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2015年8月26日 (水)

アメリカにあったMw9.3の津波シミュレーション-「Mw9.0を想定出来なかった」という言葉の背景-

【要約】

「東北地方太平洋沖でMw9.0の地震は想定出来なかった」-これは実務家のみならず、日本の地震学界で当然の前提とされてきた。震災直後には新書まで発売され、地震学会は2011年秋のシンポジウム「地震学の今を問う」で事実上敗北宣言している。

この流れに便乗し、責任回避のため「Mw9.0」や「M9」を宣伝する向きがある。それに対し「大事なのはマグニチュードでは無く津波の高さ」と反論してきたのが添田孝史氏など責任を追及する人達である。私もそう思う。

しかし、アメリカには想定例があった。今回の記事では視点を変えてMw9.0が本当に想定できなかったと言えるのか、その主張の背景を検証したい。新説を豊富にキープ出来るだけの研究環境が、我が国には本当にあるだろうか。

【本文】

今、地震学者等の検証の仕方を振り返ると、情報源を追えるようになっているかが気になった。後に初代原子力規制委員長代理となる島崎邦彦氏は「比較沈み込み学」により下記の思い込みが形成されていたと説明している。

1980年には,沈み込む海洋プレートの年代が若く,プレートの移動速度が速い沈み込み帯で,M9クラスの地震が起こるとの説が発表され,注目を集めた。当時知られていた超巨大地震や巨大地震のマグニチュードを,二つのパラメターでほぼ説明できたからである(中略)。
ただしプレートの移動速度については,移動速度の遅い海溝で2004年スマトラ沖地震M9.1が発生するに至って,疑問が生じていた。
島崎邦彦「超巨大地震,貞観の地震と長期評価」『科学』2011年5月号

この箇所には肝心の「疑問を提起した論文」の出典が無い。もっとも、島崎氏の論文は全体では14個の出典が明記されており丁寧な部類である。また、島崎氏自身が1994年に投稿した論文を自己参照していないが、私は先駆的事例だと思う。概略を引用する。

例として日本海溝やアリューシャン海溝に沿う沈み込み帯を考えてみよう。これらのプレート境界に沿って、プレート間の相対運動は連続的に変化している。(一方で)ある程度十分長い期間をとれば、プレート境界に沿って、変位量は一定とならなければならない(中略)。
(特定区間の)プレート境界で「固有地震」が限りなく繰り返し発生すれば、プレート境界に沿う変位量一定の条件が満たされなくなってしまう。条件を満たすためには、「固有地震」の変位量が小さい部分(変位が不足している部分)での変位が必要となる。変位の不足がどのように解消されるかは(中略)次の場合が考えられる。

  1. 「固有地震」一サイクルの間に非震性のイベントによって滑りが起き、変位の不足が解消される
  2. 「固有地震」一サイクルの間に、小地震が多数発生し、変位の不足が地震時変位の累積によって解消される
  3. 「固有地震」一サイクルの間には解消せず、数サイクル後に地震性and/or非震性の滑りによって解消される

この最後の場合が、超津波地震発生の原因となる。

島崎邦彦「バリア破壊による津波地震の発生」『月刊地球』1994年2月号

海溝型地震の模式図を思い出せば分かるように、「プレート境界」では片方のプレートが下に潜っていくため「沈み込み帯」と呼ばれている。一口に日本海溝と言っても三陸沖のように地震の記録が多い(滑り量の多い)場所と福島沖のように地震が少なく「地震空白域」と思われていた場所があるが、例えば1000年など長い期間をとれば、どこでも滑りの総量は等しくなければならないというのが島崎氏の主張であろう。

地震学者の松澤暢氏は震災後に書いた論考で次のように述べている。

津波があまりに巨大であったために、海溝近くで分岐断層が動いたと考えた研究者が多かったが、海底地殻変動のデータ解析により、プレート境界が少なくとも50m程度は滑ったことが明らかになった。
(注:分岐断層とプレート境界は別の物として区別している)
この巨大な滑りは地震学者に大きな衝撃を与えた。プレート間の相対速度は年間8cm程度なので、単純計算でも600年分程度以上の滑り遅れを解消したことになり、そんなに長期に渡って、東北地方のプレート境界が滑り遅れを蓄積できるということが予想外であったからである。

