84/174
五.四五mm弾で……
殲滅戦。
ギルドまでの道のりはまさにそれだった。
無力化も特に指示しなかったから、巴に話を聞きながら澪と識が襲いかかってくる変異体をそれこそ踏み潰すみたいに蹴散らしていった。
「五.四五mm弾で奴らのアギトを、って感じ」
思わずそんな事を口にした。
「カラシニコフなる復讐の女神の名のもとに、ですか?」
独白だったのに、何故か識が反応した。
なぜ識がそんな事を知っているのか。
しかも間違ってるし。
「女神?」
澪まで反応した。
こっちは女神というフレーズに反応したみたいだ。
「識、それは女神の名じゃない。銃って言う武器の種類を指すの。カラシニコフ銃……って何言ってるんだか」
「ほう、そうでしたか。てっきり私は名前なのかと思っておりました」
記憶から再現された本の中には漫画も結構ある。
しかし識があれを読んでいたとは予想外だった。
「澪、女神といってもあの女神じゃないから気にしないで。何がどう忙しいのか知らないけど、ルトが言うには忙しいらしいから」
巴を見る。
「理由までは存じませんが、こちらに構ってはいられないようですな」
これだって結構な事件だと思うんだけどね。
あいつの考えは流石にロナ以上にわからない。
ギルドまではもう少し。
これまでに十五の変異体を片付けた。
識の感知だと商人ギルドから出た部隊が数体を相手に戦っているみたいで、ギルドは特に襲撃も受けていないらしい。
討伐の名目がある以上、特に変異体を避けるような事はせず、来るもの拒まずで蹴散らしているからこの区域の変異体は残り僅か、のはず。
「識、残りの変異体は?」
「交戦中の個体を除いてですと、あと六体ですな」
「思ったよりいたね。ギルドに到着する方が先になりそうか」
「若様、もしお望みでしたら私が行って片付けておきましょうか?」
「ありがとう澪。でも大丈夫。前後するだけだから気にしなくて良いよ」
うずうずしている風の澪を落ち着かせてギルドを目指す。
ふと、疑問が一つ浮かんだ。
あの女神、名前は何ていうんだろ?
月読様とも知り合いのようだし、僕でも知っているような名前の女神なんだろうか。
嫌だな、もし良いイメージの女神がアレだったら。
「若。リザードが出迎えてくれています。レンブラントも一緒ですな」
「巴、今は良いけど呼び捨ては駄目だからな。それと澪、ギルドの代表に会っても何もしちゃ駄目だ。良いね」
「お任せあれ」
「……もちろんですわ。襲われていても何もしません」
「澪、襲われていたら助けるように」
「……はい」
目を逸らすな。
怖いなあ、もう。
手を振るレンブラントさんの横にギルド代表、ザラさんの姿。
あ、軽い目眩と吐き気がする。
間違いなく女神の次に苦手な人だな。
かといって行かない訳にはいかない。
今日は僕らクズノハ商会にとって大事な日でもあるし。
意を決して彼らと合流した。
[お久しぶりです。代表、レンブラントさん。皆さん、ご無事で何よりです。念話の妨害があり遅れましたが学園長の命によりこちら北東区画の討伐をするべく参りました]
「久しいなライドウ殿」
最初に応じてくれたのはレンブラントさんだった。
僕の名を呼んでぐっと距離を詰めると抱きしめられた。
「……娘たちは無事かね? 戦闘に駆り出されてもいないかね!?」
小声だが必死な声が僕の耳に。
息がくすぐったい!
[ご安心を。ご息女は戦場に出たりはしていません。それに夫妻にお付けしたように頼りになる者を忍ばせてありますので大丈夫です]
抱擁を解かれて少し彼との間に距離ができる。
他の人には内緒で話かけてきたんだろうから、僕も彼にだけ見えるように胸元近くに小さく言葉を残す。
確かにこんな状況で三日も娘さんたちと満足に連絡が取れない状況なら、レンブラントさんは内心気が気でなかっただろう。
シフもユーノも愛されているなあ。
僕は男に抱きつかれてもあまり嬉しくないけど。
「……しばらくだな、ライドウ。お前の所は、こうやって出てくる辺り店は無事だったんだな。確か、大通りの中程だったか」
ザラ代表は疲労を色濃く残した顔で僕に話を振る。
う、声まで苦手意識があるな。
情け無い。
[いえ、既に破壊されてしまいました。何とか従業員ともども無事ではおりますが、しばらくは避難所にて安全を確保していたので今の店の有様はわかりません]
「……そうか。避難所でも変異体が潜り込んで壊滅するなどの被害が出ている。お前のところは無事だったようでなによりだ」
ぶ、無事で何よりだ?
