(花火の音)プロ野球の頂点を決める日本シリーズ。
今年はソフトバンクとヤクルトの対戦となりました。
その裏で各チームは来シーズンに向けて動き始めています。
リーグ制覇を再び目指す巨人。
鈴木尚広選手37歳です。
誰よりも準備に時間をかけ練習に臨みます。
地道な作業になってきますけどそれをしないと先へ進めない。
その仕事は代走。
登場するだけで球場の雰囲気を一変させます。
(場内アナウンス)「ファーストランナー鈴木。
背番号12」。
盗塁の成功率は8割を超えます。
走塁のプロならではの技術の数々。
キャッチャーのブロックをかいくぐり左手一本での絶妙なベースタッチ。
更にベース手前からの…最短の時間で二塁へ到達するための独自の技です。
もう嫌なんですよ。
終盤で僕鈴木さん代走出てきたら結構嫌なんですけど。
今回私たちは鈴木選手のトレーニングの舞台裏に密着。
高い技術を支える独自の工夫と一瞬の勝負に全てを懸ける姿がありました。
チームの勝利のために走り続ける。
鈴木選手の3か月の闘いを追いました。
取材を始めたのは8月。
まずは鈴木選手の一日に密着しました。
(取材者)おはようございます。
おはようございます。
(取材者)朝早いですね。
そうですね。
でもまあデーゲームは大体こんな感じですね。
(取材者)何時ぐらいに大体着かれてるんですか?今7時なんで大体7時ぐらいを目安に来ますね。
まあまだ皆さんが寝てる頃に僕が動き始めるという感じですかね。
午前8時。
照明もついていない薄暗いグラウンドで誰よりも早く準備を始めます。
フライング気味でしたね。
40分かけて入念に体をほぐします。
球団のトレーナーとその日の体の調子を隅々まで確認するためです。
足の指からこうやって揺さぶった時にどこら辺ぐらいまで体が揺れが伝わってるかっていうのを見てます。
リラックスしてないと振動がやっぱり届かないというのもあるんですよね。
そういうのも見てますね。
今日はいい日らしいっす。
(取材者)今日いい?今日いいと思いますよ。
そのあとベンチ裏で独自のトレーニングが始まります。
変なトレーニングなんで気にしないで下さい。
取り出したのは2本の棒。
クロスさせてその上に乗ります。
足元を不安定な状態にして行うのがスクワット。
鍛えるのは体幹です。
更にこちらのトレーニング。
体幹の強さとバランス感覚が必要です。
体のブレの少ない効率的な走りをするために20種類のメニューの中からその日の体調に合わせて選びます。
チーム練習が始まるまでの2時間に及ぶトレーニング。
鈴木選手の日課です。
その日の自分の体を知らなきゃいけないんでまず全体練習の前に自分のやるべき事をやらないとその日の自分がどうしたらいいのかっていうのがやっぱり分からないんでそういう確認も含めてやっぱり早くなってきちゃうんですよね。
試合中も準備は続きます。
8月22日の広島戦。
その舞台裏にカメラを入れる事ができました。
まずはピッチャーの癖。
更には配球の傾向をじっくり観察します。
一発勝負の中で結果を出し続けるっていう事はう〜ん…難しい事なんで。
もう最善の準備をすると。
自分で把握していくと。
見ていくと。
それに対して動いていくと。
この日の試合は4回まで両チーム無得点。
(歓声)すると鈴木選手が動き始めました。
やって来たのはベンチ裏の通路です。
軽く体をほぐしジョギングで体を少しずつ温めていきます。
試合中盤巨人の攻撃になるとベンチに戻り試合展開を読みながら出番に備えます。
試合後半になると一気に体を仕上げにかかります。
股関節を大きく回し筋肉に刺激を与えます。
最後にダッシュ。
出番に向け集中力を高めます。
そして9回。
出番がやって来ました。
準備を始めてから9時間が経過していました。
しかしこの日走る機会はありませんでした。
やっぱりそれなりの覚悟と準備と忍耐強さ我慢強さそういうものがなければ務まらないですよね。
