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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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三日分までならまだ大丈夫

 あれからもう三日。
 学園都市は未だ混乱の中にある。
 魔族の仕業と思われる変異体騒動は、結局初日から今日まで彼らの意思が今ひとつわからないまま進行していた。

 初日は避難先の一つである亜人のスラムで一夜を過ごした。
 夜皆で亜空で合流した時の情報交換では、特に新しい報告も無く、あったと言えば商会の流通手段である転移について、ルトが何か手を打ってくれるようだ、と巴から聞いた事くらいだろうか。

 二日目は状況が悪い方に動いた。
 大きくは二つ。

 一つは街の通信ネットワークが機能しなくなった事。
 周辺都市からの情報も入らなくなり、外部への情報の発信も返信が無いため届いているかわからない状況となった。
 都市内での念話一つとってみてもかなり距離を詰めないと届かない。
 発信する人か受け取る人が優れていれば一~二キロ、両者ともに優れていれば三キロ程度は通信出来るという状況で現在進行中で悪化しているらしい。
 街の広さを思えばかなり厳しい状況。
 隣の街との情報交換など考えるのも難しい状況だ。
 学園の抱えているかもしれない優秀な念話の使い手なら可能かもしれないけど。
 巴から聞く限りではこの影響で学園の動きもかなり鈍くなったようだから、通信妨害は確実に効果をあげている。
 原因は識に教えてもらった所、各地に相当数仕込まれた魔術装置だった。
 一つ見せてもらったけど結構小さい。五百のペットボトルと同じ位の大きさで筒状。
 これが街の中にも外にも大量に設置されていて、どれが主と言うでもなく念話の妨害効果を生み出しているらしい。
 大分前から柱の中やら床の下やら土の中やら色々な場所にあったようで、起動する前は反応が無くわからなかったと識やライムから謝罪された。
 起動してない装置まで探知出来るようになったら結構凄い事だと思う。
 話を聞いた時、せっせと多分長い時間をかけて地道に装置を仕込んだであろう魔族に、凄く感心した。
 地道な作業をこつこつこなしたんだろう、真面目な人達だ。
 何となく、大作のドミノを想像した。
 ドミノよろしく全部壊してみたくもあるけど、自重。
 魔族の念話は使えるように考えてある所為なのか、僕らは普通に念話を使えるし害は無い。
 広く使われている一般的な念話を阻害するだけみたいだ。
 ここでは念話の内容の傍受がどうのより、重大な内容は暗号にしたりする方が主流の様だから、ひょっとしたら今まともに念話を使えている勢力は僕らだけかもしれない。
 だから、装置の破壊をやる気なら、動いた後にして欲しいと巴に言われる。

 もう一つは変異体の増加。
 理由は避難している人の中からも変異体に変わる人が出てきたから。
 つまり避難先で危険が発生する、良くない状況だ。
 魔族から供された薬に手をつけた人は結構な数がいたと言う事だろう。
 もしかしたら手当たり次第に薬をまいていたんだろうか。
 ある程度は選定したけど、数が単純に多かった?
 どちらにせよ、ただの混乱目的と言うよりも学園都市にダメージを与えたい意図があるとも思える数だ。
 とりあえず、昼に一度従者の皆と話をして、イルムガンドがつけていた首飾りと似た波長を持つアクセサリーを持っている人を割り出して様子を見る事になった。
 原因の特定の為だ。
 避難なんてストレスの溜まる環境にある所為もあるんだろうけど、そうした影響で精神が不安定になった所持者の何人かがイルムガンドと同じような変異を遂げた。
 念話による情報把握が出来ない環境も一因になっているかもしれない。
 被害が広まらないように、アクセサリーを取り上げる作業を従業員にも通達して、僕らが常駐している避難所での被害を少なく抑える事にした。

