編集部だより


8月の新刊




  日本の税金
三木義一著
(新赤版849)
 

     
  著者からのメッセージ

 私たち市民への増税時代になりそうです。「税金は払いたくないし、関心も持ちたくない」などとおっしゃらずに、一度、日本の税制の実態をのぞいてみませんか。難しそうに感じる税制問題も、少し目線を変えて私たち市民の日常生活と関連づけてみれば、実は非常に単純なことですし、面白いことでもあるのです。それに、少しのぞいてみると、不公正で不合理な問題が多いことに驚かれるのではないかと思います。税制は社会の反映ですから、不公正で不合理な仕組みが社会にある以上、それが税制にも反映されているのです。

 現在、税調が構想している増税路線は、「広く薄く」市民に税を負担してもらおうという方向です。そのための地ならしとして、所得税のいろいろな控除を縮小し、ついで価額表示を総額表示に切り替えて消費税を見えなくし、その後で消費税率を引き上げようというものです。結局、間接税を中心とする一般市民の負担増で国家財政の立て直しを図ることになります。市民の大多数がそれに賛成ならいいのですが、もし大多数の市民がおかしいと思いながら、しかし、専門的なので口出しできないと考えているなら問題です。税は市民が合意して法律にしない限り課税できないものだからです。

 間接税を中心に「広く薄く」増税していく方向の答申を読んだとき、私は今から140年も前にドイツで展開された間接税論争を思い出しました。1862年にラサールが労働組合員を前に演説をし、「間接税は結局労働者が負担する税である」という趣旨の演説を行い、これが「有産階級への憎悪と軽蔑を扇動した」として告訴された事件です。こんなことで告訴されること自体、今日からすれば滑稽ですが、ラサールは告訴を受けて、自己の主張が正しいことを論証するために『間接税と労働者階級』という論文をまとめました。この論文は大内力教授の訳で岩波文庫に収録されています。この論文の中で、私にとって特に印象深かったのは、検察官が「間接税は絹や砂糖等の奢侈品に課税するので、結局は富裕者が負担している税だ」と非難したのに対して、ラサールが次のように反論している部分です。

 「しかし、いわゆる奢侈税は、一つの独特なディレムマになやんでおります。すなわち、あるいは奢侈税が何ら奢侈税でないか、つまり、それが最下層の国民階級でもひろくふつうに用いる諸対象、たとえばコーヒーや茶、ビール、火酒、石けん、ろうそく等々に課せられ、したがってその圧倒的大部分が、やはり最下層階級、すなわち労働者、農民、小市民から徴収されることになる――
 あるいは、反対に、それが実際に奢侈税であり、したがってその場合には何物ももたらさないか、つまり現実の国費と国家収入の関係からいえば、語るに足るほど、目につくほどのものは何物ももたらさないか、ということこれであります。」(岩波文庫、97-98頁)

 今から140年も前の論争ですので、今日とは前提が異なる点も少なくないのですが、間接税の大衆課税の側面を見事に描いているように思います。

 今回私が書いた『日本の税金』は、法的な視点から描いているという違いはありますが、ラサールが140年前に多くの庶民に訴えかけようとしたものと同じような気持ちで書かせてもらいました。市民の方が、本書を手にして、税制に関心を持たれ、その声が税制改正に反映されるようになることを願っています。
 
 
     
 

■著者紹介
三木義一(みき・よしかず)
1950年東京都に生まれる。1975年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。現在は、立命館大学法学部教授、博士(法学・一橋大学)。専攻は税法。
著書に『よくわかる税法入門』(有斐閣、2001)
   『世界の税金裁判』(清文社、2001)
   『税理士春香の事件簿』(清文社、2001)
   『相続・贈与と税』(一粒社、2000)
   『受益者負担制度の法的研究』(信山社、1995)
   『争点相続税法』(共編著・勁草書房、1995)
   『現代税法と人権』(勁草書房、1992)
   『うまい酒と酒税法』(編著、有斐閣、1986)などがあります。

 
     
 

