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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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知らない空

 サリは星を見ていた。
 思考が入り混じって考えがまとまらない不快な感覚を抱えながら。
 どこか遠い目で。
 彼女は星を見ていた。

「スケールが、一つか二つか三つか四つ……違った」

 ぼそりと呟く。
 誰にも聞かれる事なく、言葉は掠れて消えた。

「やるべきことは変わっていないというのに、動けない」

 これは彼女には珍しい事だった。
 考え行動する。
 この流れで、動き出すのに躊躇った事など彼女には一度も無かったから。
 自分のこれまでの立場を捨てて、一人隷属の身となる決意も続く行動もサリはあっさりとやってのけていた。
 その結果が今だ。
 次の一手として、サリはライドウの懐により深く入り込む様に動かなくてはいけない。
 なのに彼の手によっていざなわれたこの場所、亜空においてサリはライドウとまともに接触さえ出来ていない。
 星空を眺める時間が何よりも長くなっているのが実情だった。

「まさか、ライドウが異界の王だなんて」

 サリは、星空を見てそう思っていた。
 ライドウ本人の認識とは大きく違っているけれど、サリの認識は実際のところ大きくは違っていない。
 彼は亜空と呼ばれる空間を所有している。
 そこは拡大を続け、今や広大な大地と空と海が存在する一つの『世界』と呼んでいい状態になっている。
 そして亜空は彼らを介してしか入ることは出来ず、彼らなら自在に行き来できる。
 事情を詳しく知るはずもないサリから見れば、ライドウは異世界の王でありこの世界への客人、言葉を選ばずに彼女の心情に沿うなら『侵略者』かもしれない存在だ。
 女神と対立している様子なのも、それなら十分に納得できた。
 だがそうなると、ライドウがヒューマンである、という事実が矛盾するようにもサリには思えた。
 それとも異世界にもヒューマンは存在し、この世界と同様に女神のような存在に庇護されているのだろうか。
 だとするなら亜空というこの世界には何故ライドウ以外のヒューマンがいないのか?
 女神に代わる存在は?
 ここしばらく、サリはこんな結論の出ない思考に満たされてまともに行動できずにいた。

「とにかくライドウの身内になるのが先決。私が彼にとって親しい存在になれば……ライドウなら“そんな程度のこと”が魔族に刃を向けない理由になる筈……」

 ライドウは『どこまでも』情で動く。
 それがサリの見込みだった。
 だから彼の傍にいて情を移させることが出来れば一気に安全を得る事ができる。
 外部から、それもライドウを冷静に見た彼女だからこその結論であり、彼を良く把握していると言えた。
 ……完全な分析とまでは言えないが。
 サリから見れば恐ろしい結果だった。
 ライドウは、下手をすれば大局などまるで見ずに、親しい誰かに頼まれたというだけの理由で国や種族を滅ぼしかねない。
 もしも魔族に深い憎悪を抱く誰かが彼と親友、恋人などになれば。
 たったそれだけの理由でライドウは魔族を敵とする可能性もある。
 外交的にとか、時期的にとか、経済的にとか。
 そんな事は全く関係なくだ。
 勇者と女神に加えてライドウまで敵にすれば、魔族は絶滅する。
 サリはそう確信する。
 亜空を見て、彼女は正にそう思えていた。

「完全な自給自足。強大な種族が混成しているのに見事に機能している軍。私達よりも明らかに何段か上の技術。行軍の必要なくいつでも、どこへでも戦闘を仕掛けられる上に撤退も自在な転移能力。それにライドウと側近の異様な個体戦闘能力……」

 あえて弱点があるとするならば数だろう。
 亜空にはそれほどの人口がない。
 肥沃な土地には不自然な程に住人が少なかった。
 その理由はサリにはまだわからなかった。
 だが例えこの世界で最大の勢力であるヒューマンだとしても、数で勝っているからとこれだけ悪い条件が揃った相手と戦うだろうか?
 もしもサリの父である現魔王がライドウと亜空の情報を正確に知っていたならどうしただろうか、と彼女は想像してみる。

