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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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三を飛ばして四と五を

 利害を絶対的な基準にして物事を考えるのは、何となく気持ち悪い。
 忠実にそうあろうとするのは、はっきり言って僕には合ってない。
 いっそ、何も知らずはっちゃけていた荒野時代の方が気が楽だった。
 今となってはもう、戻ろうにも戻れないけど。
 知った事を知らなかった事にして振舞う位の器用さがあれば今みたいに悩む状況にいないと思うし。

「ライドウ殿、探したぞ! まずは無事で何よりだ」

[ご夫妻も。まだここに何が起こった訳でもありませんのでおかしな話でもありますが]

「……アレは明らかに異常事態だが、確かにまだ準備中とも見えるか。ライドウ殿は実に落ち着いている。どうやら街でも何かが起きているようだな、皆、外の様子を聞いてアレを見て混乱に陥っていると見える」

[いえ、荒事であれば慣れているというだけで。商いに足りない事が多すぎる悩みもございますので落ち着いてなど]

「私たちはまだ事態が把握出来ていないのだが、ライドウ殿は何か知っているか? 娘たちも中に消えたきり姿を現さぬし、どうにも動きにくい。それでここに来ているんだが……」

 レンブラントさんは、混乱の理由を大まかに掴んでいるようだ。
 奥さんも彼もそんなに慌てた様子が無い。
 巴と澪がここにいる事で安心があるんだろうか。
 それとも、肝が据わった商人と言うのは、こんな状況での合理的に物事を理解して整理出来るんだろうか。
 どちらにしても、ただ暴力への防御手段は万全だからと言う僕とは根本的に落ち着きの理由が違う。

[私どもでも、街の方もあのような異変が発生して怪物が暴れている、程度の情報しかありません。シフお嬢さんとユーノお嬢さんは仲間と一緒にあのイルムガンド君だったモノを何とかする気でいるようです。ここにいる識が念話で教えてくれました]

「ライドウ殿の所は従業員も全員が念話を習得しているんだったな。非常時でも密に連絡出来るのは羨ましい限りだよ。そうか、娘達はアレを何とかする気なんだな……っ!? ラ、ライドウ殿!? 何とかって何かね!?」

 何度も首を上下させて僕の筆談の内容を飲み込んでいくレンブラントさん。
 だが途中で仰け反って明らかに動揺し始めた。
 娘さんが戦うって話をしたのに落ち着いているんだ、なんて考え始めた思考を僕は静かに脇に捨てた。 
[あの年頃の子達ですから、多分腕試しでもしたいんじゃないかと]

「い、いかんよ? ライドウ殿、それはいかんよ。ここは申し訳無いのだが君達で何とかこう、上手く事に当たってもらうのは駄目かね? 大体、腕試しも何もこのような時にやる必要など無いんじゃないか。学園の治安維持を目的として軍らしきものも編成されていると聞く。そうだよ、生徒が戦うなど土台おかしいのだよ」

 き、急におろおろしだしたな。
 何かうろうろしながらぶつぶつと呟いている。
 ……奥さんは考え事をしている表情ではあるものの、それほど取り乱した様子が無い。
 こういう時って、母親は結構過保護になりそうなイメージなんだけど、落ち着いている。

「……ライドウ様、先生である貴方が慌ててもいないのですから、私も主人も娘達の事はあまり心配しておりませんわ」

 僕の視線で何か察したのか奥さんが口を開いた。
 いや、旦那さんは絶対心配しまくってます。
 今だって落ち着き無いし。

「それに、ここにはライドウ様達がいますもの。最悪の事態は無いと確信しています。……あの子達も、自分一人が力を身につけてもどうしようもない現実をいずれは知るのでしょうから。それがもし今日であったとしても仕方ありません。むしろ貴方が傍にいる時である事を嬉しく思います。この人も見かけは慌てていますけれど、実はそんな事はありませんから」

 ……こわ。
 と言うか子どもの可能性をひたすらに信じるとかじゃないんだ。
 いつかは限界を知るんだから、挫折は出来る時にしておけって事?
 奥さん、滅茶苦茶スパルタな事言ってるよ。
 身体の前で一見穏やかに握られた手が震えていて力が入っているから無理はしているのかも。
 この夫婦の場合、父親は甘やかし専門なんだろうか。
 二人とも女の子だから、父親が厳しくあるのは難しいとか。
 右手の甲を包む様に左手が添えられ、彼女の両手ともに力が込められているのを見直して、そんな事を思った。

[信頼して頂けて嬉しく思います。私とていつまでも彼らの傍にいられるかわかりませんので、今回はきちんと責任を持ってお守り致します。ご夫妻はこれからどうされますか? ここはそれほど危険にならないでしょうから、特に用が無いのであればこのままでいる事をお勧めしますが]