予想外な言葉が出てきた。
学園長と同じく怒鳴りちらすかと思っていたんだけど……。
いくら疲れているにしても磨り減り過ぎじゃないか?
代表の事は、限りなく図太い性根の人だと認識している。
たかが街が襲撃された位でこんなに変わるか?
それとも、そう見える演技なんだろうか。
レンブラントさんが何かやった?
いや、この状況でその必要は、多分無いと思う。
一緒に仕切る人物を疲弊させるなんて、自分の首を絞めるようなものだ。
後でどこかから賠償を多く取る為の布石かもしれないな。
商会としての保険みたいなものはギルドがやっているから商人ギルドのこの支部より上の所か、それかロッツガルド、この街から何かせしめたり出来るとか?
「ははは、この前とあまりに印象が違うか? こいつはあまり街への襲撃など経験しておらんから疲れておるのよ。その上、このヒュン殿とフィーア殿の力に守られておる現状でライドウ殿に強気な顔は出来んよ。なあ?」
「う、うるさい! だが、こんな強力な魔物さえ従えるお前達なら、今暴れている連中などとうに全滅させられているのではないか? どうして今頃にならなければ動けなかった」
あ、予想していたのがきた。
この前とは比べるべくもないけれど、彼の目に探るような鋭い光が宿る。
「ああ、言い忘れていたが、トップのこいつにだけは彼らが君からの預かり物だと明かしてある。その方が話がスムーズに進むと思ったのでね。勝手な事をして済まない」
レンブラントさんがすぐに補足してくれた。
おかげでミスティオリザードの主が僕である事を彼が知っていた事であれこれ悩まずに済んだ。
まあ、他に他言していないなら別に良いや。
ミスティオリザードの召喚はどの道講義を受けている生徒にも知られている事だから。
[学園の部隊は討伐一色でした。私も当時は闘技場におりまして、色々ありました後、避難所の一つに身を寄せていたのですが。その避難所ですら危険な状況で、学園による危険の排除は期待出来ない。私は勝手な判断ですが商会の従業員と何とか連絡を取り、住民の避難所への誘導と避難所の安全確保を優先していました。何とか落ち着いてきたので今日学園に向かった所、学園長の命を受け、こちらの討伐への参加を命じられました次第です]
「……そう、か」
[道中、略奪の痕跡なども見ました。商人ギルドでは被害をどこまで把握しておられますか?]
「こいつの案に乗って、被害状況の把握と怪物の討伐、それに無事な住民の確保を並行して行っている。被害の詳細はわからんが、店と商品はどこも諦めた方が良いと認識している。とにかく、兵力が圧倒的に足りない。金はあるんだ。だが、雇う冒険者や傭兵たちが既にいない。戦死者が出た分だけこちらの力が削がれていく。外との連絡も満足に出来ない以上、はっきり言って手の打ち様が無い」
こいつ、とレンブラントさんを指して答えを返す代表。
かなり追い詰められているみたいだ。
髭も剃っていないその顔は以前に会った時よりも数段老けて見えた。
巴に目線を送る。
すると彼女は誰からも注目されていないのを良い事にか、にんまりと笑って頷いて見せた。
狙い通りの状況なのか。
確かにどれだけお金があっても傭兵や冒険者自体がいなければ雇い入れようがない。
お金を抱いて死ぬ。
そんな最後の一歩手前、そう思っている商人も少なくない状況なのか。
となれば、今のザラ代表に冷静に状況を判断するのは厳しいだろうな。
ならレンブラントさんがここにいるのは配役としては良かったんだろう。
「まったく世話が焼ける男だよ。私がライドウ殿がいるから問題無い、こんなものは窮地ですらないと教えてやっているのに耳を貸さなくてね。昨夜など――」
「パット! お前は黙れっ」
?
パット?
