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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

三章 ケリュネオン参戦編

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敵の敵は?

「最後のアレは中々楽しそうでしたわね」

「うむ、儂も一度やってみようかの。面白い発想じゃ」

「……シャイニングウィザードに空中コンボって。まさかユーノもエリスと同じようなタイプじゃ無いだろうな」

 団体戦の決着がついた。
 驚くべき防御力とタフネスを見せたとは言え、僕が思っていた程の苦戦も無くイルムガンドは沈んだ。
 途中一度、気になる所があったんだけど、それも空中コンボで終わっちゃったからなあ。
 ホープレイズ家の次男として、権力を駆使した彼も全く概念の違う戦闘に巻き込まれて、試合中あまり活躍もできずに終わった。
 親類も見に来ているんだろうし、可哀想にな。
 最後の槍、あの子の額に思いっきり当たってたし。
 木製とは言え、槍が折れていたのも凄い。
 ユーノの投擲が見事なのか、イルムガンドの額が硬いのか。
 どちらにせよ、あれで意識を刈られたんじゃないかと思う。

「若の生徒は発想が面白いですな。非力ながら工夫する事に慣れておるように感じました」

「そうですね。決勝戦は中々楽しかったです。あの娘の体捌き、見事でした」

 巴や澪もそれなりに楽しんでくれていたようだ。
 最後まで、戦闘を評価する雰囲気にはならなかったのは、まあ仕方が無い。
 元々ヒューマンですらないのだし、二人から見ればひよっこの体当たりにしか見えないのが恐らく本音なのだろうとも思う。
 でも少し安心した。
 あれだけしっかり自分のスタイルを考えて自分で次の目標を見定めていけるのなら、僕の講義がいつ終わっても彼らは大丈夫だろう。
 さて、それじゃあ僕も控え室に行ってあの子たちを労ってくるかな。
 ついでにホープレイズの様子も……いや、そっちは止めておいた方が良いか。
 またトラブルになっても困る。
 立ち上がった僕は移動しようとして、異変に気付いた。
 ジン達が武器を構えた。
 ユーノは槍を失っていたから素手だ。
 あの動きはもう武術の領域だった。
 僕は一切教えていない、と言うか教えられないから多分他の講師に格闘技を習っていたんだろうな。
 しかしもう試合の終了は審判が宣言している。
 彼らが武器を構える必要はまるで無い。
 その切先は、倒れたままのイルムガンドに向けられている。

「なんだ?」

「若、あの小僧から妙な魔力が出ています。感情と絡みついた、随分悪趣味な波動を放っております」

 巴が教えてくれる。
 僕は界を探索や調査に使っていない。
 全力で力の隠蔽に使っているから。
 そして、界を使わない僕の感知能力は大した事が無い。

「本当、でも不自然ですわ。今の感情だけじゃなくて過去の古臭い感情とも結びついているみたい。気持ち悪いです」

 澪も奇妙なものを見る目でイルムガンドを見ている。
 放たれる魔力は恐らく増幅を続けたんだろう、強力な魔力を解放したり扱ったりする際の特徴である『色付き』になった。
 こうなれば僕にもはっきりわかる。
 何が意外って彼の色が水属性に適正の高い青色の魔力だった事。
 個人の魔力は直接得手不得手を決定する訳じゃないけど、大体の筋道は決めても構わない程に大きな影響力がある。
 彼の水色に近い優しい青色は、回復や支援を得意とする者によく見られる色だった。
 ちなみに僕の場合はどす黒く感じる位濃い藍色。得意なのは……、って今はそうじゃないな。

「彼の意思、とも思えないな。止めるべき?」

「大会の運営、学園が何とかするのでは? 奇妙ではありますが……」

 巴の言葉の途中でイルムガンドが立ち上がる。
 ジン達が本格的に臨戦態勢の陣形を取る。
 だが舞台の外にいたアベリアが何かを叫ぶ。
 すると、三人は構えを解いて舞台を降り、アベリア達を追う様に一斉に出入り口へ消えた。
 ああ。
 控え室の武器を取りに行ったのか。
 という事は。