 レンブラントさんについているミスティオリザードから夫妻の無事と商人ギルドの大まかな状況を知ることも出来た。
 二日目には魔物との戦闘経験のある連中や用心棒、傭兵などを集めて部隊を編成、変異体の脅威を取り除こうと動き出したようだ。
 守勢ではなく攻勢に出たのにはレンブラント夫妻の影響も大きかったと報告を受ける。
 攻撃的に思えたギルド代表は、商会代表や従業員を含めたギルド関係者を集め編成した部隊に守らせる策を提案したらしい。
 店舗や品物、それに商人自身も含めてそれなりの被害が出ている事が影響しているのか、彼の本来の気質がそうなのかは不明。
 また無事な店舗を標的にして、残念ながら略奪なども起こっているとの事。
 僕の店やその周りが破壊されているのを見ているのもあってか、報告を聞いた時不謹慎ながら同じ環境にある人が他にもいる事や無事で済んでいない店が沢山ある事に安心した自分がいる。最低だ。

 夜の報告会では変異体の都市内残数が八十程度、そしてクズノハ商会の者が留まっていなかった避難先で変異体が新たに現れた場所の幾つかが壊滅した事を聞く。
 戦闘できる人が不幸にもいなかったんだろう。
 学園の対応は各避難所には向いておらず、変異体を排除する事に集中しているから新たに発生してしまった場合、自衛出来ないと内から崩壊する。
 ここまで計算してロナはこの騒ぎを起こしたんだろうか。
 色々な効果が見込まれているんだと感心した。
 もしかしたら本気で街を壊滅させる気でいる可能性も考える。
 また学園側の勢力としてはパープルコートや一部講師が部隊を編成し、学園長他の指示で動いているようで、何体かの変異体の排除に成功しているらしい。
 結果として数は増えてしまっているけれど、徐々に盛り返して来ている、その兆しにも思える。
 対処法を確立すれば倒す効率も上がるんだから。
 各国からの援助、そして軍隊の派遣は、到着するのが早い所で明日周辺都市に入り明後日ロッツガルドに入る予定。
 ただし、念話による途中の確認は出来ていないのであくまでも各国が初日の連絡通りに動いていればの話だ。
 途中お偉いさんから巴に呼び出しがかかり、転移による援助物資と兵の輸送が提案された。
 なるほど、確かにあんな便利な転移を見せられたら無理も無い。
 僕なら頷いている所だと思うけど、対応したのは巴でルトも傍にいた。
 長距離の転移についての魔術的な制約について、もっともらしい事を言って困難だと言いくるめたと聞く。
 それに、何でもあの脇差には使用制限があって、一度解放して使ってしまうとその日以降しばらくは使えなくなり、無理に使用すれば破損の恐れがあるらしい。
 人じゃなく道具に能力の根拠を移すと色々やれるんだな、と思った。
 アドリブでこんな事思いつけるんだから、長生きしている竜というのは凄い。
 つくづく広い視点に立って動く時の自分の力不足、不向きを感じた。
 で、巴の話では今日からいよいよ動き始めるらしい。
 この騒ぎが終われば商人ギルドやらリミアのヨシュア王子やら次の面倒が待っている。
 それでも、停滞していたこの数日、待つだけの日々よりはマシだろう。
 避難している人達と違って念話は通じるし、脅威も感じてない、更には亜空に適度に移動している僕でも、閉塞した状況にはストレスを感じるから。

「感じるから、と。三日分の日記としては長い気もするけど、事件中だしこんなもんかな。誰に見せるもんでもないしね」

 大分端折ったけど、ようは僕の覚え書きにでもなってくれればそれで良い物だ。
 スラム内、亜人が用意してくれた一室から出る。

「あ、ライドウさん。今日は静かなものですよ。特に騒ぎも起こっていません」

 部屋を出た僕に声をかけてきたのは人と同じ程度の身長の直立した猫だった。
 意外にも体毛は結構薄く、亜人の範疇らしいんだけど顔はほぼ猫。
 このスラムをまとめている人で、商会で薬を都合した関係で彼とはそれなりに親しくしている。
 森鬼のアクアとエリスを介する事が多く、僕はたまに直接話したりする位の関係だ。
 店にはちょくちょく出入りしているようだから常連さんの一人でもある。
 スラムにいるからお金を持っていないかと言えばそうでも無いらしく、貧乏だけど生活は何とか程度には稼いでいるようだ。

