挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

78/174

来賓救出

「失礼」

 凛とした声が困惑に支配された来賓席に響く。
 絨毯が敷かれて椅子があり、一般客席とは一線を画す部屋。
 ここが来賓席か。
 巴の声はよく響き、恐らくは国のお偉方からの視線を一身に集める。
 多少の視線は僕にも来るけど。

「何者だ! ここへの立ち入りは禁止されておる事を知らんのか!」

 肖像で見た事のある顔が僕らを怒鳴りつけてくる。
 ああ、この人学園長だ。
 いつもどこにいるのか知らないし、もちろん一度も会った事が無いから一瞬わからなかった。

「このような非常事態ゆえ許されよ。まだ来賓の皆様が安全な所に避難されていないようでしたので及ばずながら助力しようと思った次第」

 巴は臆した様子も無く学園長に用件を告げる。
 その際、ちらと巴が一人の女性に視線を送るのに気付いた。
 見るからに身分のありそうな女性だ。
 年は若そうだからどこかの貴族の次代当主か、それともどこかの姫君か。
 ん、姫君?
 巴が知っていそうな?
 ……。
 もしかして、あの女性がグリトニア帝国の第何とか皇女のリリって人か?
 当たりなら超、大物だな。
 だけど勇者と行動を共にしているらしいからここにいるのも変な話。
 違う可能性もあるか。
 何か覚えのある視線を感じて首を回すとそこには壁に持たれて腕を組んだ銀髪の青年がいた。
 何が楽しいのか、にっこりと微笑み、組んだ手をほどいて僕に手を振っている。
 変態ルトだ。
 そうだ、あいつもいたんだ。
 しまった。
 だったらここに助けに来る必要も無かったのか?
 変にこいつに色々話されると商会としても僕としてもよろしくないじゃないか。
 だがルトに行動を起こす気は無いのか、また腕を組んで顔全体の微笑みを口元の笑みだけに変えると静かに巴を見直した。
 わからない。
 こいつだって冒険者ギルドが心配じゃないのか?
 あそこも脅威が迫っていると思うんだけど。

「まず名乗れ! 儂はお前など知らぬぞ」

「これは失礼を。儂は巴、クズノハ商会の一員です学園長殿。そしてこちらは主のライドウ、言葉が不自由故、従者である儂からの紹介である事、ご容赦願いたい」

「巴、ライドウか……」

[初めまして学園長、こちらで臨時講師もさせて頂いておりますライドウと申します。非常事態と思いましたので少しでもお力になれればと参上しました。ご無礼、お許し下さい]

「筆談……、そうかお主が。確かに臨時講師ライドウであるようじゃな」

 一応、僕からの筆談と。
 臨時講師の証である免許証みたいなプレートを見せる。
 筆談と僕と、証と。
 全部見て学園長は険しかった語調をやや緩めた。

「おわかり頂けて何より」

「助力と申したが、どのように助力をする気だ? 未だ街にも怪物がいるとしかわからぬ状況、安全な場所までの誘導は容易ではないぞ?」

「学園長殿は、いくつか安全な場所にお心あたりがあるのですな?」

「無論だ、非常時に向かうべき場所は確保しておる。危険な場所で情報の整理や冷静な指示など、避けるに越した事は無い」

「ならばその場所を思い浮かべて下されば、儂が転移でお送りしましょう」

「……てんい? 転移だと!? この人数を、術者が一度も行った事が無い場所へか!? 馬鹿な、そのような術など聞いた事もないわ!」

 一瞬、間の抜けた声をあげた学園長が、すぐに内容を理解して見事に巴の案を一蹴した。
 念話もそうなんだけど、転移にしてみても、僕らは気軽に使いすぎだとは思う事はある。
 転移は技術的に高度で本来は気軽ではないし、念話にしてもその距離やら傍受やら使い勝手全般的に一般で使われているものと僕らのそれではモノがまるで違う。
 通信技術の程度として、性能の悪いトランシーバーと衛星電話くらいは違うと言って過言じゃない。

「しかしそれが可能でしてな。とは言え、確かにこのままでは罠と疑われても仕方ありませんな、ふむ……」

 だからこそ今の転移についても、説明が一々面倒ではあるんだけど。
 あまり困った風でもないな巴は。
 何か納得させる方法でもあるんだろうか。
 僕は適当に一人放り込んでやってみせるくらいしか思いつかないんだけど。
 その一人を募るのが大変だよな。
 偉い人達ばっかりなんだろうし。
 誰か知っている人がいればお願いする手もある。
 ええと、出来れば変態以外で……。