(中略)我々が犯した大きな過ちは
(1)プレート境界の強度が弱いように見えたことからM9の地震は起こせないものと判断したこと
(2)100年の測地測量のデータからプレート境界で大きな歪エネルギーは蓄積されていないと判断したこと
(3)すべり遅れの大きな領域が海溝近くに存在するとは考えなかったこと
が挙げられる。
松澤暢「2011年東北地方太平洋沖地震が与えた衝撃」平成23年度 海洋情報部研究成果発表会予稿集 海上保安庁

私は地震学の素人だが、(2)(3)は島崎氏の仮説に相当するように見える。問題は、松澤氏も、震災前に疑問を呈した人を紹介していないことである。他の方の論考はもっと雑なものもある。引用はしないが、例えば地震学者の尾池和夫氏が業界専門誌『電気評論』2012年7月号に投稿した記事は、総論とは言え引用文献が一つもない。

なお、島崎氏が指摘した「非震性の滑り」はその後「ゆっくり滑り」と名付けられ、日本の地震学者の少なからぬ数が日本海溝で超巨大地震が起きない理由に考えたようだ。ただし、加藤愛太郎氏は巨大地震で解消される可能性に言及していた論文を紹介している。地球物理学寄りの媒体だからなのかも知れないが、誠実な姿勢と言えるだろう。

もし,太平洋プレートの沈み込みにより生じる全ての滑り遅れが地震で解放されるのならば,過去50年以内に発生したM7~8の地震時滑りの合計は,長期間で平均をとれば9 cm/年に相当する量にならなければならない。しかしながら,その値は2~3 cm/年とかなり小さく,地震による滑り遅れの解放率(サイスミック・カップリング率)が低いことが以前から指摘されていた(中略)。

太平洋プレート境界面上のサイスミック・カップリング率が低いという観測事実について,非地震性滑りによって説明できるのではないかと,多くの研究者が考えるようになった。一方,非地震性滑りだけでなく,巨大地震,巨大な津波地震等によって解放されるという主張も唱えられていた(Kanamori et al., 2006)。

加藤愛太郎「2011年東北地方太平洋沖地震の特徴について」『地球化学』46号 2012年

ジャーナリストには先駆的研究を発掘してきた人もいる。しかし、次の記事は研究者や学会が自発的に委託して書かれたものではないだろう。

東日本大震災が発生する4年前、「地震予知連絡会会報第78巻(2007年8月)」に、古本教授は、「東海から琉球にかけての超巨大地震の可能性」と題する論文を発表している。

(中略)論文を重視しなければならないのは、2007年時点において、「地震予知連絡会会報」という権威のあるメディアで、「日本付近で言えば、ここで取り上げる 西南日本から琉球にかけての地域はもちろん、東北日本弧や千島弧、場合によっては伊豆─小笠原弧ですら対象とすべき」としていた事実である。すなわち、東日本大震災の発生可能性を指摘していた、とも受け取れる。

細野透「南海トラフ巨大地震を上回る「最悪の地震」とは何か」『日経BPnet』 2012年10月3日

米国出身の地震学者ロバート・ゲラー氏は震災直後、次のように述べ、英語の出典を複数挙げている。

過去100年間で、沈み込み帯におけるマグニチュード9以上の地震は5回発生している。この事実は、沈み込み帯の地震の最大規模は、その地質学的条件にあまり依存しないことを示唆している(中略)。

1960年代(中略)多くの国において、大地震の長期予測を行うために、地震活動度とプレートテクトニクスを結びつける研究が進められた。(中略)しばらくの間大きな地震が発生していない「地震空白域」では大地震の発生が差し迫っている、という仮定である。しかし、この地震空白域仮説は実証されなかった。何万年もしくはそれ以上の時間スケールにおいて、地震や非地震の総すべり量とプレート間の相対運動の量は一致しなければならない。しかし、現在では、このプロセスは、定期的でも周期的でもないことが判明しており、3月11日の地震はこれを確認させるものであった。

日本の地震学、改革の時」Nature 472, 407–409 (2011年4月28日号)

島崎氏等と異なり「特定の部分で一定のサイクルの固有地震が起こる」という仮説自体を否定している。

実は、海外にはMw9クラスの津波地震を想定していた例がある。想定を行ったのは米海洋大気局(NOAA)。2004年のスマトラ沖地震(Mw9.3)によるインド洋大津波を受け、日本同様津波研究に以前よりも力を入れるようになった。海外の研究機関の中では日本の研究者にも良く知られており、人材交流もあるようだ。

