佐々淳行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/11/04 14:34 UTC 版)
系譜
戦国時代の武将・佐々成政[5]。それより下って時代劇『水戸黄門』で知られる助さんのモデルとなった佐々宗淳の兄・佐々勝朗を祖先に持つ。祖父は西南戦争で西郷軍に与し、後に済々黌の創立や衆議院議員を務めた佐々友房。
父は政治学者で参議院議員の佐々弘雄。兄に朝日新聞記者で作家の佐々克明、姉に日本婦人有権者同盟代表で参議院議員の紀平悌子がいる。三男は寝具メーカー西川産業の代表取締役を務める西川康行。
エピソード
あさま山荘事件の際、犯人達による銃撃で、次々と最前線の警察官を死傷させてしまうという耐えがたい悲劇に見舞われてしまう。この事に対して、内心犯人全員を銃殺したいほどの怒りがあったものの、上司であった後藤田正晴からの「犯人は、必ず生け捕りにしろ」との厳命を守り、犯人逮捕と人質救出を果たす。そして、後にこの事がきっかけで、連合赤軍リンチ事件が明るみになった。
官吏としては曲折の多い人生で、異例の昇進をしたかと思えば左遷されるといった経験を繰り返している。しかし、後藤田正晴たっての指名で初代内閣安全保障室長に任命されるなど、その辣腕ぶりを知る者からは、重用される機会に恵まれた。
栄典・受賞歴
- 1975年(昭和50年)5月:イギリスCBE勲章(大英勲章=コマンダー・オブ・ブリティッシュ・エンパイア)を受章。
- 1986年(昭和61年)6月:アメリカ陸軍民間人功労章(U・S・ミリタリー・アウトスタンディング・シビリアン・サービス・メダル)を受章。
- 1990年(平成2年)5月:ドイツ連邦共和国功労勲章十字章(ダス・グローセ・フェアディーンスト・クロイツ)を受章。
- 1993年(平成5年):第54回文藝春秋読者賞を受賞。
- 2000年(平成12年)12月:第48回菊池寛賞を受賞。
- 2001年(平成13年)11月:勲二等旭日重光章を受章。
- 2007年(平成19年)2月:第22回正論大賞を受賞。
著書
- 『新しい監督者論』立花書房 1957
- 『危機管理のノウハウ I~III』 PHP研究所、1979-81 、のちPHP文庫、合本で文藝春秋
- 『目黒警察署物語―佐々警部補パトロール日記』 文藝春秋、1989 のち文庫。挿絵は自らの手による。
- 『目黒署10人の刑事 佐々警部補シリーズ』 文藝春秋 1990.4、改題「美人女優と前科七犯」文庫
- 『目黒署アベック殺人事件 佐々警部補シリーズ完結篇』 文藝春秋 1990.11
- 『新・危機管理のノウハウ 平和ボケに挑むリーダーの条件』 文藝春秋 1991.8
- 『金日成閣下の無線機』 読売新聞社 1992.4 、改題「謎の独裁者・金正日」文春文庫
- 『危機の政治学 ハンガリー事件から、湾岸戦争、ソ連邦崩壊まで』 新潮社 1992.9、 のち文春文庫
- 『東大落城 安田講堂攻防七十二時間』 文藝春秋、1993、のち文庫
- 『グローバル経営時代の企業の危機管理』 ブライアン・M.ジェンキンズ共著 日本経済新聞社 1994.6
- 『新・新・危機管理のノウハウ 世紀末の指導原理』 文藝春秋 1994.4
- 『ポリティコ・ミリタリーのすすめ 日本の安全保障行政の現場から』 慶応義塾大学講義録 都市出版 1994.11
- 『平時の指揮官 有事の指揮官 人を動かすには、何が必要か』 クレスト社 1995.4 のち文春文庫
- 『危機管理宰相論』 文藝春秋 1995.12
- 『日本の危機管理はこれでいいのか 阪神大震災、地下鉄サリン事件の教訓をどう生かすか』 竹村健一と共著 致知出版社 1995.6
- 『六男二組の約束 戦争と先生と59人の子供たち』 TBSブリタニカ 1995.12
- 改題「「六男二組」の太平洋戦争」小学館文庫 / 「戦時少年佐々淳行―父と母と伊藤先生」 文春文庫
- 『連合赤軍「あさま山荘」事件』文藝春秋、1996 のち文庫、※映画『突入せよ! あさま山荘事件』原作
- 『香港領事動乱日誌 危機管理の原点』 文藝春秋 1997.6 、改題「香港領事佐々淳行 香港マカオ暴動、サイゴン・テト攻勢」文庫
- 『危機管理』 ぎょうせい 1997.9
- 『さらば臆病国家ニッポン 指導者よライオンになれ』 文藝春秋 1998.8
- 『日本の警察-「安全神話」は終わったか』 PHP新書 1999
- 『わが上司後藤田正晴 決断するペシミスト』 文藝春秋 2000、のち文庫
- 『自然災害の危機管理―明日の危機を減災(ミティゲート)せよ!』(編著:ぎょうせい、2001)
- 『仕事の<実例>「危機管理」術』 三笠書房 2001.8、 改題「重大事件に学ぶ「危機管理」」文春文庫
- 『焼け跡の青春・佐々淳行 ぼくの昭和20年代史』 文藝春秋 2003、のち文庫
- 『インテリジェンス・アイ―危機管理最前線』 文藝春秋 2005、改題「危機管理最前線」文庫
