MRJ, 官公庁, 機体, 解説・コラム — 2015年11月12日 10:36 JST

子供の原体験奪う展望デッキ閉鎖 MRJ初飛行、愛知県に航空語る資格なし

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 11月11日午前9時35分、三菱航空機のジェット旅客機MRJが初飛行に成功した。半民半官の日本航空機製造によるYS-11型機以来、半世紀ぶりの国産旅客機だ。奇しくも“11”が並ぶ日に、YS-11と同じ県営名古屋空港(小牧空港)の滑走路から飛び立った。

 しかし、これまで走行試験などの光景を一目見ようと、地元の人や航空ファンが詰めかけた、空港一の眺望を誇る展望デッキに人影はなかった。空港を管理する愛知県が、混乱と定期便客への迷惑防止を理由に閉鎖したためだ。

 そして、愛知県が空港付近での見学の代わりとして勧めたインターネットサイト「USTREAM(ユーストリーム)」による生中継は、アクセスが殺到してつながらなくなり、離陸の瞬間を視聴できなかった人もいた。

—記事の概要—
内外事例は生かされず
子供の原体験奪う大人たち
MRJ見学施設も「空港来るな」?

好天に恵まれた初飛行当日、県営名古屋空港の展望デッキに子供たちの姿はなかった=11月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

内外事例は生かされず

 記者は初飛行前日、「MRJ、11日午前初飛行へ 愛知県「空港来ないで」」という記事を出稿。弊紙に掲載したほかYahoo!ニュースなどに配信した。反響は大きく、たかだか飛行機の初飛行で騒ぐことではないという人もいれば、愛知県の対応に苦言を呈する人もいた。

県営名古屋空港を離陸し初飛行するMRJの飛行試験初号機=11月11日9時35分 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 記者自身は航空ファンではない。正確に言うと、興味も愛着もあるが、航空を趣味としてはたしなんでいない。2012年2月に弊紙Aviation Wireを創刊して以来、幾度となく「飛行機が好きなんですか?」と尋ねられたが違う。海外と比べて、政府が航空宇宙産業を成長分野と位置づけている割に、専門誌や業界紙はあるものの、経済紙で常に航空産業を追うメディアが自分が知る限り存在しなかったので創刊した。つまり仕事としてMRJを取材し続けてきたので、日本の航空史に残るイベント、という点を重視して記事を書いた。

 全国紙などには記者(私)よりも取材力が遙かに秀でた友人・知人がいる。しかし、スクープを取る敏腕記者も、わずか1、2年で異動してしまうことが多い。長期的にひとつの産業を追い続けることは、既存の新聞・通信社・テレビ・雑誌では難しいのが実情だ。

県営名古屋空港を離陸するMRJの飛行試験初号機=11月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 話を展望デッキ閉鎖に戻そう。記者が一番問題視したのは、MRJの初飛行は再三延期された。しかし、今回の展望デッキ閉鎖措置は、国内外で行われた大混雑する航空関連イベントの事例を基に立案されたものとは、とてもではないが言えない杜撰なものだ。

 例えば、昨年は英国でファンボロー航空ショー(偶数年開催)が、今年はフランスでパリ航空ショー(奇数年開催)が開かれた。どちらもいわゆる“田舎空港”での開催で、名古屋空港と同様に鉄道が直結しているわけではない。道路事情など、子細に見れば条件は異なるが、彼らは2年に一度、世界中からやってくる来場者をさばいている。

 MRJの初飛行はわずか一日であり、二大航空ショーと比べれば、来場者の規模は比較にならないほどだ。なぜこうした事例を研究し、展望デッキを閉鎖せずに初飛行を迎えず、閉鎖ありきでことを進めた愛知県愛知県振興部航空対策課は、いったい何を考えているのだろうか。

 ふた言目には「安全」という言葉を担当者からは高圧的な言葉で聞いたが、利用者の安全ではなく、管轄する場所で不測の事態が起こらぬよう、己の身の安全を確保することが最終目的では、と勘ぐってしまう。

