もともと個人ブログやYAPCなどのコミュニティ活動において"hide-k"のハンドルネームで知られたエンジニア。2009年7月の入社後、翌月にはMobageのオープン化プロジェクトのマネージャーにアサインされ、1月末のゲーム公開まで半年という短期間で、OpenSocialをベースとしたオープン化されたプラットフォームを構築した。その後も、グローバルなMobageのスマートフォンプラットフォームの構築に奮闘し、現在は執行役員としてDeNAの経営にも関わる。マネジメントを手がけながらも、彼の中には常にコードを書いていたいという熱いエンジニアマインドがある。

DeNAに入社してすぐ、Mobageプラットフォームのオープン化を担うことになったのですね。

木村:すでにプラットフォームをオープン化するという方針は社内で決まっていて、入社して一カ月も経たないうちに、いきなり経営層から「このプロジェクトをやってくれないか」と。私が任命されたのは、以前からPerlのコミュニティで発信をしており、多少この世界で名前を知られていたから「できるんじゃないか」と思われたようです。

OpenSocialを採用したのも、木村さんの判断だったのですか?

木村:ええ。OpenSocialは、Googleが開発したWebベースのソーシャルネットワークのアプリケーションAPIなんですが、実は社内では「OpenSocialで大丈夫なの? これまでの手法を踏襲して独自APIにしたほうがいいんじゃないの?」という声があったんです。でも私としては、OpenSocialを取り入れてプラットフォームの共通化を図ったほうが、Mobageに参加するディベロッパーの方々にとってもメリットは大きいと。2010年1月のリリース時点でちゃんと100近いゲームを出せたのも、すでにOpenSocial上で作られていたものを移植しやすかった、というのもあると思うんですね。あと、個人的に新しい技術にチャレンジしてみたいというのもあって...(笑)。

結果的には、ご自身の意見が通ったと。

木村:自信がありましたし、経営陣には「自分で運用もするからやらせてくれ」と。まあ、運用する段になると実際は大変だったのですが...(笑)。DeNAは、自分が正しいと思うことを、自分が責任を持てる範囲の中でやりたいと訴えたら、キャリアに関係なくチャレンジングなことをやらせてくれる会社なんですよ。

OpenSocialで共通APIを導入すると、プラットフォームとしての特徴がなくなるという危惧はありませんでしたか?

木村:その同じAPIの上で差異を出すところが競争で、この時は完全にOpenSocial準拠の「コアAPI」のほかに、アバターなどを提供する「ゲームAPI」を用意しました。そしてそもそも、このOpenSocialというのが日本のモバイル環境を考慮した仕様になっていなかったので、そこにどう落とし込むか、かなり頭を悩ませましたね。

特にどういうところに苦労されました?

木村:ガジェットサーバーを設計している時はかなり悶々としましたね。正直、ベストなアーキテクチャーかといえば、けっしてそうではない。 システムって生き物なので、変え続けていかなきゃいけないんですね。常に良くすることができますし、チャレンジし続けなければならない。これは信念です。動いているからといって手を加えないでいたら、気がついたらニッチもサッチも行かなくなっていた、というのは最悪。むしろ短いスパン、細かい単位で変えていって、技術革新をどんどん取り入れたほうが後発に追いつかれることもないというのが私の考え方です。

木村さんが手がけたこのプラットフォームは、いまではディファクトスタンダードになっていますね。

木村:開発してからかなり時間が経っていますが、自分の書いたコードはまだ現役でバリバリ動いていますからね。それはやっぱりうれしいです。でも、このプラットフォームのキーとなったOpenSocialそのものはGoogleが開発したものであり、こうした標準仕様のほとんどがアメリカからもたらされているのは、正直、悔しいですよね。日本のIT企業発で世界標準を作りたい。スマートフォン上のプラットフォームでは、ぜひそれを成し遂げてみたいです。

