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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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エリス、全開

 学生寮。
 普段は文字通り学生達の生活の場であり、リラックス出来る場所だ。
 しかし、変異体の騒動で今はそんな学生寮も避難所として機能している。
 澪と識、二人の頼れる護衛を失った寮内は、当然の事ながら不安が高まっていた。
 ジン=ロアン達が目を覚ました事がその代わりになれればまだ良かったが、彼らとて流石に皆の不安を打ち消せる程の存在ではない。
 変異体と化したイルムガンドとの戦いを見ていた者でも、闘技大会でしか見てないジン達の実力をいきなり全部信用するのは難しい。
 澪と識が変異のキーになるアクセサリーを回収していなければ、恐らく変異体が発生していただろう。

「どうした、エリス?」

「アクア。まずいね、学園長ご乱心だ」

「どういう事だ? 特に寮付近に変わった様子はないぞ」

「あの子達を使う気でいるみたい。目を覚ました事がどこかから伝わった……多分」

「あのなあ、若様じゃあるまいに……その訳のわからない勘はどこからくるんだ?」

「説明は難しい。スピリチュアルな……ナニカ? とにかく学園長一行の接近を感じる」

「はぁ」

「さて、どうしようか。生徒が外に連れ出されると私達もここを離れる、って事になるね。そうするとここには誰もいなくなる」

「だが若の命はあの七人の生徒の保護だろう? 他の生徒はおまけ程度だと思っているが……」

「ふっふっふ。そこで私に良い考えがある」

 何かを感じたのか体育座りしていたエリスが寮の屋根で顔を不意にあげる。
 相棒のアクアはその様子に何事かあったのかもしれないと仔細を聞くが、エリスの勘だと聞いて少し気を抜く。
 一応、その勘が正しいていで話をしていると、エリスはアクアから見て良くない笑いを浮かべて考えがある、と切り出した。

「……一応、聞こう」

「私とアクアの合体魔法で寮をまるごと“保護”する」

「が、合体魔法!? まさか、あれをやれというのか!? い、いやだ。私は嫌だぞ!!」

 エリスの提案に長身のアクアは立ち上がって反対した。
 表情には恐怖さえ浮かべている。
 余程良くない思い出があるようだ。

「でもこれなら全部まるっと解決だよ。さっき調べたけど、寮には結構食料もあるし多少は取り合いもあるかもしれないけど餓死はしない。ちょっと外に出れない位大した事ない」

「断じて拒否する!」

 アクアはエリスに背を向けて座り込んだ。

「……若様がきっと怒る、予感」

「そんな訳あるか! あんな恥辱は二度と御免だ」

「ぶー。あまり時間が無いのに。仕方無い、私一人でやる」

「っ!? 待て、一人で出来るものなのか? あれ」

「当然ソロバージョンもある。ただし魔力は足りないから、それは貸してね」

「お、おおお! なおあえうええ!?」

「ええ、だってそう言わないとアクアは一緒にやってくれないと思った。ほら、魔力魔力」

 震える指でエリスを差しながら、アクアが謎の呻きを漏らすも、エリスには意味がわかっているようだ。
 長く相棒として付き合いがあるだけの事はある。

「後で、覚えておけよ……」

 アクアは恨みのこもった目でエリスを見るが、エリスのやらんとしている事には協力する気があるのか、エリスに同調して魔力を渡すべく行動する。
 魔力の譲渡は互いの相性が良くないと出来ないレアな行為だ。
 アクアとエリスが身長こそ凸凹コンビであるものの、一緒に組む事が多いのはこれが出来るからでもある。