でも自分しかできないとも思っていますしそれだけ魅力があるポジションだと僕は思います。
ほかから見れば多分やりたくないポジションだと思いますけど。
プロ19年目の鈴木選手。
その出場のほとんどが代走です。
そこで結果を出し続けてきました。
相手に警戒される中での盗塁。
積み上げてきた数は218。
成功率は8割を超えています。
鈴木選手見たさに球場に詰めかけるファンも少なくありません。
本当に期待しますね。
最後の1点を取ってくれるって。
大事なとこチャンスでランナー出たら代走で出てきてくれて足で見せてくれると思います。
今シーズン鈴木選手が最も手応えを感じた試合があります。
同点で迎えた延長11回。
ワンアウトで一塁に鈴木選手。
1球目に盗塁。
(歓声)2球目に三塁へ。
(歓声)そして3球目。
ホームに生還。
僅か3球ヒットが一本も出ない中で1点を足でもぎ取りました。
そこには高度な技が凝縮されていました。
一塁ランナーに出ると相手はキャッチャーを昨シーズンの盗塁阻止率ナンバーワン強肩の黒羽根選手に代えてきました。
鈴木選手に仕事をさせないと意気込んでいました。
足の速いランナーほど何て言うんですかね自分が刺す事によって自分の価値も高められるし投げる方にも自信あるんで。
一方鈴木選手はこの交代を見てあえて1球目から走る決断をしました。
1球目。
黒羽根選手は盗塁を刺そうと速球をアウトコースに外しました。
(歓声)鈴木選手の足が黒羽根選手にプレッシャーを与えていました。
盗塁を決めた鈴木選手。
すぐに次の塁を狙います。
相手の配球の傾向がこれまでの対戦から頭に入っていたのです。
2球目。
フォークボールがワンバウンド。
(歓声)それを見逃さず三塁へ進みます。
相手の内野は決勝点を与えられないと極端な前進守備をしてきました。
そして3球目。
ショートゴロ黒羽根選手のねらいどおりの展開になりました。
それでも鈴木選手はホームに帰ってきました。
当たった瞬間に走りだした鈴木選手の決断力が上回ったのです。
完膚なきにたたきのめされた感がすごかったですよね。
何か鈴木さん一人に…何ですかね…点取られた感じがあったんで。
自らの走塁でホームまで帰る。
それが自分の仕事だと言います。
盗塁が決めてうれしいとかほっとしたとか安ど感とか安心感っていうのは全くないですね。
ホームまで帰ってきてみんなとハイタッチして喜びを一緒に分かち合うみたいなのが僕の中ではありますよね。
チームに欠かせない鈴木選手の走塁。
そこには長年にわたって積み重ねた技術がありました。
それが顕著に表れているのが盗塁です。
まずはスタート。
腰の高さに注目します。
スタートの瞬間僅かに体を沈み込ませています。
スピードスケートの清水宏保さんなどからスタートの極意を学ぶ中で身につけました。
一見時間をロスしているように思えるこの沈み込みがスピードを出すには欠かせないといいます。
僕ちょっと押しますからね。
はい。
こうやって押すのと一瞬体を落として押すのとどっちが違います?2つ目落とした方がぐっと来ます。
落とした方が床に対して床反力というのが生まれるんですよ。
それに対して反発が生まれるんですよ。
だからすごいこうやって動けるんですよ。
1回落としてあげる。
落としてあげると見てもらったら分かりやすい。
加速感が違うじゃないですか。
スタートで一気にスピードに乗りそのあとは鍛えた体幹を生かしたブレの少ない走り。
そしてスライディング。
ここにも独自の技術がありました。
それが…盗塁王のタイトルを4回取ったチームメートの片岡選手と比較します。
片岡選手はベースのおよそ2メートル手前から滑り始めます。
一方鈴木選手はほぼ同じ位置からベースに向かってジャンプ。
地面との摩擦が少なくなるためスピードを落とす事なくベースに到達するのです。
一方で鈴木選手のスライディングは勢いよくベースにぶつかって足首や膝などにけがをする危険性があります。
そのリスクを膝の使い方で回避しているといいます。
