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銀河系へさんが書き込みの環境でないため代理投稿します。
こんな薄情なことを、普通の人間ができるとは、、、しかも仏法者である公明
党も一緒になって、、。
いろいろな意見の方がいらっしゃると思いますが、私はやはり宗教団体から、
政党をたてるのは少し無理があるかと思います。
本当にすばらしい志を持って国の為になろうと勉強し、自力で這い上がってき
た人がたまたま信心をしていて、組織の力を借りてではなく、その人に同意し
たメンバーが自然にサポートするという形が健康的なのではないでしょうか。
みなさんの昨今の投稿で、こういう人が公明党の候補者?とか言われているの
を何回か読みました。
別にそういう人達を差別する訳ではないですが、政治と言うものは国民の安全
と平和、又、憲法による規律、安定した経済を目指した国家の繁栄など、本当
に生半可な知識や浅い志でやってもらっては、国民に迷惑です。
生半可な知識では間違った判断を犯しかねないでしょうし、政治家としての気
骨のない浅い志では、自国だけの利益だけではなく世界を視野にいれての長期
の視点からみた深く賢明な政策をなんとしても推進していこうとする、
政治家冥利に尽きる使命感が簡単に周りに迎合し、目先の利益だけに囚われた
狭い視野に取って代わるのにあまり時間はかからないでしょう。
ですから、ただメンバーだから、人前で話しができるから、人気があるから、
少し政治家に似合っているから、又は地位や学歴があるからなどの理由で、に
わか作りの候補をたて(全部とは言いませんが)
自分達の努力ではなく、学会のバックアップで簡単に議員になれるとしたら、
その後の活躍はどうか大いに疑問が残ります。
特に最近はメンバーも少なくなってきている中でほんとうの適任者を探して推
薦するのも簡単な事ではないでしょう。
そしてその政党がそういう人達の集まりで50年も歴史をすごしてきたなら、
今もう一度、基本に立ち返ってあらゆる角度からメスをいれる必要があるので
はないですか。
それなしで今のように政権にまで関与しているのは、日本国民だけではなく、
世界の人々にとってもある意味危険極まりないといっても過言ではないでしょ
う。
仏法には、王仏冥合という法理がありますが、この場合の「王」とはいわゆる、
民衆を率いて、国を司る権力の事、つまり為政者でしょう。
権力にはいろいろな形があり、王国なら国王、日本なら天皇、幕府、軍部政府
など、いろいろあり、そういう風に権力が一つに集中していて、しかもそこに
宗教の権威が絡んでいる場合には大聖人は為政者に声をあげました。その権力
が民衆の生き方、価値観に関与して、民衆の幸、不幸を左右するからです。
例えば、キリスト教でいえば同性愛者は神の法に反しているので宗教上は罪に
なります。為政者がこの価値観を民衆の上にふりかざせば、そういう人達は罪
人という事になります。
では今の時代に大聖人様が生きていたら、阿部総理に 「国主諌暁」するのか
と言う批判をよく聞きますが、ここでの大きな間違いは総理は「国主」ではな
いと言う事です。
今の日本は「主権在民」です。ですから、大聖人が今いらっしゃったら民衆に
折伏をして、仏法の価値観を確立し、あらゆる社会の分野に浸透させていく目
的を以って現代の「王仏冥合」と言われるのではないでしょうか。
その場合、必ずしも政党を作り、直接政治に関与する必要は、私は個人的には
感じません。
確かに公明党は戸田先生や池田先生が立ち上げ、民衆に貢献しようとの尊い使
命感から出発したものではありますが、残念ながら今の公明党にはその立党精
神は見られません。
そして、宗教の立ち位置と政治の立ち位置が違うのだというのなら、会員が盲
目的に票をいれるのは無責任以外の何物でもないと私は思います。
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