挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

79/174

変異体を前に

「ホントにこのまま上手くいく、とか?」

 小声で事態が好ましい方向に進んでいる事に驚く。
 対外的な問題を武力を使って強引に有利な方向に解決する。
 やると決めて尚、僕にも抵抗はある。
 だって僕らが手にしている戦力は国家規模とまではいかないだろうけど、完全に中小規模の一商会が持つ限度を超えている。
 ちょっとした傭兵団とかなら排除出来そうな気もするし、例え軍隊を前にしても最悪逃げる事は可能だろうとも思っている。
 巴と澪、それに条件付きで識もだけど、彼らに至ってはワンマンアーミーとなり得る存在だ。
 奇襲を使うならある程度の部隊までなら翻弄できそう。
 正に一騎当千、万夫不当。
 戦える人を全部かき集めても千に満たない程度だけど、手前味噌ながら亜空の種族は結構優秀だ。
 これも自分たちの力の一つに数えて商会として動く。
 余程の事をしない限りは失敗しない気がする。
 考えてみれば、森鬼を鍛えて富山の薬売りよろしく村回りなんてさせているのだって、厳密には彼らに武力を持たせて道なき道を進ませているから出来ている事なんだ。
 それには何の違和感も感じていないのに、僕自身が手にしている力から目を背けるのは矛盾する話だ。
 だから抵抗があろうと慣れていく。
 ここは日本じゃない。
 しばらくはこれが僕の中で言い訳の第一位になりそう。
 観客席に目を向ける。
 そこではリミアの一行が舞台の戦闘を見ている。
 これで彼らの安全を確保してあげるだけで国の重職にある立場の人からお礼をしてもらえる。
 ギルドに意見を寄せている商人達の後ろ盾だったものを、逆に彼らの頭を抑える圧力に変えられる可能性まである。
 自然と口が笑みを作る。

「さ、僕も行くか」

 霧を通って僕も彼らの所へ。
 しかし巴の奴、なんで脇差を僕に渡すかね。
 そりゃあ、太刀に対してのサブウェポンでもあるけどさ。
 結局抜かれなかったり、投げられたりもするけどさ。
 それでも、主に儀礼的な意味を考えるのなら、脇差はあまり人に預けないようにした方が好ましいんじゃないか、なんて僕は思ったりもするんだけどね。
 流れるようなやり取りで、何故か転移能力を有することにされた刀を見る。
 ルトと示し合わせていた様子もあったから、何か意味があるのかもしれない。
 転移能力を隠そうとした意図での言葉だったのかもしれないけど、あの流れだと巴本人から脇差に能力を移動させただけで事実は隠せていない。
 二人が一体どんな真意で人から物に転移能力の根拠をずらそうとしたのか、僕にはまだわからない。
 それもあって、何となくもやもやした感覚で僕の手に納まる脇差を見る。
 もしかすると、二本差しの意味をまだよく知らないのか。
 落ち着いたら一言話しておくか。
 知っていてやっているのなら、僕がどうこう言う事でもない。
 意味と僕の考えを伝えて違う結論になるのならそれでも良い。
 些事と言えばそれまでだし彼女の好きにさせよう。
 突き詰めれば趣味の一言で終わる事なんだから、個人が好きに楽しむのが一番だ。

[遅くなりました、お待たせして申し訳ありません]

「いや、見事な転移である。我が国も転移技術ではヒューマン一である自負はあるが、かような術は初めて見る。後ほど時間を取って詳しく聞きたい所だが、今はあの戦いを見届けねばならぬ。……どのような結末であれ、な」

「……っ」

 リミア王に考え事をしていて遅くなった事を詫びた。
 今はそんな事を気にしている余裕も無いだろうと思っていたけど、予想通りだった。
 軽く流してもらえた。
 あのイルムガンドの変貌、王はもう彼がどう処理されようと覚悟があるようだ。
 ホープレイズ家の当主は唇を噛んで王の言葉に震えたけど、外交的な事情を考えると僕もイルムガンドの末路は何となくわかる。
 あの識に難しいかもしれないと言わせた変異だ。
 ヒューマンの知識で元に戻せる可能性があると見込むのは余りにも楽観的な観測かもしれない。

「最早人格も感じられない、本当に魔物の如き暴れようですね」

 ん。
 王子か。
 多分に哀れみを感じる口ぶり。
 王族と大貴族。
 二人は顔見知りだった可能性もあるから無理もないか。

「……ライドウ」

 ホープレイズ家の当主が不意に僕に声をかけてきた。
 その目には隠せない、いや隠さない敵意を感じる。
 息子さんにはそれ程大した事はしてないんだけどな。
 弱いもの虐めを諌めただけだし。
 リミアの人ともう一度会う時には、ちょっと二人にしてもらって誤解を解くのもありかな。
 もっとも、彼次第の部分が大きいから叶うかはわからない。

[何でございましょう?]