一般の人はこういうふうに最初からこういうふうに膝が伸びた状態でスライディングするんでどうしてもこれだと硬い所にぶつかってしまった時はこれ逃がせられないです。
ここで吸収受けちゃうので。
で膝をけがしたりとかしやすいんですけど僕の場合はこう走りながら行って最終的にこういう形で行くんですよ。
こういう形で行くんで膝がそんな伸びてない状態なんで。
(取材者)曲がってるんですね。
こうやってぶつかってもしっかりと自分で吸収できる。
力を逃がしてあげれる。
スタートから二塁到達までおよそ3.4秒。
僅かな時間の走りに詰まった卓越した技術は飽くなき探究心と努力が生み出していました。
今も走塁を磨き続ける鈴木選手。
しかしここに至るまでには大きな葛藤があったといいます。
1996年俊足を認められドラフト4位で巨人に入団しました。
将来の1番あるいは2番候補という呼び声が非常に高いんですが。
もうそうなれるように自分自身で努力して絶対なるように頑張りたいです。
その後足を生かそうと左打ちにも挑戦。
スイッチヒッターとしてレギュラーを目指しました。
しかし入団してからの9年間はけがに泣かされレギュラーを奪えずにいました。
けがが多かったんでとにかくもうけがばっかりだったんでやっぱり周りからもそういうイメージがありましたしそういうふうに思われるのもやっぱこっちも嫌だしつらい訳じゃないですか。
そういうのがあったんでなんとか自分を変えたいと。
その後始めたのが今も行うトレーニング。
準備に時間をかけるようになりました。
それからけがもなくなり2008年には105試合に出場。
シーズン中盤からは先発を任されるようになりました。
しかし翌シーズンから強力なライバルたちが次々に現れ先発の機会が減っていきました。
プロの世界で長くやっていくためにはどうしたらいいのか。
鈴木選手は30歳を越えてから代走で生きていく事を決断しました。
まあ自分の本来目指してるところとはまた違うところだったんですけどまあやっぱり自分の魅力っていうものをこの巨人の中で僕は一番足という魅力を一番出せるという中でチームとして戦う上において必要とされる人間になろうと。
自分の立ち位置はどこかなと。
自分がそこで勝負できるところはどこかなって考えた時にたどりついたのが今のポジションというか。
そういう感じで美術館とか行ったりするので。
リーグ終盤の9月。
巨人は首位と1ゲーム差の3位。
なかなか混戦を抜け出せないでいました。
その大きな原因は得点力不足。
チーム打率はリーグ最低でした。
そうした中少ないチャンスを足で得点に結び付けられる鈴木選手の役割は更に重みを増していました。
9月9日。
2ゲーム差で追いかける首位阪神との直接対決です。
3対3と同点で迎えた9回。
勝ち越しのランナーとして鈴木選手は代走に送られました。
「なんとかホームに帰ってきたい」。
リードを大きくとり相手を揺さぶります。
そして…。
(歓声)悪送球を誘い一気に三塁へ。
大きなチャンスを作り出します。
「隙があればいつでもホームに突っ込む」。
しかし後が続かずホームに帰る事はできませんでした。
8月からの30試合でホームに帰ってこられたのは僅か2回。
自分の思うような仕事ができないでいました。
9月後半になると鈴木選手の出場を巡る状況は大きく変わりました。
試合を決める最後の切り札としてギリギリまで温存される事が多くなったのです。
9月22日。
阪神戦。
1点リードの7回。
ノーアウトからヒット。
鈴木選手はグラウンドに出ようとします。
しかし声がかかりません。
これまでなら代走も考えられるケースです。
更に8回。
フォアボールでランナーが出ます。
ここでも呼ばれません。
結局この日最後まで出番はありませんでした。
代走として9試合続けて出場機会がない事もありました。
混戦が続く中決して失敗できないというプレッシャーは増すばかり。
その一方で出番が減る事によって準備や調整の難しさも増していました。