ああ。
レンブラントさんだ。
確か何かのサインの時に見た覚えがある。
パトリック=レンブラント。
パトリックだから、パット。
大体レンブラントさんで済むから、つい誰の事かと思ってしまった。
続けて醜態を明かそうとするレンブラントさんをザラ代表が黙らせる。
「とまあ、商人ギルドはそれなりに疲れが溜まっていた所だね、ライドウ殿。こいつはまだまともな方で、中にいる商人などは錯乱している者も少なくない。あまり見れたものではないな、ライドウ殿の参考になる連中でもない」
淡々と語るレンブラントさんの言葉に同情の色は無かった。
ただただ辛辣なお言葉だ。
そこにいる多くの人よりも僕は商いでは素人なんですが。
こういうレンブラントさんは……あまり僕は見てきてないな。
[どうにか間に合ったようで嬉しく思います]
「君から預かった彼らだが、一時は攻めにも協力してもらおうと思ったんだが、どうお願いしても頑なに護衛以外は引き受けてくれなくてね。一度思い切って私自身が外に出てみたんだが、あっさり連れ戻されてしまった。不毛な事になると透けて見えたから早々に諦めたよ」
あ、そっか。
守れとしか言わなかったもんな。
余計な事は極力しないように気をつけてくれていたんだろう。
融通は効かないかもしれないけど、頼れる戦士だね。
[では、ご忠告に従いまして私は中には入らず、このまま討伐を続けようと思います。もし連絡がつくようなら傭兵の方々には戻ってもらっても結構ですよ]
「っ。やはり、この程度は脅威の内にも入らないかね」
レンブラントさんの表情が初めて感情による驚きを感じる変化をした。
[既にここに来る折に十五程片付けてきました。あとこの区画には]
『ッッ!?』
一同の驚愕は無視する。
文章を止めて識を見た。
「後九体おります。今の所新たな変異体は発生しておりません」
察して答えてくれた識に感謝しながらレンブラントさんを見直す。
今の感じだとザラ代表よりもレンブラントさんの方が頼れそうだ。
[という状況ですから。もしかしたら変異体を発生させる切っ掛けになるかもしれない品物も学園が特定しております。そちらの回収だけ、従者を一人残していきますので、そうだな巴]
「……っ!? わ、儂ですか!?」
[彼女が詳細を知っていますのでレンブラントさんも協力して頂けますか? それから、ザラ代表も]
「もちろんだ、協力しよう。いいな、ザラ」
「……ああ。内から奴らが出ないようになるなら、喜んで協力する」
素直だ。
ザラ代表は、この位疲れていれば僕でも話せそうだな。
まあ。
スラムの亜人ボウルが言ったように。
危機がすぎればその事をじきに忘れてしまうかもしれないから、今だけのレアな様子だとは思う。
[では、我々は失礼します。終わりましたらここに参りますので、後ほど]
「ライドウ、部隊とは連絡が途切れがちだ。済まないが、お前が見かけて帰還指示が届いてないようなら直接伝えて欲しい」
[わかりました]
本当に凄い変わりよう。
済まないが、だって。
一度だけ振り返って、何事か不満を口にしながらレンブラントさんに案内されていく巴を見る、ごめん。
識かお前か少しだけ迷ったんだけど、転移云々が話に出てくる可能性があるなら巴の方が良いかなって思って。
……澪だとちょっと怖いし。
心の中で密かに巴に謝罪。
早めに片付けて迎えにいくとして……そうだ、昼過ぎには一度学園にも連絡を入れておこうかな。
……良い事思いついた。
「澪、識」
二人に手招きをする。
少し前を歩いていた二人が僕の所に戻ってきてくれた。
「残りの変異体は交戦中含め九つだったね?」
「はい、間違いありません」
識が即座に頷いた。
「なら、交戦中の所から回って、残りの六体は二人の競争にしようか」
『!?』
「同点だったら……今日の夕食を澪、明日の夕食を識の好きなラインナップで揃えて良い。で、もしどっちかが勝っていたら、勝者のお願い事を僕がひとつ聞くってのでどうかな?」
「……っ、本当にそのような?」
「も、もう後から取り消しは無しですよ!? 若様!?」
あれ、思ったよりも二人の食いつきが良いな。
でも叶えられる事に限るぞ。
それは言っておかないとまずいか。
「もちろん、僕で出来る事、その場で解決する事にしてね。例えば……元の世界の事を聞きたいとかだったらせめて一日くらいにして欲しい。料理を一緒にやるとかでも、ね」
識と澪が望みそうな事を例に出して一応釘をさしておく。
「願い事に卑劣な事は望みません。ご安心を」
「識の言う通りですわ。若様、お覚悟を」
なんだろうな。
短い言葉なのに、澪の言葉の前と後が既に矛盾しているような。
巴と違って二人は結構お守りで大変だったろうから息抜きを兼ねての提案だったけど。
早まったかな?
