(甲斐享)おはようございます。
(杉下右京)「おはようございます」じゃありません。
はい?僕の記憶が正しければ登庁時間は8時半だったはずですがね。
ええ…。
あれ進んでません?いいえたった今直したばかりです。
ほら。
君遅れてますね。
(角田六郎)おはよう。
あっ課長いいとこに。
今何時ですか?8時半だよ。
ほら。
なんと!それ機械式っすか?機械式ですよ。
ずれるんですね。
いやいやこの10年ずれた事はないんですがねえ。
クオーツならずれませんよ。
お揃いにするか?2万もしたけどな。
いや結構。
信頼出来る時計師に見てもらってますから。
あっもしもし。
以前時計を見てもらいました杉下と申しますが…。
ご無沙汰しております。
少し調子がおかしくなってしまいましてね…。
ええ今日の4時ならば伺えますが。
よろしくお願いします。
(ノック)
(津田陽一)はい。
ご無沙汰しておりました。
いらっしゃい。
3年おきには手入れに来るように言ったはずですよ。
申し訳ありません。
あれから問題なく動いてくれてたものですからつい…。
どうぞ。
どんな具合ですか?半日で10分ほど進んでしまいます。
お預かりします。
テンプが早いようだな。
(津田)油も硬くなってるみたいですね。
こちら津田陽一さん。
CMW公認高級時計師です。
CMWってなんの略ですか?CertifiredMasterWatchmaker。
時計師としては最高峰の資格で亡命した国でたとえ言葉が出来なくても翌日から仕事が出来る唯一の資格と言われてるんですね。
なんかすごいですね。
こちらは?あっ杉下さんの部下で甲斐と言います。
クオーツですね。
あっわかります?
(津田)針の動きが違いますから。
正確でいいですよね。
同じぐらいの精度を部品の組み合わせだけで出すところに僕はこの機械式の魅力を感じるのですがねえ。
少し見てみませんか?ああぜひ。
どうぞ。
あっはい。
(津田)ここがテンプ。
要は振り子なんですが時計の心臓です。
はい。
金属は温度で伸びたり縮んだりするんで夏はゆっくり冬は早くなります。
そこも含めて調整してやらないと…。
なんか生き物みたいですね。
そういうところに愛着を持つ方もいらっしゃいます。
(津田)アンクルガンギ車…。
前回はここの歯車が擦り減ってたんで私が作ったんです。
え〜自分で作っちゃうんですか。
(振り子時計の時報)細かいなあ。
ありがとうございます。
では確かにお預かりします。
ではよろしくお願いします。
あっこの時計確か以前にも…。
よく覚えてますね。
西暦まで表示されるクロックは珍しいですからねえ。
怖くて開けられなくてね…。
津田さんがですか?こういう一点ものは設計図が手に入らないものですから仕組みがよくわからないうちに下手に開けると二度と直せなくなる。
外からじっと観察して仕組みを推理した上でないと開けられないんです。
なるほど。
なんとなくわかるような気がします。
(パトカーのサイレン)
(芹沢慶二)所轄の話じゃ自殺っぽいっすよ。
(伊丹憲一)なんだよ。
奥多摩まで来たのによ…。
(米沢守)どうも。
(伊丹)おう。
除染終わりました。
幸いオフシーズンの別荘地で二次被害はありませんでした。
(伊丹)しかしいい家だな。
持ち主はファッションデザイナーの関一馬さんだそうです。
えっ?関一馬ってあの裏原で店出してた…。
知ってんのか?
(芹沢)まあ僕ら世代っすからね。
ストリート系のブランドで当てて一時期は年商80億とも言われてました。
そんな人物がなんで自殺なんか…。
いや関さんならあそこにいますよ。
えっ?その時何か気づいた点は?