「かかったね、アクア」

「っ!? 体が!?」

「ふふふ、じゃ……やろっか」

「い、嫌だ! エリス、お前いつの間にこんなアホな技を!」

 魔力が混じり合い、アクアからエリスに流れたその時。
 アクアの身体がびくりと震えたかと思ったら、いきなり立ち上がった。
 明らかに彼女の意思ではない事がわかる。

「さ、お手々繋いで~」

「ふざけるな! エリス、エリーース!」

 アクアの絶叫をよそにスキップしながらくるくる回ってその場でダンスらしき動きをする二人。

「煌めけ心のダイヤモンド~」

「動け、私の身体! 今動かなかったらいつ動くと言うんだ! 動け動け動けーー!」

「必殺、コキュート……はっ!? ぼ、暴走か!?」

 振り払う様にエリスと繋がれた手を大きく動かし、貝殻みたいに組まれた手は引き離された。
 やや俯きがちなアクアは怒り心頭の表情でエリスをぎらりと睨む。

「……エリース、覚悟はいいな?」

「いや、やってみれば気持ちが良いものよ、って、違う。時間が無いのは本当。術はかけといた方が絶対に良い。落ち着け」

「誰が怒らせてると思ってる!?」

「とにかく。わかった、今度こそ私一人でやるから。若様の為だよ~アクア~」

「ううううう~」

 ほんの僅か落ち着いた思考が、アクアにエリスの勘が正しい事を教える。
 学園長自らが学生寮に向かっているのがわかったからだ。
 うなり声は続くものの、エリスに襲いかかるのを思いとどまる。

「はぁ……。ソロバージョンなんて、寂しいよ」

「だ・ま・れ!」

「気を取り直して、いく!」

「真面目にだぞ」

 言った端からエリスは両手を天に突き上げ、その後頭の上で貝殻の様に絡めて組んだ。

「今こそ白鳥最大の奥義、我が師カ――おぅふ!」

 口上の途中だと言うのに、鋭く疾い拳がエリスの腹部に突き刺さった。

「もう寝ていろこのど阿呆娘! 詠唱は既に完了しているのだからこんなもの私にだって!」

「むぐぐぐ」

「いける! コキュ、ええい『献花氷牢けんかひょうろう』!!」

「むぐー!!」

 学生寮の屋根で異様な魔力が一気に膨れ上がり、水の属性に変じた。
 アクアとエリスの頭上にそれぞれ意匠の違う三つの丸い紋様が縦に並んで出現する。
 アクアの右手から放たれたエメラルドグリーンの光はその紋様を次々に貫通して通過。
 しばらく上昇した所で一瞬静止した後、そこを円錐の頂点にするように下に向けて十数本の光の束を放った。
 光の束は地面に突き刺さると互いの間を氷で埋め尽くし、学生寮そのものを氷の檻で閉じ込めてしまった。
 ごく短時間の事だ。
 相当に大規模で、強力な術。
 アクアとエリスが使える魔術の中でも、かなり上位に位置する。
 ロッツガルドの変異体“ごとき”に使う術では本来無い。
 エリスの遊び心ゆえのセレクトであり、術をメインの術師として放って疲労困憊のアクアは疲れ損もよい所だ。
 へたリこむ彼女はポーズではなく、本当に疲れ果てている。

「名乗りの最中に攻撃とか、お前には情けも浪漫も無いのかアクア!!」

「お前が妙な事を口走るようならああしろと、若様にも言われているんだ!!」

 げっそりと疲れた顔をして、元気に食いついてくるエリスに反論するアクア。

「大体、あそこはあんな堅い名前じゃない! いい!? オーロラ」

「黙れ、もう本当に黙ってエリス。それにその名前何か違う」

「気にしない、ソロバージョンだと名前が変わる技なんて幾らでもあるの。とにかく! コキュートス、で一回止めて一気にあげながら楽しげな様子でフローラルトリビュートォ! なの!!」

「……若様、そろそろこののブレーキ役、一人じゃきついんですけど……」

「大体、直訳でいくならそこは供花冷獄くげのれいごくとか氷獄ひょうごく。アクアは本当に中途半端で後先考えない」

「はいはい」

 大体、真が知る漢字の知識など、アクアも嗜み程度にしか無い。
 エリスが異常によく知っているだけだ。
 ローレルに行けば賢人文字に精通する者として相当に珍重される可能性があるレベル。
 他にもどこから仕入れたのか、聞いた事もない言葉を口にしては真と漫才じみたやり取りをしている。
 真や巴、亜空に関わるよりもしばらく前から、アクアの友人エリスは不思議要素を濃くしていた。
 ともあれ、漢字か横文字か。
 どちらが恥ずかしくなかったかはともかく、アクアは良く頑張った部類だろう。

