政府系ファンドの地域経済活性化支援機構は11月5日、日本医師会(日医)を発起人とする新会社「日本医師会ORCA管理機構」の設立を公表した。新会社は、日医のシンクタンク日医総研が手掛けてきたオープンソースの電子レセプトソフトウェア「ORCA」を引き継ぎ、電子カルテの普及に向けた基盤として利活用することを目標に掲げている。電子カルテの普及が起点となってどんなことが起きるのか、新会社にどんな期待が寄せられているのだろうか。
■電子レセプトから電子カルテ、地域医療連携システムへ
通常、医療機関では、1カ月分の保険診療したものを診療報酬明細書(レセプト)に記載して点検を行い、翌月10日までに、社会保険診療報酬基金または国民健康保険団体連合会(国保連)に提出する。このようなレセプト処理を電算化したシステムが、「ORCA」の主要機能であり、レセプトコンピュータ(レセコン)とも呼ばれている。
電子カルテは、医師法第24条に基づいて医師が患者ごとに作成する診療録を、紙から電子媒体に置き換えて記録・保存したものであり、電子レセプトと連携して利用されることが多い。米国では、1つの医療施設内で利用されるものを「電子医療記録(EMR)」、複数の医療施設にまたがって利用されるものを「電子健康記録(EHR)」、生活者個人が利用できるものを「個人健康記録(PHR)」と呼んでいる。
電子カルテが医療施設の枠を越え、地域へと連携対象を拡大したものが地域医療連携システムだ。米国では「医療情報交換基盤(HIE:HealthInformationExchange)」と呼ばれており、医師、看護師、薬剤師など医療機関の専門職と患者が、適切かつ安全に、電子化された患者の生体医療情報へのアクセスや共有を実現し、医療サービスの迅速性や品質、安全性、費用対効果の向上に資するためのシステムである。
医療機関同士で患者情報を共有することによって、再入院や医療ミスの回避、診断の向上、重複検査の削減を実現できる点がICT利活用のメリットだ。
そして地域医療連携システムの連携対象を介護施設まで拡大したものが、地域包括ケアシステムだ。このシステムでは、ICTを介した在宅医療と在宅介護の連携が重要な役割を果たし、バイタルデータ(体重、歩数、血圧など)を日常的に収集するウェアラブル機器やモバイルヘルスなど、モノのインターネット(IoT:InternetofThings)やM2M(Machine-to-Machine)ネットワークの有望領域として期待されている。
■リーマンショック後の景気浮揚策として取り組んだ米国
米国ではリーマンショック後の景気浮揚策として、医療機関における電子カルテ導入支援策が推進された。これは、2008年に制定された「2009年米国再生再投資法(ARRA)」と「経済的および臨床的健全性のための医療情報技術に関する法律(HITECH)」にもとづいている。
電子カルテの相互運用性や標準化に関しては、あらかじめ政府機関が定義した標準規格をクリアしたベンダー製品のみを、経済インセンティブの対象としている。あわせて、患者データ保護を規定した「HIPAA(HealthInsurancePortabilityandAccountabilityActof1996:医療保険の携行性と責任に関する法律)」に基づくセキュリティ(プライバシー)対策の強化や、電子カルテのユーザーエクスペリエンス(UX)、ユーザーインタフェース(UI)標準化活動を推進してきた。
その結果、米国における病院の電子カルテ導入率は、2009年時点の12%から2012年時点には44%まで増加した。今後は、電子カルテシステムを起点とする医療データの連携、利活用促進が政策目標となり、支援策の重点も地域医療連携システムにシフトしている。
■日本の課題は標準化と相互運用性
日本では2001年、IT戦略本部の「e-Japan戦略」を受けて、厚生労働省が「医療のIT化のグランドデザイン」を策定。2006年度までに400床以上の病院、全診療所の6割以上に電子カルテを導入することを目標に掲げたことが契機となり、さまざまな電子カルテ導入支援策が実施された。
厚労省によると、400床以上の病院の電子カルテ導入率は、2002年度の2.9%から2008年度には38.8%まで増加している。
ただし、一般病院全体の導入率は2008年度で22.7%にとどまり、現在も、中小規模の医療施設においては電子化は大きな課題だ。またデータ交換の標準規約がないまま、個別に電子カルテシステムの構築が進んだ結果、診療情報の項目やデータ形式が微妙に異なるなど、相互運用性の妨げとなる不具合が生じていた。
このような背景から、新会社「日本医師会ORCA管理機構」には、、電子カルテの標準化と相互運用性という課題を克服し、中小医療施設で遅れているICT利活用の推進役として地域包括ケアの実現につなげられるかという点で注目が集まっている。(笹原英司、NPO法人ヘルスケアクラウド研究会理事)