「おはよう。ヒューマンとも摩擦が無くなってきているみたいで良かったよ」

「心配していた程の争いは無かったですね。依然外が危険な事もあるんでしょうが」

「そっちはもうすぐ元通りになりそうだよ」

「あの化け物、気配の察知が難しいのもいるから警戒にも気が抜けません。こんなピリピリした毎日は早く終わって欲しいものです」

「これを機にヒューマンも君達を見直せば良いんだけどね」

「無理でしょう。彼らは女神様に愛された種族で、私達はその奉仕者である。一度身に付いた考えと言うのは簡単には変わりません。しばらくは施しなど渡そうとしてくるヒューマンもいるかもしれませんが、いずれ大方のヒューマンは元通りになると思います」

 猫、名はボウルと言う彼はまだ若いのに大人びた顔で寂しそうな笑顔を浮かべる。
 達観してるんだなあ。

「喉元過ぎれば熱さ忘れる、か」

「え?」

「いや何でもないよ」

「最近は我々も自分の力を活かして仕事に繋げられないか考えるようになっています。今回関係を持ったヒューマンの一割とでも今後も互いに利のある繋がりを持っていければ、今回の騒動も嫌な記憶で終わらずに済みます。我々にとっては、ですが」

「だよね。今日は僕とアクア、エリスは外に出るから。一応何人かは残していくから連絡があれば残った人にお願い」

「……外へ、ですか。わかりました。お気をつけて」

 猫の髭と耳がぴょこんと動いて僕の言葉への驚きを示す。
 うむ、猫、良い。

「うん、そっちもね」

 少し癒されて半分崩れた建物から出る。

(アクア、エリス。学園に行くよ)

 念話を使う。
 会話ではなく指示。
 お庭番を彷彿とさせる早さで、二つの影が僕の前に現れた。

「おはようございます、若様。今日は攻めに転じるのでしたね」

「おはようございます。周辺に変異体の気配は無いです。安全」

 仕事をしてました、と言わんばかりのエリスの言葉が何となく疑わしい。
 こういう事で嘘は言わない子、と信じているから内容は疑わないけど。

「そう。仕事ご苦労さま。学園長に会って討伐に合流するよ」

「識様と澪様もでしたね」

「豪華メンバー」

「基本的には僕の周囲を警戒しながら隠れていてくれていいから。何かあれば念話で教えて」

『はい』

 他の国の勢力が介入してくる前にある程度の存在感を見せる、のが第一らしいから。
 と言っても僕の場合は安全が第一。
 避けられる戦闘は避ける。
 命を大事に、だね。
 自分が死ぬ事がヘタをすれば亜空に暮らすみんなの命を道連れにするかもしれない身、例え万に一つしか危険がなくても戦うなら防御を最優先するのが僕の選択。
 亜空が僕とどこまで関係するのかがしっかりわかれば対応も変えるかもしれないけど、今はね。
 再度姿を消した森鬼コンビ。
 さて、行きますか。

「クズノハの旦那!」

「っ」

 誰だ。
 出口に歩き出した僕を呼び止める声。
 ここに避難している人が僕を呼ぶときに結構使う名前で。
 振り返るとそこにいたのは、ついこの間知り合った女性。

[ああ、おはようございます。エステルさん。お元気そうですね]

「おはよ。筆談とは言っても堅苦しいねえ。私なんぞに気を遣う必要なんて無いのにさ。こっちまで気を遣うさね」

[すみません。性分なもので]