特に僕なんて…だからそういうところをこう…鈴木選手は自分を保とうと努めていました。
代走として出場できない日々。
それでも一番早くグラウンドにやって来るのは鈴木選手でした。
「準備は自分を裏切らない」。
そう信じていました。
代走としての出場は2週間ぶりです。
盗塁を決めました。
どんな状況でも100%の力を発揮する。
それが鈴木選手のプロとしての誇りです。
レギュラーシーズンを2位で終えた巨人。
次は日本シリーズ進出を懸けた戦いに臨む事になりました。
この日練習を終えた鈴木選手は車で1時間かけてある人を訪ねました。
(取材者)お疲れさまです。
お疲れさまです。
お願いします。
体の状態を10年近く診てもらっている理学療法士。
大切な節目に必ず訪れています。
体どうですか?体はすごいいいです。
体にどこか異常はないか。
ちょっと歩いてもらっていいですか?はい。
バランスのズレはないか。
1時間かけてチェックしました。
もう一回いきましょうか。
「万全な状態で試合に臨む」。
吐き出して下さい。
その思いだけでした。
そして迎えたクライマックスシリーズファイナルステージ。
鈴木選手はいつもどおりじっくり時間をかけて準備を進めていました。
負けが先行して迎えた第3戦。
日本シリーズ進出のためにはもう落とせない大事な一戦です。
試合はヤクルトに先制される苦しい展開。
終盤鈴木選手はベンチ裏で体を仕上げいつでも行ける態勢を整えていました。
2点リードされて迎えた9回。
(歓声)ノーアウト二塁一塁となった場面で一塁の代走として出番がやって来ました。
鈴木選手がホームに帰れば同点。
最後の切り札としてチームの命運を託されました。
絶対にホームに帰ってくる。
(歓声)しかしその思いはかないませんでした。
(歓声)日本シリーズ進出を逃した巨人。
鈴木選手の今シーズンが終わりました。
(取材者)お疲れさまでした。
クライマックスシリーズから6日後。
グラウンドに向かう鈴木選手の姿がありました。
悔しさを胸に。
その視線の先は来シーズンに向いています。
もう準備は始まっています。
まあ準備っていっても一応体の準備であったりとか自分を内観して向き合って体を動かさなくても自分と向き合う時間っていうのもこれまた増えてくるので。
地道な作業になってきますけど。
それをしないと先へ進めないっていう事は19年間生きてきて分かっていますし一日一日を仕事に対してね真摯に取り組んで自分で悔いなくそしてチームが日本一になれるようにその中で少しでもホームベース何回も踏みたいと思いますし勝利に貢献したいと思いますしそういう思いを自分でいつも思いながらこれからも進んでいきたいと思いますけどね。
試合で使うスパイク。
そこには鈴木選手の信念が刻まれています。
代走のスペシャリスト巨人鈴木尚広選手37歳。
一瞬の勝負で輝くために。
最高の準備を続けます。
2015/11/05(木) 01:30〜02:15
NHK総合1・神戸
アスリートの魂「ただ“一走”にかける 巨人 鈴木尚広」[字]
巨人の鈴木尚広選手、37歳。その仕事は「代走」。盗塁成功率は8割を超える。裏には積み重ねてきた独自の練習、高度な技術があった。研さんを続ける鈴木選手の戦いに密着
詳細情報
番組内容
鈴木選手は「足」で生存競争の激しいプロの世界を19年間にわたって生き抜いてきた。過去には、盗塁・ワイルドピッチ・遊ゴロと、たった3球でホームに生還し「タカヒロの3球」として知られる名走塁も。試合前から行う「入念な準備」、スピードを出すためにムダを一切省いた「究極の走法」、そして誰にもまねのできない「スライディング技術」。今も、少しでも速く走る方法を模索し続けている。走ることに全てを懸ける日々を追う
出演者
【語り】杉本哲太
ジャンル :
スポーツ – 野球
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