識が交戦中の場所へ案内してくれるに従いながら、何となく不安になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「随分と大人しかったじゃないか、ザラ」
「……お前は丸くなったと思っていたが。撤回しよう。何が街で一番強い、だ。アレは、どう見てもそんな程度じゃないだろうが!!」
「俺は嘘は言ってないがね。事実、彼らは街で一番強いのだから。ここでも、ツィーゲでもな」
真の前では私、と称していたレンブラントがザラ代表には俺と称し、さらに口調もやや粗野でフランクなものに変えていた。
彼らの関係が個人的にも深い事が伺える。
巴がギルドの中へ、レンブラント夫人に案内されていくのを見ながら、ロッツガルド商人ギルド代表であるザラは酷く汗をかいて昔馴染みを睨んだ。
だがその視線をレンブラントは事も無げに受け流す。
気の弱い者なら腹の底から恐怖しそうな形相だったが涼しい顔でいる。
元々強面のザラが本気で睨めば当然の顔だった。
しかしレンブラントからすれば旧友のおふざけでしかないのか胆力が並外れているのか、ロッツガルドとツィーゲ、まったく違う性質の二つの街を並べる皮肉を混ぜてザラに切り返した。
「……クズノハ商会の情報はどこも不透明だ。そこそこの情報は集まるが核心が全く見えてこない。各国から注目される理由も今ひとつわからんし、戦闘が出来ると言う構成員の平均レベルもまるで不明。常識的に考えてそれほど見せるモノが無いからだと見をつけていれば、コレだ!」
「コレ、とは? おいおい、酷い汗だぞザラ」
「学園からたった四人で歩いてきて、まるで非常時でも何でもないかのように談笑しながら無傷でここまでたどり着く? 部隊を組んだ傭兵達が毎回死者や酷い怪我人を出しているんだぞ!? どいつもこいつも緊張なんぞまるでした風も無い! 昼下がりの呑気な買い物か、ここに来るのは!?」
「くくく……」
堰を切ったようなザラの言葉にレンブラントが心底楽しそうに笑う。
「どこの街一番の強さならあんな馬鹿げた事が出来る! 一歩外へ出れば命がいつ無くなってもおかしくない、強力な化け物がそこら中にいるんだぞ!? 倒せたのは三日でたった四体、五十を超える傭兵達が総出でだぞ!? それを……十五体だ? 屋台に寄りながら来ました、みたいにさも簡単に話しやがって!! 何とか従業員と連絡をとりました? 何とかで連絡出来るなら今頃俺達も外から物資を仕入れている!」
「ああ、そうだな」
「俺に怒鳴られてびびってたガキが、何でにっこり笑って歩いてこれる……。奴らは、一体なんなんだ……」
「それでその汗か。やれやれ、お前こそ、気勢が衰えてるんじゃないのか? 盗賊ギルドから賭場の権利をぶんどった頃のお前はどこにいった?」
「商売と一緒にするな。話も通じない連中に俺達商人が出来る事など、たかが知れている。クズノハ商会が今やっている事は、商会の活動としてありえん。そうだろうが。俺から見れば、ライドウも、あの化け物共もそんなに変わらないようにすら見える。あんな得体の知れない連中が、どうして学園都市なんぞにいるんだ。あいつらは、何者だパット」
「お前も知っている通り、薬売りの商人だ。ツィーゲのギルドで商人登録して、ここで店を持った、まだまだひよっこの駆け出し商人ライドウ殿さ」
「パット、いい加減にしろよ」
「……ただ、今奥にいるライドウ殿の側近、巴殿はレベル千五百を超える女傑で、さっき出会った黒髪の女性、澪殿も千五百超え。彼女達と同様にライドウ殿に仕える識殿もまた、私は知らぬが高レベルなのだろうな。ライドウ殿自身も、そのような強さと思っておけば良いのさ。そういう人達がやっている薬売りだとな」
「せ、千五百? お前、何を……?」
「ああ、しまった。口が滑ったな。何でも冒険者ギルドでも極秘らしくてな? ツィーゲでは周知の秘密だが、他の街ではさして話題にもなっていないし、レベルも不明となっているらしい。ファルス殿、と言ったかな、冒険者ギルドの長とも親交があるようだな。お前も、外に気軽に漏らすなよ? どうなるか……知らんぞ俺は」
