フランスでのテロ事件は1997年にこの作品で予言されていた!?全ての価値観を否定する破壊の黙示録『ザ・ワールド・イズ・マイン』

角野 信彦2015年11月14日 印刷向け表示
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 またフランスでテロが起こった。120名近い犠牲者が出ている。新井英樹の『ザ・ワールド・イズ・マイン』という作品は、こうした世界を予言していたようなマンガだ。こんな時にこそ読んでもらいたいので、レビューを修正して再掲載する。

11月14日朝日新聞デジタル
(http://www.asahi.com/articles/ASHCG34Z2HCGUHBI014.html)

 

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (1)巻 (ビームコミックス)
作者:新井 英樹
出版社:エンターブレイン
発売日:2006-08-31
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仏新聞シャルリ・エブド襲撃事件の捜査を担当した警察署長エルリク・フレドゥ氏が自殺した。TV「フランス3」が報じた。執務室での拳銃自殺という。直前、新聞社の編集委員のひとりの遺族と面会していた。  2015年1月11日 『Voice of Russia』より
http://japanese.ruvr.ru/news/2015_01_11/282007241/

ニュースによれば、犯人が襲撃したユダヤ系のスーパーでは、警察が突入する前に人質が4名殺されていた。もし自殺と人質の犠牲に関連があるなら、『ザ・ワールド・イズ・マイン』(TWIM)でも、これに非常によく似たシチュエーションが出てくる。このニュースを聞いて、改めて新井英樹の人間への洞察力に驚嘆しているところだ。


●『ザ・ワールド・イズ・マイン』が起こしたマンガのイノベーション

この作品ははっきり言って非常に難解だ。ストーリーもテーマもキャラクターも一筋縄でいかないし、説明セリフは一切ない。社会に対する怒りみたいなものが渦巻いて、表現も過激化している。

1997年にヤングサンデーで連載が始まったこの作品は、あまりに暴力的・刹那的・破滅的な主人公たち、説明を一切廃したセリフまわし、サブリミナルのように組み込まれる伏線の1コマ、強烈なリアリティをもっている武器や背景など、ストーリー、テーマ、キャラクター、コマ割りというすべての要素に、強烈な作家の意思を感じさせる。

そのなかでも特に「セリフ回し」に関しては驚かされる。マンガや映画など会話が主体の物語には、読者に説明をするために書かれているセリフがいくつか入っているのが普通だが、このマンガには説明をするためだけに入っている会話が一切ない。

普段の人間が行っているリアルな会話を書き起こしてみると、話が飛んでいたり、省略が多かったりして、それだけで理解するのがとても難しいのだが、そんな調子で物語がどんどん進んで行く。臨場感たっぷりで、自分も登場人物の一人になった気分で、その中に参加しているように、どんどん物語に没入していく。これが、あえて「わかりやすさ」を排除したことで得られる効果なのだろう。

●暴力と破壊と殺戮で描かれる「価値相対主義」と「神」の対立 阪神大震災とオウム事件が与えた影響について

このマンガのテーマは「神」だと作者の新井英樹はインタビューで語っている。新井英樹にとっての「神」とは、因果応報を引き起こし、生殺与奪の権利を握って人間の「運命」を自在に操れる超越的な存在だ。新井英樹はこの「神」を2人のキャラクターを使って擬人化している「神」とは、人間の「運命」を変えられる、要は人の生命を奪いに奪い尽くす存在である。

TWIMでは人の生き死にがたくさん出てきますが、理由は「神」をテーマにしたからです。「神」を意識して描き始めたので、生死をあつかうことになったんです。
<中略>
残虐な犯罪を犯す人のこと考えると、神がいたほうがいい。バチが当たるという考え方が定着すればいいなぁと思ってます。
<中略>
どう読んでもらってもいいと思うんですけど、こっちとしては道徳の教科書を描いたつもりです。