「若様、どうやら少々まずい事になっているようです。一杯食わされた、とでも申しましょうか」

 予想通り、識が口を開く。

「ジン達は武器を取りに行ったんだね?」

「はい、優勝の褒美に若様からと伝えてあります。一応、アレを一時的に抑えさせようと思って戻るようにも指示しました」

「アレって、あの貴族の子は一体どうなっているんだ?」

「大変危険な状態、いえ手遅れな状態になっている模様です。少なくとも数ヶ月、投薬によって体をこの異変の為に慣らされ、その時が来たと言う事なのでしょう」

「時が、きた?」

 やっぱ、彼本人の意思じゃ無いのか。
 でもよく学園の各種診断をくぐり抜けられたもんだな。
 数ヶ月もドーピング? してたって事なんだろうし。

「ええ、アレはもうヒューマンではありません。変異を始めています」

「……変異って何?」

「言葉通り、人が人ならざる者に変わる事です。私も、一種の変異体ですね。自意思でなったので彼とは少し事情が違いますが。一時期、人と人でない者の境に興味を持って研究した事があります。恐らく間違い無いかと」

「一体、誰が何の為に? ホープレイズって大貴族なんだろう? 彼らを敵に回すような行為、好んでやる奴なんているのか? 聞いてると随分計画的なのも何か不気味だし」

「……若様、それを本気で仰ってますか? このような高度な魔術と薬物の使用、計画性。ヒューマンが対象である。状況を見れば実行する勢力など一つしかありません」

「え? でも魔族は違うだろう? ロナさんは手勢を引いてくれたし、ジンやアベリアの為なら協力するって言ってくれたんだよ?」

 そう。
 ロナさんには魔族を急遽ロッツガルドから退去してもらう無理を聞いてもらっている。
 その彼女がこんな事をする訳が無い。

「ですが、ロッツガルドで何もしない、とあの女が言いましたか?」

「いや、僕の頼みを聞いてくれただけで、後は魔王と会う約束をしただけ」

「ならこれがロナの仕業でも、あの女は若様との約束を破っていません。少なくともロナは、そう言います」

 そんなのは言葉遊びの屁理屈ってものだろう。
 僕は魔族に学園祭中に揉め事を起こして欲しくなかった。
 ホープレイズの件が急に持ち上がって、少ない手勢の僕は万全を期したかったからロナに魔族の一時退去をお願いした。
 彼女はそれを了承してくれた。
 なら、ここで何か事を起こす気は無いって事だろう?
 それを受け入れてくれたって事じゃないのか?

「そんなのは、ただの屁理屈だろ……」

「所詮は口約束に過ぎません。好意的に振る舞おうと若様はヒューマン。ロナが真意の全てを明かすとは思えません。それに、あの女は若の実力の一端と、私の存在を掴んでいます。となると今回どのように騒動を起こそうと我々は切り抜けるであろうから事前に教えなかった。あるいは教えて何かしらの対応をされるとロナに大きな不利益があるとみなされたのかも、しれません」

 魔族は。
 少なくとも魔族はって!
 関係を持つのも交渉するのも、悪くは無いと考えていたのに……。
 結局、純粋な味方なんて期待する方が間違いなのか。
 利害とか、言い回しとか、外交とか。
 本当に、面倒な事ばかりだ。

「聞いていると、魔族と言うのも一筋縄ではいかぬようですな」

「どいつもこいつも、若様を騙そうとして……自分たちの事ばかり!! 醜い、許し難いですわ!!」

 現実は、ヒューマンと上手くやれるか自信が無いから魔族と話をしてみようなんてのは甘いと、僕に言いたいんだろうか。
 それとも、この程度は腹に留めて魔族と交渉しろって事かね?