「か、勝手に教えておいてお前……!」
ザラが全身を大きく震わせた。
ライドウ、真と対峙した時、彼は疲れていながらも精一杯気丈に接してみせた。
それは、ギルドの長としての矜持でもある。
だが内心は驚きや畏怖、恐怖で混乱していた。
彼とて、かりにも商人ギルド支部を任せられるまでの人物。
ある程度は冷静に状況を受け止め、整理出来ている。
今街が化け物に襲われている事。
そしてその化け物は腕自慢の傭兵や元冒険者の用心棒、彼らが集団であたってようやく戦いになる脅威である事。
日に日に生存が確認されて保護される人は減り、戦力である彼らも犠牲によって数を減らす。
昔馴染みのレンブラント夫妻が連れて来た強力な魔物二匹は、今はギルドの出入り口に一匹、奥の夫人の護衛に一匹といるが、その強さから相当な信頼を寄せられている。
魔物だと言うのに、勤勉に護衛に務める姿に感謝して拝む者までいる始末だ。
だが彼らは決して攻めには加わってくれないし、夫妻が外に出るのも許さない。
守備のみに限定された戦力だった。
その分攻めや捜索に人を割いていられる訳だが、強力な魔物に守られている状況ですら避難者たちの中に相当のストレスが蓄積されているのだ。
念話が制限されている事で情報が把握出来ず、閉塞感を加速させているのも大きい。
間違いなくロッツガルドが出来てから最悪の事態になっている。
だからこそわかってしまうのだ。
ライドウとクズノハ商会の行為、ただ聞けば善人の“ように”身を投げ出して街の為、事態の解決の為に動いているようにも取れるそれ。
少し目を凝らすだけで異常極まりない行動だった。
学園の最高戦力である部隊が容易く殺された、まともに戦えていないなどと言う情報もザラには入っている。
事実、雇い入れた者達からも化け物は強力で報酬が見合わないとも言われている。そちらは死者の数を見ても街の状況を見ても明らかでザラも後に交渉に応じる気でいた。
ソレを十五体。
嘘だと笑い飛ばす数だ。
なのに、出来ないでいる。
心半ばながら、既に事実として信じている己がいる事を、ザラは感じていた。
ただ学園から商人ギルドまで歩いてきた。
真に言わせればそれだけの事だが、ザラにクズノハ商会をわからなくさせるには十分な事。
取るに足らない存在だった筈の小さな商会が、彼の中で消化できない不気味な存在になっている。
「ふ、大した情報も無い状態でライドウ殿の表面だけを見るからそうなる。少し見ようを変えれば、あれほど付き合いやすく楽な御仁もおらんと言うのにな。お前ならその程度は見抜くと期待していたが、残念だ」
「あ、あんな商売のイロハもわかっていない奴が甘ったれた事ばかり言っていれば誰だって怒るわ!! お前がツィーゲで基本をちゃんと仕込んでおかんのも問題だろうが! 大体、あんな馬鹿げた力を持っていてどうして」
「それを使わないのか、か?」
「あ、ああ」
「知らんよ。それは彼に直接聞け。ま、少し雰囲気が変わって見えた。こっちはお前の影響かもしれんな」
「何で、商売なんぞやりたがったんだあいつは」
「だから、聞きたい事があれば直接彼に聞けと言っている。それから、商売の基本がどうのこうのと言ったが、お前、それを本気で言っているのか?」
レンブラントは愉悦を含んだ目でザラを見る。
昔馴染みながら、あまり見た事の無い顔だとザラは思った。
「当たり前だろう。ほんの少し観察しただけでも同業者に通す義理、何か始める前の根回し、街の相場を見て価格を決める能力、仕入れの特殊性があるならそれを事前にこちらに相談して協議する、やるべき事なんぞ腐る程ある。なのに、あいつは多分その半分も理解してないぞ。ライドウは本当に、良い物をより安く、それくらいしか考えていない。あいつの目は基本的に客しか見てない。そんな商人がどうやってまともにこの世界でやっていくんだ」
「良い物をより安く。商売の基本じゃないか。彼はそれを実践しているだけだ。実に好ましい」
「だから、それは実務で通用するものじゃないだろうが!」