「お前の店は薬を数多く扱うと聞く」

 と言うか、調べたってさっき王様が言ってたけど。

[はい、主に薬を扱っております]

「あれを、息子を……元に戻す魔法薬は無いのか」

[申し訳ありませんが、私もあのような変異は初めて見ましたので店の薬で治せる可能性は低いと思われます。ふと見ただけの印象でもヒューマンを素体として薬や触媒を用いたかなり複雑な術式になっている模様。元に戻すとなれば、例えるなら料理を材料に戻すが如く難解なものになるかと]

 識の言葉を参考にしながら当たり障りの無い応答をしておく。

「っ!」

 大貴族の当主は言葉こそ発さなかったけど、表情は様々な気持ちを一度に代弁するかのような複雑な顔をしていた。
 怒り、悲しみ、無念、後悔……当然ながら明るい感情は窺えない。
 目の前で息子が倒されようとしているのを立場的には望まなければならないのだから当然か。

「見事な戦い振りだ。学園が誇る全属性に対応出来る虎の子、パープルコートを壊滅させたイルムガンドとまともに戦っている」

 全属性に対応出来るのと、分担して全属性を使える、のは似て非なるものだと思う。

「ですが戦力は拮抗しているように見えます。やはり学生には荷が重いのでは無いでしょうか」

 王と王子は比較的冷静に戦いを見ている。

「ライドウ、あそこにいて指示を与えているように見える二人はお前と関わりある者か?」

 リミア王がめざとく澪と識に気付く。

[はい。一人は私の講義を手伝ってくれている者で名は識。もう一人は私の護衛を主に務めてくれている者で名は澪。どちらも私が頼りにしている古くからの従業員です]

「戦ってはいないようだが?」

[生徒が自ら戦う姿勢を示しておりました。どうにもならぬようなら、助勢するように伝えてありますが基本的には戦闘の指示をするだけにさせております。それに]

「息子はお前の生徒の踏み台では無い!!」

 突如横から投げ込まれた怒鳴り声で僕の発言が一旦止まる。
 そう言われるかもと思ったから理由を加えようと思っていたのにせっかちな。

[それに同じ学び舎で過ごした彼らなら、もしかしてイルムガンド様も正気に戻るかもと淡い期待もしていますので。何故か私はあの方に恨まれているようで、私たちが表に立てばその望みは薄くなると懸念しました]

「くっ!」

 次の文句を並べようとした当主が僕の言い訳に黙る。
 元々学園長とかリミア王に向けて考えていた言葉だったけど、別にここで彼に話しても問題は無い内容だよね。

「ほう、我が国の貴族にそこまで気遣いをしてくれていたか。その配慮、嬉しく思う。のう、ホープレイズ」

 後半、王の厳しい目が当主殿に向けられた。
 謝罪しろという意図を感じる。
 いやいやそこまでは。

[生徒任せの愚案に過ぎません。お礼などは勿体無い事です]

 震えながらも僕に向き直った当主を制しながら王に向かって僕は頭を下げた。
 それに、見ている感じだとジン達にその余裕は無さそうだ。

「それにしても、一進一退。中々勝負が見えませんね」

 王子が独白する。

「ヨシュア、お前もわからぬか」

「はい、しかしわからない事が。一体どうして彼らは火属性しか使わぬのでしょう。それに、術を扱う者全員が火属性を扱えるのも不思議な感じがします」

 王子の疑問。
 ここで戦闘を見ている彼らにはあまりそちらの知識は無いみたいだ。
 王族も貴族も専門はやっぱり政治なんだろうな。

「ふむ……ライドウ、説明ができるか? もし出来るなら頼む」

 でもここで僕がいきなり答えて角が立たないかな。
 だって護衛をしている騎士が二人いる訳だし。
 まず彼らに意見を求めるべきなんじゃ。
 生徒の火属性についてはともかく、あのイルムガンドについては騎士にも考える所があるんだろうし。