(関一馬)臭い…。
とにかく臭いね。
(米沢)ここは関さんの別荘ですが亡くなっていたのは別の人物です。
何?どうも。
おやこれはお二方。
今日はまた何か?カイトくん。
ジャーン。
今今亭狐楽のチケットかぶりつきです。
おお〜…。
また何か無茶な頼み事でしょうか?いえいえ。
先日無理を申し上げたのでお礼を兼ねて僕たちから。
本当ですか?いやよく取れましたね。
ネットオークションでゲットしました。
いや〜こんな事されたら断れませんなあ…。
事件ですか?昨日奥多摩で自殺がありましてその遺留品です。
おや…。
止まってますがこれ機械式ですね。
なかなかいい時計ですねえ。
ええ。
亡くなったのが時計の輸入販売をしてる会社の社長さんだったもんですから…。
藤東物産。
藤東物産?はい。
知ってんすか?津田さんのいる会社です。
えっ?あそこって自分の工房じゃないんですか?アフターサービスの修理部門の社員だそうで仕事は自宅でしているそうです。
へえ〜。
どなたかお知り合いでしょうか?ええまあ…。
でその自殺というのは?それがいささか妙でして他人の別荘で亡くなってたんですよ。
(米沢)別荘の持ち主は関一馬さんというアパレル関係の経営者なんですが週末はその別荘で過ごすそうで昨日いつものように来たところ…。
(米沢)中から異臭がするのに気づいて…。
(米沢)藤井さんが亡くなっているのを発見したそうです。
死亡推定時刻は午後4時。
ガスの警報器が反応して警備会社に連絡がいってました。
自殺の理由は?関さんの話では最近経営難だったようでそれを気に病んでの事ではないかと…。
このように遺書もありますから。
「経営者の重責と孤独に耐えられませんでした」「勝手なことをして申し訳ありません」あっそれからこれ藤井さんの手帳なんですけども…。
別荘が留守の日を調べていたようで遺書も含めて計画的な自殺だったと思われます。
死因は硫化水素中毒死ですか。
硫化水素は…。
これ花瓶でしょうかね?この中ですか?ええそのようですね。
これなんでしょう?
(米沢)オブラートです。
ご存じのように硫化水素は2つの化学物質を混ぜ合わせる事によって作りますから。
オブラートでくるんだ粉末を花瓶の中に投げ込んだんじゃないでしょうかね。
藤井さんは関さんとはどういう関係だったんですか?新商品の開発で業務提携をしようとしていたみたいですね。
打ち合わせと懇親を兼ねて別荘にも一度招いた事があったようです。
それで別荘に侵入して自殺?ええ。
妙は妙なんで一応一課も自殺と事件両方の線で調べてるみたいですね。
確かに妙な話ですね。
ええ。
(秋田秀紀)確かに経営難ではありましたけど…。
それより最近神経とがらせてたのは買収問題です。
買収?関さんから機械式時計を一緒に作らないかって申し出があったんです。
うちの修理部門に津田っていう…業界じゃ名の知れた職人がいるんですけど彼に時計を作らせてブランドを立ち上げようって話で。
新しいブランドですか?ええ。
(秋田)社長は反対してたんですが…。
そしたら関さんうちの株持ってる取引先を回りだして…。
買収を始めたと。
ええ。
正直自殺したって聞いた時一番最初に思い浮かんだのは抗議の自殺でした。
藤井社長はどうして業務提携に反対していたのでしょう?関さんが作らせようとしていた時計信じられないぐらい安物の量産品だったんです。
津田さんに設計図だけ書かせてあとは安い材料をプレス加工するって…。
買収を進めていた関さんにとってそれを防ごうとする藤井社長は邪魔だった。
藤井社長の車はここに止めてあった。
ええ。
別荘までは少々距離があるようですね。
別荘地の管理人の話だと毎日午後3時半にこの周辺を見回りしてるらしくその時はまだ藤井社長の車はなかったそうです。
関さんは午後4時に来る事になっていましたから30分の間に藤井社長は車を止め別荘で自殺を図った事になりますねえ。
ええ…。
ここですね。
どうも。
書斎は…向こうですね。
藤井社長はこの部屋で自ら命を絶ったわけですねえ。