「あははは! 面白い人ですね、学園長。実に面白い。確かにそのような優れた転移の術を扱う術師など聞いた事も無い」

「ファルス殿」

「どうだろう、巴とやら。まず僕を……そうだな、客席のあの辺に転移させてくれないか? 僕が思い浮かべれば良いんだろう?」

 ルト。
 会った事が無い様子で実験台を買って出てくれたのか。
 巴もそうなることを察していたのか動揺した感じも無い。
 まあ、これも冒険者ギルドの長だ。
 それなりの信頼はある方だろう。

「ファルス殿と申されるか。では、この霧の中にお入りください」

「へえ、向こうにも同じようなのが見えるね。じゃ、試してみようか。こんな便利な術が本当にあるのかどうか」

 ルトは指で示した先に濃いモヤが出現した事を指摘すると、とぼけたまま霧の中に消え、次の瞬間彼が示した場所から出てきた。
 そして来賓席に顔を向けて手を振って見せた。
 来賓席に驚きと感嘆が湧き起こった。
 巴がちらっとだけ見たお姫様(仮)は手を口元に当てて目を丸くしている。
 かなり驚いている様子だ。
 その近くにいるどこぞの王様とお付きの人も息を呑んでルトを凝視して相当な驚きようだ。
 ルトは向こうにある霧をくぐってまたこちらに戻ってきた。

「すごいね、大したものだよ! こんな見事な術は初めて見た! 察するに……その腰に差す変わった剣の力と見たけど……」

 何を阿呆な事を。
 巴が使ったのは転移だって。
 普通に彼女自身の能力による所の。
 亜空の空間転移の応用なのはこいつも知っているのに。
 変態の考えることはさっぱりわからない。

「参りましたな、ファルス殿は恐ろしい目をお持ちだ。その通り、この剣の持つ特殊能力でしてな。詠唱も無く、かような転移を可能としてくれるのです」

 ……え?
 巴、何を言ってる?
 だけど僕の戸惑いを他所に、巴とルトはお互いを見てにこりと笑っただけ。
 何がどうなってる?
 当然ながら一斉に巴の剣、まあ刀に全員の視線が注がれる。
 彼女が示して見せた短い方の刀、脇差に。
 あ。
 今頃だけどもう二人ほど、知っている顔がある事に気付いた。
 司祭さんとローレルの……彩律さいりつさんだったか。
 彼女たちも闘技大会の観戦に来ていたんだな。
 司祭さんの方は、何かもっと偉そうな感じの人が何人かいる中の一人だったから気付くのが遅くなった。
 ロッツガルドの神殿関係で一番偉いのが司祭さんな訳だから、つまりあそこにいるのはその上、ヘタをするとリミアの大神殿の人たちだろうか。
 ローレルの人たちは単純に隅の方にいて気付けなかった。
 彩律さんもいたけど、他にも結構いる。
 全体的に浅黒い肌。
 ああいう肌の色をしている人が多いんだろうか。
 僕の視線に気づいたのか、彩律さんは一瞬笑顔を作ってくれた。
 すぐに巴の剣に興味を戻したけど。

「信じ、られん」

 学園長は完全に言葉を失っている。
 転移はそれ自体が非常に高度で、本来個人が詠唱を用いて使用出来る事すら称賛される。
 だからこそ、この高度で便利な術を少しでも容易に使用する為に、予め緻密に組まれた魔法陣で転移を再現したり、負担を軽減してくれる補助転移陣などの技術が存在するのだから。
 それを、詠唱も無く特定の場所に正確に転移させる力を持つ剣があるなんて言われたら無理もない。
 少なくとも、この学園の常識では考えられない。
 そしてそれは社会において一般的でない事の証でもある。
 それぞれの国で力を持つであろう多くの人の目がその剣に注がれている。
 新しい火種になりませんように。

「どうでしょう、皆さん。彼らが折角助けに来てくれた事ですしここは一つ、善意に縋らせてもらってはどうでしょうか?」

 ルトが皆を見回して提案する。
 上手く誘導してくれるらしい。
 こいつも敵か味方かわからない奴だけど、今は少なくとも味方のようだ。

「……そうね。ファルス殿の言う通りだわ。ライドウ殿の勇気ある行動に感謝を。そして必ず報いると約束いたします。グリトニア帝国のリリの名に誓って。他の方々はどうされますか?」

