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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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前夜の花火

 学園はちょっとした騒ぎになっていた。
 理由はもちろん突如現れた氷のオブジェだ。
 巴がルトの様子を見に行くと言うので、澪と識も行かせて時間稼ぎをお願いした。
 のんびりと騒ぎの中に合流してくれれば、それだけで十分だと思っている。
 僕はエリスとアクアがこの術を使った理由を聞いておくために内部に入り込んでいた。
 学生も騒いでいるのがわかる。
 でもまあ、こっち側には特に害のある術じゃない。
 会っても面倒くさそうなのでエリスに念話で現在位置を確認、すぐに彼女達と合流した。

「で、どうしてこんな術まで使って学生寮を隔離したの?」

「若、それは反則だ……」

 お疲れ、と一言労ってから声を掛けたというのに、約一名駄目な娘がいた。
 エリスは膝を丸めて座り込み、屋根を人差し指でぐりぐりやっている。
 質問に答える気配は無く、恨めしそうに僕を見上げていた。

「わ、若様。以前も思ったのですが、一体どうやって内部に入っておいでに?」

 アクアは疲労が色濃く残る表情に、更に気疲れと驚きを浮かべている。
 エリスとは対照的に背に定規でもあてているみたいに、綺麗な姿勢で直立していた。
 キャンプを経てかなり真面目な性格になった彼女にはエリスのフォローはきついかもしれないな。
 もう一人、誰かを付けて三人にするべきかもしれない。
 この二人と組むとなると、かなり人選が難しそうだけどね。
 コンビでのスタンドプレーが結構強烈だから森鬼でも浮いている所があるし。
 悩ましい。

「入った方法? それなら多分エリスが気付いてるよ。復活するまでちょっとかかりそうだから、アクアに聞いてもいい?」

「は、はあ。何でしょう?」

「これを学生寮に使ったなら何で二人は中にいるの?」

「う」

 アクアはバツの悪そうな顔で呻くと黙ってしまった。
 思惑があった訳じゃなくて、アクシデントでもあったのか。
 エリスといれば、事欠かないだろうなあ。

「……エリスか」

「い、いえ! 私がつい後先考えずに」

「エリスの暴走に突っ込んだと」

「あう……はい、そんな感じです」

「幸い内側には、出られない以外の問題も無いからな。まあ、ご苦労様。それで何か報告が必要な事はある?」

 そう、内側には害はそれほど無い。
 でもこの術は防御結界なのにコキュートスなんて物騒なネーミングをされている。
 確か氷の地獄の名前だ。
 エリスが知っていて名づけたのかはわからないけど、ただの守りの結界には不似合い。
 外から不用意に近づくと、その意味が簡単にわかる。
 まあ学園は魔術の研究も最先端だからそんな真似をする馬鹿はいないだろうけど……氷漬けにされる。
 いや、あれは氷漬けと言っていいのかどうか。
 シャーベット的と言うか……。
 近づいたハイランドオークの腕が一瞬で半ばまで真っ白になったんだよな。
 彼は咄嗟の判断で肘上辺りで自分の腕を切断したからそれで済んだんだけど、落ちた腕はダイヤモンドダストみたいにキラキラした塵になって崩れてしまった。
 おっかない術だ。

「いえ、特にご報告するような事は何も」

「ううん、あるよ」

「!?」

 エリスが唐突に話に加わってきた。
 立ち直ったか。

「まず立て」

「ふう、失敗は成功の母。次こそもっと頑張る」

「そうだな。で、エリス。報告する事があるって?」

 一々突っ込んでいると話が始まりもしないので、急ぎの時はそもそも突っ込まない事にしてる。
 やや不満げな顔をしたものの、エリスは頷いた。

「多分首謀者っぽいのが豪勢な家が集まっている辺りにいると思う」

「……へぇ?」

「変異体の動きが時折組織的になるから少し気になって網を張ってみたの」

「……エリス、私は何も聞いていないんだが?」

「アクアはその時も私の分の仕事を頑張ってくれた。感謝」

「う、ぐぅ」

「続けて」

「はい。多分特殊な道具か何かを使って不完全だけど変異体を統率している。そんな感じ」

「統率……」

「向こうに変異体が集まっていってる感じ。お金持ちが大変だね」

 向こう、と言ってエリスが指差した方向は富裕層が多く住む場所。
 学園が今一番力を入れている区画だな。
 巴は何故かそこにはあまり力を入れていなかった。
 手っ取り早く街の支持を集めるなら彼らに気に入られるのが一番だと思うけど、どうなんだろうな。
 詳しくは本人に聞けば良いか。
 変異体の統率ってのは新しい情報だ。
 そっちも合わせて確認しておこう。
 しかしエリス、情報収集能力が何気に高い。
 しかも更に向上している気がする。

