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昨年2014年11月8日の会則改定発表から1年が経つ。
さて疑問があるのは、池田SGI会長指導選集と会則改定の時系列的な内容です。
池田SGI会長指導選集は、世界広布新時代を迎えるにあたり、池田先生にご了承を頂き、未来に残すべき大切なご指導を掲載しています。
「はじめに」には、編集委員会からこのように書かれています。
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『池田SGI会長 指導選集 幸福と平和を創る智慧』第一部 〔上〕
はじめに(P.2~3)
世界広布新時代開幕の時に当たり、同全集(池田大作全集)を中心に珠玉の言葉を抜粋し、「池田SGI会長 指導選集 幸福と平和を創る智慧」を編纂しました。世界各国で陸続と誕生している新たなメンバーが、池田SGI会長の思想と哲学を学んでいけるよう、諸言語に翻訳して発信していきます。(中略)そうした普遍的なメッセージが、世界各国の読者にわかりやすく、また誤りなく伝わるよう、著者である池田SGI会長の了承を得て、部分的に省略するなど必要最小限の編集作業を施してあります。
2014年4月池田SGI会長指導選集編集委員会
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原田会長は2014年11月8日に会則改定でこのように発表しています。
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会則の教義条項にいう「御本尊」とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません。
世界広布新時代の時を迎えた今、将来のためにこのことを明確にしておきたいと思います。
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しかし、ここで疑問が生じる。
池田SGI会長 指導選集には、このように書かれています。
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第二章 生命変革の原理 2-5胸中の御本尊を開く(P.68)
【池田SGI会長の指針】
「4・2」記念各部代表懇談会でのスピーチから(1993年4月3日、東京)
どんな宗教も「本尊」がいちばん大切である。それでは、日蓮大聖人の仏法における「本尊」の本義はどこにあるのか。大聖人御自身が、こう仰せである。
「此の御本尊全く余所《よそ》に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持《たも》ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」(御書1244㌻)──この御本尊は、まったく、よそに求めてはならない。ただ、われわれ衆生が、法華経を持《たも》って南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団にいらっしやるのである──。
この御文を拝して、戸田先生は、このように講義された。(昭和31年3月6日、「日女御前御返事」講義。『戸田城聖全集』第6巻)
「大御本尊様は向こうにあると思って拝んでおりますが、じつはあの三大秘法の御本尊様を、即南無妙法蓮華経と唱え、信じたてまつるところのわれらの命のなかにお住みになっていらっしやるのです。これはありがたい仰せです。
この信心をしない者は、仏性がかすかにあるようにみえてひとつも働かない、理即の凡夫です。われわれは御本尊を拝んだのですから、名字即の位です。名字即の位になりますと、もうこのなかに赫々として御本尊様が光っているのです。
ただし光り方は信心の厚薄による。電球と同じです。大きい電球は光るし、小さい電球はうすい。さらにこの電球の例でいえば、信心しない者は電球が線につながっていないようなもので、われわれは信心したから大御本尊という電灯がついている。ですから、われわれの命はこうこうと輝いている。
信心が強いかどうかである。信心が強ければ、自分自身が功徳聚(功徳の集まり)となっていく。大聖人は御本尊のことを「功徳聚」と仰せである。そして「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり」(御書1244㌻)──この御本尊も、ただ信心の二字に収まっているのである──と。
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このように、世界広布新時代の為に、池田先生にご了承頂いた指導選集には「大御本尊」とあります。この指導選集は、大白蓮華2014年4月~6月に掲載され、2015年1月26日に発刊されています。
なぜ原田会長は、先生にご了承頂いてあるご指導を否定するような、会則改定を2014年11月8日に発表したのでしょうか?
これでは、会員が混乱し、疑問を持つ方も出ると思います。非常に不自然です。
自分は、池田先生がご了承されているご指導を根本に致します。
この指導選集のご指導こそ、世界広布新時代に必要です。
池田先生にご迷惑をおかけし、学会員を混乱させるような会則改定に断じて正義はありません。
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