「ねえ」

「はいはい」

「……どうやって出るの、私達」

「……あ」

 エリスからの至極真っ当な突っ込み。
 森鬼アクアとエリス。
 ジン=ロアン達学生らと同様、学生寮に軟禁。
 モンド、天を仰ぐ事確定。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 モンドが遠くに煌くソレを見て僕の前に走り出た。
 そしてジャンピング土下座。
 ああ、あれ……あいつらの仕業か……。
 モンドが頭を下げる理由がわかった。
 しかし彼の所為では無い事もはっきりわかる。
 北西区画をあらかた掃除し終わった僕らは学園にこれから戻る旨を念話で伝えた。
 その時に学生寮の異常を伝え聞いた。
 突如氷に覆われて全く手が出せなくなったと。
 中の状況もわからないから現状動かせる手勢も無い。
 戻って報告を終え次第、そちらの調査を行って欲しいと。
 元々同行する予定では無かったモンドがその情報を聞いた途端、一緒に行きたいと申し出てきた。
 もう変異体は存在しないので、他区画からの流入を抑えておけばライム一人でも問題は無い。
 彼の意見でもそうだったので僕も大丈夫と判断してモンドの同行を許可した。
 なるほどね。
 予感があった訳か。
 僕もあの氷のピラミッドには覚えがある。
 試しにジンに念話を送ってみたがやはり遮断された。
 アクアもエリスも同様だ。
 エリス曰く完全なる隔離結界らしい。
 実際恐ろしく堅牢で、力技でも魔術でも破壊にはかなりの労力を要する。
 巴や澪を相手にしてもしばらくつのだから相当な代物だ。
 ま、披露した翌日に完全じゃなくなっていたけど。
 すっごい欠点があったんだ。
 流石に、恥ずかしいヒラヒラの衣装まで着て、エリスに良い様に騙されてあの意味の無いダンスと必殺の口上までハモらされたアクアに免じてその欠点は指摘しないでおいたけど。
 なんだっけな、コキュートス何とかって言ったな。
 森鬼凸凹コンビが、かたや真っ赤な顔して、かたやノリノリでやってみせたあの結界魔法。
 ああいうのって、小さい方よりも足を折ってそいつに合わせる長身の方が絶対恥ずかしいよなあ……って、それは置いといて。

「モンド、別にモンドの責任じゃないよ。きっとアクアとエリスにも何か事情があったんだ。一応あっちで騒いでいるみたいだから調査の真似事はするけど、考えてみれば学生があの中にいるのは都合も良いさ。識、食べ物とかはあるんだろう?」

「はい。数日なら問題ありません。考えなしに消費すればわかりませんが、まあ一日二日食べなくても死にはしないでしょうし」

「三日ほど抜いても、質素な食事を一回挟んだだけで竜と戦える方もいますしな」

「巴、思い出させない。そういう事だからさ、モンド。あんま気にしなくて良いよ。ほら起きて起きて」

「若様……本当に申し訳ありません! あの馬鹿どもにはきつい罰を与えますので」

「その辺りは任せるよ。とにかく、学園に戻らないとな。どの道あの二人とは話も出来ないし、モンドはやっぱりライムの所に戻ってくれる? アレは僕らで何とかするから」

「しかし、それでは!」

「壊すか残すかもまだ決めて無いからね。あれ、パッと見は凄いからさ。案外、ルトとかでも頭抱えてたりして」

「くくっ、確かに。意外と奴も驚いているやもしれませぬな。モンド、もしそうなら森鬼に後で褒美をやるぞ。あの二人への罰は若が仰せの様にお前に任せるが、褒美は皆に配ってやると良い。まあ、まだ決まりではないがな」

 巴が申し訳なさそうにするモンドに面白そうに話し掛ける。
 モンドはキャンプを経て、何度か模擬戦とかする内に僕や巴、それに澪や識に対しても随分と接し方が変わってきたんだよな。
 森鬼ではアクアも結構変わった方だけど、モンドも相当に変わった。
 破天荒な感じだった彼は無頼が忍者に変わったかのような劇的な変化を遂げていた。
 樹刑や自分の力に相当な自信を持っていただけに、その全てを叩き潰された事に何か思う所があったのかもしれない。
 もっとも、本当の所は彼自身にしかわからない事なんだろうけど。

「寛大なお言葉、ありがとうございます巴様」

「うむ。ほれ、ライムの所へ戻ってやれ。こちらは儂らに任せよ。お前達は明日に備えて休め」

「では、失礼致します」

「うん、おやすみ」

 モンドが一礼して踵を返す。
 ライムもモンドも、今日報告をしに亜空に戻るメンバーでは無いから彼らとは今日はこれでお別れだ。
 夕闇の中、西陽に輝く氷のオブジェを見ながら再び歩き出す。