「……そうですか。あなた、あなた!」

「いや、最悪は商人ギルドから傭兵どもを結集させ……」

「あ・な・た!!」

「うおっ! な、なんだリサ。私はこの事態の解決をだな」

「ここはライドウ様が見ていて下さるから安心よ。それで、ここは安全だけどこれからどうするかと言って頂いたのだけど」

「な、なに? そうか、ライドウ殿が。ふぅ」

 ふぅ、じゃないよ。
 商人ギルドとか、何となく今は聞きたくない言葉まで出して。
 それに傭兵。
 確かにギルドからだと格安で傭兵と契約を結べるって聞いた事がある。
 常に商品を輸送するのなら冒険者に一々頼むより割安だから使う商人は多いと聞いた事がある。
 僕にはあまり関係の無い話だから詳細は知らないけど。
 奥さんから話をされて、レンブラントさんは冷静になったようだ。

「どうなさるの? あの子達の事もあるからここにいるのも良いと思うんですけど?」

「……いや、一度ギルドに行こう」

「ギルド、ですか? 先日行ったばかりではありませんか。それに今みたいな状況で向かってもまともな応対は期待できませんし」

 その通りだ。
 それに商人ギルドにも多少飛び火しても黙認する考えも視野にある僕としては、彼がそこにいるのはあまりよろしくない。

「ここの商人ギルドがそれほどこんな事態に慣れているとも思えん。対して私はツィーゲでこれまで何度も戦闘を経験して指揮もしている。いらぬ被害を少しは減らす手伝いは出来る筈だ」

 な、なんですと?
 ついさっきまで娘の事しか頭に無かったのに、いきなり何を言い出しているんだこの人は。
 なんて事を考えていたらレンブラントさんは奥さんから僕に視線を移した。

「ここはライドウ殿が守ってくれると言うなら、娘には何の心配もいるまい。それにここのギルド代表とは知らぬ仲でも無い」

「ここの代表……ああ、ザラさん。それで、あなた、前は一人で行きたがったのね」

 ザラ。
 あの代表、確かにそんな名前だった。
 レンブラントさんだけじゃなくて奥さんもあの人と知り合いなのか。
 はぁ、まだあの顔を思い出すだけで溜息が出そうになる。

「う、うむ。とにかく、家族が安全なら私も出来る事をせねばな。商人ギルドを手伝って損は無いのだし、ここは娘の通う街だ。と言う訳でライドウ殿、私は商人ギルドでこの混乱の収拾を手伝おうと思う」

「……仕方ありませんわね。なら私も同行しますわ」

「リ、リサはここにいてくれても全く……」

「行きますわ。私も、ここのギルドの方々よりは荒っぽい事になれておりますから。それにザラさんに久々に挨拶もしておきたいですし」

 何故か一人で行きたがるレンブラントさん。
 奥さんがいると都合が悪い事でもあるのか?
 娘さんが通う学園がある街で浮気もくそもないだろうしな、この人の場合。
 大体奥さんにベタ惚れだし。
 しかし、二人とも闘技場を出るつもりなのか?
 どうしよう、僕にメリットがある選択としては……。
 ……。
 あー、もう!!
 利害第一なんてやってられるか!
 早くも限界だよ!
 彼らには恩がある。
 守りたい。
 無事であって欲しい。
 ならそれで十分だ。
 僕は周囲を窺う。
 来賓席はまだ人がいる様子だ。
 それに人の目もそれなりにある。
 なら『ここ』ではまずいな。

「ライドウ殿、済まないが娘の事は頼む。君に頼んでおけば何憂う事も無い。私は私の出来る事をしてみる。と言った所で恩を売りに行くだけなんだがね、ははは」

「では、また後ほど。失礼しますね」

[お待ちを。途中までお送りします]

 二人だけで行かせて何があるとも限らない。
 護衛をつけよう。
 僕に味方してくれる数少ない人に危険な目に遭って欲しく無い。
 ……もし魔族に付くなら、裏からこっそり助けるだけにしないと彼らにも危険があるかもしれない。
 そういうの、考える時なんだな。
 多少怪訝に思った様子だったけど、夫妻は僕が同行する事を受け入れてくれた。
 巴にエヴァさんとルリアを店に転移するように念話で指示を出す。
 彼女が頷くのを確認した後、僕は皆を残してレンブラントさん達の後に続く。
 観客席から廊下に出て薄暗い通路を進む。

[お二人はあの代表殿と仲がよろしいんですか?]

「仲が良いかと言われると……何とも言い難い関係だね。腐れ縁、である事は確かだが」

「昔は隣に店を構えて切磋琢磨していた事もあるんですよ」

「リサ!」

「いいじゃありませんか。隠すような事でもありませんわ。それに二人とも出世欲の塊みたいな人で、良く似ていました」

 レンブラントさんがか。
 何か想像がつかない。
 そして、思っていたよりも、代表とレンブラントさんは関係が深そうだ。
 かたや味方で理解者で頼れて。
 かたやきつくて見下されて苦手で。
 不思議なもんだ。

[そうでしたか。あの方は甘えに厳しく、非常に、その商人らしい方と言ったイメージでしたのでレンブラントさんに似ていたというのは少し意外です]

「……昨日だったか、あいつと会ったのは。商売で悩んで、とも言っていたし何か言われたようだね」

[少々、私の不勉強で周囲との摩擦にも気付かずにおりまして]