『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』新井英樹特別ロングインタビューより

主人公のテロリストの1人、モンちゃんは「俺は俺を肯定する」と言い、世間における相対的な関係性のなかで価値判断をしてきた日本人に対して、強烈なアンチテーゼを体現する存在として描かれている。キリスト教でもイスラム教でも、神というのは道徳や倫理の体系を擬人化したものだ。戦後の日本というのはそういう「絶対神」のような存在がなかったことがよかったと誰もが思っていた。むしろそうした「絶対性」を否定して戦後の日本が始まったのだろう。

そうした中で、1990年にバブルが崩壊し、1995年に阪神大震災とオウム事件が起き、1997年には拓銀や山一證券が市場から退出を迫られる。戦後の日本が追求してきた良き「相対性」のようなものに疑問を呈する空気が充満しているなかでこの物語は始まった。そうした「価値の相対性」に疑問を呈するキャラクターがモンちゃんである。

一方、トシと呼ばれているもう1人の主人公は、使うあてもなく爆弾を作っている郵便局で働く若者だ。彼がネットの掲示板で語り合っている言葉が彼のキャラクターを表現している。

『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』第5巻より

1995年の阪神大震災やオウム事件では、自衛隊や警察という「強い力」を持ちながら、いざというときに使えない政治の姿を、私たちはいやというほど見てきた。トシというのは、そういう弱い権力しかもたない政治のもとで、警察や軍のような「強い力」をうまく使えないジレンマを体現する存在である。彼は物語のなかで、「力」を持つことに対する恐怖を何回も口にしている。

●国家に対して「生命の価値はいくらか」を聞いたらどうなるか?

トシモンは青森西警察署に立てこもり、RPG-7(携帯対戦車擲弾発射器)やMM67(破片手榴弾)、AK47アサルトライフル、トカレフ(拳銃)などを使って警察官を殺戮しまくり、日本政府に要求を出す。出した要求は3つ。童話のような内容だ。

 
 

『ザ・ワールド・イズ・マイン』第1巻より

それに対する総理大臣の解答はこうだ。 

 
 

『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』第1巻より

このやりとりは何回読んでも味わい深い。「生命の価値はいくらか」「人を殺してはいけない理由を答えろ」「ユートピアを実現しろ」という要求に対して、トシモンはすぐに白黒つけたいので性急に答えを要求する。一方、総理大臣のユリカンは、現実は常に真っ黒と真っ白の中間にあることを理解し、白に近づけることが尊いと言う。

●「神」とヒーローの特権 生殺与奪が人間の本質なのか

日本人は割と簡単に無宗教と言ってしまうが、欧米で「無宗教」というのは、アナーキストとほぼ同義である。世間における人間関係、「相対性」による倫理や道徳の規定と、宗教のように「絶対的な善」のためには人を殺すこともいとわない倫理観の間での葛藤、1997年の日本の葛藤が次の総理大臣とテロリストのトシモンのテレビをとおしてのやりとりのシーンに現れているように思えるがどうだろうか。

『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』第2巻より

『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』第3巻より

「神」と「生命の価値」という命題が、トシモンの残酷な大量殺戮という形で、ここから繰り返し物語の中で出現し、読んでいて苦しくなる。警察が1人の人質の命を守るために犯人を殺害することに躊躇するため、トシモンはそれを逆手に取って大量殺戮が可能になる。個人の命と社会の秩序の保持とを天秤にかけて、「生命を差別」し、社会を守ろうとする人たちが次々と去っていく。次のシーンは県警本部長の会見での「社会と個人の命」の関係についての発言だ。 

 
 
『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』第5巻より

社会のなか、人間関係のなかで、相対的に倫理観や道徳観が決まるとすれば、常に世間を意識して、意見が激しく対立するようなテーマの意思決定はできない。そういう非決定のなかで「運命」によって死に至るものがおり、なんとか犠牲者を最小にするため、正当に権力を行使しようとした責任者の決定は、ポピュリズムに毒された社会に受け入れられない。正当に権力を行使するのも日本のような国では喧々諤々の議論になる。

