ネットニュースなどで定期的に話題にあがる確定拠出年金。
掛け金の全額所得控除・運用益の非課税・退職所得控除や公的年金の控除と、税制面で様々な優遇がうけられるのが評判の資産運用制度です。
この制度、初めて知った時はスゴイ!と思ったのですが、調べれば調べるほど「あれ?」と思う事が増えていき、そのたびに不信感を感じてしまいます。
ただ、それでもなお、得する可能性の高い制度でもあるので、二の足を踏んでいる状態です。
今回はこの制度への問題意識を共有したいと思ったので、確定拠出年金の何が得なのか・どんな問題点やデメリットがあるのか(2015年10月26日時点)を分かりやすく整理・紹介していきます。
目次
確定拠出年金とは?
確定拠出年金とは「毎年の掛け金が決められていて、その資金を自分で運用指図した結果を老後に受給金として受け取る年金」のこと。「DC」や「401k」とも呼ばれています。
その最大の特徴は、税制での優遇措置。
運用によって得られるリターンの他、税金支払い面で優遇されているので、「老後資金を貯めるのにピッタリ」と言われている制度です。
すでに様々なサイトにおいて、主に以下のような形でそのメリットが取り上げられています。
(1)掛け金拠出時:掛け金全額が所得控除される
1年で50万円積み立てれば課税所得が50万円減り、その年の税金支払額が15万円前後減る!
(2)運用時:運用益は非課税
100万円を運用して120万円にした場合、通常は利益金額の約20%=4万円を税金として支払う必要があるが、確定拠出年金の場合は支払う必要がない!
(3)給付時:受け取り方により、退職所得控除/公的年金等控除でトク
年金払いの場合は雑所得となり、公的年金等控除の対象。一時金払いの場合は退職所得となり、退職所得控除の対象。いずれにしても税金支払い額が減ってお得!
すごくお得に見えますが、この制度にはいくつか問題点があります。
問題点①節税というより課税の繰り延べ
皆さんは、先ほどの(1)(2)(3)を読んで、どのくらい税金の支払額が浮くと思いましたか?
「(1)で毎年15万円ほど税金が安くなって、(2)でも数十万円浮き、(3)でも得をする。(1)+(2)+(3)で20年で400万円くらいは得するんじゃない?」と思いませんでしたか?
ぼくは初めて読んだとき、そう勘違いしてしまいました。でも、実際は全然違います。
なぜなら、確定拠出年金を受け取る時に税金がかかるからです。
解説記事などでもさらっと書かれている事ですが、これ、「自分で積み立てたお金を、自分が受け取る時に、税金を支払う必要がある」って意味です。
このままじゃおかしいですよね?
これを理解すると、「(1)掛け金全額が所得控除」「(2)運用益は非課税」に対して「だからこういう制度があるのか!」と合点がいきます。
要するに、これらは『「確定拠出年金を受け取った時」の課税所得が増えるから、「確定拠出年金の拠出時・運用時」の課税所得をその分減らさないと可哀想だよね』という制度なのです。
給与所得500万円。20年間毎年50万円を運用に回し、200万円の利益を出して運用資産総額が1200万円となった60才のAさんとBさんの比較
※(3)により、みなし退職収入1200万円にかかる課税所得金額ならびに税額は給与所得や配当所得と比べて大幅に安くなりやすい
つまり、実質的に節税効果があるのは(3)だけで、(1)による毎年50万円の課税所得の減額や(2)による配当所得200万円の非課税は、節税と言うよりも課税の繰り延べと言った方が正しいということになります。
「掛け金全額所得控除なんてすごい!」と思いきや、むしろ全額所得控除じゃないと二重課税になるので当然の処置とも言えます。
もちろん、ファイナンス的には課税が繰り延べられるのは大きな利点です。
なぜなら、今年払うべき100万円の税金支払いを20年後に遅らせれば、20年間運用することにより利益が生まれるからです。
しかし、それでもやはり節税と繰延では意味が全然違います。
多くの記事で繰延のことを節税と誤解してしまう書き方になっているをみると、「他にも、こういう風に誤解してしまう・書かれていない事項があるんじゃないの?」と二の足を踏んでしまいます。