「多少不利な条件でも同盟を築く、かな。ふふふ、商会相手じゃなくて国同士みたいな内容になりそう」

 ちなみにサリが指導者ならこの亜空への移住を願い出るだろう。
 それは彼女が未だ種族に対し何の責任もない立場にあり、また魔族には珍しくヒューマンにそこまでの憎悪を抱かないタイプだったからだ。
 ライドウが了承さえすれば最も犠牲が少なく、平和な未来が望める優れた提案でもある。
 ある意味では、種族の行く末を最も考えた提案とも言える。
 だが。

「間違いなく多数の反対、それに私自身暗殺の危険も出てくる。ヒューマンへの憎悪は……魔族の意思。魔王であればそれに背を向ける決断は有り得ない。少なくとも陛下は、それが魔族の意思だというなら滅びの道だろうと徹底抗戦をとる……」

 サリは悲しげな表情を浮かべる。
 父の事を考えると、時折頭に浮かぶ事。
 優れた王とはどんな存在なのか、という事だった。
 幾つかのタイプはあるだろうが、魔王ゼフは民の意思を反映し実現するタイプの王だ。 
 その為なら自分個人の意思などは容易く黙殺する。
 ゼフの行動はその点では限りなくシンプルだった。
 ヒューマンを下し、魔族に繁栄を。
 それだけだ。
 そしてその二つはセットだ。
 覆る事がない。
 魔族が繁栄する事でヒューマンを見返すというのも一つの報復だとサリは思うが、多くの魔族はそうは思わない。
 彼らはヒューマンの血を望んでいる。

「あるいはライドウがヒューマンを下す魔族の方針に賛同してくれるなら別の道もある。ただ可能性があまりにも低いけど」

 結局、何もまとまらない。
 そんな時だった。

「サリ、今いい?」

「っ!! はい、どうぞ若様」

 サリが聞き違えてはいけない声がした。
 次いで部屋の扉を開けたのは声の主。
 彼がサリの終生の主。
 彼女自身の契約でそうなった相手。
 誰も供をつけていない。
 彼女の悩みなどまったく知らぬ、自然体のままのライドウが部屋に入ってきた。

「調子が悪いみたいだけど、大丈夫?」

「大丈夫です。慣れない環境で少し混乱しているだけですから。ご心配をおかけして申し訳ありません。何か、御用でしょうか?」

「サリに少し働いて欲しくてね」

「なんなりと。奴隷の身である私にここまでの待遇を下さっているのですから、遠慮などなさらないで下さい」

 これはサリの本意だった。
 奴隷の立場として、彼女自身が覚悟していた待遇よりもかなり良い条件でサリはここにいる。
 強要される仕事はないし今のところは客人といってよいような扱いを受けているのだ。
 一時的なものだが、それでもサリには信じがたい状況だった。