ええ。
床にももがいた藤井社長の指紋が複数検出されています。
硫化水素は…。
ああ…。
このテーブルの上にあった花瓶の中で発生させたわけですねえ。
ええ。
(リモコンの操作音)何してるんですか?暖房運転になっています。
今の季節は冷房にはしないですよね。
ですがなぜか羽根が上向きになっています。
暖かい空気というのは上に行くわけですからねえ暖房ならば普通羽根を下向きにしておきませんか。
言われてみればそうですけど…。
(リモコンの操作音)カイトくん。
はい。
君もやってごらんなさい。
えっ?誰がやっても同じ位置に落ちますね。
ええ。
確かオブラートって言ってましたよね…。
花瓶の中に液体を入れておき粉末を包んだオブラートをここに載せておく。
このリモコンのタイマー4時に電源が入って4時10分に切れるように設定されています。
ひょっとしてひょっとするかもしれませんね。
はい。
(関)藤井さんの事なら別荘で話したとおりだけど。
買収の事はお話しになりませんでしたよね。
なんでそんな事まで調べてんの?言ったよね?俺が着いた時にはもう死んでたの。
そこなんですがおかしくないですかね?調べたらあなた午後4時に別荘でネット会議をやる予定があったらしいじゃないですか。
仕事の電話してて遅れたんだよ。
それに藤井さんが死んだ4時は別荘の近くにあるコンビニにいたわけ。
嘘だと思うんなら調べてよ。
失礼します。
あっやっぱり。
彼らと一緒です。
どうもありがとう。
どうも。
(伊丹)警部殿…。
いいタイミングでした。
おかげですんなり通してもらえました。
お前も勝手に一緒にするな。
すいません。
買収の件ですね?そうっす。
おい!関さんどうして黙ってたんですか?俺が追い詰めたなんて噂が立ったら困るからだよ。
こっちだって素直に業務提携してくれれば買収なんかする必要なかった。
仕方なかったんだよ。
なんでそこまでして藤井さんの会社を?欲しかったのは修理部門。
あそこにはスイスの時計師にも引けを取らない腕のいい職人がいるんでね。
津田さんの事ですか?知ってんの?実は個人的に時計を見てもらってまして。
だったらわかるでしょうけど彼は時計業界じゃ国際的な評価がある職人なの。
ヨウイチ・ツダの名前で純国産の機械式時計を若者にも手が届く価格で作れば絶対成功出来る!それに彼自身もかつては独立時計師を目指した。
独立時計師?オリジナルの時計を一から作り出す職人の事ですねえ。
なんでもよくご存じで…。
で津田さんはどうおっしゃっていたのでしょう?初めは渋ってたけどちょうど昨日別荘へ向かう途中に電話くれて話を聞かせてくれって。
津田さんがですか?じゃあさっきの電話ってのは…。
(関)そう。
俺としては会議よりそっちが大事だったわけ。
津田さんにはあの別荘にも何度も来てもらってるしようやく俺の誠意が伝わったんだと思ってる。
反対してたのは藤井さん。
俺が経営権を握ったら外されると思ってたから…。
そういう人なの。
(伊丹)ほうそんな事が…。
(関の声)だからって自殺を俺のせいにされても…。
本当に自殺なのでしょうかねえ?なんかつかんでんの?ええ。
さっき現場で見てきたんですがエアコンのタイマーの設定が変だったんですよ。
(伊丹)タイマーねえ…。
じゃあどこにいても出来ますねえ。
まさか俺を疑ってるの?つかぬ事伺いますけど事件の前日何なさってました?前日?海外にいたけど。
別荘へは空港から直接?そう。
だとしたら伊丹さん関さんには無理ですね。
は?書斎のエアコンのタイマーは24時間後までしか設定出来ないタイプのものでした。
もし本当に前日に海外にいたのだとしたら関さんには犯行は不可能です。
そのとおり。
(ため息)おい裏取るぞ。
(芹沢)はい。
(伊丹)失礼。
裏取ったって出ませんよ。
確かに本人には出来ませんけど誰か協力者がいればいいだけの話ですよね。
しかし殺人の協力者などそう簡単に見つかるものでしょうかねえ。
津田さん昔独立時計師を目指していたんですよね。