「……っ」

 ぶつける場所の無い無念や悔しさが言葉にならず息に混ざって吐き出される。
 くそ。
 くそくそくそくそぉぉぉ!!
 わかってる!
 いい加減気づいたよ!
 思っていたよりもずっと、ここは、広い。
 僕もクズノハ商会も、随分と注目されて干渉されてきている。
 ここはどこの国でも無いから、そこまで注目もされないだろうなんて、全く逆だったって理解できた。
 四大国どころか、魔族にさえ目を付けられた。
 ヒューマンだ、商人ギルドだ、魔族だって振り回されて、自由に商売をやる所か、どうやって立ち回れば良いのかもわからなくなってる。
 自分がいる舞台の広さに無自覚でいすぎた。
 できるのか、今更。
 ケリュネオンを使って面倒は全部探られない場所に隠してしまうなんて。
 それでも、アーンスランド姉妹に話をした以上、やらない訳にもいかないけど!

「ラ、ライドウ先生。大変です! 街が、いろんな場所で怪物が暴れているって!!」

「……」

「ゴテツの周辺も、クズノハ商会の周辺もどちらも酷い混乱に陥ってます! 今の所はそんなに被害は無いみたいなんですけど……」

 エヴァとルリアの声。
 後を振り返ると、そこには息を切らせた二人がいた。
 実に良いタイミングだ。
 二人の事を思い浮かべた瞬間に声を掛けてくるなんてね。
 街にも怪物、か。
 こと力で何とかなる事態には頭が冷静になってくれる。
 巴には調子に乗るのは良くないと言われたけど、夏休みは僕にとって有意義だった。
 そうか。
 イルムガンドの変異、それと同様の事が何箇所かで起きているのかもしれない。
 ロナさん……ロナ。
 畜生。
 お前、僕を騙したんだよな?
 嘘はついてないとか、聞かれなかったとか、そんなのはどうでもいい。
 結果として、僕から見た事実でそうなら……。
 僕だって狡く振舞っても文句は無いよな?
 お前らの関与は無かったと思って事態をどう収拾しようと、それも僕の自由だよな?
 一方的な信頼だったとは思う。
 それでも騙されたと言う感情が彼女への反発を促すのがわかる。

「早く逃げるか対処するかしないとここも危険です先生!」

[エヴァさん、ルリア。落ち着いて]

「でも!」

「凄いまずい感じなんです!」

[ええ、知っている事を教えて下さい。それと、少し早いですが答えを。先日の答えを聞きます]

『……っ!?』

 姉妹が揃って息を呑むのがわかった。
 彼女たちの焦る様子に対して、自分がどんどん落ち着いていくのがどこかおかしい。
 イルムガンドの異変を眺めていた周囲の観客達も、外からの情報を誰かしらから聞いたのか、俄かにパニック状態に陥りつつあり騒がしさが加速度的に増していく。
 落ち着いているのは周りでは僕ら位か。
 ……つくづく自分の甘さが嫌になる。
 魔族にはまだ酷い目に遭ってないからいい人達だ、なんてガキの発想だった。
 まったく交渉の『こ』の字も知らない馬鹿だ。
 敵の敵は味方。
 日本にいた頃にはそんな訳ないだろうと自分で思っていたのに、現実には見事にそう考えていた。
 馬鹿だね、本当に馬鹿だ。
 我ながら救いがたいと思うよ。
 ……でもさ。
 馬鹿に対してだから、何しても許される訳じゃない。
 それがどんな愚かだったとしても。
 どこまで行っても、騙される奴より騙す奴の方が悪い。
 この考えは変えてたまるか。
 絶対にだ。
 これが純粋な交渉事や商談なら、騙された僕は負けなんだろう。
 けど、違う。
 力が物を言う類の荒事だ。
 なら僕に、僕らに出来る事は幾らでもある。
 まずはエヴァとルリアの気持ちを聞こう。
 そして、やる事を決めよう。
 乱れる内心を出す事なく、いつも通りのライドウの顔で僕は二人の返答を待った。
ご意見ご感想お待ちしています。

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