 と言うか。
 基本的にヒューマンにはこんな感じなんだよな、僕は。
 良く言えばサバサバ。
 悪く言えば淡々と。
 とにかく事務的な対応に慣れてしまっている。
 その社会に加わろうと一応思ってはいるのに、深く関わる気はあまり無くなっている。
 なんだろうな、この感じ。

「ふぅん。あ、呼び止めたのはさ。昨日回収した装飾品、今日も見かけるようなら集めといた方が良いのかい?」

[そうですね。あれが今回の騒動の原因の一つかもしれません。詳しくは学園が調査しない事にはわからない事ですが]

「わかった。やっとくよ。で、今日は外かい?」

[ええ。こちらの中も落ち着いてきましたので学生と、現在の街の様子を確認しに学園へ]

「あっさりそう言えるのが大したもんよ。あんたに言う事でも無いだろうけど、命は一つ、慢心や驕りは寿命を縮めるだけだからね。気を付けるんだよ」

[ご心配ありがとうございます。それではここの事はお任せします]

「それとね。今回の事が無事に終わったらウチのボスに私からあんたの事話しといてやるから。多分、儲けにもなると思うよ」

[小さな商会でお恥ずかしいですが、よろしくお伝え下さい]

 娼館のボスって、マフィアとかヤクザとしか思えないけど。
 そんな裏社会の人に紹介してもらって大丈夫か?
 まあ、巴か識を連れていけばボロも出さずに済むか。
 頭を下げてエステルとの会話を終える。
 スラムの出口にいて簡素ながら武装した亜人に外に出る旨を伝えて通りに出る。
 たかだか数日だと言うのに、随分と荒れたもんだ。
 耳を済ませばどこかで戦いの音や悲鳴が聞こえてくる。
 非日常だと思うけど、三日目ともなると慣れる。
 住民に広がっている不安はその多くが状況がわからない事といつ襲われるかわからない事に由来している。
 僕は普通に念話を使って状況はわかっているし、変異体や学園の部隊の位置はアクアとエリスが知らせてくれるから避けていける。
 だから、この状況に不安は特に感じていない。
 元々は女神の召喚の時に通じなかった念話の改良だけど、やってよかった。
 考えてみれば携帯がまともに使えない状況で非常事態って、現代でもパニックが起きそうな事態だ。
 攻めに転じるとの事だから、商人ギルドのレンブラントさんやジン達生徒にも久々に会えるかもしれない。
 むしろ、僕は今不安よりも明るい気持ちを感じている。
 識からリミア王からのお褒めの言葉は聞いているだろうから、彼らがどの位喜んでいたか是非直接彼らの口から聞いてみたくもある。
 情報がアクアやエリスから入るたび、変異体やヒューマンを迂回して遭遇しないようにしながら僕は学園へ歩を進めていった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「臨時講師ライドウ! 貴様、この非常時にどうして学園におらんのだ!」

[申し訳ございません。学園長が変異体を排除すべく動かれていると従者より聞きましたので、無事な従業員を集めまして住民の避難に努めておりました]

「馬鹿な! 住民など変異体を討ってしまえばそれで終いではないか! その避難に臨時とは言え講師であるお前が手を貸す必要がどこにあるか! 貴様は私の指示に従う立場であろう!」

[はい。勝手を致しました。念話も満足に使えない状況になりましたので遅ればせながら何とか直接学園まで参りました]