「実際の所、アレはどうする? 壊す? 残す?」

「そのままにしておけば良いのでは? 無駄にかたくて面倒くさいです」

「同感です。学園の状況次第では学生を戦いの場に駆り出しかねません」

「儂も同感ですな。一日二日で壊せる物ではない、とでも言っておけば良いでしょう」

 澪、識、最後に巴もあのオブジェの破壊には反対のようだ。
 学生寮の保護が目的なら自分たちは出てから使うだろうし、何か事情はあるのかもしれない。
 そこだけ聞き出して、そのままにしておこうか。
 中はあの二人でどうにでも出来るだろうから。

「二人に事情だけ聞いて、そのままにしておこっか」

「それがよろしいかと。明日は残る区画の解放と施しの継続実施。どこの国が最初に物資と部隊を送り込むかははっきりしませんが、そちらにバトンタッチしたら儂らの仕事はお仕舞いです」

「復興への協力は?」

「元々ここに勤めていたエルドワや森鬼、ライムらの範疇で手伝わせるのがよろしいかと。後はルトがどう畳むかですな。儂の予想ですと各国を睨み合いさせた挙句に、功績を持ち出して……と言った所ですが」

「なら商人ギルドからの呼び出しが直近の問題かぁ」

「……さて、それもどうですかな。レンブラントはそこまで動く気は無いようですが、あのザラという男次第では存外楽に済むかもしれませんぞ?」

「ザラさんね。あの人は今は弱ってるけど、本当にきつい人なんだって。お前が言うような楽な相手じゃ無いと思うけどなあ」

「これほどの事態ですからな、魔族の仕業と“どこかから”はっきりと伝わったりでもしたら……クズノハの転移輸送は今後の非常時においての流通として何とか確保しておきたいと思うのも、考えの一つではあるのですがな。誰が漏らしたのか私や澪のレベルも既に知っている風でしたし、さてあの男、どう動くか」

 巴は心底楽しげに何かを思い出して笑う。
 僕らを非常用の物資補給屋にするって事?
 確かに、ザラ代表は金はあるがモノが無いというような事は言っていた。
 苦手意識ゆえか、僕には彼がそんなに簡単な相手では無いと思ってしまうのだけど、巴は違うようだ。

「……もしも、この状況を経てなお圧力を用いる気なら、いっそ首をすげ替えてしまえば良いのです若様」

「澪、それは」

「差し伸べられた手を掴んでおいて、反対の手で刃物を持とうとするような相手は、まともに相手をする必要なんてありません。恩には恩を、仇には仇をですわ」

 それも考え方の一つだけどね。

「これでこの街のヒューマンも魔族と戦争をしている現実に気付く事でしょう。学園も商人ギルドも、これまで通りではいられません。私たちには好ましい変化が訪れると考えます若様」

 識。
 こんな事があれば戦争してるって、確かに自覚するのかもね。
 ん?
 って事はだ。

「折を見て魔族の仕業だって、暴露する訳か」

「いえ、学園が勝手に突き止めるのです。回収した装飾具の幾つかに細工をしておきましたので、それが証拠になってくれるでしょう」

「わかりやすくやりましたもの。如何に調査する者がボンクラでも明後日には気付いて報告がなされるでしょうね」

 澪と識はニコリと僕の言葉に答えた。
 細工は上々、ってやつか。
 でもそれだと。

「魔族の仕業だってわかると、僕らもまずくないか? クズノハ商会は魔族との関わりまで疑われているって代表に言われたんだぞ」

 ロナさんと知った顔であるのは一応間違いないわけで。

「その心無い者の言葉を、数日後の街の住民がどれほど信じるか、ですよ若。元々根拠があっての訴えではありません。大体魔族との関係など、もう無いようなものではありませんか。その陰口は最早霧散したも同じかと。下手にそのような事を言えば、周囲の住民から白い目で見られるだけ。何せ儂らは身を投げ打って住民の避難に尽力し、学園の力になって変異体を多く討伐した英雄ですからな」

「なる、ほど」

 いや、今はもう親しくするのもどうかと思ってるけど、それで無かった事にするのは強引な気も。

「これでなお、何かやってくる商会があれば、その話を意図的に街に広めてみるのも手ですな。面白い事になるかもしれませんぞ、くくく」

 悪い笑い方だ。
 悪代官巴、もしくは廻船問屋の巴屋が出てきた。
 色々考えてくれているのは伝わってくる。
 なんというか、生き生きして見えるし。
 頼ればこんなにも頼もしい奴らなんだよな、三人とも。
 お。
 学園だ。
 一応今日で変異体もほぼ半分位にした。
 明日、そして明後日。
 僕とクズノハ商会は、この街でどんな存在になれているか。
 結果がわかるのはそんなに遠いことじゃないと思った。


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