元々、米国の津波警報は太平洋上の自国領や信託統治地域、友好国への津波襲来に備えて発達してきた。スマトラ沖地震後は、2006年のオアフ島パールハーバーを皮切りに、2008年のマウイ島カフルイ、2010年にはハワイ島ヒロから見た遠地津波の影響を調べるため、最大でMw9.3の波源モデルを太平洋岸18ヶ所に配置してシミュレーションを実施した。

私は、論文で挙がっている出典全てを読破する英語力は持たないが、海溝の地質条件に囚われない配置は、ロバート・ゲラー氏が挙げていたような議論を根拠としたのかも知れない。

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2006年の論文より最悪ケースの想定を説明した部分を抜粋

そして、想定した波源の一つが東北地方太平洋沖だった。2010年の論文では波源位置の詳細も添付されている。研究者が求めれば、詳細情報は2006年に入手可能だっただろうが、この波源を使って本州沿岸の津波高を求めようと考えた研究者はいなかった(但し、内々に試算した可能性までは否定出来ない)。

下記に論文タイトルを示す。

Tang, L., C. Chamberlin, E. Tolkova, M. Spillane, V.V. Titov, E.N. Bernard, and H.O. Mofjeld (2006): Assessment of potential tsunami impact for Pearl Harbor, Hawaii. NOAA Tech. Memo. OAR PMEL.

Tang, L., C. Chamberlin, and V.V. Titov (2008): Developing tsunami forecast inundation models for Hawaii: Procedures and testing. NOAA Tech. Memo. OAR PMEL-141, 46 pp. [PDF]

Tang, L., V.V. Titov, and C.D. Chamberlin (2010): A Tsunami Forecast Model for Hilo, Hawaii. NOAA OAR Special Report, PMEL Tsunami Forecast Series: Vol. 1, 94 pp.

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2010年の論文添付図を元にNOAAが設定した波源に朱色で着色。震源域はざっと東北地方太平洋沖地震の2倍はある。参考に2008年の論文に掲載された諸元を示す。

Tang2985_table5

コラム
NOAAの津波シミュレーションでは、各波源はMw7.5、100X50kmの格子状の大きさを持つすべり量1mの基準断層(unit source)を変化させて表現する。上記表中では基準断層をTSF(tsunami source function)と称している。領域をそのままマグニチュードを1(32倍)大きいMw8.5とするには、すべり量を約32倍の大きさ(31.55m)に取る。領域面積を大きくとるには、unit sourceの枚数を増加させる。上記日本海溝の場合、KISZと呼ばれる沈み込み帯(subduction zone)に配置したsources No. 22~31行のA,B列を波源に取っており、すべり量は基準断層の29倍(29m)である(元論文ではKISZ AB22T31と表現し、KIS zoneのAB22 to 31を意味している。格子の採番は研究により異なっているらしく、2006年の研究ではKISZはKKSZとなっている。)。

基準断層など、NOAAの津波シミュレーションシステムの詳細は下記論文を参照のこと。引用しないが特にPDF20枚目、38枚目に注意。一例では太平洋岸4か所でMw7.5,8.0,8.5,9.0の津波を発生させてハワイ島ヒロでの波を計算している。日本では東北大の今村文彦教授と共同研究している研究者、阿部郁男氏が論文中でこの予測システムを紹介したことがあり、津波工学者には知られていたようだ。

Gica, E., M. Spillane, V.V. Titov, C. Chamberlin, and J.C. Newman (2008): Development of the forecast propagation database for NOAA's Short-term Inundation Forecast for Tsunamis (SIFT). NOAA Tech. Memo. OAR PMEL-139, 89 pp. [PDF]

参考に2014年、NOAAが行った東北地方太平洋地震を解析した波源モデルを示す。

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Wei, Y., A.V. Newman, G.P. Hayes, V.V. Titov, and L. Tang (2014): Tsunami forecast by joint inversion of real-time tsunami waveforms and seismic or GPS data: application to the Tohoku 2011 tsunami. Pure and Appl. Geophys., 171(12), doi: 10.1007/s00024-014-0777-z, 3281-3305.
図中1~6の番号を振られた色の付いた格子が解析により求められた波源である。全ての格子が想定域内になっていることが分かる。