 学園長のいる場所。
 そこは学園の中庭、の地下。
 最も強固なシェルターになっているらしい。
 沢山の人を収容できる広さはなく、代わりに外の状況を把握出来るように色々な機材が設置されていた。
 緊急用の司令室みたいだ。
 あの時退避させた来賓達は皆ここにいる様子。
 ここと言っても居住用の部屋が幾つもあるから、そちらで生活しているようだ。
 部屋には他に講師や、ここの運営に必要なんだろうスタッフが数名。
 流石に部隊との間で念話が出来る程度には優れた念話術の使い手を置いているのか、絶え間なく指示や連絡が飛び交っている。
 そこで僕は今怒鳴られている。
 学園長の勢いたるや血管切れるんじゃないかって位に激しく、今も僕を罵る様は商人ギルド代表よりも辛辣で収束する気配も無い。
 だけど僕はと言えばあの時の様に狼狽える事もなく、彼の怒りを聞き流せている。
 どうすべきかがわかっているのも大きいし、焦る必要が何も無いのもわかっているから。
 怒鳴るならせめてここではない部屋に移動してから怒った方が他の人の邪魔にならないんじゃないか、なんて思う余裕もあった。

「周辺都市の二つは完全に沈黙しておる。念話を使える者が死んだだけか、それとも壊滅状態なのかはわからん。よいか、これは学園都市始まって以来の最悪の事態だ! それを、貴様、貴様は……!!」

 たかが臨時講師一人にどこまでの期待をしているんだ、この老人は。
 戦力として数えるのは僕の臨時講師の立場から当然だと思うけど、それだけでここまで言われるか?
 まさか生徒がそれなりに戦えたから講師は変異体全滅させられる位強いとまでは思ってないだろうに。
 生徒以上の強さではあると見込まれたとして、これほど手元にいない事を怒られるとなると、紫部隊は戦果以上に被害や疲弊が酷いんだろうか。
 そこまで詳しくは聞いてないから後で聞いておくか。
 学園まで来れずに死んだ講師だっているだろうし、とうに逃げ出した講師もいると思う。
 後者はクビにされても文句は言えないけど、前者に対してもこの人は死体を足蹴にする位はしそうだと感じた。
 横に置いているのが巴だけで良かった。
 澪だったら後で宥めるのが大変だ。
 生徒にも会いたかったから澪と識には後で迎えに行くと伝えて学生寮の一つに待機してもらっている。
 何度か変異体の発生があったみたいだけど、問題なく隠密に処理したと報告を受けている。
 サンプルとして亜空に送れたとも聞いている。
 五体位集まったから数はもう十分だな。

「学園長。彼は我々を避難させてくれた上再び危険の中学園まで戻ってくれたのです。どうか叱責はそこまでに」

「っ! ……これはリリ皇女、それに彩律殿まで。珍しいですな」

 学園長の怒声が止まる。
 見れば、知った人が二人並んで立っていた。

「皇女とはそこで偶然お会いしまして。学園長。私からもお願い申し上げます。今は彼の行動を問うよりも、この事態の解決に彼も協力してもらうのが肝要かと」

「それは当然わかっております。ですが学園を束ねる私としましては彼の軽率な行動は見逃せないものでしたのでな」

 避難した時は僕の事なんて特に考えてなかっただろうに。
 逃げる事にまず必死だったじゃないか。
 今はいないみたいだけど、あの秘書さんの肩まで借りてさ。
 まだ助け舟を出してくれたリリ皇女とか彩律さんの方が落ち着いていたよ。
 戦況が思わしくないからか、学園長は随分と荒れている。
 素がこうだとすれば、とてもエリート学園を束ねるお人柄には見えない。
 力や権力だけが突出して似合わない地位にいる、と言うならむしろ親近感も感じ……ないな。
 多分同族嫌悪の方だろう、少なくとも力になりたいとは思えないから。

「どうか私達に免じて、とはいきませんか?」

「お願い申し上げます」

「……お二人にそこまで言われてしまっては、わかりました。臨時講師ライドウ」

[はい]

「お前は、従業員も使ってロッツガルドの北東区画を担当してもらう。良いな、見事名誉挽回して見せよ」

[必ずご期待に――]

「あの戦い以来眠りこけて使い物にならん生徒どもも、起きるようなら使っても良い」

[――わかりました]

