薬物で身体の能力を操作し、勝利を得ようとする。それは、公平公正のうえに成り立つスポーツに対する冒涜(ぼうとく)である。

 ロシア陸上界の疑惑に世界のスポーツ界が揺れている。ドーピングと呼ばれる薬物使用や隠蔽(いんぺい)工作を国家ぐるみで続けていたという重大な疑いである。

 世界反ドーピング機関(WADA)の独立委員会による調査報告は、衝撃的だった。禁止薬物の使用に目を光らせるはずの組織が違反行為を手がけ、発覚封じに動いていたという。

 モスクワのWADA公認の検査機関は政府の影響下に置かれており、多くの検体を破棄して調査を妨害した。裏検査所ともいえる第2の検査機関が存在し、シロと判定された検体だけを公認機関に送っていた。

 こうした指摘にロシア政府は真剣に答えねばならない。国際陸連などの調査があれば全面協力すべきだ。公認検査機関の所長だった人物は辞任したが、一部の関係者を切り捨てるだけで収束を図ることは許されない。

 ロシアは昨年にソチ冬季五輪を開き、2018年にはサッカーのワールドカップの開催国となる。プーチン大統領には、国力のアピールを狙う意図がありそうだが、そうした政治利用の姿勢から脱するべきだ。

 報告書には、国家ぐるみの関与が「選手に薬物を受け入れるか、代表チームの選手でなくなるかを選べ、といった雰囲気を醸した」とある。選手たちは、どれほど悩んだことだろう。

 これまでの国際競技の信頼が揺らぎ、世界中の選手らも失望させかねない。健全なアスリートと、彼らを支えるコーチやファンら多くの関係者のためにも全体像の解明が求められる。

 日本アンチ・ドーピング機構の幹部は、薬物問題が2020年東京五輪・パラリンピックを失敗させるリスクの一つになると指摘している。

 疑惑のロシア選手がメダルを手にした12年五輪の英国では、「ロンドン五輪は深く傷つけられた」と怒りの声があがっている。東京五輪の大会組織委員会などは各機関と情報を共有し、十分な対策づくりを急がねばなるまい。

 ロシア以外の国でも問題はないのか。冷戦期は旧共産圏で組織的に禁止薬物の利用が行われたが、それ以降も地域を問わず問題が続き、選手個人などによる違反は後を絶たない。

 努力によって自らを高める本来のスポーツ文化を損ねないよう、国際オリンピック委員会など関係機関は世界的な取り組みを強めてほしい。