その後は、グローバルでのプラットフォーム構築にも奮闘されていますね。

木村:DeNAは2010年にアメリカのモバイルゲーム開発企業のngmoco(現:DeNA San Francisco)を買収したのですが、その立ち上がりのプロジェクトにもどっぷり関わりました。ngmocoが開発提供しているスマートフォン向けのクロスプラットフォームゲームエンジンの"ngCore"に、我々がソーシャルAPIを提供して、オープンで競争力の高いプラットフォームを実現しようというものでした。当時は毎月、アメリカに出張していましたね。

では、ngmocoのエンジニアたちと一緒にプロジェクトを進めていかれたわけですね。外国人と協業するのは大変そうですが...。

木村:まあ、言葉の壁もあるし、文化の違いもあるし、最初は大変でした。向こうもプライドがあるから、なかなかこっちの考え方を理解してくれなかったり(笑)。でも、エンジニアには「技術」っていう共通言語があるので、議論していくうちにお互い認め合うようになっていくんです。ngmocoには尖った優秀なエンジニアもたくさんいますので、彼らと一緒に仕事をするのは刺激的でしたね。

中国、韓国、台湾でも、新しいプラットフォームの立ち上げをリードされたとうかがいました。

木村:中国では、現地でAPIサーバーを1ヵ月半というスピードで作り上げました。海外でプラットフォームを構築するのは、その国の法律や制度などを、いろいろとクリアしなければならないことがたくさんあるんです。そして、ここ数年でスマートフォンが急激に普及していますから、そこへの対応も図っていかなければならない。やはりグローバル展開は一筋縄ではいきませんね。

その後、木村さんはMobageプラットフォームに関してグローバル全体を統括する立場に就かれました。グローバルでMobageを成功させるためには、どんなプラットフォームを構築していかなければならないとお考えでしたか?

木村:Mobageプラットフォームが提供してきる価値を再定義して、それを世界に向けて訴えていくことです。スマートフォン上では、AppStoreやGoogle Playといったマーケットから直接ユーザーにアプローチしてサービスを届けることが可能です。そんななかで、ユーザーの方も、ディベロッパーの方にも、Mobageプラットフォームを選んでいただかなければならない、と考えていました。

では、そのMobageプラットフォームの「価値」とはいったい何なのでしょう?

木村:両面あると思っています。ユーザーに対しては、「ここに来れば面白い体験が必ずできる」と誰もが思ってもらえるプラットフォームであること。そのためには、優れたユーザーエクスペリエンスを実現して、ユーザーにいままでにない感動を与えていかなければならない。またディベロッパーに対しては、ツールセットを提供して開発コストを下げることに協力し、クロスプラットフォーム、すなわち、iPhoneでもAndroidでもブラウザベースでも、ひとつのアプリを容易に展開できる環境にすること。この両輪がしっかり回れば、相乗効果でMobageのプラットフォームとしての価値は飛躍的に高まっていくと思いますね。そして、現在は、グローバル全体での最適化というよりは、日本語圏、英語圏、中国語圏、韓国語圏の各リージョンにおける課題解決を加速している最中です。私は、日本語圏のプラットフォームをメインで進めています。

そのためにも、優秀なエンジニアをさらに必要としているということですね?

木村:その通りです。

DeNAでエンジニアをやる醍醐味とは、端的に言って何なのでしょう?

木村:DeNAほどエンジニアが優遇されている会社は、他にそうはないと思いますよ。先ほどもお話しましたけど、技術的に正しいことで、自分がきちんと責任を持てる範囲であれば、前例のないことでもチャレンジさせてもらえますし。新しいテクノロジーを使いこなして、いままでにない機能をプラットフォーム上で実現していくこともできますし、エンジニアが新規事業を企画してプロジェクトをリードしていくことだってできる。いろんなレイヤーで活躍できる機会があります。

DeNAでは、エンジニアも自分でサービスを作っていくことができるのですね?

