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僕は、ゆっくり思索するときや、疲れた心を癒すときは、ゆっくりとしたお題目。
そして、行動を起こすときは、早いテンポのお題目。
時に応じて、変化するのだけれど。
最近、多いのは、あることを意識してお題目をあげている。
もう20年ほど前だろうか、疲労し息もあがり、辛くてお題目があげにくいときに試した方法。
お題目をあげるときに会合での唱題の時を思い出して、そのイメージに唱和していく方法。
イメージすることで、自然と力強いお題目に変化した。
そして、ここ最近は、そのイメージ法が進化して
今は、お題目をあげると、自然と大聖人が一人、極寒の中で朗々と唱題されている姿が目に浮かんでくる。
そして、それに呼応するように、あったこともない牧口先生や戸田先生、そして池田先生の唱題の声が重なってくる。
やがて宇宙を揺るがすような数えきれない人々のお題目の声が聞こえてくる。
その声に励まされ、勇気と力を与えられる。
イメージの大聖人は、極寒の中でありながら、その眼差しは時間を超えて、自分を、さらには遠い未来の弟子達に向けられていることを強く感じる。
遠い未来において広宣流布の為に命を懸けて戦う弟子を何としても護ろうと深い深い祈りをされている。
その強い思いが心が、不思議なことに、なぜか感じられて、感謝の心が湧いてくる。
妄想なのか、まったく不思議な感覚である。
師匠は常に共にある。そう感じる感謝のお題目。
今という時が、このような体験をさせるのか。
ともかくも、この時に、強く広宣流布を祈れることに感謝する。
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