向精神薬密売:購入客の少なくとも男女5人薬物中毒で死亡
毎日新聞 2015年11月12日 21時53分(最終更新 11月12日 22時26分)
インターネットを通じた向精神薬の密売事件で、兵庫県警は12日、奈良市法華寺町、薬剤師、河原康平容疑者(40)を麻薬取締法違反(営利目的譲渡)の疑いで逮捕した。県警は、河原容疑者が薬剤師の立場を悪用し、向精神薬を横流ししていたとみて追及する。また、県警への取材で、河原容疑者から横流しを受けたとされる密売人の女から向精神薬を購入した客のうち少なくとも男女5人が薬物中毒で死亡していたことが判明。うち4人は自殺とみられ、乱用の危険性が明らかになった。
逮捕容疑は、今年1月、東京都世田谷区のマンション経営、小岩井由香被告(55)=麻薬特例法違反罪などで起訴=に、向精神薬80錠を計4000円で売り渡したとしている。
小岩井被告はネットを通じて向精神薬を全国の約120人に転売し、計約2200万円の利益を得ていたとされ、河原容疑者が主な仕入れ元だったという。
県警が6月に小岩井被告を麻薬取締法違反容疑で逮捕し、口座やネットの記録から河原容疑者が浮かんだ。さらに詳しく捜査したところ、客123人のうち、和歌山県の女性(2010年)▽兵庫県の女性(13年)▽埼玉県の男性(同)▽鹿児島県の男性(同)▽兵庫県の男性(14年)−−の5人が死亡していたことが分かった。いずれも購入した薬の過剰摂取などによる薬物中毒が死因で、4人は遺書などから自殺とみられる。
河原容疑者はネットを通じて知り合った小岩井被告に向精神薬の転売を繰り返し、計約280万円を得ていたとみられる。河原容疑者宅の家宅捜索で、睡眠導入剤や抗うつ剤など約1万錠が見つかったという。【宮嶋梓帆、五十嵐朋子】
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向精神薬は脳の中枢神経に作用する薬物の総称で、睡眠導入剤や抗うつ剤、精神安定剤が含まれる。過剰に服用すると心臓発作や呼吸困難を引き起こし、死亡に至るケースもある。依存性が高い半面、広く使われている実態があり、使用者の横流しなどのルートを通じ、インターネットでの密売が横行している。「スマートドラッグ」とも呼ばれ、専門家は危険ドラッグに替わって乱用が広まる危険を指摘している。
医療現場では治療に使われるため、使用や単純所持は合法。会員制交流サイト(SNS)を通じた売買は追跡が難しく、捜査関係者は「大麻や覚醒剤より摘発のハードルは高い」と打ち明ける。
国立精神・神経医療研究センター(東京都)によると、睡眠導入剤などを常用すると体の耐性が上がって効きにくくなり、服用量がエスカレートする場合がある。禁断症状も強く、より効果の強い薬を求めてネットでの売買に手を出す患者もいるという。
また、一部の精神安定剤などは死への恐怖心を薄れさせるとの研究報告もある。衝動的に行動する危険が高まり、自殺を後押しするケースがあるという。
薬物問題に詳しい小森栄弁護士(東京弁護士会)は「使用や所持だけで処罰されることのない向精神薬はスマートドラッグとも呼ばれ、若者らの乱用が多い」と指摘。「『医師が使う物なら危なくない』という誤った認識が広まっている。危険ドラッグの使用や所持が禁止されたため、薬物依存者が向精神薬に目を付け、乱用や密売がさらに深刻化する恐れもある」と警告している。【宮嶋梓帆】