阿比留瑠比(産経新聞政治部編集委員)
韓国の「政治的な罪」
《戦争の終結によって少なくとも戦争の道義的な埋葬は済んだはずなのに、数十年後、新しい文書が公開されるたびに、品位のない悲鳴や憎悪や憤激が再燃して来る。(中略)政治家にとって大切なのは将来と将来に対する責任である。ところが「倫理」はこれについて苦慮する代わりに、解決不可能だから政治的にも不毛な過去の責任問題の追及に明け暮れる。政治的な罪とは――もしそんなものがあるとすれば――こういう態度のことである》
ドイツの社会学者で政治家でもあったマックス・ヴェーバーは、1919年の有名な講演録『職業としての政治』のなかでこう指摘している。いまから100年近く前の言葉だが、まるで日中、日韓関係のようにも思える。
めざすべき将来よりも、思い込みと偏見で禍々(まがまが)しく彩られた慰安婦問題などの過去にこだわる韓国の朴槿惠大統領は、まさしくこの「政治的な罪」を犯している。
いや、韓国だけでなく中国も、そして『朝日新聞』をはじめとする日本国内の左派メディアも同様だろう。現実の国際情勢にも日本の国益にも目を向けず、ひたすら解決不可能な過去に拘泥(こうでい)しつづけている。
だが、個人でも国でも、誰が過去しか見ない相手と付き合いたいと思うだろうか。いつまでも70年以上昔の話、それも誇張され歪(ゆが)められたことばかり繰り返す者と誰が友情を育みたいと考えよう。
「韓国はシック(病気)でタイアッド(うんざり)だ」
今年3月、米東海岸を訪れ、米政府関係者やジャーナリストらと意見交換した日本政府関係者は、米側から異口同音でこうささやかれたと明かす。日韓関係について、当初は韓国に同情的だった米国の見方は変わった。外務省筋は語る。
「第二次安倍晋三政権発足からしばらくは、米国は『日本のほうが大きな国なんだから、韓国に譲ってうまくやってくれよ』という感じで、日本側の譲歩ばかり求めていた」
それが、韓国の東アジアの安全保障環境も経済利益も目に入らないあまりにしつこい歴史粘着ぶりに、いまや呆れだしているようだ。
韓国は安倍首相が4月29日に米上下両院合同会議で行なった演説についても、これを中止させようと熱心なロビー活動を展開したが、韓国の異常さを露呈しただけだった。
米国が国賓待遇で招聘した他国の首相の議会演説を、直接関係ない第三国が阻止しようとすることがいかに筋違いで、米国の顔をつぶす行為であることか。世界は韓国を中心に回っているわけではないという当たり前のことが、韓国には理解できていない。
実際の安倍首相の演説は韓国や『朝日新聞』などが求めた「侵略」「植民地支配」「おわび」などのいわゆる「キーワード」は使わなかった。それでも、戦後の日米の「和解」と未来志向の「希望の同盟へ」というテーマが米議員らの共感を呼び、スタンディング・オベーション(総立ちでの拍手)が起きた回数は14回に及んだ。会場では、ベイナー下院議長が目を押さえ泣いている姿もあった。
「演説後、たくさんの米議員らに握手を求められ、『謝罪や反省はもう十分だ』といわれた。米国とのあいだでは、歴史問題は『終わった感』がある」
安倍首相は帰国後、周囲にこう語った。日本のメディアはマイク・ホンダ下院議員らごく少数の演説批判者に着目していたが、ほとんどの議員は演説を歓迎し、喝采を送っていたというのが事実だろう。
これまで安倍首相のことを歴史修正主義者やナショナリストなどと決め付けてきた米メディアの論調はまだ批判的なものも多かったが、少なくとも米政府・議会を味方に付けることには成功したといえる。
逆に、義父の葬儀出席のため安倍首相演説に欠席しておきながら、「性奴隷の侮辱に苦しんだ女性たちに謝罪するべきだった」と非難声明を出したエド・ロイス下院外交委員長は、手厳しい批判にさらされた。
ワシントンのニュース評論サイト『ネルソン・リポート』は次のように報じた。
「家族は最優先されるべきだが、これほど重要な演説の場に出席できないのなら、せめて演説原稿を注意深く読んでしかるべきだ。自分の思いどおりのことをいわなかったからといって、米国にとり最も重要なアジアの同盟国の首相に言いがかりをつけることが外交委員長の仕事なのだろうか」
同サイトはもともと、慰安婦問題などでは韓国寄りで、日本に対しては厳しい姿勢をとってきたにもかかわらず、である。
演説後には、ケネディ駐日大使が『読売新聞』のインタビューに応じ、安倍首相が「おわび」という表現を用いなかったことについてもこう擁護した。
「彼は深い哀悼と表現した。気持ちや行動が重要だ」
やはり、大切なのはメディアが勝手に想定した「キーワード」など定型文ではなく、あくまで演説に込められた理念であり、共感を呼ぶ内容なのだろう。
ところが、朴大統領は5月4日の首席秘書官会議で、なおもこう言い募った。
「誠実な謝罪によって近隣諸国と信頼を深めることができる機会を生かすことができなかったことは、米国でも多くの批判を受けている。日本が歴史を直視できず、自ら過去の問題に埋没していっている」
とはいえ、過去の問題に埋没していっているのは、どう考えても韓国のほうだろう。安倍政権が現在、韓国に対しては「放置する」とのスタンスを取っているのも、こうした意思疎通の困難さからだろう。