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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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商いと戦い

「どうなってる?」

 まだ戦闘は始まっていなかった。
 それでも一応途中経過を聞こうと誰にでも無く言葉を放った。
 状況。
 イルムガンドだった存在が二倍ほどに膨れ上がって淡く光る人型になっている。
 だるまみたいだった体は幾分かスリムになっている。
 出来の悪い巨人のような姿。
 そして手にはブッ倒れたチームメイトであろう肉体を握っている。
 破損が酷く死んでいる事は一目瞭然だ。
 巨人の口周りを見ても何が起こったか、何となくはわかる。

「アレが動き出しました。手始めに腹ごしらえをしていた所、学生が止めに入った。今はそのような状況ですな」

 躊躇いもなく人を食う。
 イルムガンドは、少なくとももう彼の意識を残していないように思える。
 意味のある声は今も無いし、与えられた指示があるのか、ただ暴力衝動のままに動いているのかは不明だ。
 ジン達は舞台の上にいるイルムガンドに対して戦闘態勢を取っている。
 でも若干だけど全員から躊躇いと言うか迷いを感じる。
 チームメイト、つまり同じ学校に通う仲間を食ったイルムガンドに対して何か怯えに似た感情も抱いたのかもしれない。

「学園側から戦力は出てないの?」

「今、出てきました」

 識が答えてくれる。
 言葉の後、もう一つの控え室に繋がる廊下から紫の服に身を包んだ一団が出てきた。
 凄い趣味だな。
 紫って。
 十名ほどの彼らが、ジン達を見る巨人の背を杖で指し詠唱を始めた。
 人数は少ないけど、それなりの実力者なのか?
 それとも、他の場所での被害が思ったよりも大きくて人が回せないのか。
 その辺りは巴に頼もうか。

「巴、街の被害状況を大体で良いから把握して報告して欲しい。出来る?」

「お任せを」

 戦闘が始まった。
 ジン達はまだ警戒態勢のまま参加していない。
 様子見みたいだな。
 まさか、学生にいきなり戦えとも言われてないようで観察を主にしているようだ。
 紫の一団は全員が魔術師。
 杖装備してるし、魔術の詠唱もしているから間違い無いだろう。
 ……バランス悪。

「識、手伝え」

「わかりました」

 巴の問答無用の協力要請に識が頷く。
 識は土属性が得意だ。
 風と土はどちらも調査を得手としている。
 二人が協力すれば状況は割と早く判明するだろう。
 席に座って頬杖を突く。
 戦況を眺め、もう一度取るべき手段を考える。

「あらあら、魔術師があそこまで近付くなんて何を考えているんでしょう」

 澪が実況してくれる。
 実際、学園の戦力があれだけって事は無いだろう。
 この学園都市ははっきり言って戦闘経験の無い都市だ。
 戦いが無いからと防備にかけられてきた費用を他に転用しているなんて噂も聞く。
 それでも、虎の子の兵力は所有している筈。
 特に学園祭の期間は各国からの来賓も多い。
 万が一に備えはするだろう。
 大国から来ている連中だって護衛や多少の兵力は持ってきたり備えたりしていると思う。
 問題はそれで足りるかだ。
 もしも不足するなら確実に僕らが出ないといけない。
 出れば、魔族との交渉が難しくなる。

「面白いですわ、あの怪物。基本四属の魔術の内三つを実質的に無効化しています。ヒューマンを混ぜこねただけみたいな出来損ないにしてはよく出来ています。単なる副産物か、そこまで見込んでの事なのか……」

 ふうん。
 澪の言葉に下を向いていた顔を起こした。
 基本四属ねえ。
 地水火風の四属性の事だ。
 中位以上の精霊が確認されていて使い手も多い事からそう呼ばれている。
 確かに。
 水と土と風を打ち消したり、飲み込んで自分の力にしたりしていた。
 気持ち悪い外見の割に中々高性能だ。
 見ていると、急に紫側の魔術の威力が跳ね上がった。
 一気にだ。
 特に何をしていた様子も無かったのに、こんな強化は有り得るのか?
 ……ああ。
 僕はその可能性に気付いた。

「祝福、か」

「そのようです。でもあの状況で威力だけが上がってもあまり意味はありませんわ。だって全部攻撃魔術ばかり、それに倍率だけ増えても有効属性の火の含まれる割合が少な過ぎます。あれでは却って勢いがついてしまうだけです」