もしも自分の時計を世に出したいと野心が今でもあったとしたらどうでしょう?関さんと利害が一致すると思いませんか?ええ。
ただ1つだけどうしても腑に落ちない事があるんですよ。
関さんの商品は機械式時計の品質を落とそうとするものですよねえ。
そんな話に津田さんがのるとはどうしても思えないんですよ。
じゃあなんで関さんに電話して話を聞かせてくれって言ったんでしょうね。
そこです。
(ノック)あ〜開けたんですか。
ええおよその見当がついたものですから。
今日は?藤井さんが亡くなった事はご存じですか?昨日の夜会社から連絡もらいました。
あの人とは長い付き合いだったんで残念です。
関さんから津田さんの名前を使ってブランドを立ち上げようと言われていたそうですね。
それが…?津田さんはどうお考えだったんですか?どうと言われましても…。
一昨日関さんに電話もしてますよね。
話を聞いておこうと思っただけです。
案の定ブリキを型抜きして時計のおもちゃを作るというようなひどい話でした。
では協力する気はなかったと。
私がスイスで教わった時計師たちはこれで部品に触れただけで時計の質を見抜くんです。
あんな品質の低いものに協力するなんて彼らに恥ずかしくて出来ません。
買収の話を聞いた時書いたものです。
私さえ会社を辞めればあの男も手を引くかもしれないと思ったもので…。
藤井さんには受け取ってもらえませんでしたが。
でも津田さんは独立時計師を目指していたんですよね。
自分の時計を作るのは夢だったんじゃありませんか?それは昔の話です。
この歳になって今さらそんな気はありません。
(葛西周平)失礼します。
あのー修理依頼があった時計なんですが僕らじゃ手に負えそうにないもんで…。
そんなわけですのでそろそろ…。
お預かりした時計は明後日までにやっておきます。
お願いします。
あのー何か?ちょっとお話よろしいでしょうか?はあ…。
では葛西さんは津田さんが藤井さんの会社に来た頃からご存じなんですね?ええ。
お客さんの前じゃ見せないでしょうけど我々職人に対しては厳しい人でしてねえ…。
しかし独立時計師を目指していた津田さんがどうして突然修理部門に…。
一から自分の時計を作るのと修理を専門にするのとではまるで志が違うような気がするのですがねえ。
奥さんの事がきっかけだって聞いてます。
奥さんですか?ええ。
正直奥さん以外津田さんの夢を理解する人なんていなかったんです。
部品や工作機械でかなりのお金が必要で生活の面じゃ苦労かけっぱなしだったみたいです。
そんな時に急に奥さんを亡くしてしまって…。
病気か何かで?いやそれが…強盗に入られたんですよ。
強盗?ローザンヌフェアって時計の見本市がスイスであるんですが津田さんがそこに出掛けてる間に…。
津田さん…時計作りの費用を稼ぐために修理も請け負ってたんですが1本何百万もする時計何本も預かるじゃないですか。
そこを狙われて…。
そうでしたか。
それで津田さんは独立時計師になる事を諦めたと…。
いやそれどころか時計から一切足を洗う気だったみたいです。
自分が時計にさえ関わっていなければ奥さんは死なずに済んだって思ってしまったんです。
(葛西)あとから聞いたんですが当時は後を追う事も考えたそうです。
そんな時に社長がうちに来てくれないかって…。
よく説得出来ましたね。
前から何度か会いに行ってたみたいなんですが奥さんが亡くなってからはまるで親友のように毎日通ったんだそうです。
よっぽど津田さんに惚れ込んだんでしょう。
津田さんも社長は命の恩人だって言ってました。
例の強盗事件犯人まだ捕まってないんですね。
18年前ですか…。
津田さんは当時千葉にいたんですねえ。
ええ。
事件のあと工房をたたんで引っ越しています。
本気で時計から足を洗おうとしていたようですね。
ええ。
時計に関して津田さんと関さんの考えは水と油。
その上藤井さんに相当な恩義を感じていた。
となると津田さんが関さんに協力するっていう線はなさそうですね。
暇か?