 グリトニアのリリ。
 やっぱり皇女だったか。
 学園祭に来ちゃうんだな、凄い。
 実はOGとか?
 一瞬巴を見たような気がするが、どんな意図かはわからない。
 あいつから聞いている範囲ではそこまで深い関係でもなく別れたようなんだけど。
 リリ皇女の言葉を切っ掛けに、私も私もと僕の差し伸べる救いの手に乗る人が出てきてくれる。
 神殿の関係者やローレル連邦の人、それに多分アイオンの人であろう貴族も。
 秘書と思われる女性に肩を借りた学園長も同意してくれた。
 と言うかおっさん、あんた肩を借りる程何をしたんだって話だよ。
 セクハラじゃないですかね。

「そこの方々もお急ぎを」

 巴が残る五人に声を掛けて急がせようとする。
 だが彼らは動こうとしなかった。
 なんだ?
 ここに残る意義なんて来賓の人には無いと思うんだけど。

「……余はいい。ここで見守る義務がある」

 余?
 王様か?
 見守る義務って、見ているのは舞台。
 あの怪物と生徒の戦いをか。

「父上、しかしそれでは」

「お前達は戻れ」

「王よ、それは出来ません。あそこにいるのは我が子なのですから」

 ……リミア王国御一行か。
 イルムガンドの父と、リミア王と父上って言ってたから王子?
 残る二人は身のこなしから見ると騎士、かな?
 思いっきり当事者って訳か。
 どうするか。
 とは言え、ここで迷って見せるのは僕にとってはマイナスの印象になっちゃうだろうから良くないな。
 まずは他の人を避難させて貸しをしっかり作っておくのが先決か。

「若、それではまずこの方々を学園長殿が考えておられる安全な場所へお連れ致します」

 巴に指示しようと思って彼女を見たら、向こうから先に提案された。
 当然その気でいたから頷く。
 ルトがくぐったのよりも大分大きい霧が生まれる。
 見た目はモヤなのに、向こう側は見えない濃さを備えている。
 やっぱり魔術の産物なんだと思わされるね。

「では、この刀は若にお預け致します。こちらの事はお任せを」

「!?」

 おい。
 僕が脇差を持ってどうしろと言うんだお前は。
 手渡された脇差を思わず受け取りつつ巴を見る。
 思わせぶりな笑顔で彼女は霧の中に消えていった。
 ちっ。
 えっと、リミアの面々の説得をすれば良いのか?
 でも僕は王様に対しての礼儀なんて知らない。
 ……先に謝ってから説得するか。

[生まれてこの方、王様とお会いした事がありませんのでご無礼があるかもしれません。どうか、ご容赦を]

「ライドウ、と言ったか。器用な筆談をする。それも魔術、なのだろうな」

[はい。共通語を話す事が出来ず、このような筆談を使っております。改めまして、クズノハ商会を営んでおりますライドウ、と申します]

「知っておる」

[は? 私どもの店を、でございますか?]

 大国リミアの王様に、何でウチみたいなロッツガルドの店の情報が?

「であろう、ホープレイズ」

「っ!?」

「お前が調査の手を向けている商会が確かクズノハ商会、そしてライドウという臨時講師だったな?」

「既にこちらでも確認している事です、ホープレイズ殿」

 なんだ?
 何か僕を置き去りにした展開が進行中?
 王子らしき線の細い人が王の言葉を補足してホープレイズに言葉を放つ。
 なるほど、ホープレイズ。
 つまりイルムガンドが色々やってた内容の一部が王家にもバレたって事なんだろうか。

「説明が欲しいなホープレイズよ。貴殿の次男であるイルムガンドがかように変異し、また学園都市全体に災いが降りかかっている事について」

「っ、王よ。確かに息子の願いに応え、その講師を調べました。幾らかの金を使い闘技大会に細工も致しました。しかし、断じてこの度の事態、私の考えではありません。イルムガンドは我が息子、それも戦時下において当主となるかもしれぬ大事な子です。あのような、あのような怪物に変えて何かを企てるなど断じてございません!!」