■目次

序章 もっと税金を知ろう
  与党による意識調査/税制を決めるのは国民/レディ・ゴディバと日本の首相/日本の税制の現状

第一章 所得税――給与所得者は優遇されている?
 「所得」税と給与所得
  「収入」と「所得」/給与所得控除/サラリーマンの必要経費/サラリーマンにも実額控除可能?/家族労働の必要経費性/住居の維持費
2 誰の所得なのか
  夫婦の所得?/課税単位/夫婦財産契約
3 「所得」に課税するのか、「人」に課税するのか
  総所得金額/人税としての所得税/基礎控除額で人間が生活できるだろうか/課税最低限のまやかし/配偶者控除論争/パート労働の壁/医療費控除等
4 累進税率の意味
  超過累進税率/税率の変遷/税額控除か手当か/住民税負担
5 所得税をどう改革すべきか
 

建前の応能負担/二元的所得税/税のグローバル化


第二章 法人税――選挙権がないので課税しやすい?
 会社の税金の実態
  法人税率は高いか/赤字法人/多い法人数
 法人税の仕組み
  法人の所得/会社の建前と法人税/同族会社/受取配当益金不算入/交際費損金不算入/税率/組織編成税制の台頭
 会社の所得は誰のものか
  法人擬制説と実在説/選挙権のない法人/法人税の方向

第三章 消費税――市民の錯覚が支えてきた?
 錯覚する消費者
  痛みを感じる消費税/誰が払うべきなのか/誰に払っているのか――免税業者/誰に払っているのか――簡易課税業者
 シンプルでも、公平でもない税制
  どの取引に消費税がかかるのか/シンプルな税制か/消費税は付加価値税/増加する仕入税額控除否認/逆進性は変わらず/滞納の増加
 どうなるのか消費税
  税率アップと非課税/ゼロ税率・軽減税率/逆進性を緩和できるか/高齢化社会と消費税

第四章 相続税――自分の財産までなくなる?
 制度疲労に陥っている税制
  相続額が同じでも/遺産取得税方式から折衷方式へ/死亡件数一〇〇件のうち、相続税がかかるのは?/法定相続分でまず計算/取得額が同じでも税負担増/連帯納付/右肩上がりの税制/通達で評価/事業承継
2 相続税をどう考えるべきか
  相続廃止は可能か/税調の方針/遺産取得税方式の徹底へ/相続三代続くと
 贈与税の仕組みと問題点
  贈与税は補完税/精算課税の導入/いつ取得したか/法人への贈与は注意/国際的租税回避

第五章 間接税等――税が高いから物価も高い?
 税が酒を造る
  発泡酒騒動/分類差等課税/ビールは高級酒?/発泡酒とビールの差異/悪税が租税回避酒をつくる/酒税制度をどう変えるべきか/逆従質税/免許は必要か
 たばこ増税の攻防
  たばこにかかる五種類の税/五重課税か/増税で禁煙させられるか
 特定財源としてのガソリン税
  ガソリンも税の固まり/特別措置で増税/特定財源の攻防/環境税化へ
 様々な流通税
  各種の流通税/相続させる遺言と登録免許税

第六章 地方税――財政自主権は確立できたのか?
1 地方税のしくみ
  地方税条例主義/不明確な規定/三割自治は変わらず
 事業税
  事業に課税/外形標準課税/東京都の銀行税/銀行税裁判
 固定資産税
  台帳課税主義/バブル後遺症/家屋はなぜ下がらない/時価に連動すべきなのか
 都市計画税
  固定資産税とどう違う/都市計画財源として機能しているか/都市計画への住民参加と都市計画税の再生
 法定外税
 

自治体独自の税/最近の同意事例/よそ者課税


終章 税金を監視しよう
  税制改正は憲法問題/転勤と居住の自由/公平課税の危うさ/生存権保障と所有権保障/適正手続の保障/使途の監視/使途と裁判/市民による支出チェック/二一世紀の税制改革
あとがき
 
     
  ■岩波新書にはこんな本もあります  
 
納税者の権利 北野弘久著 黄版174
日本人の法意識 川島武宜著 青版A-43
自治体・住民の法律入門 兼子 仁著 新赤版744
人間回復の経済学 神野直彦著 新赤版782
財政構造改革 小此木潔著 新赤版539
 
 
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