(杉下・甲斐)どうも。
(角田)聞いたぞ。
例のホトケ関ってアパレルの社長が怪しいんだって?まあそうなんですけど…微妙ですね。
しかしなんでまた自分の別荘なんかで殺しちまったんだろうな。
俺なら絶対やらないよ。
その前に別荘持ってるんですか?持ってるわけないだろ。
確かにそのとおりですね。
そんな言い方ないじゃない…。
いえいえそうではなく課長の言うように妙だと思いませんか?自分の別荘で殺人を犯せば疑われるに決まってますよ。
だよな。
そもそも関さんには藤井社長を殺すつもりなどなかった。
ん?ここにきて全面否定ですか。
だったら自殺か?いや我々は全く逆方向からこの件を見つめていたのかもしれません。
逆方向って?これ見てください。
あっちょっといいっすか?米沢さんからお借りした藤井社長の手帳のコピーです。
ここ「11時から滞在」そしてここ「16時から滞在」とありますが関さんの留守を探っていたのだとしたらここは「11時まで不在」そしてここは「16時まで不在」と書くのが自然じゃありませんかねえ。
じゃあいない時間じゃなくいる時間を探っていた?なんのために?藤井社長の方が関さんを殺害しようとしていたとしたらどうでしょう?藤井社長には動機がありますからねえ…。
殺害計画を立てていたのは関さんではなく藤井社長の方だったって事ですか?藤井社長の行動をたどってみましょう。
事件が起きた24時間前から。
はい。
(小林正子)ああ藤井さんなら確かに車で出て行かれましたけど。
木曜の夜で間違いありませんか?
(正子の声)ええ間違いありません。
ご本人でしたか?顔まではわからなかったけど…。
藤井さんお独りでしたし。
タイマーはマックスで24時間です。
車で出掛けたのはおそらくここに前日に来て仕掛けを作るためだった。
その可能性は高いでしょうねえ。
別荘が留守の日も把握していたわけですからわざわざ関さんが来る直前の短い時間を使って仕掛けを作らなければならない理由はありませんねえ。
えー…そうですね。
ええ。
しかし前の日に仕掛けをしていたとしてなぜ当日またこの部屋に戻ってきたんでしょうか?たまたま遅れていたからいいものの関さんと鉢合わせる危険があった…。
そこです。
どうしても戻らなければならない理由があったとしたらどうでしょう?「どうしても戻らなければならない理由」?あっ方々に指紋が残されていたんでしたねえ。
あ…ええ。
もがいたにしては少々範囲が広過ぎると思いませんか?確かに…。
まずはここです。
こことここ。
ええ。
次がこっち。
こことここ。
あっ…でこっちです。
変わった指紋の付き方ですねえ。
確かに…。
あっ…でこっちです。
カイトくん。
はい。
藤井社長は何かを捜していたのではありませんかねえ。
何かを捜していた?ええ。
例えばえー…あっこことここ。
こんなふうに。
なるほど。
あっ…。
あっ…。
カイトくんちょっといいですか?はい。
この跡…。
このラックの下に何か落としたんでしょうか?戻ってきた理由はそれかもしれませんねえ。
ええ。
つまり前日この別荘に来た藤井社長はこの部屋で何かを落とした。
当日その事に気づき危険を冒してでもどうしても戻ってこなければならなくなってしまった。
じゃあ何を落としたんでしょうか?例えば藤井社長の遺留品にあった車の鍵。
キーホルダーが2つに折れていました。
なるほど。
確かに現場に自分の証拠を残しちゃまずいですもんね。
問題はどうしてそこで自分が死ぬ事になったのかという事です。
仕掛けが動く時間を間違えた。
そこまで綿密な計画を立てておいて最も大事な時間を間違ったりするでしょうかねえ…。
じゃあ…自分の時計が遅れていた?はい?えっ?自分の時計が遅れてた。
カイトくん君…いい事言いますねえ。
えっ?