「するさ」
「……お前、向こうでこんなドンパチばっかりやって頭やられたのか?」
「俺達だって、そう言って商人を目指したじゃないか」
「ああ、だが実際に商売をやっていけばそんな甘さは通用しない!」
「どうして?」
レンブラントは子どものようにザラに尋ねた。
「……既得権を持った連中の中に食い込むには、甘ったれた理想より“上手く”やる事が必要だからだ。金で人を生かし金で人を殺す、それが出来なきゃでかくはなれねえ」
「そうだな。ただし、俺たちの場合は、が付くな」
「何が言いたい」
ザラの目が訝しげに曇る。
「巴殿や澪殿を前に、その強さを知ってまともに交渉出来る商人などどれほどいるかな? 例えば、今のお前に彼ら四人と同席してどこまで彼らの要求をこちらの良い様に変えられる? 得意のやり方で」
「そんなもの、どうにでも、する」
「機嫌を損ねればお前の大切なモノが街ごと消し飛ぶかもしれないのにか? 裏切りと取られる行動が露見すればどんな報復をされるかもわからんのにか?」
「っ!!」
「もちろん、彼が望めば俺は幾らでも商いを教えるし、力になるがね。だが、その必要があると今は思っていないのだよ。彼は冒険者が荒野で死ぬ事は何とも思っていないが、急な病気や呪病で人が苦しむのは助けたいと思う商人で、良い薬を安く扱おうという理念を持っている。むしろ十分有益な人物だと思う。頭を抑えようとする付き合い方は間違いなく向かんがね。それから、無駄に高圧的な態度もな」
言葉の後半が自分を指している内容だと自覚はあるのか、ザラの表情が苦々しいものに変わる。
「商売を暴力で捻じ曲げるとでも言うのか。そんな歪な行為、続くものか。神殿が国が、そんな真似を許す筈が無い」
「そうかな? 彼らを好きにさせる事が、彼らを縛る事よりも有益だと思われれば、その限りでも無いだろう。上位竜がねぐらから出てきて時々村を潰す、精霊が暴走して海や街道の一部を塞ぐ。良くある事だ。だが彼らを国や神殿がその都度制圧しに行くか? 精々が祈る程度で、皆その脅威が通り過ぎるのを待つだけだ。そちらの方が犠牲が少ないとわかっているからだよ」
「そんな天災みたいなものとクズノハ商会のやり方を同じに扱うなど馬鹿げている」
「たかがレベル九百二十を筆頭にした討伐隊が上位竜の一角を下すんだ。レベル千五百超えが二人とそれと同等であると思われる戦力がもう二人。さした違いは無いと思わんか? それに……知っているか? ただ強いと言うだけの事も、あまりにも桁が違うと街すら発展させたりもするんだぞ? あれは実に愉快だ。ウチがその影響を受けやすい特殊な街だと言う事を考慮しても、な」
レンブラントの言葉にザラは息を呑む。
金を使い、様々な手口で大きくのし上がってきた馴染みが口にした内容がひたすらに恐ろしく感じられたからだ。
確かに、竜殺しと呼ばれるソフィアがレベル九百二十だと考えると、レンブラントの言葉が本当だとしてクズノハ商会は最高峰の冒険者と同等かそれ以上の力を持っている事になると彼は気付いた。
それでも、ザラはまだ崩れつつある常識に縋る。
「……ありえん。ありえんよ、パット。それでもたった一つの商会がそこまで暴虐に身勝手を尽くすなら、やがて必ず女神様の裁きが下る。そうだろう?」
「果たして、その裁きすら届くかどうか、だザラ。俺は……届かない方に賭けた。だからレンブラント商会は、誰が何を言おうとクズノハ商会の支援を止めんよ。たかが商売の事で女神様が出てくるとも思えないが、もしそうだとしても私はベットを変える気は無いね」
「そんな傲慢が」
「理想を形を変えずに実践すると言うなら、傲慢な位で丁度良い。最近そうも思うようになったな。利権にありつこうとする輩など、すべてを蹴散らして進む位で良いとな。私には遂に出来なかったが、ライドウ殿ならやる。もっとも、彼のは無知ゆえの傲慢だと俺は思っている。だから下手に口出しはせず、彼がやりたいようにするのを見ているんだがね」
「……最早、それは商売ですら無くなるかもしれんぞ。いや現実的な話ですらない」
