2015年11月10日

サイコロゲームでは擬似乱数がよく使われるが、ある種のゲームは数学的に精度の高い擬似乱数(たとえばMT)を用いているにも関わらず、コンピュータが有利になるように乱数を操作していると批判に晒されている。

実際、数学的に正しい乱数と、プレイヤーが自然と感じる乱数には、ある種の差が存在する。北陸科学技術大学院大学の池田研究室では、プレイヤーに自然に感じる乱数の生成に関する研究を行っている。

プレイヤーが不自然に感じる理由


数学的に正しい乱数に対してプレイヤーが不自然に感じる理由としては認知バイアスが考えられる。特に本事象に関連する認知バイアスとして、次が挙げられている[1]。
  • 確証バイアス: 人は自分のもつ仮説に一致する情報を求め、反証となる証拠を避ける傾向がある。ひとたび、サイコロが操作されていると感じると、それ以降、その仮説に都合の良い部分ばかりに目が行き、確信を深めてしまう。
  • バンドワゴン効果: 周囲と同じ趣向にあることに安心感を得る「同調」がゲームのレビューにおいても生じている可能性がある。他人がサイコロが操作されていると主張していると、やはりそうかと思うのである。
  • 小数の法則: 母集団からのランダムに抽出した極めて小数のサンプルでも、母集団の性質を表しているはずだと思い込むことを指す。実際には小数のサンプルにはある程度の偏りが含まれる。その時たまたま運の悪い目が続いただけなのに、操作されたと思い込むのである。
  • ギャンブラーの誤謬: たとえばコインを投げて4回続けて表が出ると、次は裏が出るだろうと思ってしまう。実際には何回続けて表が出ようとも次に表の出る確率は1/2で変わらない。表が続くときに次に表が出る確率を過小評価することをギャンブラーの誤謬と呼ぶ。
  • クラスターの錯覚: ランダムに起こるある出来事がたまたま続けて起こった時に、それがランダムではないと錯覚することをクラスターの錯覚と呼ぶ。4回続けて表が出ればランダムでないという感覚があるが、20回コイントスをすれば50%の確率で4回続けて表が出る状況が発生する。
  • 制御幻想: 実際には制御不能なものを自分で制御できると思い込んでしまい、成功確率を高く錯覚してしまうことを制御幻想と呼ぶ。念じてサイコロを振れば(ボタンを押せば)、求める目が出ると信じたくなるのは誰にでもあるだろう。
  • ランダム系列の誤認知: 人が考えるランダムさは理論的なランダムさよりも入れ替わりが激しくなる傾向がある。被験者にランダムな配列を考えてもらうと、交代が頻繁過ぎる配列を作る傾向があることが実験からわかっている。
  • 効用・プロスペクト理論: 人の行動のモデル化に際し、将来の利得量に対して非線形な効用関数で表わす期待効用仮説に対して、さらに人が確率に対しても非線形な偏りを持った認知を行うプロスペクト理論がある。行動経済学における代表的な成果である。

上記に上げたような認知バイアスにより、たとえコンピュータが数学的に正しい擬似乱数を使っていたとしても、「サイコロの目がユーザに不利なように操作されている」といった批判が出現する。これは製作者にとっては理不尽としか思えない批判なのだが、実際そうしたレビューは多い。たとえば、製作者がサイコロの目の操作を否定しているカルドセプトのレビューでは1/3のレビュアーがサイコロの目が操作されていることを確信し批判している(カルドセプトサーガでは擬似乱数の実装に失敗する致命的バグを出しているがそれは別の話)。

人に自然に見える(偏った)乱数の生成


そこで本研究[1]では、複数人の被験者に手動で乱数を記述してもらい、バラツキや同じ数字が連続やカタマリで出現する確率からなる特徴量を測定した。次が計測した特徴量と長さ100の場合のおよその理論値である。

  • F1: 全体で出た目の回数のχ2値(5.0)
  • F2~F5: 系列の約4分の1(長さ100の場合には1-30番目、24-53番目、48-77番目、70-99番目)のそれぞれにおける出た目の回数のχ2値(5.0)
  • F6: 偶数と奇数が並ぶ部分の数(49.5)
  • F7: 同じ目が2連続する部分の数(16.5)
  • F8: 同じ目が3連続する部分の数(2.7)
  • F9: 同じ目が4連続する部分の数(0.45)
  • F10: XXYY, XYXY, XYYX など、2つの目が2つずつ登場する部分の数。ツーペア(6.7)
  • F11: XXYYYなど、2つの目が2つと3つ登場する部分の数。フルハウス(1.5)
  • F12: XYXXなど、両端を含め4つ中3つが同じ目である部分の数(4.5)
  • F13: XYXZXなど、5つ中3つの場合(5.6)
  • F14: XYXZXXなど、6つ中4つの場合(1.8)
  • F15: XXYXZWXなど、7つ中4つの場合(2.5)