「ありがとうエリス。助かるよ」

「勿体無いお言葉。これも若の大事な生徒が学園長の手に落ちない為の緊急措置、苦にもならない。という事でアクアの結界暴発を許してあげて欲しい」

 ……ありがとうと言えばこれだ。
 エリスは本当に掴めない。

「別に僕は怒ってないよ。何なら二人共ここから出る? 連れて行ってあげるよ」

「い、今はいい。生徒達が心配だし解けるまでここにいようかと……」

 外にはモンドがいるからか。
 でも外に出れば、巴が多分森鬼にご褒美を何かあげている訳だから楽しくもある筈だけど。
 ……まあいいか。
 僕も若干疲れたしエリスがここにいたいと言うなら触れないでおこう。

「そう。ならそれで良いよ。じゃあ僕は外に戻るから」

「ご苦労様でした、若。出来れば師匠によろしく言って下さい」

「断る」

「む、無体な……」

 アクアとエリスを置いて結界から出た。
 巴達と合流して学園長と会って、それからどうするかな……。

「ライドウ殿、今お戻りですか」

 ん。
 結界からやや離れた所。
 中庭のシェルター付近で声を掛けられた。
 おや、意外な人物。

[彩律様。私の気のせいかもしれませんが、少しお疲れでは? 大丈夫ですか?]

「……お恥ずかしい。貴方の方が何倍も疲れている筈なのに」

[学園長も我々も全力で事件の解決に動いております。もう少しだけご辛抱下さい]

「勿論です。いけませんね、私の様な者は外部との連絡を断たれてしまうだけでおたおたしてしまって……」

[当然のお気持ちかと]

 当たり障りなく応対していた、はず。
 なのに、いきなり彩律さんの目が鋭くなった。
 射抜かれるような嫌な感じが放たれる。

「ライドウ殿。いえ、ライドウ様。この事件、学園の手でない別の力によって解決に向かっている事はわかっております。どなたが後ろで手を引いているか、その程度の事は私も、おそらくリリ皇女なども察している事でしょう。リミアの王とてその目は節穴ではありませんし。例外はアイオンの目、この地にいるレンブラント商会は既に貴方に取り込まれ見る事をやめているようですが」

 偉い人には僕らが暗躍しているのはやっぱりわかっちゃってるのか。
 邪魔しないようにはお願いしておいた方がいいのか?
 下手に僕が応対するとまた問題が増えそうなのが、なあ。

「クズノハ商会の力、その一端のみとは言え理解しました。ライドウ様が賢人様であったとしても、如何にこれほどの実力者を集め組織を作られたのか、私には想像もつきません。時に方々に宿ると言われる超常の力に貴方も目覚めているのか、それとも稀有な商才とカリスマをお持ちなのか」

[私を買い被り過ぎです。私は賢人様などではありませんし、恵まれた立場にいるのは単に幸運なだけとしか言いようがありません]

「……今は、それを明らかにしようとは思っておりません。この後冒険者ギルドの長、ファルス殿からの提案でクズノハ商会について諸々を話しあう場が設けられますがそこでもローレル連邦はライドウ様、クズノハ商会を肯定的に受け入れようと考えています」

[ありがとうございます]

 おや、有難い申し出だ。
 用事がそれを教えてくれる事だけなら最高なんだけどな。
 目つき怖いままだし、それは無いってわかる。

「ライドウ様、これはリミア、グリトニア、ローレルの意思としてお聞きください」

 一歩近づいてきた彩律さんが大国の名前を並べた。
 き、脅迫に聞こえる。

「この事件、解決に向けてクズノハ商会が担っている役割は非常に大きく、この上でこのような事を頼むのは申し訳無いと思っています」

[お続け下さい]

「出来る限り早急に念話の回復をお願いしたいのです。もしもそれが出来たなら是非お礼をしたい、と考えております。勿論この件でクズノハ商会の名前は出さないと約束します」

 念話の復旧か。
 なるほど。
 やろうと思えばすぐにでも出来るけど、巴の考えを聞いてやって大丈夫か確認しないとまずいな。
 やれたらやっときます、が無難だね。

[お約束は出来ませんが、出来るだけ早く復旧に努めます]