課税の繰り延べであることが明記されているサイト
もちろん、課税の繰り延べであることを明記しているサイトもあります。
確定拠出年金では、掛金を拠出するとき(お金を出すとき)には、所得税がかかりません。また、運用しているとき、運用によって得られる収益(利子、配当金、売買益)にも、税金がかかりません。税金がかかるのは、給付金を受け取るときです。これを「課税繰り延べ」といいます。
このように、掛金や利息などに税金がかからず受取時に一括して課税されることを「課税の繰り延べ」といいます
ただ、確定拠出年金に関する記事で「繰り延べ」というキーワードが明示されているものは非常に少ないのが現状です。
問題点②退職所得控除は、特例で一部しか使えない場合も
また、「(3)退職所得控除」の節税効果にも注意が必要です。
確定拠出年金以外に退職所得がまったくないのなら全然問題ないのですが、もし退職金や「みなし退職金(小規模企業共済など)」を受け取る予定がある場合、「2回目の退職所得では一部しか控除を受けられない」可能性があるからです。
根拠条文は所得税法第30条5項一号と所得税法施行令70条(退職所得控除額の計算の特例)
重複期間分は控除額が減ってしまうという規定です。
また、同じ年に退職金と確定拠出年金を受け取ってしまった場合、1年に退職所得控除が複数回使われることはないので、実質的に確定拠出年金への退職所得控除が0円になるリスクもあります。
参考:同一年中に2か所からの退職手当等の支給があった場合の記載方法
退職所得は収入金額に1/2をかけた値になるとはいえ、単年の収入金額が大きくなりやすく、沢山積み立てて沢山利益を出した上に控除が少ないと累進課税による手痛い出費を迫られるかもしれません。
この辺は税法がごちゃごちゃしており、人によって大きく変わる部分なので、個別に税理士さんなどに聞くしかないでしょう。
※追記(参考)
また、確定拠出型年金の掛金払込期間が他の退職一時金の勤続期間内にすべて含まれており、かつ、他の退職一時金の受給額が退職所得控除額を超えている場合には、他の退職一時金を受給する年と同じ年に老齢一時金を受給すると、実質的に老齢一時金には退職所得控除額が利用できないことになります。
但し、確定拠出年金の一時金と小規模企業共済の一括共済金を同じ年あるいはその翌年から4年以内に受け取ってしまうと、高額な所得税を支払わなければならなくなる可能性があるので注意してください。逆に、両方を同じ年に受け取った方が所得税を安くできるケースもあります。
参考:確定拠出年金(401k)を一時金で受け取る場合、または、小規模企業共済の共済金を一括で受け取る場合の税金は退職所得扱い
問題点③凍結中の特別法人税というデメリット
これは既に各所で取り上げられている事ですが、確定拠出年金を積み立てる上で忘れてはならないのが、特別法人税の存在です。
確定給付企業年金、確定拠出年金の場合は、積立金の全額に、一律1.173%の特別法人税が課税される。なお、平成28年度末までは、特別法人税の課税は凍結されている。
現在は凍結中ではあるものの、仮に凍結が解除された場合、あなたが積み立てた確定拠出年金総額から毎年1.173%が税金として取られていきます。
たかが1.173%と侮るなかれ。
仮に毎年4%の利益で運用した場合、20年後には複利効果で資産は2.19倍になります。
一方、特別法人税が課せられると、毎年の税引後利益は約2.78%(104%×98.827%-100%)となり、20年後の資産は1.73倍程度に。せっかく上手く行った資産運用も台無しです。
利益が出ているならまだ良い方で、資産運用に失敗した場合には「60歳まで受け取り不可」が圧し掛かり、運用せずとも毎年税金が引かれていく積立金をただ眺めるしかなくなります。
※特別法人税は金融業界・経済界から大きな反発を受けているようなので、凍結解除されないまま廃止される可能性も十分あります。
とはいっても、特別法人税の凍結が解除されるのか、廃止されるのかのギャンブルをさせられているようで、あまり愉快なものではないのが現状です。
問題点④試算から省かれがちな手数料