「良いじゃないか。商売の枠を越えて組織を作り、世界から病気や呪病を無くすと言うなら、そんな前人未到の偉業に加わるのも悪くない。彼が望むなら付き合おうさ。ザラ、言っておくが彼は自分の側にいる者に損をさせる男じゃない。お前の知る俺らしく言うのなら、何を裏切っても手にするべき金蔓だな」
「ヒューマン、いや女神すらか」
「ああ。どうした? 金こそ至上、儲けこそ正義なら何を裏切るのも“商売”だろう?」
「パット。だがそれは」
「……ふくくっ。わかっている、わかっているよ。本当に“そう”思うのならこの二十年、戦争で儲けないのは嘘だ。あれは俺達くらいの資本と人脈があれば阿呆らしい程儲かるからな。なのにお前は学園都市にいる。私は命のやり取りはあれど荒野に向いた辺境都市にいる。リミアでもグリトニアでもなくな。まあ、今のツィーゲは戦争に勝るとも劣らない収益が上がっているが。それが、俺達が堕ちられる限界だ。偉そうな事を言っても、戦争と肩を組んで金儲けはしたくない」
レンブラントがザラに笑う。
その様子は、僅かな狂気も垣間見えるような熱の入った言葉を、彼自らが笑い飛ばそうとしているようにも見えた。
「あの戦争は、甘さが何も助けない事を教えてくれた。それには、感謝しているさ」
短い嘆息の後、ザラは苦々しい表情で呟いた。
「あの、か。ボケたなあ、お前。“この”戦争はまだ終わっていないぞ? それにそんな顔をして感謝などと言っても、憎しみしか伝わってこんよ。ま、俺も同感だが。兄夫婦はあれで死んだしな」
「俺は、天涯孤独になったよ」
「だったな。あれから俺達は頼れるのは自分と金だけだと、必死に商売をやってきたものだ。そうしてようやく……俺はツィーゲ、お前はロッツガルドで深く根を下ろすことができた」
「ああ。だから、俺はあんな、ライドウみたいなのを見ていると苛つくんだ。それに、奴には何か……まだ上手く言えないが違和感を覚えるんだよ。強さがどうのじゃない、俺たちとは別の人種みたいな違和感がな」
「違和感。なるほど。お前にはお前の考え方もあるか。なら構わんさ。だが乗るなら早めの方がいいぞ。これは同じ痛み、同じ道を進んだ友人への純粋な好意からの助言だ」
「お前……。俺はまだ奴を、そこまで認められんよ……」
「一度ツィーゲに来てみると良い。あの様子を見れば、お前も考えが変わるさ。そうだな、娘を案内につけてやろう。大サービスだぞ」
劇的に変わりつつある辺境の街、自身の巣を思い出してレンブラントはまた堪えきれぬ笑いを漏らした。
「シフちゃんか。綺麗になったな」
「ほう、俺は一言もシフとは言ってないがなあ。そうか、そうか。大サービスと聞いて昔惚れてたリサにそっくりなシフだと思ったのか。うんうん、未練がましいなあザラは」
「なっ!? お、俺は別に」
「いやいや、親友のお前に変な疑いはかけんよ……なんて言うと思ったか、このエロオヤジが! リサを追う目が既にいやらしいんだよ、貴様は!」
「ぐお、パット、お前この非常時に何を!」
レンブラントが冗談か本気かわからぬ様子でザラを羽交い絞めにした。
それを遠目に見た者達の雰囲気が僅かに楽しげになったから、じゃれ合いだと思われたのだろう。
果たしてレンブラントがそれを意図してやったのかは、彼以外にはわからない事。
三十分程後。
続々戻ってくる傭兵達の殿に、ギルドを訪れた時と変わらぬ様子で戻ってきたライドウの姿を見かけたザラが、小さく「馬鹿な……」と漏らした。
小さくか細いその声を聞いたレンブラントが大口を開けて笑ったのを、ぽかんとしたライドウが見ていた。
タイトルを数字で順にと思っていたのですが限界です。
私には難し過ぎました。
よって今回で四と五を入れて終了です。
ちなみに女神の名前はいずれ本編で登場します。
感想欄などでの予想はご遠慮頂きたく、お願いいたします。
該当回のしばらく前には多分予想が出来てしまうので。
まだ先の話ですが。
ご意見ご感想お待ちしています。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。