「……では、イルムガンドは何故ライドウに興味を持った?」

「……わかりませぬ。本当に私は何も!」

 実際、僕もそれは知りたかったんだけどな。
 何で調査されたり、宣戦布告されたりするほどに恨まれなければいけないのか。
 ルリアを庇ったってだけで、そんなに執着されるもんなのか。
 それとも、耐え難い恥辱って奴だったのか。
 貴族でもない僕に彼らの思考が完全に理解出来るものでもないか。
 ホープレイズ家の当主様は王に弁明を繰り返す。

「詳しくはこの場を過ぎ国に戻ってから聞く事になろう。だが各国に晒した恥、安くはないぞ」

「うっ……」

「して。ライドウよ、お前は商人であったな。そして学園で実技を教える臨時講師であると。あそこで戦うのはお前の生徒と見て良いのか?」

[はい。彼らは私の講義を受けている学生達で間違いございません。ただ、さほどに長い期間でもありませんが]

「ほう、どれほど講義をした?」

[半年足らずかと]

「半年……、あの子達はその頃からあのように強かったのか?」

[いいえ。私はツィーゲで商売を始めたのですが、当地の冒険者達の戦い方を一部彼らに伝えた所、性に合ったようで実力を伸ばしてきております]

 リミアの王様も彼らの実力に興味があるんだな。
 顔は舞台に向けたまま、僕との問答を続けている。

「ツィーゲか。確かに、勇者殿が連れて来たかの地の冒険者もあのような戦い方をしておった。嘘は無さそうだな」

 ツィーゲの冒険者がリミアに?
 へえ。
 だとすれば、今リミアには結構高レベルの冒険者がいるんだな。
 もし勇者が勧誘? した人達が荒野にまで出入り出来る実力者だったら、かなりの戦力になるんじゃないだろうか。
 勇者ねえ。
 特に聞いてなかったけど、ツィーゲなんて辺境にも来ていたんだな。
 順当に考えるなら修行かな?

[王様、どうか私と共に安全な場所へ。ここにも他に敵が来ないとも限りません]

「何、あの見事な戦いをしている学生の師が傍におるならそれなりに安心であろうよ。時にライドウ、お前はその剣を使えるのか?」

 リミア王が僕が持っている脇差を見る。
 転移が使えるかって事だよな。
 巴め、面倒くさい事になってるぞ?

[はい、扱えます。私と先ほどまでいた巴であれば使用は可能ですが]

「なら、余をあそこに連れて行ってくれまいか? イルムガンドも、余や実の父からの呼びかけであればまだ人に戻れるやもしれぬ」

「王、それはなりません。危険すぎます」

「我がリミアの貴族がこうして学園に被害を与えているのだ。その収拾に尽力してみせねば、後が立ち行かぬよ。そうであろう、ホープレイズよ」

 王子の言葉を一蹴すると、リミア王はホープレイズ家の当主を見る。
 彼はびくりと反応して、小さく頷く。
 変わり果てた息子と対面なんてしたくないだろうに。

「無論、危険に身を晒すは尽力では無い。が、そうして見せるのも時に必要でな。ここにいる者でそれが出来るのは儂とホープレイズのみとなれば致し方あるまいよ。我ながら露骨な、わざとらしい事だが、な」

「……ライドウ殿、我々をあそこまで転移させる事は可能ですか?」

 王子が折れたようだ。
 別に僕は構わないけど。
 しばらくはこの人達のお守りになるのかね。

[可能です。では五名様全員を、あの、観客席辺りに転移すればよろしいでしょうか?]

 言って指で大体のエリアを示す。
 頷く王子様。
 騎士は無言だ。
 黙って従うと言う事だろうか。
 彼らも大変だな。
 まあ無事に事を済ませばポイントも高そうだ。
 向こうには識と澪がいるし。
 僕は脇差を持ち直す。
 一応格好だけはと言う事で。
 巴が作り出したのと寸分違わない霧を作り出す。
 目視できる観客席にも霧が生まれる。
 準備完了。

「造作をかける。礼は必ずしよう、ライドウ」

 リミア王から声を掛けられる。
 刀から手を離すのもおかしいかと思って頭を下げる。
 左手で鞘、右手は柄を持っていたから何とも不格好だ。
 騎士、ホープレイズ、王子、そして王。
 順番に霧の中に消えていった。

 
ご意見ご感想お待ちしています。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