「私が事前に君と従者の方々について少し話したのだがな。どうやら、上手く伝わっていなかったかもしれん。すまない」

[いえ、謝って頂く事ではありません。私の対応が未熟でしたので]

「あなたの事ですから、ザラさんに曖昧な事を伝えたのではなくて?」

「ライドウ殿の個人的な情報でもある。おいそれと詳細を話すのもどうかと思っただけだよリサ。ふむ、そこが伝わって無かったとすると、奴の事だ。粗野に振舞ったのだろうね」

[残念ながら商人として扱って頂けなかった様子で。情けない限りです]

「奴は、あれで優しい所もあるんだが、どうにも言葉が足りないタイプでな。時に目を掛けた者にさえ誤解される」

 誤解って。
 そんなレベルじゃなく罵倒されまくりでしたけど。
 まあ僕が期待されてなかった事は間違いないから誤解とは違う。
 なんだかんだで互いを良く知る仲の良い友人なんだろうか。

「あなたみたいに何も言わずに後ろからブスリ、なんてタイプよりも好ましい商売の仕方をなさっていましたけどね。あの方が口で大分損をなさっているのは確かです」

「リサ。悪意を感じるよ? 私はただ上手にやってきただけじゃないか」

 上手。
 商人の世界って、やっぱ綺麗事じゃないんだな。
 僕は、緩過ぎだったなあ。

[古いお付き合いなんですね]

「ああ。長いね。モリスもザラの事は良く知っているし、何かと競ったりもした。私は、結局家族が一番大事だと気付いてしまったから一線からは退いたようなものだが、あいつは今も独身で、ただ商売だけに生きている。その割に嗅覚が鈍ったのか、それとも私の影が気に食わないのかライドウ殿にはまずい対応をしたようだが」

[そうでしたか。ここでやっていくにはまだ早いから一度ツィーゲに戻って貴方に商人として鍛え直してもらえとも言われました]

「ふっ、そんなに優しくは言わんだろう。精々、逃げ帰ってコネに面倒みてもらえ、と言った感じじゃなかったか? まあ君がその様に受け取ったのなら、奴にとっては有難い事だがね」

 本当に良く知っているんだな、あの人の事。
 正直、レンブラントさんにだからこんな風に言っているけど、僕も実際あの言葉は失せろコネ野郎、位にしか聞こえなかったし。

「ザラさんらしい物言いだわ。あら、もう外。ライドウ様、ここで結構ですわ。後はこの人と私で行きます。どうか娘をお願いします」

「うむ。これでもそれなりの自衛は出来る。安心してくれ。ザラ代表にもちゃんと言っておこう」

 いや、そんな泣き言を言いたかった訳では。
 でも結果的に愚痴言ったようなものだな。
 縋る気も誓って無かったんだけど……。
 はあ、レンブラントさんにはどうも甘えてしまう。
 反省。
 じゃ、本来の用事を、護衛を召喚するとしよう。

[お待ちを。先ほどの場所では目立つと思い、ここまでご一緒しました。お二人に護衛をお付けしようと思いまして]

「護衛?」

「どなたか従者の方を? でも皆様席に留まっておられましたけど」

 夫妻の言葉には答えず、僕は霧の門を展開する。
 見た目には等身大のモヤにしか見えない霧が僕の横に出現した。
 そこに影が写り、徐々にはっきりした姿になる。
 霧から美しい鱗を纏ったリザードマンが二体現れると、夫妻は息を呑んだ。
 突如出てきた魔物への驚き。
 彼らが放つ存在感と知性をうかがわせる佇まいに圧倒された様子だ。

[見ての通り私が召喚した魔物です。頼りになる能力を持っていますので、どうか彼らをお連れ下さい。間違って攻撃されないように気を付けて下されば非常に頼れると思います。表向きはレンブラントさんか奥様が魔術か道具で召喚したとでも言っておけば良いでしょう]

「そ、そう言えばライドウ殿は召喚魔術も扱われるのだったな。まさか即席でやってのけるとは思わなかったので流石に驚いたよ」

[指示があれば共通語を理解しますので普通に声を掛けて下されば大丈夫です。ちなみにこちらの槍を持っているのがブ……いえフィーア、弓を持っているのがヒュンです]

 僕の紹介に合わせてレンブラント夫妻に向けて膝を折るミスティオリザード達。
 僕からの指示であればと割り切っていてくれるようだ。
 ありがたいね。
 その様子に夫妻の緊張もわずかながら緩んだみたいだし。

「言葉は通じるのですか、それは頼もしいですわね。ライドウ様、ありがとうございます」

「ああ、礼を言わせて欲しい。ありがとう」

[どうか、ご無事で。後ほどお会いしましょう]

 ミスティオリザードの四号と五号を召喚して夫妻の護衛にあてる。
 三号は生徒に会わせる予定だったから、やっぱり名前もそっちで使おう。
 二人に与えた名前は即席だけど、コードみたいなものだから問題も無いだろう。
 夫妻を見送ると僕は生徒達が始めているかもしれない闘技場に戻るべく踵を返した。
ご意見ご感想お待ちしています。
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