某日・土曜日。高須賀は酷く疲れていた。それなのに空は酷くいい天気だ。
「せっかくいい天気だから外にでも出かけるか」
久し振りに高校生の時によく聞いたミスチルをiPhoneから再生し、柄にもなくノスタルジックな気分に浸っていると、急にあの街に出かけたくなった。
そう、浪人時代をすごしたあの街だ。別名代々木駅ともいう。
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街は完全に変わり果てていた。10年前の僕が受験勉強に取り組んだこの街の風景は、当たり前だけど10年前のそれとは完璧に異なっていた。
この街には何もない。だから10年間、まったく寄り付きもしなかった。
なんとなく耳に残るミスチルの懐かしさが、目に映る風景すらノスタルジック一色にしたいという仄かな願望をあぶり出し、この街に僕を呼び寄せたのだけど、そこにあるのはただ懐かしさだけだった。
駅前の代々木ゼミナールはなくなり、銀行のATMに変わり果てていた。
ラーメンらすたは10年前から姿形は変わらずとも、味は10年前と完全に変わっていた。
代々木ゼミナールの自習室は消え失せて、よくわからない代々木ヴィレッジとかいう飲み屋街が出来上がっていた。
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そこには思い出そのままのものは何一つ残っていなかった。
だけど目の前の変わってしまった街が、10年前と比べてどう変わってしまったのかだけは克明によくわかった。
街は変わった。変わってしまった。昔、僕が愛した代々木の街はなくなってしまった。
だけどそこに思い出は残っていた。僕はそれを一つ残らず大切に回収し、この街を出た。
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あの頃からみっともなく10年も生きてしまった。あの頃大切だった価値観は、全て今ではどうでもいいものでしかなかった。
偏差値という当時の僕にとって絶大なものだったそれは、今の僕にとってはどうでもいいものでしかなくなっていた。
あんなに欲しくて欲しくてたまらなかったのに。それが無い事で身を痛みを感じていたのに。
街は変わる。僕も変わる。10年間、全く踏み入れなかったからこそ、そのことが鮮明に理解できた。
あなたにも大切な時を過ごして、何年も立ち寄っていない場所があるだろうか?
もしあるのなら、疲れた時に立ち寄ってみるといいかもしれない。そこには、あなただけの素敵なタイムカプセルが埋まっているかもしれないから。