また、毎年かかって来る手数料も軽視できません。これは投資にかかる信託報酬などとは別に圧し掛かって来るからです。
「年に数千円~」の話なので、節税や運用成果がしっかりしていればどうでも良い話なのは確かです。
しかし、他の問題点が原因で「ほとんど得しないじゃん!」となった時に困ることになります。
60歳まで資金を引きあげられないのですから、ちゃんと手数料の安い所(SBI証券やスルガ銀行など)を選ぶ必要があります。
手数料関連は、ノマド的節約術さんが分かりやすくてオススメ。
参考:SBIの401kの手数料は1年でいくら?SBIベネフィットシステムズから1年間の取引と手数料明細が届いた話
問題点⑤途中脱退や資格喪失時の問題点
転職すると、転職先の年金体制などにより、確定拠出年金が宙に浮くリスクがあることも懸念材料です。
参考:「拠出も脱退もできない」 確定拠出年金の罠/BLOGOS罠
確定拠出年金の利用資格を失い、税制上のメリットを受けられなくなっても、お金はすぐに返ってこず、手数料だけが取られていく可能性があるんです。
リンク先の記事を読んだだけでも、色々と面倒くさそうなのが伝わってきます。
Q:確定拠出年金は次の会社に持っていけるのですか?A:次の会社に確定拠出年金がある場合には、次の会社に移して継続することができます。次の会社の年金に加入してから6ヶ月以内に移管の手続をする必要があります。次の会社に確定拠出年金がない場合には、国民年金基金連合会に移管して、個人型確定拠出年金として継続することになりますが、次の会社が確定給付企業年金を持っている場合には、個人型確定拠出年金をもつことができないので、原資を国民年金基金連合会に移して、運用指図者として運用だけ継続してもらうことになります。
問題の大きさとしては①>②=③>⑤>>④といったところでしょうか。
おまけ:小規模企業共済はどうなのか
確定拠出年金と似たような制度として、小規模企業共済というものもあります。
こちらも掛け金の全額が所得控除(=受け取り時まで課税が繰り延べ)されますし、受け取る時は退職所得の形をとることで、節税効果も期待できます。
ただ、返って来るお金がそんなに増えないのが問題。
20年積み立ててやっと元本が取り戻せて、40年で110%。年利に直すと定期預金並?
「元本割れだけは避けたくて、絶対に20年以上積み立てる。他に退職金を受け取る予定もない」という方にはすごくオススメできますが、ぼくにはあまり魅力的には感じられません。加入条件の問題もあるので難しそう。
まとめ:出口戦略を考えた積み立てを
①(1)掛け金の全額所得控除や(2)運用益の非課税は、今の課税所得が減る代わりに将来の課税所得が増える。つまり節税というより課税の繰り延べ
②(3)退職所得控除により節税効果が期待できるが、これも安心はできない。他の退職金との受け取り方の兼ね合いで確定拠出年金にかかる退職所得控除が実質0円になり、税負担増となることもあるので注意
③特別法人税が凍結解除されると、毎年約1%ずつ資産が減る。20年で資産は約79%に
④試算では省略されがちだが、手数料も馬鹿にならない。安い所を利用しないと思わぬ痛手に
⑤転職するときに確定拠出年金の利用資格を失うと、税制上のメリットを受けられなくなったにもかかわらず手数料だけは取られていく状態になるなど、非常に面倒なことになる
いかがだったでしょうか。
今回は問題意識を共有したかったので少し不安を煽りすぎた感がありますが、確定拠出年金は初めに述べた通り、以上の問題点を考慮しても「得する可能性の高い制度」です。
ただ、この制度は2001年に始まったばかりで、まだまだ「出口にたどり着いた人が少ない制度」なんです。
これはインデックス投資などにも言える事ですが、ちゃんと出口から出てきて「いや~これは得だった!」と言っている人がいて、かつその再現性が高い場合でもない限り、絶対得とは言うにはまだ早い。
「今年も10万円節税出来た!」と喜んでいたら「え!受け取り時に○○○万円も払わないとダメなの?」とならないように、きちんと出口戦略まで考えて「全体で見ても○○○万円得!」と判断した上で利用したいところです。