄権
みどりも4位で競技を終えて後病院へ直行している。
NHKナレーションが「あり得ないミス」で片づけたこの衝突シーン、その後についてはあまり報じられてませんでしたが
ここに衝突からオリジナルプログラムの演技、演技を終えてリンクを去るまでの一連の動画がある
衝突によって伊藤みどりの左のシューズ側面には大きな穴が開いた
奇しくも故障していた方の足。画像が不鮮明ですがテーピングされた左足にはくっきりと傷もついていた
衝突事故によってユベールのエッジの先が伊藤みどりの負傷した左の足を直撃し靴に穴をあけただけでなく傷まで負っていた
テーピングされていたから切り傷で済んだものの
傷はもっと深く選手生命にかかわるほどの重症になっていたかもしれません
ユベールのようにボロボロになってもおかしくない状況で伊藤みどりはオリジナルプログラムで3位に踏みとどまり
FSを棄権してもおかしくない状況でも4位に踏みとどまって総合4位になった。
ワールドの結果を受けてアルベール五輪の出場枠は2になった。
伊藤みどりは競技終了後「3枠獲れなくて申し訳ありません」と発した。
みどりにはワールド優勝だけでなく、五輪出場の最大出場枠にも大きな期待がかけられていた
それだけ精神的な負担は大きかったのである。
カメラ席に飛び出してしまう場面はスポーツの珍プレーとしても取り上げられたりもしますし
五輪前年度の4位という結果には不調という言葉で片付けられがちですが
伊藤みどりは突発的な衝突事故と怪我との闘いの中でエースとしての責任を果たしただけなのにこの扱いは何なのかと
ちょっとここは個人的にムカつきました
伊藤みどり集大成となる1992年アルベールビル五輪。
当時の出場枠は2つでしたが「フィギュア初の日本人五輪(金)メダリスト」への連盟や国民の期待と重圧は
みどり1人だけに重くのしかかっていた。
仮に伊藤みどりが前年ワールドで3枠を獲得していたとしても
やっぱりメダルへの重圧はみどりひとりにかかっていて
五輪期間中孤独だったのではないだろうか
ナレーションでは「SPでは安全策を取ってルッツを選択」とありましたが
これも事実誤認ではないかと思います
今では女子選手はエラー持ちでもルッツを含めトリプル5種は当たり前になっていますが
当時はルッツジャンプを跳べる選手も少なかった
伊藤みどりには「安全策」でも女子の技術レベルとして考えた場合
ルッツを跳ぶことは決して[安全策]ではなかったのではないでしょうか
「トリプルアクセルを跳ぶ」と腹をくくったアルベール五輪のFS
伊藤みどり本人の解説がありました
冒頭3Lz+3Tは第1ジャンプが2回転に抜け、続くトリプルアクセルは跳ぶと決めていたものの
「重い切りが足りなかった」ためブレードがスキッドして転倒。
本人解説では「回転は回っていた」とありますが、五輪の日本の中継では解説の五十嵐文雄はやや回転が足りないと述べている
SPでは4位。FSでも立て続けのミス。ここで伊藤みどりのトリプルアクセルも
日本選手初のメダルも完全に遠のいたと感じてしまった者は多かったと思う
3F+2T、3Loを決めた後半、伊藤みどりはリカバリーに迷わずトリプルアクセルを跳ぶことを選択し
後半3:10とうとう「女子史上初の五輪トリプルアクセル成功」に導く
番組では触れていなかったものの伊藤みどりはこのとき、インタビューで
『ぐちゃぐちゃになってもいいからトリプルアクセルを跳びたかった』と語っている
ジャンプの天才と言われ続けた伊藤みどりもトリプルアクセルは弛まぬ努力なしには習得できなかった
失敗しても故障しても諦めずに跳び続けたことが五輪でのトリプルアクセル成功に導いた
「跳びたい」から「跳んで当たり前」「跳ばなきゃいけない」に代わっても
最後に伊藤みどりを突き動かしたのは「五輪で跳びたい」という強い信念であり
トリプルアクセルも表彰台も最後まであきらめないという強い気持ちだったのではないか
そしてそんなみどりの限界に挑むアスリートとしての姿勢や渾身の演技が
多くの観衆の心を打ち、「記録にも記憶にも残る選手」になったのではないか、と私は思います
五輪でのトリプルアクセル成功でもって競技生活の集大成とし、
「もうこれ以上の演技はできない」と引退を決意した伊藤みどり。
でもトリプルアクセルを取り上げた割にはどれだけみどりにとって思い入れの強いジャンプだったか
五輪という重圧のかかる舞台で失敗すれば体力を大きく消耗するなかで成功させることが
いかに難しい事かについてはあまり触れていなかったような気がします
伊藤みどりのアルベール五輪FS演技に関してはアメリカ実況で解説者のスコット・ハミルトン氏が担当アナウンサーと
つぎのようなコメントのやり取りをしている
ハミルトン(以降S)「どうやら再度トライするようです。もう一度3A。成功させました!信じられない!」
実況アナ(以降J)「演技開始後3:10すぎですよ!」
S「そして3S。この1週間3Aを成功させていなかったのに!」
S「開始3:10で成功させるとは・・・メダルを獲るために跳ぶ必要がありました」
J「これでメダルは獲れるでしょうか?」
S「間違いなく。とても勇気が要るんですから」
S「ジャッジも、会場にいる全てのスケーターもそれがどれだけ難しいかを知っていますから」
S「間違いなく表彰台に届くでしょう」
当時の日本の実況放送動画も見ましたが後半の3A成功と伊藤みどりがメダルに届いた偉業は湛えてましたが
ハミルトンのような踏み込んだ発言まではしていませんでした
実際のところは日本のメディアというのは当時から
女子がトリプルアクセルを跳ぶことの難しさを全く理解できておらず
20数年経った現在に至るまでもやっぱり理解できていないし理解する努力すらしていないのではないか
…と感じてしまいました
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