「ライドウよ、構わぬ。説明せよ」

 そう思って騎士に目を向けた僕が思っている事がわかったのか、王からすぐに追加の命令がきた。

[イルムガンド様は、あの通り強靭な肉体に変異されております。それも戦闘の長期化の一因ですが、あの変異の特徴はむしろ魔術的な要素が大きいように見受けられます]

「魔術か」

[はい。現在イルムガンド様は地水火風の内、火以外の属性に強固な耐性をお持ちになっています]

 吸収とか耐性とか無効化とか、詳しい内訳はこの際流してしまおう。

「なんと、三つの属性にか」

[幸いにもジン=ロアンを始めとするあそこにいる生徒達には皆複数の属性を扱う事を訓練させておりましたので、唯一有効な属性である火を使って戦闘に臨んでおります。無属性も有効ではあると思いますが魔力の消費に対して得られる効果が低いですので彼らの選択は妥当かと]

「皆が、複数の属性を使う? では貴方は、彼らが本来生まれ持った属性以外の術を学ばせているのですか」

 丁寧に話されると、王子というよりも執事か何かに見えてくるな。
 僕なんぞ下々の者その一なんだから他の連中みたいに振舞うべきだと思うんだ。

[はい、ですからそれなりに攻める事が出来ているようです]

「ではどうして攻めきれないんですか?」

[属性の制限で、搦め手が十分に使えない事が主な要因かと。元々火属性はそうした効果の術は少なく、攻撃や自己強化に向いています。さらに今のイルムガンド様は周囲のヒューマン、ご自身のチームメイトから魔力を取り込んでいます。魔力の最大値が向上している事も手伝って、能力の低下やかく乱に使う魔術がことごとく通じていないようなのです。さらに傷もある程度再生していますし、大技でも決めないと長引く恐れも]

 僕が解説していると、一際大きな音がしてホープレイズ家の当主が突然悲痛な声を出した。
 舞台を見る。
 見逃していたけど、大技が決まったようだ。
 肩口辺りから腕がちぎれて、膝をつく灰色の巨人がいる。
 腕?
 まだ倒す事よりも無力化する事を目的にして戦っているんだろうか。
 既に十分な助言は与えたのか、澪は戦闘に参加せず観戦しているように見える。
 識は一応回復の準備をして、戦況を見守っているようだった。
 そのジン達七人の疲労は相当濃い様子。
 ここから見ているだけでも疲れが見て取れるほど。
 見た限りだと無力化狙いなんて既に難しいと思うんだけど。

[少し戦況が動いたようです。言葉は届かず、また彼を仕留めるだけの決心がついていないようですが]

 体力的にはイルムガンドの方が余裕がありそうなんだよね。
 それに……。
 気になることを思い浮かべると、僕の懸念そのままの事が起こった。
 イルムガンドの腕の再生だ。
 あーあ。
 これは心折れそうだ。

「なんと、失った腕が!」

「再生……?」

「イルム……っ」

 うん?
 ジン達にまずい動揺が伝わっていく前に、率先して一人が前に出て剣を構えた。
 ミスラ。
 団体戦では出番が無かったから張り切っているのか?
 でもこのタイミングで前に出て気勢を上げるのは良い手だと僕も思う。
 体力が磨り減っていく状況で、気力が途切れるのはまずい。
 彼も疲れてはいるだろうけど、今の所は振り回される豪腕も右手に取り込まれた無様な名剣も上手く流している。
 もう一発、上手い事何か大技を叩き込むまでの戦闘が再開された。
 出だしはミスラのおかげで何とかなった感じかね。

(若様)

 識?
 どうしたんだろう、何か問題かな。
 有難い事に今はリミアの誰もが舞台に目をやっている。
 僕もそこにいる識と念話をする位の余裕はある。

(何? 問題?)

(はい、二つほど)

(聞くよ)

(まずこの変異体ですが、どうやら痛みでの無力化は生徒には無理そうです。更に、相手が元学生である事がどうしても彼らに本来の戦闘能力を発揮させられずにいまして……)

(倒せないかも?)

(……はい。倒すだけでしたら急所は既に延髄の辺りだと彼らも目星をつけていて正解なのですが、難しいかもしれません)

(そう。どうしても無理そうだったら識が交代して無力化させてやって。もう一つは?)