「そう、ですか。いえ、ありがとうございますライドウ様。皆様にもそのようにお伝えしておきます。長々とお引き止めして申し訳ありませんでした」

 彩律さんが深く頭を下げた。
 つられて僕もその場で頭を下げる。
 彼女は上品な足取りで遠巻きに見えるお付きの人がいる所に戻っていった。
 僕と会うって事で人払いをしてくれていたのか。
 ふむ、念話を復旧させると、各国の援助物資が今どこにいるのかもわかるもんな。
 便利だし、連絡手段が回復すれば避難所のストレスの緩和にも役立つだろう。
 やりたいんだけど、と一言添えて巴に話してみるか。
 エリスとは違う意味で疲れる会話。
 ご飯食べて弓引いて疲れてぶっ倒れて寝ての繰り返しが理想の僕には、根本的に向かない世界だ。
 貸しだ借りだと面倒な駆け引きがあっちこっちでされてるんだろうと思うと頭が痛くなる。
 やれやれ。
 巴や識がいてくれて本当に良かった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「とんでもない結界だねえ。あの亜人の娘でこれかい。正直、お前達とは戦いたくないね」

「いやいや魔術のたぐいで万色殿を驚かせる事が出来るとは、実に愉快じゃな、ふふふ」

「ここまで強固で攻撃的な結界は初めて見たよ。力技で一日……解析しようと思ったら三日は欲しいね。まったく、彼の近くは退屈しない」

「なんじゃ、破るつもりでおるのか」

「まさか。興味はあるけど、何日ももたないなら解析しきれない。かといって力技で壊そうとすれば本来の姿に戻らないといけない。こんな事で竜の姿で大暴れしたら変異体騒ぎが霞むし、なによりお前達の印象も薄くなっちゃうじゃないか。やめとくよ、真君の邪魔はしないさ」

「……ふ、儂らは竜殺しの称号でも構わぬがな。手が出せなくなると言う意味ではそちらの方が箔がつきそうじゃし」

「勘弁して欲しいね。で? 明日で終わりかい?」

 巴とルトが話していた。
 誰に聞かれる心配も無いのか、偽名もなく、また策を隠そうともしない様子だった。

「その予定じゃ。援助物資が届いた少し後に、面倒な始末だけつけておけば、終いじゃろう」

「面倒ね。それ、真君には?」

「今の若に知らせれば、良くない曲がり方をするやもしれん。どうしたものか……無難じゃがお知らせせずこちらで始末することにした」

「なるほどね」

「面倒な事じゃよ。こそこそ動いとるのが魔族ではなかった、じゃからなあ。魔将、ロナか。どう転んでもある程度の結果は欲しかったのかもしれぬが。若がもう少しすれてからでないと、あの手の輩は毒にしかならぬな」

「真君は確か彼女に手勢を引けと言ったんだっけ?」

「うむ。魔族を、なのか部下を、なのか。言葉は詳しく聞いておらんが、確かな。若にはその辺りは曖昧に全て含んでおるから意味があまりない部分なんじゃろう。対してロナはそれを言質にしようとする」

「そういう意味では真君って澪ちゃんと似てるねえ。人が良いというか無用心というか」

 ルトは面白そうに真を思い浮かべる。
 難しく、複雑に言葉の持つ意味をやりとりするのではない。
 お願いを受け入れてもらえたのなら、相手はこちらの味方であると素直に思ってしまうタイプ。
 非常に扱いやすい人種でもあるが、危うくもある。
 極端に走りやすいからだ。
 ただ、そこまでを全て理解した上で、ルトは真を面白いと思う。
 これ以上ない程に“引っ掻き回してくれそう”な存在に映るからだった。

「ひたすらに体を鍛えて弓をひいて、それを生活の中心にしてきた方じゃからな。広い社会の持つ悪意に鈍感じゃ」

「だから、真君に悪い影響がありそうな富裕層は後回しにしてるわけ?」

「いや、それは単純に儂の意向じゃな。あそこの連中が減れば多少は復興もスムーズじゃろう? それに機に乗じて暴れる程の不満なら、少しは発散させてやらねば後に残る」

「それであの亜人の行為を見て見ぬ振りか」

「魔族に青い肌以外の協力者がいる、若に見せるには少し早いと思っただけじゃよ。澪が今夜始末する」

「おお、こわ。彼女には弁明させてあげたり、匿ったりしないんだ?」

「無駄にヒューマンを憎んでおる者など、いてもさして使えると思えぬ。儂は別に亜人の保護者をやっておる訳じゃない、若もな」

 巴が淡々と真の知らない事情を口にしていく。
 森鬼エリスが気付いた事、変異体の不自然な動き。
 それらは巴の目にも映っていた。
 彼女もまた、変異体に干渉する存在を掴んでいる。
 そして、それが恐らくは魔族と協力関係にある者だと目星もつけていた。
 彼女、とルトが話した様に性別もわかっているようだ。
 調べればもっと詳しい事もわかるのだろうし、もしかしたら二人は既に知っているかもしれない。
 しかしそこに触れようとは、巴もルトも思わなかったようだ。
 今の真の考えや立ち位置を考え、巴は主に知らせずにこちらを終わらせる気でいる。
 真が自分にこの騒動での立ち回りを預けてくれた事を、巴は密かに感謝していた。

