見くびりすぎていた中国の拒否反応
日中・香港での反日抗議運動
2005年5月4日、中国での反日愛国運動「5・4運動」を記念して、香港の議会前で整然と行われた反日抗議運動。
(写真提供:時事通信。なお同写真およびキャプションについて、時事通信の承諾なしに複製、改変、翻訳、転載、蓄積、頒布、販売、出版、放送、送信などを行うことは禁じられています)
いったいなにが日本の誤算だったのか。
第一は中国の態度を見誤ったことである。中国の反対は最初から予想されてはいたが、わが外務省当局者たちは「中国だけが日本の常任理事国入りに反対という状況をつくれば、中国は実際には反対はしない」と断言していた。ところがそんな予測は飛んでもない誤算だった。中国は日本が外交工作を本格化させた当初から激しい反対運動を内外で開始した。
2005年4月には中国政府は国内の従来からの反日勢力をあおって、「日本の常任理事国入り阻止」のキャンペーンを打ち上げさせた。この活動はインターネットでの署名運動から反日暴力デモにまでエスカレートした。
日中関係の歴史に今後長く残る2005年春の中国各都市での「反日デモ」は実は日本の国連安保理常任理事国就任を阻むための中国当局の策動だったのである。「靖国参拝」とか「歴史認識」はあとからつけた口実に過ぎない。日本側で「首相の靖国参拝こそ中国側の反日の原因だ」と断じることほど愚かな誤解はない。
タイミングだけをみても、反日暴力デモが起きた2005年4月の時点では小泉首相の靖国参拝はもう1年3カ月も前の出来事だった。2004年1月に首相が参拝して以来、現実には靖国をめぐる動きはなにもなかったのである。反日デモのタイミングは日本政府の国連安保理常任理事国入りへの動きにぴたりと照準が合わされていた。
中国政府は東南アジアでも、アフリカでも、日本の動きを阻止する外交活動を熱心に展開した。その反対工作は功を奏し、日本が押すG4案への国際的な支持はみるみる減っていった。このへんの中国側の反対の勢いを日本政府は完全に誤算したのである。
米国の意向を完全に読み違えた対応
とかくアメリカの受けが悪かったシュレーダー前首相
11月14日、ドイツ南西部カールスルーエで開かれた社会民主党(SPD)大会で、演説後に党員らに手を振るシュレーダー首相。党員らは総立ちになり、拍手はなかなか鳴りやまず、首相は両手を頭の上に組んで何度も舞台中央に出て応え、涙をこらえているようにも見えた(ドイツ・カールスルーエ)
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第二の誤算はアメリカの出方についてだった。
アメリカは日本の動きに対し、中国の猛反対が明白となってからもなお、態度を明確には示さなかった。だがアメリカのブッシュ政権は2005年7月に入って、日本が常任理事国入りの手段とするG4案へのノーを断固として表明した。この展開も小泉政権にとっては大きなショックだったようだ。なぜならアメリカの歴代政権は日本の常任理事国入り自体には積極的な支援を表明してきたからであり、日本をとかく厚遇するブッシュ政権がここまで強く反対することはまったくの想定外だったからだった。
日本の外務省の誤算は本来なら最大の支援者のはずだったアメリカさえも敵に回してしまった。ブッシュ政権はまず安保理の大幅拡大に反対だった。常任理事国の数を一気に増すことにも否定的だった。日本だけでなくドイツやブラジル、インドが常任理事国になるというG4案は安保理全体の大幅拡大が前提だった。だからアメリカはG4案には正面から反対した。
ブッシュ政権はしかもドイツには冷たかった。ドイツのシュレーダー政権がイラク問題その他で一貫してアメリカの方針に反対してきたことが大きかった。ブッシュ政権はブラジルの現政権に対してもやや距離をおいていた。いまのアメリカ政府がドイツやブラジルの安保理常任理事国入りに賛同するとは思えないことは、だれの目にも明白だったはずなのだ。
だが小泉政権はブッシュ政権のそのへんの心情や認識を無視する形で、あっさりとG4案を推し、しかもアメリカの賛成を求めたのである。外務省はブッシュ政権との高官レベルでの緊密な調整をしていなかったのだ。G4案にはあくまで反対というアメリカの真意をつかんでいなかった。現にブッシュ政権ではその後、「日本一国だけの常任理事国入りならば、十分に応援する」という方針を改めて強調した。
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