スマトラ沖後の日本研究者の動きと比較してみよう。津波工学者の越村俊一氏等のように、震源と同じスンダ海溝沿いのプレート境界で津波想定を行った例はあった。

Kaigankougaku2005_p1420

インド洋における巨大地震津波災害ポテンシャルの評価」海岸工学論文集Vol. 52 (2005) P 1416-1420

上図(1)(2)の間にスマトラ沖の波源(震源域)が存在している。越村氏らは「インド洋全体の津波災害ポテンシャルを評価するために、スンダ海溝沿いで発生しうるM9クラスの巨大地震を想定し、4通りの津波波源(発生シナリオ)を設定」したと述べている。「津波災害ポテンシャルを評価」はNOAAの研究に通じる目的だ。しかし、この波源を他の海溝に移設して解析しようとはしなかった。しかも本文を読めばわかる通り紙数制限のため十分な説明が出来ておらず、NOAAとはページ数に一桁の差がある(その後「巨大津波の広域災害評価」を発表しているが分量に大差はない)。

また、秋田大の松富英夫教授は『地質と調査』2005年2月号で地震研究推進本部の長期評価を再検証するよう求めている。しかし、日本海溝の長期評価更新案が出来たのは7年も後、震災の直前だった。しかも電力業界からの干渉を受けた(「電力業界が地震リスク評価に干渉した4つの事例」)。

Tisitsutochousa200502p57_2

コラム
過去のブログ記事でも述べたように、地震研究推進本部は2002年に日本海溝沿いのどこでもMw8.2の津波地震が起こり得るとの長期評価を公表している。これに対し、「起こらない」と決めてかかったのが中央防災会議であり、東電であった。土木学会は学者に対して行ったアンケートで「起こらない」が少数派であることを把握していたが、東電に異を唱えることはなかった。ただし、土木学会もMw9のアンケートはしていないようだ。

原発反対派の中でもスマトラ沖に刺激され津波に関心を持った例はある。東井怜氏や共産党の吉井英勝氏などであるが、当記事では名のみ紹介に留める。

一つ言えるのはNOAAは、日本の主流派とは逆の道を辿っていたということだ。

ここからは震災後の振り返りで、先駆的事例の提示に何故消極的だったのかを考える。時間のある方はもう少し私の駄文にお付き合いして欲しい。

まず「後から一部の先駆的事例を取り上げても、世間は責任回避と受け取る。」といった理由が考えられる。

次に考えられるのは、細々とした材料に拘るあまり「予見出来なかった」と決めてかかることだ。一例は地震学者の瀬野徹三氏である。

McCaffrey (2008)はどの沈み込み帯でも同じようにM9の巨大地震を起こしうるとし,比較沈み込み学を否定した.
しかしMcCaffreyの考えは,グーテンベルグ-リヒター則でも固有地震説でも,琉球など大地震を起こさない弧をすべて合わせた長大な地域でM9の地震がこれまで起こってこなかったことから否定される.一方,比較沈み込み学が成り立っていても東北 日本沖の地震の起こり方が常識として受け入れられていた場合,それを乗り越えることは不可能に近い.仮に先入観なしに判断を行える立場にいたとしても,貞観の津波堆積物やバックスリップの分布からM9というランク付けを行うことは容易でない.

瀬野徹三「プレート学から巨大地震はどう理解されるか?」2011年6月25日

(予防的に?)Mw9を仮定した例があるのだから、ナイーブに過ぎる見解だろう。

また、「対応する意味が無い」と決め付けたケースもあると思われる。次の論文は震災後に書かれたものだが、Mw10以上の地震に関してはそうした心情が読み取れる。ここではMw9に係わる部分だけ引用しよう。

たとえば,M9が起こった場合の地震動や津波のシミュレーションが十分になされて,その結果が広く伝えられていれば,今回の地震の際にも,より早く,より正しい津波警報が出せたはずである(中略)極めて荒い概算ではあるが,M9の先験的発生間隔としては500~1000年くらいを考えてベイズ推定を行えばよいと考えられる.