 呆れた澪の声。
 戦況は彼女の言葉に合わせる様に動く。
 弱るどころか活性化したと言われても納得の、勇猛な叫び声を天に向けて放ったイルムガンドは振り返って紫の軍団に突っ込んでいった。
 結構な瞬発力だ。
 さて。
 当面は生徒の出番も無さそうだし。
 この騒ぎの利用方法だ。
 魔族にとってこれを成功(何をもって成功なのかわからないけど)させる事はそれなりに重要な訳で。
 ロナは、だから僕に黙ってこの行動を起こしたと思う。
 ケリュネオンは欲しい、でもこの混乱を最後まで見逃すのは出来ない。
 そうなると僕はどう振舞うべきなのか。
 引き裂かれていく学園の戦力をぼ~っと見ながらまとまらない自身の考えに苛立つ。

「若、大体把握できましたぞ。あの怪物どもは五十前後街に出現している模様。どうやら転移陣や補助転移陣が積極的に破壊され、また目標とされています。周辺都市も数は少ないですが同様の傾向です。そして念話の妨害が弱いながら始まっている様子。こちらは……学園都市ではまだあまり見られていないようですが周辺都市から徐々に円が狭まるように始まっておりますな」

 巴、早いな。
 しかも周辺都市の状況まで掴んだのか。
 恐ろしい人たちだ。

「そうか。戦闘の具合は?」

「よくありません。思ったより平和ボケしていたのか、未だ一つも倒せていません。学園内部の転移陣に向かっている個体についてはかなり足止めが出来ているようですが、他はかなりの被害が出ています」

 あらら。
 そっか、苦戦か。
 あいつだけじゃなくて他の個体も魔法の無効化やら何やらしてくるとなると学生や術師にはやり難い相手かもしれない。
 学園の面子丸潰れの結果になりそうだ。
 無理もない。
 ここ、ひたすら平和だったからなあ。
 ツィーゲやベースに比べたら緊張感なんて無いに等しい。
 識の報告に僕は鎮圧に加わらないとまずい状況なのを理解した。

「若様、あの連中壊滅しましたわ」

 と。
 澪から嘆息混じりの全滅のお知らせが届く。
 紫ーズ、餌にしかなってないなんて弱すぎるだろうが。

「ジン達は加勢しなかったのか?」

「いえ、加勢はしたのですけど、ちょっと戦い方が駄目ですわね。試合の時みたいに動けてませんわ」

 珍しいな。
 エリスから色々報告を受けている中だと、あの子達は魔物相手でもちゃんと動けているって事だったのに。
 仕方ない、指示が必要みたいだ。
 思えば、僕も先生から実地訓練とかで無茶させられた時は大体、慣れるまで無様な感じだった。
 彼らも学生だ、例え思う様に体が動かなくても恥じる事じゃない。
 それで死んでしまうなら駄目だけど、今は僕らがいるしね。

「まったく。少し評価をしてあげようかと思えばすぐに残念な真似をするんですから」

 う、まるで自分に言われている気分だ。

「識、貴方が甘やかし過ぎなんじゃありません? 自分が得手とする力や属性を一方向にしか使えないなんて駄目なヒューマンの典型ですわ。団体戦の時に見せたような連携をもっと広い視野でやれるようにきちんと指導なさいな」

 厳しいな澪。
 なんだろう、全部自分への小言に聞こえてくる。
 ああ、僕は一つの事しか出来ないタイプだよ。
 ついでに期待されるとミスをするタイプだよ。
 こういう戦闘なら余裕ももってやれるけど、いざ交渉だの商売だのってなれば途端に馬脚を……、ん?