 余計な一言を言う人だ。
 少しイラッとした。
 ジン達は別に調子が悪い訳じゃない。
 アベリアにしてもあの日の内に識が完治させている。
 一日休めば十分動けただろう。
 学園長が直接そう言うとは予想してなかったけど、ジン達自身の暴走や一部の生徒、講師の暴走で彼らが戦う羽目にならないように澪と識が現場の雰囲気を察して眠らせていただけだ。
 ちなみに僕も許可した。
 レンブラントさんとこの二人も、他の子も、抜け出しても戦いに参加しそうな雰囲気があったから念の為にね。
 この後行って起こす予定。
 去っていく学園長を、僕は頭を下げて見送る。
 北東ね。
 いきなり商人ギルドか。
 それなりに優先順位は高いだろう区域だと思う。
 そこを僕らにやらせたいって事は余程危険で嫌がらせも含めると言うよりも……切羽詰っている、だろうな。
 学園は最優先で解放したい学園関係施設で既に手一杯か。
 本当に良くない戦況みたいで。
 巴も大分待ったんだな。
 見ると巴は僕の視線に気付いて沈黙のまま軽く頭を下げる。
 ただそれだけ。
 あれ、こいつの性格なら軽口の一つでも叩くと思ったのに……ああ、二人がいるからか。

[リリ皇女様、それに彩律様。ありがとうございました]

「礼には及びません。貴方には助けられたのですから。出来る事なら帝国の勇者様にも来てもらう所なのですが未だ到着の兆しはなく、この街の住民の皆様にも申し訳なく思っています。あの時念話はまだ無事に通じた筈ですが、状況はわからぬままで……」

「ライドウ殿には助けて頂いた恩がありますから、お気になさらず。こちらも初日の念話が通じてさえいれば、飛竜隊による援軍と物資が明日には到着する筈なのですが」

 ……なるほど。
 一応耐えて待つと言う意味ではもうすぐ達成するのか。
 巴が今日動くと言ったのは、彩律さんとこの飛竜が明日来るから、か?

[ロッツガルドでお二人が傷付く事が無い様、私も全力を尽くします。ご安心ください]

「嬉しい言葉ですね、ライドウ。是非帝国に戻る前に一度、貴方と話をしたいと思っております。落ち着きましたら使いを出してよろしいかしら?」

 勇者のいる国の皇女様か。
 リミア王は大分勇者の影響を受けているような口ぶりだったな。
 この人もそうなんだろうか。
 大分親しげに接してくれる辺り日本人の影響を受けていると思えなくもないような……。
 でも会うにしても僕だけじゃ間がもたないな。
 そうだ。

[勿論です。こちらに控えております巴と共に是非伺わせて頂きます皇女様]

「……。ええ、楽しみにしていますね」

 良かった。
 既に知り合いである巴と一緒なら気まずい沈黙の心配もいらない。

「ライドウ殿、変異体とやらは学園の精鋭をもってしても苦戦する恐ろしい相手。どうかお気をつけて」

[巴もおりますので大丈夫です。彼女はとても強いですから。ご心配頂きありがとうございます彩律様]

「彼女もお連れになるのですか」

[学園長は従業員も使ってと言って下さったので。頼れる部下ですよ、巴は]

「確かに。この数日、安心して過ごせました。あまりお引き止めしてもいけませんね。武運を祈っておりますライドウ殿」

[では。いくぞ、巴]

「はっ」

 地下から出ると明るさに一瞬目がくらむ。
 光量はそれなりにあったけどやっぱり外の明るさとは全く違うから仕方無い。
 目を慣らしながら避難所になっている学生寮の一つに急ぎ足で向かう。

「まずは良い出だしですな。では澪と識を迎えに行ってさっさと片してしまいましょう」

[そうだな]

「それに学園長相手に落ち着いておられました。思わぬ助け舟もありましたが上々です。帝国の皇女との席に儂を伴う旨を伝えたのも良かったかと」

[何か妙に落ち着いて対処できた。北東の掃除が始まってからで良いからお前が転移についてどんな説明をしたかもう一度説明してくれ。すり合わせがしたい]