例えば、あさま山荘事件で、ひとりの人質を奪還するために死んだ人間は3名、重軽傷者は27名だ。この物語のなかでも青森西署に立てこもったトシモンが、1人の人質を取る。人質奪還の指揮官、塩見が劇中で「30数名の命が失われ」と語っているが、1人の人質に対して、3人の命が失われるのと、30数名の命が失われることを比較したときに、あなたは何を感じるだろうか。3名だったらよくて、30名だったら多いと感じるだろうか。人質の命の「価値」よりも警察官の命の「価値」は軽いのだろうか。この物語は、深く読めば読むほどそうした問いを次々に読者に突きつけてくる。

阪神大震災と地下鉄サリン事件が起こった当時のことをよく知っている人ならわかると思うが、両方の事件とも、正当に権力が行使されていれば、死ぬ人間はもっと少なかったはずだといわれ、議論された。戦後の日本で「非決定」や「価値の相対性」がこれほど害だと認識された瞬間はないといえる。このストーリーの中でも、「戦後民主主義」に対する懐疑が横溢している。

●最後には「相対性」だけでなくアメリカ的価値の「絶対性」も否定する

結末に向かって、殺戮の描写はどんどん加速していき、物語そのものも非常に複雑な構造になっていく。新井英樹が「マリア死亡以降はエピローグです」と語っているように、阿倍野マリア(アヴェ・マリア!)がストーリーから消えて以降は、それまでとは逆に、(アメリカの)価値の「絶対性」や独善的な「決定」が攻撃対象になる。

アメリカが嫌いなので、壊したかったんです。アメリカは自分の身の丈以上のことしているじゃないですか。自国では既に機能していない自由、平等、人権といったものを他国でまき散らしている。その姿に腹が立つんです。
<中略>
「命は平等に価値がない」「俺は俺を肯定する」「力は絶対だ」という一連のモンちゃんのセリフは、アメリカ的価値観が行き着いた先です。だからモンちゃんのセリフに共感した人は、アメリカの信者です。

『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』新井英樹特別ロングインタビューより

マリアが死ぬ前と後では、価値観がひっくり返ってしまっているが、これこそが新井英樹の真骨頂ではないかと思う。彼は物語を語るだけで、「相対性」と「絶対性」のどちらが世界を良くするかという価値判断はしない。彼はゴロッとストーリーを読者の前に投げ出し、読者に自分の頭で考えることを強いるのだ。そして、こんなことも言っている。

いまでもワイドショーとかであんだけ人の死をバンバン取り上げているのを見ると、「人の死ぬ事件って面白いなぁ」と思っている人がいっぱいいるんだろうと思う。


『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』新井英樹特別ロングインタビューより

私は「沢山の人間が死ぬ」TWIMを面白いと思ったし、面白いだけでなく、難しい問題を提示され、考えるきっかけをもらった。何重もの価値観を提示し、社会的な問題を読者に認識させ、楽しませるというのは作家として凄い技量だと思う。一方で、人が死ぬことを「楽しんだ」社会に対してもシニカルな目線を向けている。

ここに至って、新井は自身の作品までも疑ってみせるのである。そして、911の前の物語を、911の後に変えるのはルール違反と考え、1997年の空気を真空パックして『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』で届けてくれた。読んでいるこちらが心配になるほど真摯だと思う。

マンガHONZで新井英樹の『空也上人がいた』を2015年の大賞に選んだ関係で、2014年の12月に新井英樹と堀江貴文の対談が行われた。同席させてもらったときに新井英樹は「僕は物語を提示するだけ。それがいいとか悪いとかの価値判断はしない」とか、「最近の映画はわかりやすくなりすぎて、観る側が考える余地が残っていないものが多い」と話していた。TWIMはまさにそういうマンガだった。

何回読んでも新しい発見がある作品というのは、映画でもマンガでも小説でも殆どないが、数少ないそのうちの一つがこの『ザ・ワールド・イズ・マイン』だ。フランスでテロが起こったこのときにこそ、このマンガを読み返して、「神」と殺戮について考えて欲しい。とにかく凄いマンガだ。 

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (2)巻 (ビームコミックス)
作者:新井 英樹
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作者:新井 英樹
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空也上人がいた (IKKI COMIX)
作者:新井 英樹
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