(米沢)世界中からたくさんの人が日本に訪ねてくる。
それは一体何かと尋ねたら…。
アハハ…!米沢さん。
あ…あっちょうどよかった。
先日はおかげさまで大変結構な一席でした。
これお二人で。
お土産です。
どうもありがとう。
藤井社長の時計はまだありますか?ああ一課の方でも自殺という事で落ち着きそうなんでそろそろご遺族の方に返そうかと思っていたところなんですけど。
時計がどうかしましたか?カイトくん。
はい。
今何時ですか?18時15分です。
なるほど。
そういう事でしたか。
えっ?
(ノック)時計なら明日ですよ。
今日はその話ではありません。
なんの話でしょうか?以前おっしゃってましたねえ。
時計は下手に開けられない。
仕組みがわかるまで外からじっと観察するのだと。
僕も今回の事件の仕組みがようやくわかりました。
教えてもらえますか?藤井社長は自殺ではありませんでした。
何者かに殺されたんです。
ただしその藤井社長もまた関さん殺害を企てていました。
藤井社長は予定を調べ関さんが必ず別荘の書斎にいるタイミングをつかみます。
それは時限式の仕掛けをして関さんを殺害するためです。
さて自殺に見せかけるためには室内の設備だけを使った仕掛けを作る必要があります。
一度しか別荘に行った事のない藤井社長には内情をよく知りなおかつうまい仕掛けを考えてくれる協力者が必要でした。
それが津田さんあなただと僕は思っています。
決行の前日関さん殺害に動機がある藤井さんはアリバイ工作のために会社に残り…。
(藤井守)よし進めよう。
(エンジン音)別荘へはあなたが向かいます。
そして鍵のかからない窓から書斎に忍び込み…。
(リモコンの操作音)硫化水素を翌日の午後4時に発生させる仕掛けを作ります。
そこまでは計画どおりでした。
ところが藤井社長はなんらかの理由で別荘へ戻らなければならなくなります。
仕向けたのはあなたでしょう。
そして藤井社長は管理人の身回りが終わる時間を見計らって書斎に侵入します。
あなたが関さんに電話をしたのは仕掛けが動く時間に来ないよう到着を遅らせるためです。
津田さん?先日の件でお話を伺いたいと思いまして…。
ったくもう!どこにいったよ!!ところが捜し物は見つからない。
その時…。
(エアコンの動作音)問題はなぜ4時に動くはずのものが時間より早く動いたのかです。
実は仕掛けが時間より早く動いたのではなく藤井社長が時間より遅く行動したんです。
ええ。
葛西さんに聞いたんですが藤井社長の時計はあなたが直していたそうですね。
合わせたはずの時刻がいつの間にかずれていました。
調べたところ3時間でちょうど20分遅れるようになっていました。
藤井社長はこの時計を見て3時半すぎに書斎に忍び込んだはずでした。
ところが本当の時間は4時直前。
間もなく仕掛けが動く時間だった。
(エアコンの動作音)はっ!
(咳)あなたの直した時計が遅れるはずはありません。
わざと遅れるように調整しておいたんです。
つけている本人も気づかない速度でそれでいて正確に。
私が藤井さんを殺す理由があると?このクロックの日付1995年7月7日はあなたの奥様香織さんの亡くなった日ですね。
千葉県警に行って奥さんが巻き込まれた強盗事件を調べてきました。
事件の時に壊れたものだったんですね。
事件の前から藤井社長は何度もあなたの家を訪ねていたそうですね。
留守中に来たとしても不思議はありません。
18年間直さなかった時計をなぜ今になって直し始めたのでしょう?あなたが藤井社長を殺した理由は奥様の事件と関係があるのではありませんか?この時計…本当は私が作ったんです。
妻のために。
当時独立時計師を目指していた私にとって妻は唯一の味方でした。
その妻が亡くなって後を追うつもりだった私を藤井さんは思いとどめさせてくれた。
感謝してました。
関さんは買収したら私の首を切るつもりです。
そしたら私はもう生きていけない。
もし私を命の恩人だと思うなら今度は私の命を救ってください!津田さんこのとおりだ…。
(津田の声)だから今回の計画にも協力したんです。
彼がいなければ私の命はなかったも同然ですから。
(津田の声)ところが関さんの別荘に仕掛けをして車を車庫に返しに行った時…。
(津田の声)私が妻の時計のために一から削り出して作った部品でした。
事件の日に壊れた時計の部品がなぜ藤井さんのところに…。
その時恐ろしい考えが頭に浮かびました。
(津田香織)何遍お話頂いても夫は修理師にはなりません。
『カノン』
(藤井)だから日本人には独立時計師なんて無理なんですよ。
勝手に決めつけないでください!