(中略)本稿で述べたのは,最大規模の地震についての極めて荒い推定にすぎない.学問的には極めて稚拙なレベルの話であり,通常,学会等での検討の俎上に載せられるような話ではない.ましてやM10が必ず起こると主張しているものではない.しかし,このような検討を無意識のうちに避けてきたことが東北地方太平洋沖地震の被害を大きくしてしまった原因の一つであったという反省のもと,あえて述べさせていただいた.

松澤 暢「最大地震について」『地震予知連絡会会報』89号 2013年3月

Mw10やMw11の地震は国家や文明の存続すら怪しいという点で破局噴火に似ている。しかし、Mw9の場合はそこまでの被害には至らず社会は持続する。巨大さや低頻度に囚われず、対応が必要なグレーゾーンの領域だったのではないか。その種の災害に対して学問的精緻さをどのレベルで設定するかが問題とも考えられる。

勿論利益相反行動の結果と言う考え方もある。地震学は活断層カッター問題津波想定問題予知利権問題が示しているように、動機には不自由しない。地球物理学者の島村英紀氏は震災直後から次のように述べている。

今回の大震災でも、(中略)福島原子力発電所の原発震災についても、「想定外の大きさの地震と津波に襲われた、人災を超えるもの」という心理に日本人を誘導しようとしている企てが透けて見える。

(中略)気象庁が発表したマグニチュード9というのは、気象庁がそもそも「マグニチュードのものさし」を勝手に変えてしまったから、こんな「前代未聞」の数字になったものだ。

いままで気象庁が長年(中略)使われてきた「気象庁マグニチュード」だと、いくら大きくても8.3か8.4どまり。それを私たち学者しか使っていなかった別のマグニチュード、「モーメント・マグニチュード」のスケールで「9.0」として発表したのである。

すべてのことを「想定外」に持っていこうという企み(あるいは高級な心理作戦)の一環なのではないだろうか。

島村英紀「あとがき 追記1」『地震列島との共生』

上記のどの理由であるにしても、日本の学界でよく見られる検証の仕方は不親切だと感じる。

コラム
検証方法で参考になるのは福島原発事故における政府事故調の例だ。福島事故で想定外として扱われた事実の一つに、建屋内の水素ガスが爆発した件がある。従来は格納容器内に水素ガスが溜まることは想定されていたものの、建屋内に漏れ出すことは考えていなかったという。しかし、政府事故調は(やや消極的であるものの)、アメリカで建屋内の水素爆発を想定した論文が2本執筆されていたことを指摘している。Mw9の件も、そうした事例紹介は必要だろう。

またNOAAの研究を読むと、事故後盛んに紹介された海外の津波対策事例も疑問が沸く。良く挙げられたのはカリフォルニア州ディアブロキャニオン原発と台湾金山原発。しかし、「Mw9の津波地震はどこのプレート境界でも発生し得る」との前提に立つならば、これらの原発の津波地震想定も書き換えられなければならない。その場合、当地のハザード曲線(下図右)も変わることになる。

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佐藤 暁『原子力規制のグローバルな状況と日本』原子力情報資料室主催 2014年4月18日

「海外の優秀な原発」は今後の想定に耐えられるのか。よく「日本は原子力技術で世界に貢献を」といった声を聞くが、福島事故の教訓を水平展開するならば、その一つは津波について各国の過小評価バイアスを検証することだろう。

私は滞米経験どころか上述のように英語も不得手だが、最後に、日本と米国の研究環境の違いについても述べる。著者の一人は恐らく中国系で女性である。日本で通説に背く論を提示した場合、不利益を被る業界から人種・性別バイアスによる口撃が米国より強くかかるかも知れない。逆に国策に沿っている場合、実力無視で小保方氏のように祭り上げる可能性もある。そのようなリスクに思い至ったのは、日本の電力業界が女性を「宣伝PA師」として「活用」し、型に嵌った知識ばかりを植え付けた前例があるからだ。その結果、役立たずを量産し、米国に約40年遅れて漸く初の女性運転員を養成する有様だった。そして女性が多くを占めるPA業界には、下記のような本音を漏らして恥じない津田数俊のような者への自浄作用が無い。

したがって、もし津波工学を修めるだけの優秀な女性が日本に留学したとしても、どれだけの人がアイデアを論文で問うまでに至るのかは、疑問がある。

15/8/28:ロバート・ゲラー氏の部分を加筆、その他全般修正。
15/8/30:分かりにくい部分の表現を改めた。
15/9/8:加藤愛太郎氏の論文を紹介。

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