「御意」

 どっかでボロが出るとするなら僕からだと思うから。
 少しでも予習復習しておかないと。

[お前とルトが描いた絵、楽しみにしてる]

 きっとエグい部分もあるだろうけど、僕のプラスにならない事はしないと信じているから。
 力を行使するならそれも受け入れて慣れていこう。

「お任せを。当面、若は商人ギルドでの振る舞いをお考えくだされば。先ほどのような対応、期待しておりますぞ」

[善処するよ]

 北東になったからこればかりは仕方無い。
 代表と再会してしまう、じゃなく。
 レンブラントさんにも会える、とプラスに考えよう。
 スラムを出る時に思った、生徒の様子を見るのとレンブラント夫妻に会えるのと、どちらも叶うんだから幸先は良い。
 後々に、援軍の到着する四日目じゃなくて三日目が反撃の開始、つまり分水嶺だったと。
 クズノハ商会の活躍を交えて街の人に記憶してもらうとしよう。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 学生寮の雰囲気は他の避難所と大差なかった。
 広めのロビーに生徒が大量にいる。
 一部は外に出たり、寮内の作業をしているようだけど、全体に疲労感が漂っていた。
 寝ているジン達を含め、負傷者の治療や看護に使われている場所に識と澪はいた。
 こちらに来ようとする彼らを制して、巴と一緒に僕の方から近づいていく。

[お疲れ、識、澪。学生たち、大分疲れているみたいだね]

「若様。昨日数人が変異体になった事で自室に戻る事も出来ず、今日は皆かなりストレスを感じているようです」

「退屈でしたわ。大丈夫か大丈夫か、と壊れたおもちゃみたいに同じことばかり喚いて」

[澪、少し言葉を選べ。こんな事件初めてなんだから、彼らの不安も仕方無い事だよ]

「す、すみません……」

 辛辣な言葉を吐いた澪に少し注意。
 ここには文句を言う元気のある連中もあまりいないようだけど、無用な反感は避けたいから。

「ま、それも今日までじゃ。二人とも、準備は良いな?」

 巴の言葉に二人は頷く。

[ならジン達を起こせるか? 少し話をしておきたい]

「いえ、もう先ほど目を覚まさせました。身体のなまりはともかく、若様と話をするのに意識まで寝起きでは困りますから」

 識、仕事が早いなあ。
 考えてみれば僕が来てから起こすよりそっちの方が効率いいよね。
 それで二人の所に来ても生徒の顔が無いのか。

[じゃあ今はどこにいる?]

「あちらに。健康状態のチェックを受けている所です。もう戻るかと」

[なるほど。なら皆はここにいてくれ。すぐ出れるようにしておいて。僕はちょっと彼らと話をしてくるよ]

 言って従者の皆の首肯を確認すると、保険医よろしく白衣をまとった人と話をしている懐かしい顔がいる場所に移動した。

[久しぶりだな、ジン、皆]

『先生!』

 おお、見事にハモった。
 息ピッタリだな。

[三日も寝ていたとか。体調はどうだ?]

「もう、大丈夫です。まさか三日も寝てたなんて信じられません」

「状況は、どうなったんですか? まだいつも通りじゃないみたいですけど」

「家族と連絡が取れないんですが、先生は何かご存知ですか?」

 口々に質問を浴びせてくる生徒。
 あまり答えて状況を教えるよりも、やるべき事をはっきりさせる方が先かな。
 というかだ。
 ダエナには奥さんと子どもがいたんだった。
 無事なのか?
 失念してたな。

[落ち着け。目が覚めたとはいえ三日も寝ていたのだ。今日いきなり動くなど、自殺行為だぞ。外には変異体がまだかなりいると思われる。未だ状況は打開されないままだ]