木村:そもそも、DeNAにおける「良いエンジニア」の定義というのは、CTOの川崎が理想モデルなんですね。技術がよくわかっていて、その上で手を動かしてサービスを創っていくことができる人。もちろん、ある特定の技術を究めたスペシャリストもたくさんいますけれども、みな技術だけに閉じているのではなく、その先のサービスのことをきちんと意識している。エンジニアが事業のことも理解して、自分でサービスを創っていこうとする姿勢が、DeNAのダイナミズムを生んでいた面もあると思うんですよ。でも組織が大きくなって、社員も増えてくると、どうしても一人が関われる範囲は狭くなっていく。そういう状況には「ちょっと足回りが悪くなってきたかな」という反省もあって、何か新しいプロジェクトを始めるときは、当初はできるだけ少人数で立ち上げていくスモールスタートにしようと、いま考えているところです。

「自分の思いを存分に反映させたモノつくって世界で勝負したい」という野心を持つエンジニアにとっては、チャンスにあふれた環境ですね。

木村:いま何の技術を手がけているかというのは、あまり関係ないと思うんですね。インターネットの世界は変化が急激ですから、いま世の中でもてはやされているテクノロジーが、数年後も必要とされているとは限らない。DeNA自身も、数年後にはMobageに代わるサービスが主流になっているかもしれない。それよりも、自分の経験をもとに、「こんなサービスを創ってみたい」という熱い思いを持っていることのほうがはるかに大切。極論すれば、まったく畑違いのエンジニアの人たち、たとえばデバイスの組み込みの開発をやっているような方だって、ネットの世界を席巻するようなサービスを創り出せる可能性は大いにあると私は思っています。持ち込み企画、大歓迎です(笑)。

DeNAの技術レベルについては、どう捉えていらっしゃいますか?

木村:基本的にDeNAは「サービスを創るために技術がある」という文化なんですが、実現しようとするサービスが、いつもとんでもなく難度が高い(笑)。それを外部の力に頼らず、自分たちの手で必死でクリアしていくうちに、かなりレベルの高い技術が蓄積されてきたんじゃないかと。いまやDeNAのサービスは国内でも一、二を争うトラフィックを抱えるほど成長していますが、それを実際に運用しているわけですからね。まあ、これは純粋に凄いと思います。

木村さんはいま、エンジニア出身の執行役員として経営にも関わっていらっしゃいますが、マネジメントの立場からはどんなことを意識されていますか?

木村:経営陣にエンジニア出身者は少ないので、意思決定の場では、これは個人的には好きな言葉じゃないんですが、いわゆる「エンジニア目線」で今後チャレンジする事業の技術セットが正しいかどうか、その判断は自分が責任をもってやっていきたいと思っています。いまはこのポジションにとてもやりがいを感じ、モチベーションを持って取り組んでいますけど、そもそも私はマネジメントをやりたくてDeNAに入社したわけではなく、むしろ逆だったんですけど......。

DeNAにはどんな経緯で入社されたのですか?

木村:以前に勤めていたのは通信系の企業でしたが、この業界は、年齢を重ねるとマネジメント職に就くのが当然という風潮じゃないですか。私は自分で手を動かしてコードを書くことにずっとこだわりたかったんです。でもやっぱり、前職でも管理職を担うことになって、どうしたものかと思っていたところ、Perlのコミュニティで知り合ったDeNAの社員から誘われてこちらに転職したんです。結果的にはここでもマネジメントを担うことになりましたが(笑)。

エンジニアとしてのマインドは、いまでも持っていらっしゃる?

木村:さすがに業務でコードを書くことはありません。本当はやりたいのですが、組織のトップがそれをやると全体が回らなくなってしまうので、部下からも「絶対にやらないでください」と止められています(笑)。でも、プライベートではコードを書いてますよ。やっぱり自分の手でモノを作り出すのは楽しい。マネジメントやるにしても、技術がきちんと判っていない人間の言葉は、エンジニアたちに響かないでしょうし。部下には優秀なエンジニアがたくさんいるので、彼らから学べることもたくさんあって、それも面白いです。どんな立場に就こうとも、根っこは一人のエンジニアであることにずっとこだわっていきたい。棺桶に入るまでコードは書き続けていたいですね(笑)。