「そう。じゃあ明日の朝、会って欲しい種族がいる。彼らに会って、まあ色々要望や話を聞いて欲しい」

「? 構いませんが、それは私がしてよい仕事なんでしょうか?」

 軽く聞いただけでも雑用のような仕事とは明らかに違う気配がした。
 サリはそれゆえに確認する。

「うん。人手も足りないし、それにサリにはある程度前知識もありそうだって識が言うから」

「……使える、という訳ですね。わかりました。仕事を頂けるほどに信用してもらえて嬉しいです」

「だって、裏切らないんでしょ? 契約なんかもあって」

「はい。裏切る気もありませんし、裏切る事も出来ません。ですが……それでも何か抜け道はないかとお疑いにならないのですね。主と定めた人が器の大きな方で私は幸運です」

「……抜け道かあ。考えもしなかったよ。だって考えるまでもないじゃない」

「そう、でしょうか」

「そうだよ。だって、そんな事をしたらサリは僕の敵でしょ? 死も覚悟して僕に仕えようとしたのには理由があるんだろうから、そんな短絡的な事は頭の良いサリはしないよ」

「……」

「僕はそんなに考えるのが得意じゃないからさ。裏切りは敵、貢献は味方。そう考えるよ。ただそれだけ。そこはシンプルにいきたいんだよね」

 恐ろしい事を言う、とサリは思う。

「例えば、若様の為に一見裏切りに見える貢献をした場合は?」

「僕が貢献だと気づけば味方、気づかなければ敵。ね、簡単だ」

「……」

 あっさりと言い放つライドウ。
 対して絶句するサリ。
 思った以上に彼は、怖い考え方をする人物のようだと情報を追加する。

「ん、どうしたの?」

「いえ。お言葉、肝に銘じます」

「? そう。で、会ってもらう種族なんだけどね」

「はい」

「ここに移住したいって種族で、ローレライっていう人たち。元は魔族だったけど、海で生活する内に別種族並みに色々変わったらしいんだ。聞いたことある?」

「……ローレライ!?」

「良かった。知ってるみたいだね」

「遥か昔に、海に活路を見出して姿を消した魔族の一派がローレライという一族を核にしていたと聞いた事はあります」

「じゃあそれじゃないかな、外見も魔族に近いし。結構寒い海にいたみたいだけど、ちょっと縁があってこっちに移住したいって話になっててね」 

「移住!?」

「で面談するんだけど、種族情報の取りまとめとか向こうからの要望とか事前に調査しておく必要があるじゃない? それを頼むよ」

「……ここは異種族の移住も受け入れているのですか?」

「ん、まあ状況によりだけどね。今回は海に住まう人で希望を募ったようだよ?」

「ようだよ、って……。若様が命じたのでは?」

「ああ、そういうことになるのかな? 亜空って広いから、全部僕のだって言われてもどうも実感がなくてね。住みたい人がいるなら面談してどうぞ、ってのが僕の本音なんだけど。実際には色々あってそうもいかないんだよねえ」

「……そう、ですか」

「サリもそのうちどっかに家でも造ってもらうといいよ。なんならローレライの移住が決まったら彼らと過ごすのもいいんじゃない? 元は同じ種族らしいし」

 どこまでもお気楽な発言をするライドウ。
 だが、彼がこの亜空の王だ。

「は、はあ……。あの! 調査の件、しっかりとやらせていただきます。明日からでいいのでしょうか」

「うん、よろしくね。ゴルゴンとオークを補佐につけるから気楽にね」

(……監視? それとも本当に善意? この方針がライドウ以外から出ている可能性もあるからわかりにくい)

「サリ?」

「あ、すみません! お心遣いありがとうございます若様」

「じゃあお休み」

「お休みなさいませ」

 サリはまだライドウの本名を知らない。
 教えられていない。
 ライドウ本人はともかく、周囲からは信用されていない状況だ。
 彼女はその事実を知らないが、試されるであろうという予感はある。
 準備できていようといまいと、これからが自分にとっての正念場だと思うサリだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「あ、識。ローレライの事前調査だけど言われたようにサリに頼んでおいたから」

「ありがとうございます、若様。あの者にも少しずつ働いてもらいませんと他の者に示しもつきませんから。助かりました」

「女の子だから、って僕も遠慮はしてたからね。言ってくれて切っ掛けに出来た。お礼をいうのは僕の方だよ」

「そう言って頂けると」

「ところで、あれは何?」

 サリにローレライの調査をお願いした帰り。
 識に会って、ふと彼の視線を追うとそこにはエマとアルエレメラ。
 ただ、いつもふわふわ飛んでいるアルエレメラが地面にいる。
 珍しい。
 思わず、見ていた識に状況を確認する。