『……』

[学園の部隊による変異体の討伐が進行中、つまり学生の外出は未だに制限されているのが現状だ。せっかく無事でいるのだ。大人しくここにいろ]

 うーん。
 ダエナとレンブラント姉妹がかなりまずい。
 動く気満々の顔をしている。

[ダメだぞ、そこの三人]

『っ!?』

[シフ、ユーノ。ご家族は無事だ。安心して、ここで身体の鈍りを取れ。ダエナ、そちらの家族については調べておく。くれぐれも勝手に動くな。リミア王からお褒めの言葉を頂いたのだ。少しは落ち着け]

 嬉しかった?
 とか、聞く雰囲気じゃないな。
 折角の王様からのお褒めの言葉、少しは思い出して落ち着いて欲しい。

「でも、街がまだあいつらにやられているんでしょう!?」

 ジン。
 まったく、あっちを諭せばこっちが起きる。
 困ったな。
 本来、彼らには表向きのここの護衛にででもなってもらう気でいたんだけど、アクアかエリスの仕事が増えそうだな。
 どっちか置いていく心算つもりだったけど二人とも置いていくか。

[行きたいか?]

「……はい。俺たちでも少しは力になれます。イルムガンドとだって、戦えました」

[ならその間にここが攻撃されたり、変異体が新たに出現したら、ここは皆殺しになるな。変異体は昨日新たに生徒の内からも発生したそうだぞ]

『っ!!』

[私達は学園長の命令でこれから北東区画に出なければならない。ジン、それでも行きたいか?]

「……」

[私としてはここで学生を守って欲しい所だ。外へは識と澪も連れて行く。どうする?]

「……残る」

[ん?]

「残ります! 皆と協力すれば何とか、いえ絶対に何とかします」

[頼もしい。任せたぞ、上手に出来たらリミア王に活躍を伝えてやろう。では、また後でな]

(アクア、エリス。悪いがこの寮を守ってくれ。もしジン達が外出したらどっちでもいいから一人、ついてやってくれ)

(わかりました)

(了解です)

 感知は識にお願いしよう。
 巴、澪、識の所に戻る。

[お待たせ。行こうか。識、悪いけど周辺の感知を頼むね]

(それと悪いんだけど、後でダエナの奥さんと子どもがどうなっているか調べてくれる? すっかり忘れてた)

 内容が内容だけに、後半は念話で。

「わかりました」

(そちらは確認済みです。アルケーに密かに守らせている闘技場に、エヴァとルリアともども匿っています)

 ……すご。
 力を認める考えを持ってから、まだそこまでじゃないとは思ってるけど、無力な人達への考え方も変わりつつある。
 人は力の有無を問わず、等しく平等であり、人権を持つ。
 それが、今までの僕の考えだったのだけど。
 もちろん暴力に対して無力だからと彼らを責める気は無い。
 ただ僕が、力を高める時間を他の事に使い技能を磨き生きている人が、いざ暴力に蹂躙される事もまた仕方ないと思えてきているだけ。
 馬鹿げている。
 神様からもらった力に、環境に耐えた事で得た強い肉体。
 僕だって弓を射る以外、何の才覚も無い子どもだったのに何を思っているんだと。
 貰い物の力なのにと。
 だけどそんな考えが止まらない。
 時々、自分の考えに戸惑いを覚える。
 だから、生徒の家族に気が回らなかった僕を人道的にフォローしてくれた識に心から感謝し、驚いた。
 有難い。

[では行こうか。まずは商人ギルドだ]

 レンブラントさんはミスティオリザードを攻撃に使ってはいないようだ。
 三日ぶりながら夫妻は共に健在、彼らはよく護衛を務めてくれている。
 変異体の駆逐をお土産にして、苦い経験をした場所に向かった。
活動報告でもお知らせしましたが、extraを4つほど更新しております。
よろしければそちらもご覧下さいませ。

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