そして16人の被験者の生成した乱数の特徴量と理論値に対する割合を見ると次のようになる。薄い青で示した部分が上位平均と下位平均の間の部分だ。



理論値を超えるのはF6のみであり、これは奇数と偶数の変更が理論値よりも多めに含むことを示している。一方、バラツキを表わすF1、F2は理論値の半分程度であり、被験者は比較的均等な数列を作っていることが分かる。F7からF15は数字が連続あるいはカタマリで出現する確率を表しているが、どれも理論値よりも著しく低い。

つまり、人が思い描く(自然と思う)乱数は、小数のサンプルにおいても各数字が均等に出現する傾向がある。また、同じ数字の連続や、ある部分に同じ数字が多数固まって出現するような事が、理論値に比べて極めて低い傾向がある。人が考える乱数は実際のそれよりもずっと均等で数字の入れ替わりが激しいモノなのである

ここで、本研究では上記の特徴量が人のものと類似するように制御した擬似乱数系列を生成するアルゴリズムを考案し、実際に簡単なゲームに利用することで、プレイヤーが乱数が操作されていると感じる傾向に変化があるか評価している。

その結果、乱数そのものを見せた場合の自然さ、あるいはすごろくで使った場合の自然さともに、大きく改善することが分かった。ただし、止まりたくないマスがあるようなすごろくでは、そのマスに実際に止まったかどうかが「プログラムに目を操作された」という不信感に強く繋がることが判明しており、提案手法だけでは不十分であることが確認されている。

実際のゲームにおける乱数の調整


実際、ゲーム作成者の中では、数学的に正しい乱数を用いると、プレイヤーに不正に操作されていると誤解されて批判されることが経験的に知られており、その対策として若干ユーザに有利な目が出るように調整することがある。

たとえば、ファイアーエンブレムシリーズの封印の剣、蒼炎の軌跡、新・暗黒竜と光の剣では、攻撃命中率が表示されるにも関わらず実際の命中確率は、表示が50%以上の時には表示よりも高く、表示が50%以下の時には表示よりも低くなるように調整されている。これにより、90%なのにやたら攻撃が外れるとかいうプレイヤーの不満を減じることができる。

一方で最近の課金ゲーにおいては、確率が課金の有無等によって動的に調整されているケースが(少なくとも過去には)あった。たとえば、課金ガチャにおける課金額が一定の閾値を超えるまでは排出率が0%ないし著しく低く調整され、さらなる課金を促すことがあるという。

韓国の事例ではあるが、開発者のインタビューにおいては、定のアイテムの出現確率を0%に制限したり、最大当選数を制限したり、価値が低いアイテム/カードが出てくる確率を大幅に高めるといった確率操作が行われている内情が暴露されている。

日本においても数年前まではタレコミにあるように露骨な確率操作が横行していたが、日本オンラインゲーム協会(JOGA)がガチャに関するガイドラインを発行し、確率の明示が求められるようになったため、以前ほど無分別な有料ガチャの仕組みは少なくなってきているようだ。ただし、これはあくまでガイドラインに過ぎず、昨年返金騒ぎに発展したドラゴンクエストモンスターズのスクウェア・エニックスはそもそもJOGAに加盟していない。

ゲームにおいて、以前はプレイヤーの不満を緩和するためにあえてプレイヤー有利に確率操作するということがあったのに、今ではプレイヤーの課金を促進するためにあえてプレイヤー不利に確率操作するということがある。ゲーム製作における優先度が、プレイヤーの満足感ではなく、課金額に変わった事を示していると言えるだろう。

課金ゲームにおいても、プレイヤーの離反率を下げるために、ハズレが閾値以上続くと確実に当たりが出るというような救済を目的とした確率調整が行われることもあるようで、時代が変わっても、乱数はゲームプレイヤーとゲーム(そしてその先のゲームメーカー)の間の関係性を形成する上で、重要な役割を担っていくことだろう。

参考文献




lunarmodule7 at 10:00│Comments(0)TrackBack(0)

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