「……あれ?」

 得意な事を広い視野で。
 僕の得意な事。
 魔力と防御。あと会話能力。
 会話能力は元々いろんな所で活躍させているけど、戦闘能力とかはどうだろう。
 脅しとか嫌いだからやってないけど、それ以外には使える事も多いんじゃないか?
 商売は、仕事で、神聖なもので、どこか正々堂々とやらないといけないと思っている。
 それは今も基本的には変わらないけど。
 だからこれまで力の類を商品にしないようにもしてきた。
 だって戦闘能力を商品にすると、僕らに最適なのは傭兵団で決まりだし、何よりもただでさえ亜空を利用しているから、他の商人たちにあまりに優位すぎるんじゃないかと思ってた。
 命のやり取りをお金に変えるのは何か違う気がしたのが第一だからだけど……。
 だったら正々堂々ってなんだ?
 何かが、噛み合いそうな気がする。
 暴力も、僕の持っているカードの一つ。
 いや、積極的に脅すんじゃない。
 でも終始使わない事に拘る必要は……無いんじゃ……。
 商売以外にも多彩な能力を持っている連中だと印象づけられるだけでも周囲からすれば当たり前に脅威のはずだ。
 国をバックにおいて他の商人に圧力をかける。
 元々自分が築いた立場を使って新規参入者に対して優位に立つ。
 それらは当たり前の商売手法だと思える。
 なら、持てる戦力を転用するのだって、似たようなものじゃないか?
 人脈も、財力も、暴力も。
 同じ括りが出来るその人の能力だ。
 全部を使って事に臨むのはおかしな事じゃ、無い?
 暴力だけは除外して考える方がずっと不自然じゃないか?
 確かに一番イメージは良くないかもしれないけど。
 誰かを傷つける以外にも暴力の使い道はある。
 そう、例えば。
 同じく暴力による脅威の除去、とか?
 僕は来賓席を見る。
 そこにはまだかなりの人影が見える。
 恐らくは学園長もそこにいて念話で指示を出している。
 きっと自分の戦力があっさりとやられて心穏やかじゃない事だろう。

 ……うん。
 やってみるか。

「若様、どうされました? 生徒達が戦うようですよ?」

「……澪、それに識。ジン達に指示を出してやってくれ。もし全滅しそうなら助力しても良い」

「え?」

「は?」

「ん、聞こえなかった?」

「いえ! わかりました!」

「承りました。限界まで彼らに指示を与え経験を積ませます」

 僕が聞き返すと澪と識が前方に走っていく。
 最前部の柵まで行くと、そのまま闘技場の中心、舞台がある場所へと飛び降りていった。
 レンブラントさんとの約束もある。
 僕の生徒は誰一人死なせないようにしよう。
 そして奥さんが言った様に。
 最悪の場合、やられそうになる状況を経験するのもきっと彼らのこれからの糧になってくれると思う。
 亜竜みたいな不意打ちじゃなく、正面からの戦いでのそれは、また違う意味を持つかもしれないし。
 この世界に来てから、こと戦闘に関しては殆ど楽しかしてない僕が言えた事じゃないけどね。

「巴、一緒に来てくれ」

「御意。方針がお決まりのようですな」

「ああ、とりあえずここは裏方として街を守る事にする。ライムとモンドを動かしてくれ、基本的には住民の救助だけで良い。もしその後も事態が鎮まらないならお前の判断で討伐に出ても良い。ついでに一体か二体でいいからサンプルにして亜空に送れるようにね。詳細の指示はお前に任せる」

「確認ですが、私の判断で、打って出る時を決めてもよろしいのですな?」

「ああ、任せる。詳しくはここを制圧してからだ」

「御意。で、我々はどこに?」

「僕らは来賓の皆様をお助けする。こっちは、正義の味方として、ね」

「……なるほど、住民ではなく商人の頭を飛び越えて国の役職にある者の覚えを良くするおつもりで」

「……想像に任せるよ」

 多分、巴は僕の考えている事なんて全部わかっている。
 来賓を安全な場所に逃がす気なら巴を連れて行くのは一番良い。
 僕は商人だし、彼女は護衛にして側近だ。
 クズノハ商会を見てもらうなら巴や澪を見せておくのが一番楽。
 まだ浅はかな僕の考えだけど、巴は従ってくれる。
 厳しいけど、有難い。
 我ながら、単純な思いつきだ。
 飴と鞭。
 援助と脅し。
 暴力を利用してやって良いと言うのなら。
 僕らに出来る事は実は凄く多いんじゃないかと思えてきた。
 一気に視野が広くなった気分だ。
 手始めと言っては来賓席で怯えているかもしれない方々には失礼かもしれない。
 こんな事で好印象を与えられるのか。
 僕にとっては簡単極まりない事で。
 万全に予習して臨むテストのような気持ちで、僕は来賓席へ向かった。
ご意見ご感想お待ちしています。
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