(はい、ここにあれと同じ類のモノが入り込みました。観客席に向かう危険もありますのでご注意を)

(お、そっか。ありがとう、気をつける)

 途中こちらで何か起こる事も無く、無事に識との念話を終えた。
 ふーん、ここにも一匹来ているのか。
 過程が同じとは言っても能力は違うかもしれない。
 いつでもこの人たちを守れる距離にいないと。
 イルムガンドは……治せる確証も無いのに無力化する意味があるかどうかはわからない。
 死んでない方がホープレイズ家の当主と話がしやすいかと思っただけで。
 っ!?
 にわかに僕らの周りで緊張が高まった。
 一瞬舞台の戦況がまた変わったかと思ってそちらを見るも変化は特に無い。
 舞台に最も近い、観客席の柵付近にいるリミア王とホープレイズ家の当主。
 そこから一歩下がって僕とヨシュア王子。
 さらに左右に騎士二人。
 その構図が、動いた。

「王よ、お下がり下さい!」

 騎士の一人が叫ぶと二人の騎士は武器を抜き放って後方に駆け出した。
 感知魔術を使って周辺を警戒していたんだろうか。
 駆けていく先にはその時には何も見えなかったが、ここから結構離れた場所、観客席から通路に続く出入り口の影に灰色の変異体が姿を見せる。
 うわ、大分形が違う。
 もう人型とも言えない位の変わりっぷりだ。
 異常に発達した人の二本足。
 身体の半分以上を占めている。
 その上にあるのは胴体、腕、頭、じゃなかった。
 いきなり頭だ。
 それも口は鳥の嘴みたいに突き出ていて、なのに牙がびっしりと生えていた。
 まだかなり距離があるのに牙まで分かる位に口の部分が大きい。
 さらに人と比べてかなり大きな黒目が馬みたいに左右についていて、はっきり言って気持ち悪い。
 毛髪の代わりのつもりなのか、頭から何本も触手がうねっているのも倍率ドンでキモいです。
 騎士が迎え撃たずに駆け出していったのは、王の近くで戦闘する事になるのを避ける為だろう。
 なるほど、納得出来る。
 なら僕も、少し前に出て……。

「ぎぃぃああああ!!」

 はあ?
 まだ接敵までには大分余裕がある筈なのに、なんだ?
 騎士の悲鳴に僕は目を疑う。
 既に接敵していた。
 あの馬鹿げたサイズの足は伊達じゃないって事か。
 恐ろしい瞬発力でダッシュした、のだろう。
 騎士の身体、脇腹を鎧ごと食い千切った赤い飛沫と悲鳴を生んだ灰色の変異体を見て、僕は何故か弾丸を連想した。
 更に悲鳴が重なる。
 完全に虚を突かれてしまった所為か、それとも騎士の実力が大した事が無いのかはわからない。
 前者だと思っておくことにする。
 ともかく、もう一人の騎士の悲鳴は間もなくの事だった。
 うねっていた幾筋もの触手が、鋭く突き出されて騎士の身体を貫いた。
 胴体部分など、鎧の厚い部分は触手が貫通こそしていなかったようだけど、それ以外の部分が何箇所も。
 そう、首とか太腿の付け根辺りとか、鎧の保護が充分行き届かない場所やどうしても構造上薄くならざるを得ない場所がやられていた。
 致命傷、かも。
 彼らの戦いの場所は僕のいる場所から離れていて守ってやれなかった。
 界を使えば治癒出来ない事はないけど、そうするとあの変異体まで範囲に入ってしまう。
 それに魔力の隠蔽が緩むと隠しているものまでられかねない。
 ちっ。
 でも三人は間違いなく守れる。
 最善では無いけれど、良しとしないと。
 ぐぐ、っと。
 足だけクラウチングスタートを模したような姿勢で力を込め、嘴状の口をこちらに向けてくる変異体。
 ああ、これはダッシュじゃないな。
 何となく確信した。
 僕の連想は正しかったみたいだ。
 そいつは自分の体を弾丸のように撃ちだして一直線に僕らの方に迫ってきた。
 よし、止めて倒してしまおう。
 僕が制圧の為に一歩出ると、何故か横を通り過ぎる影があった。
 !!??
 ヨシュア王子!?