(津田)あの頃妻は私を修理師として引き抜こうと訪ねてきた客と言い争いをする事がありました。
出ていってください!奥さん離して!キャッ!奥さん…奥さん!
(津田の声)一度思いついてしまった想像を確かめずにはいられなかった…。
津田さん!なんの曲だったか覚えてませんか?は?この時計のオルゴールです。
前の家で藤井さんも聞いた事があるでしょう?修理するのにシリンダーを発注したいもので。
えっと確か…あ〜…『カノン』。
(津田の声)その時確信しました。
この時計普段は1時間ごとに鐘が鳴るだけなんですが結婚記念日にだけ鐘の代わりにオルゴールが流れるように仕掛けがしてあったんです。
結婚記念日は7月7日。
妻が亡くなった日に初めて鳴るはずでした。
(津田)藤井さんがその曲を知っているという事はその日私の家に来ていたという事以外考えられません。
この時計私が作った最初の時計です。
独立時計師になって幸せにするという意味で妻のために作りました。
その妻が亡くなってやけになっていた私をあなたは会社に引き入れてくれた。
感謝してます。
いやいや…どうも。
これお借りしてた車の鍵です。
あれ?津田さんこれどうしたんです?もしかしたらあの時…。
なんです?仕掛けを作ってた時鍵を落としてしまって…。
ええっ!じゃあこの欠けた部分関さんのところにあるって言うんですか?ああ〜もう…まずいじゃないですか!今だったらまだ時間がある。
津田さん取りに行ってくださいよ!それが…このあとお客が来るんです。
お客?警察の人なんです。
警察!?今さら断ればあとで怪しまれます。
じゃあ俺が行くしかないのか…。
申し訳ない。
別荘地には管理人がいます。
3時半には帰りますからそのあと関さんが来るまでの間なら…。
参ったなもう…。
急がなくちゃ!待ってください。
えっ?お預かりした時計直しておきました。
間違えないでください。
3時半ですよ。
妻の事だけはどうしても許せなかった。
形見だと思って持ち歩いていたこの振り子の重りが私を歯車に導いて真実を教えてくれました。
妻が無念を晴らしてくれと言ったんです。
果たしてそうでしょうかねえ…。
もし奥様があなたを歯車に導いたのだとしたらそれは自分の時計を作っていた頃の本来のあなたを思い出させようとした…。
そうは思えませんでしたか?いつから僕の事を?強いて言えば初めてここを訪ねた時でしょうか。
(振り子時計の時報)あなたは100分の1ミリまで気遣う職人です。
部品を触っている時によそ見をする事など到底考えられませんからねえ。
(津田)直してあります。
ご迷惑をおかけしました。
もうあなたに見てもらう事は出来ないのでしょうねえ。
申し訳ありません…。
『カノン』直せたんですね。
ええようやく。
私の人生はただこの時計を直すためだけにあったのかもしれません。
おはようございます。
8時31分17秒。
1分17秒の遅刻です。
すいません。
あれから時計の調子いいみたいですね。
実に正確です。
(芹沢慶二)ご苦労さまです。
(伊丹憲一)おう。
(芹沢)被害者は千倉博さん。
彼の携帯電話は壊れてました。
これからデータの復元を頼みます。
(伊丹)財布の中身は?