「ああ、ご覧の通りです。アルエレメラは、何といいましょうか、ごく一部若様に似ておりますね」

「ええっと?」

 識の言葉の真意がわからず聞き返す。

「住みかを探して森を散策した折、初日で狼の住まう森に突入したようで」

「……うわあ」

 いきなりあそこにいったのか。
 何て不運な奴らだ……。
 あ、似てるってそういう……。

「見事に蹴散らされ、あの様です。誰もが若様のように切り抜けるとは限りませんから……まあ彼らは常識的と言えます」

「よく見ると土下座してるね。ああ、エマも確かそんな事を言ってた。なるほど……王様をはじめとして偉い人が土下座してるんだ」

「いえ種族全員で、です」

「……だいぶ、狼にやられたんだね」

 この前見た時よりも更に数が少ない。
 狼と彼らじゃあ、うん、勝負にならないだろうな。

「完全に怯えきって逃げ戻ってきました」

 亜空の狼は出鱈目に強い。
 いや、亜空の生物自体どれもかなり強いようだけど、肉食の獣はその中でも輪をかけて強い。
 狼などは今のところ最強クラスだ。
 本格的に戦ったらオークやリザードマンだって危険かもしれない。
 森と集団戦闘のエキスパートって感じ。
 ……自分が硬くて良かったと心底思えたな、彼らとの初遭遇時は。
 あと、狼と話せたのは感動的だった。
 例によって僕だけだったけど。
 まあ、狼は賢いから言葉は話せなくても振る舞いで言わんとしていることは十分伝わってくる。
 忠告や警告はちゃんとしてくれるんだ。
 問題は受け取る側がそれを察せるかどうか。
 アルエレメラにはそれが出来なかったみたいだな。

「……エマ、許すのかな」

「許すとしても、アルエレメラの連中はもうエマに頭が上がらぬでしょうなあ」

「……そういえば識、アルエフェメラじゃなかったんだけど」

「申し訳ありません。羽虫の名前など、覚えておくのは難しいものですね」

 サラッと認められてしまった。
 取り繕うような事でもない、と。

「賑やかなのに印象が薄いんだよね、彼ら」

「まったくです」

「あ、ところでさ。彼らの森の話、聞いた?」

「確か紫の雲にやられたそうで」

「詳しく知ってる?」

「はい。大きな災害ではありますが、荒野ではそれなりにある現象です。厚く積み重なった濃紫の雲が強い雨を伴ってその土地を毒で満たすというものです」

 毒の雨を降らす雲か。
 物騒だな。
 良かった、荒野にいた時に遭遇しなくて。
 厚く積み重なったというと、積乱雲みたいな形状だろうか。
 あれが紫……結構迫力ありそうだ。

「厄介だね」

「避難しか出来ないのでベースなどが進行ルート上にあると完全に壊滅しますね。ただ……」

 解説をしてくれる識が少し言い淀む。

「ただ?」

 続きを促す。

「巴殿から聞いたのですが、あの紫の雲は天候ではなく実は生物なのだそうで」

「生物? 雲が?」

 にわかには信じられない。
 雲って生き物じゃないし。

「小さなガス状の生物の群体だとか。普段はそこまでの脅威ではないが一定以上に集まると一気に拡大して災害になると仰っていました。流石に長い時を生きておられるだけあって博識ですね、あの方は」

「ガス生物……。やっぱりピンとこないな」

「ですが生き物であるという事は生命がある訳で。つまり、殺す事で散らす事が出来る可能性もあるのではと、少し考えてしまいました」

「なるほどね。確かに生き物なら殺せば止まるもんね」

「もっとも、群体という特殊な存在の仕方で、一つ一つは細かな粒や見えない程のガスだとすれば殺すというのも現実的でもありません。それに亜空にはあまり関係のない話ですので研究するほどではないかと」

「一回見てみたいな。識は?」

「実は……私も興味はございます。仕事が山積みですので今は動けませんが」

「んー、なら巴か澪に頼んでみようかな。サンプルとして持って来れないか」

「お二人も忙しいようですから……翼人にでも頼んでみてはどうでしょう? 彼らには聞いた事がありませんでしたが、もしかしたら更なる情報も持っているかもしれません」

「……流石、識。うん、そうしてみる!」

 もし面白い特性とかあったら学園の講義でも使えないかな。
 取り扱いが難しいようならバイオハザードになりそうだからやめとくけど。
 リミアに行くまでの束の間とは言え、亜空やら学園やらでやれることはやっとかないとな。

「しかしアレを学生の講義に活用するというのは流石に無理かと思いますが……」

「……流石、識。って、いつの間に読心術なんて身に付けた!?」

「主の気持ちを察するのは執事の基礎スキルだとモリス殿が言うので習得してみました」

 習得してみました、じゃないよ。
 できないよ普通は。

「努力家だね、識」

「恐れ入ります」

 もう学園の講義の方針も識にぶん投げようか、とか少し思った。

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