「父上、どうかお逃げ下さい!」

 飾りとしか思えないキラキラした細身の剣を腰から抜き放った王子が王を庇う為か突っ込んでくる変異体に立ち向かっていく!
 ば!
 あ、アホか!?
 まずい。
 流石に王子に怪我をさせるのは非常にまずい。
 そうだよな。
 確かに、僕が焦ってなくても周りもそうだとは限らない。
 全く焦ってない僕がむしろおかしいんだ。
 とは言え、まったくこの王子様は。
 僕がいなければどうなっていたか。

(すまん、識。怪我人か死人が出た。 こっちに来て治療して欲しい。 澪はそのままでいい、子守はお前に任せた。生徒を死なせないように頼む)

 あの騎士二人は、多分手遅れ。
 でも識ならもしかしたら治療出来るかもしれない。
 そんな考えが浮かぶも、会話として識と澪に伝える余裕は無く、ただ押し付けるだけの指示を戦いを見ている従者二人に送る。
 ここからだと息絶えているかどうかは流石に確認できない。
 それでも見ていた感じで重傷は確実だと思える。
 他に敵はいないようだし、あいつさえ押さえればまずは何とでもなる。
 急いで王子の後を追う。
 変異体はやはり速い。
 これは……間に合わないか。
 体はいきなりゼロから最高速にはならない。
 一瞬だけど僕自身が間に合わない事がわかって、王子と変異体の間に、魔力を用いた“見えない腕”を代わりに伸ばして彼を守る。
 界を隠蔽に使っているから見えていない筈。
 怪我をしても治すけど、出来れば無傷が良いのは間違いないんだし。
 変異体の高速体当たりを受け止める僕の魔力。
 そのまま軽く王子から引き離すように“腕”を振るって変異体を弾く。
 間に合った事に安心しつつ、ヨシュア王子を変異体から庇うように抱きかかえてその場を離脱、奴の視界から王子を隠せる所に飛び込む。
 くっそ、王様から少し離れた。
 あいつも弾き飛ばしたから、すぐにもう一回の攻撃は無いけど。
 急いで倒さないとな。

[王子、突然の事でしたので無礼をお許し下さい。あれは私が対処]

 そこまで一気に書ききって、僕は手に伝わる不思議な感触を疑問に持つ。
 あれ?

「……っ!!」

 下を見ればヨシュア王子の引きつった顔。
 先ほどの衝撃でか、それともどこかに引っ掛けたのか。
 彼の衣服の一部、腹あたりが結構裂けていて……。
 僕の手はその上にあり……。
 嘘、これ胸?
 だって、え?
 頭が混乱する。

「……仔細は後で。今は父上を、王をお願いしますっ」

 羞恥に染まった彼、いや彼女? の静かな声を聞いて。
 慌ててその身体から手を放して離れる。
 焦りを全部は隠せず、跳ねるように姿勢を整えた。
 そうだった。
 かなりまずい事をしでかした気もするけど、今はあいつの排除が先だ。
 良かった、まだフラフラしている。
 ブリッドで牽制して、距離を詰める。
 使ったのは無属性のブリッド。
 無詠唱で無属性、かつ手打ちで放ったのもあって致命傷にはならなかった。
 だけど足止めには十分で、その動きが止まった。
 おかげで十分に距離を詰める事ができた僕は、右手に魔力を纏わせてその横っ面を殴る。
 殴り飛ばされた変異体は、途中席やら柵やら色々な障害物に当たってバウンドしていく。
 よし。
 リミア王もこれで安全圏だと思う。
 無属性の術は属性持ちの術に比べて同レベルの術では威力が下がる傾向がある。
 けれど、さっきの様子ならそのブリッドでも充分狩れる相手と見た。
 二言ほど詠唱して弓をつがえる所作から白い矢を放つ。
 嘴に命中したブリッドはすぐに貫通する事なく変異体の身体ごと後方に飛んでいき、段々になった観客席の一部に奴を縫い付けた。
 貫通する性質をわざと弱めたからだ。
 何かしてくるかもしれないから、距離はあったほうが良いと思ってのことだった。
 でも、その心配は不要のようで。
 変異体が内側から泡が立ったように膨れ、後に四散して死んだ。
 あー、ちょっと焦った。
 識が騎士の一人の治療を始めたのを横目で見て、ため息を一つ。
 あの感じだと一人は助かりそうだな。
 僕は一つ仕事が終わった事を理解した。
 ……王子の一件、新しいトラブルにならないといいけど無理な相談だよねえ。
 戦いだけならこんなに簡単な事なのになあ。
 出来るだけ顔を見ないように努め、王子を連れ王のいる場所に戻る僕はそんな事を考えながら、これまでにない絶叫を耳にした。
ご意見ご感想お待ちしています。
これにて二月更新は終了となります。
次回からの更新速度は未定です。
のんびりお待ち下さいませ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