- 『後藤田正晴と12人の総理たち―もう鳴らない“ゴット・フォン”』 文藝春秋 2006、のち文庫
- 『軍師・佐々淳行 反省しろよ慎太郎だけどやっぱり慎太郎 危機管理最前線 2』 文藝春秋 2007、改題「わが「軍師」論」文庫
- 『一隅を照らす行灯たちの物語 実践的青少年教育のノウハウ』 冨山房インターナショナル、2009
- 『菊の御紋章と火炎ビン―「ひめゆりの塔」と「伊勢神宮」が燃えた「昭和50年」』 文藝春秋 2009、のち文庫-激動の1975年を回想記
- 『わが記者会見のノウハウ-スキャンダル克服の秘訣』(文藝春秋、2010.2)、改題「「危機管理・記者会見」のノウハウ」文庫
- 『ザ・ハイジャック-日本赤軍とのわが「七年戦争」』 (文藝春秋、2010.11)、のち文庫-「よど号事件」ほか
- 『彼らが日本を滅ぼす』(幻冬舎、2011.2)
- 『国家の実力 危機管理能力のない国は滅びる』(致知出版社、2011.6)、渡部昇一との共著
- 『ほんとに彼らが日本を滅ぼす』(幻冬舎、2011.7)
- 『救国の八策』(幻冬舎、2012.7)
- 『佐々淳行の危機の心得 名もなき英雄たちの実話物語』(青萠堂、2012.9)
- 『「国土」喪失。なぜ日本は領土を守れないのか』(PHP研究所、2012.12)
- 『インテリジェンスのない国家は亡びる 内閣中央情報局を設置せよ!』(海竜社、2013.8)
- 『私を通りすぎた政治家たち』(文藝春秋、2014.9)。本人曰く『最後の著書』と銘打って刊行した
- 『定本 危機管理 我が経験とノウハウ』(ぎょうせい、2014.9)
- 『私を通りすぎたマドンナたち』(文藝春秋、2015.7)
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注釈
- ^ 佐々はフレデリック・フォーサイスの小説『第四の核』に「日本のスパイキャッチャー」として実名で登場している。
- ^ 参議院議員・紀平悌子は姉。他に尚子という妹がいたが、1942年(昭和17年)2月に3歳で病死している[3]。
- ^ 警察三級試験に次席で合格。
- ^ 警ら係長、捜査係長など歴任。この頃の勤務における体験は、小説『佐々警部補パトロール日記』シリーズにまとめられている。
- ^ 風紀係長として風俗事件の捜査指揮をとる。
- ^ 課長代理としてソ連など欧米スパイ事件の捜査指揮をとる。その間、第一次安保闘争末期の警備実施、アナスタス・ミコヤンソ連第一副首相来日の警護なども経験する。
- ^ ケネディ大統領暗殺事件調査のため渡米。帰国後は東京オリンピックの際の警備や亡命者の処遇を担当した。
- ^ 1967年(昭和42年)5月、香港暴動の発生に際して、領事として在留邦人保護を担当。1968年(昭和43年)1月、ベトナム出張でサイゴン滞在中、テト攻勢に遭遇し、青木大使のもとで在留邦人保護にあたる。
- ^ 1968年(昭和43年)6月29日に帰国。
- ^ 当時、全学共闘会議などによる騒乱が続く中、第二次反安保闘争の吹き荒れる「警察戦国時代」であった。これに対処するため、佐々の実質仲人である秦野章警視総監が中心となって、警備実施の指揮ができる警察官僚を集め組織強化を行っていたことから、半ば強引な人事となったと、佐々は著作で述べている。警備第1課長としては、戦術的後退や挟撃作戦などの発案、隊員の受傷防止のための個人防御装備の開発、警備車両の充実化など、後の機動隊の基礎を固め、また、連合赤軍あさま山荘事件で有名になった特型警備車「防弾装甲放水車」の配備を断行したと著書に記している。
- ^ 在任中、金大中事件、シンガポール事件、文世光事件に対応した。
- ^ 在任中、三菱重工爆破事件、ジェラルド・フォードアメリカ大統領来日警備、エリザベス女王来日警備、ひめゆりの塔事件、クアラルンプール事件など日本赤軍によって起こされた一連の日本航空ハイジャック事件などに対応した。
- ^ 防衛白書担当。
- ^ 後の人事教育局長に相当。以後、政府委員として、退官時まで国会の各委員会で答弁。
- ^ 在任中、ブルーインパルス機墜落事件、大韓航空機撃墜事件などに対応。
- ^ 在任中、厚木基地NLP問題、池子住宅地区への住宅建設問題、三宅島新空港建設問題などに対応。
- ^ 在任中、警察時代の上司でもある後藤田正晴内閣官房長官の下で、三原山噴火やなだしお事件、東芝機械ココム違反事件、昭和天皇大喪の礼、防衛費1%枠撤廃閣議決定などに対応した。
- ^ 日本国際救援行動委員会(JIRAC)の理事長として、クルド難民救援活動、カンボジア帰還民救援活動、カンボジア地雷撤去活動、カンボジアにおける学校建設などの救援活動、ロシア極東地区における福祉施設などに対する救援活動、阪神・淡路大震災での救援活動などに従事した。
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