子供の原体験奪う大人たち

 実はこの予兆はあった。2014年10月18日、MRJがロールアウトした。この時も名古屋空港の展望デッキは閉鎖された。事情を知る関係者によると、この時に“成功”したから、今回も同じ措置を取ることにしたのだという。

MRJのロールアウトセレモニーで合唱を披露する地元小学生=14年10月18日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 ちょっと待って欲しい。ロールアウトのセレモニーは、主に格納庫内で開かれた。内部は展望デッキからは見えない。しかし、初飛行は展望デッキの眼前に広がる滑走路が舞台だ。ロールアウトでは支障がなかったとしても、まったく異なる種類のイベントを同一視するのは、“航空”を冠する部署の判断としては理解不能だ。

 昨年のセレモニーで唯一救いだったのは、地元の子供たちが合唱を披露したことだ。航空産業はパイロットや整備士不足など、華やかな業界の割には人手不足の話題が絶えることはない。ロールアウトという世紀の瞬間に立ち会った子供たちには、心の隅にでもこの体験が残ったはずだ。

 今回の初飛行で、展望デッキに子供たちの姿はなかった。なぜ半世紀ぶりの国産旅客機が初飛行する瞬間を、地元の子供たちに間近で見せようとしなかったのだろうか。

 目の前でMRJが離陸する瞬間を目撃した子供たちが、限られた人数でもいてくれれば、日本の航空産業にプラスになったはずだ。実際、パイロットや客室乗務員、整備士らに話を聞くと、幼少期の体験をきっかけに航空業界を目指した人が多い。

 愛知県は子供たちの未来の選択肢を奪ったと言っても過言ではない。それほど大きな損失だと、大人たちは気づいていないのではないか。

MRJ見学施設も「空港来るな」?

県営名古屋空港の出入口には展望デッキ閉鎖を知らせる張り紙が=11月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 愛知県は2017年秋、県営名古屋空港内にMRJの試作機を展示する見学施設をオープンする予定だ。ロールアウトセレモニーと初飛行では、展望デッキ閉鎖で見学者を締め出し、空港混雑を回避した愛知県が、「空港が混雑するので見学に来るな」と本末転倒なことを言い出しても何ら不思議ではなく、今から不安でならない。

 愛知県は大村秀章知事が先頭に立ち、航空宇宙産業の誘致を熱心に進めており、関連する製造業の集約を目玉に掲げている。YS-11に続き、MRJも初飛行した愛知県は、日本の航空の聖地。現在の航空宇宙産業の集積度から見れば、航空先進県と呼べる。しかしこれは、民間企業の話だ。

 あらかじめ定められた5日間の中で実施する初飛行すら、展望デッキ閉鎖という何の哲学もない対策でしか乗り切れない愛知県では、今後民間企業が野心的に海外へ打って出ようとしても、満足なサポートは期待できないと不安になる。そして、県を航空宇宙産業で盛り上げたい知事の意向とは、大きくズレている気がしてならない。

 航空宇宙産業の活性化は、企業誘致だけで実現するものではない。企業で働く人が、高い志を持っていなければ何の意味もない。

 愛知県による展望デッキ閉鎖は、MRJの初飛行が見られないという単純な問題ではない。日本の航空産業を将来担うはずの子供たちから、千載一遇の機会を奪ったのだ。この教訓が生かされるのか、はたまた歴史は繰り返されるのか。もっとも、愛知県に取材から締め出されるかもしれないが……。

関連リンク
愛知県振興部航空対策課
県営名古屋空港
MRJ

初飛行に成功
MRJ、初飛行成功 離陸の瞬間「飛びたいと言っているようだった」(15年11月11日)

名古屋空港を離陸。初飛行へ
MRJが初飛行 YS-11以来53年ぶり、”11″並びの日(15年11月11日)

愛知県関連
MRJ、11日午前初飛行へ 愛知県「空港来ないで」(15年11月10日)
MRJ初飛行時、名古屋空港の展望デッキ閉鎖(15年10月23日)
愛知県、都内で航空宇宙産業を誘致 川重新工場「大変なご支援」(14年10月24日)

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