「それに……少し待て」

 巴がルトに何事かを付け加えようとして、自らその口を閉じた。
 念話。
 ルトは察したのか、邪魔をせず静かに巴の表情を観察する。
 一瞬彼女が顔をしかめた。
 良くない内容なのかと、ルトの興味が向く。
 ただその後は済ました表情に戻って念話を続け、数分後静かに息を吐いた。
 念話が終わったようだ。

「誰から?」

「若じゃよ」

「真君! へえ、何だって? 結界の中で何かあったの?」

「遠慮の無い奴。なに、大した事はない。ただ若があの亜人の尻尾に触れそうになっただけじゃ」

「ふうん、彼も気づいたんだ」

「いやエリスが何か言ったようじゃ。まったく余計な事をする娘じゃな」

「僕は少し興味があるけどね。アレを作った亜人に」

「それに、念話の復旧をしたいが良いかと聞かれた」

「聞くんだ? 主人なんだから、念話復旧するからよろしく、位でいいのにね。任せるって言ったからお前に遠慮してるのかな?」

「かもしれんな。もう別に問題は無いし、構いませんと答えておいたが」

「え?」

 巴の何気ない言葉にルトがまずそうな顔をして疑問を口にした。

「なんじゃ? 念話の復旧、何か問題があるのか? 多分直に綺麗な花火が見られるぞ、若の手製じゃ」

「あ、いや……。そか、今か……」

「儂にばかり話させておいて、ルト、貴様何か隠しておるな?」

「隠すって程じゃないよ。聞かれなかっただけでさ。ふむ……」

「困ってはおらんのか。しかしまずそうな顔もした。そして今は面白そうじゃ。ルト、何を隠しておる」

「多分、念話が復旧したらすぐにわかるよ。しかし巴」

「む?」

「運命ってあるのかもしれないね。何ともまあ、実に不思議だ」

 ルトが神妙な面持ちで呟く。
 何度も頷いては沈黙のまま納得していた。
 自分の世界に入った隣のルトに向け溜息を放つ巴。
 そして今真が今いる筈の場所に目を移す。
 ゆっくりと空に視線を上げてその時を待った。

「ルト、若じゃ」

「うん?」

 巴の言葉と空を指す指に上を見たルトが、月に似た柔らかな黄色みを帯びた光球が打ち上がるのを見た。
 その光は街を照らす様にしばらく空に留まる。
 そして炸裂した。
 凄まじい数の糸になって街のみならず一帯に降り注いだ。
 あるものは鋭角的に何度も曲がり、あるものは直線のまま。
 防ぐ間もなく、それはルトや巴の身も貫く。

「っ!?」

「一発か。若はつくづく一芸を極めるタイプじゃ」

 腕を交差させていたルトがその手をどけた。

「今のは、もしかして魔族の仕込んだアレを?」

「うむ。別に破壊しなくとも機能が停止すれば良いんじゃからな。破壊力を持たせぬでも方法はある。若もそうしたんじゃな」

「……全部かい」

「どうじゃろうか。次弾が無いようじゃから、多分これで全部なんじゃないかの」

「魔族はこの準備に数ヶ月を掛けていたんだけどねえ」

「ご苦労な事じゃな」

 二人は空を見上げたまましばらくそうしていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「エリス。若様はどうやってこの中に来られたんだ?」

「つ」

「つ?」

「土の竜と書く反則を使った」

「竜を召喚したのか!?」

「もっと酷いモノ。穴掘りはある意味最強だと証明してくれた。もぐら~」

「……か、完全なる隔離とか何とか言ってなかったかエリス」

「その手は想像してなかった。結構下に深く掘ったみたいだ。もぐら~」

「……二度と手伝わん。この術は今日で死んだ」

「泣ける」

 真が念話の妨害をしていた装置の除去に使った術。
 花火のように夜空に上がったそれを結界に阻まれて見る事も出来ず。
 アクアとエリスは打ちひしがれていた。
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