(芹沢)現金が残ってました。
物盗りじゃないって事か…。
(芹沢)死亡時刻が12時10分。
救急隊が確認したそうです。
119番通報あったのか。
ええ。
名乗りはしなかったようですが女の声だったとか。
その通信記録取り寄せてくれ。
はい。
それと…これが凶器ですね。
血液反応が出てます。
指紋は?判別不能だそうです。
死ぬ間際に血で書いたんすかね…。
(甲斐享)「H22」…。
このあとにも何か続きそうですよね。
(米沢守)血で書いたんでこれが限界だったんでしょうな。
ダイイングメッセージというやつですね。
被害者はカフェRANDYで働いてたんですね。
昼は喫茶店で夜はバー。
私も時々利用します。
(杉下右京)「店長」…。
ん?なんですか?おや気づきませんでした…。
なんで店長のとそうじゃないの両方持ってるんですかね?ええ気になりますねぇ。
(梶田佐緒里)ああ…以前バイトから店長に格上げになった事があって多分その時の…。
以前は店長でしたか。
ええ。
という事は店長からまたヒラに戻ったんですか?戻されたんです。
確か2年前…。
店長になったのはいつでしょう?3年前です。
では店長からアルバイトへ戻された理由はなんでしょう?2年前くらいからなぜか仕事に身が入らなくなって…。
(東海林美久)おはようございます。
あっ美久ちゃん。
(佐緒里)ちょっと…。
(美久)はい。
今日の昼間千倉くんと一緒だった?えっ?いえ…。
千倉さんどうかしたんですか?実はね…。
ああそれはのちほど我々から。
じゃあ着替えてきてくれる?はい。
なぜ彼女は千倉さんと一緒だったと思ったのでしょう?えっ?今お聞きになってましたよねぇ?千倉さんと一緒だったのではないかと。
ああ…。
2人は多分…恋人同士なんで。
多分とは?はっきり聞いたわけじゃないですけど店での2人の様子とか見てたらわかります。
あなたがこちらでバイトを始めたのはいつでしょう?大学に入ってすぐですから平成22年の4月です。
平成22年というと千倉さんが店長になった年ですねぇ。
失礼ですが美久さん千倉さんと交際されてますよね?ええ。
でも今日の昼間は一緒にいなかった…。
ええ今日は。
じゃあ救急車も呼んでいない?ええ。
ちなみに119番通報の声は録音されていますよ。
すいません…。
私が通報しました。
だとするとあなたは千倉さんが殺害された現場にいたって事になりますが。
私…見たんです。
(美久の声)今日メールで彼に呼び出されて…。
(千倉博)くうっ…!見たんですか?その男の顔を。
(美久の声)あっでも一瞬だったから…。
その男を目撃したあとあなたはどうしたのでしょう?どうしたって…。
だからすぐに救急車を…。
大丈夫?ねえ大丈夫!?救急車お願いします!公園で血を流して倒れてるんです。
早く来てください!千倉さんは何をつぶやいていたんでしょうか?救急車を呼ぶのに必死で…。
例えば「H22」とか…。
そんな数字っぽかったけどもっと長くて…。
千倉さんに呼び出された時のメール見せてもらえますか?消しました…。
えっ?ちなみにあなたはどうしてその場所を離れてしまったのでしょう?しかもそれを隠そうとしてましたよね。
なぜ?だって…あの時はとにかく怖くて…。
(携帯電話の振動音)失礼。
(携帯電話の振動音)杉下です。
「米沢です。
ちょっと気になるものを発見しました」被害者の自宅から押収したこちらなんですけども千倉さんブログをやってました。
書き始めたのは5年前。
就活に失敗し不本意ながらカフェのバイトに納まり毎日がつまらねえ…。
最初の2年はこのような愚痴だらけの日記です。
だからイラストもこんな暗いタッチなんだ。
しかし美大を出てるだけあってなかなか上手ですね。
見てる人結構いるみたいですね。
コメントは…悪口ばかり。
そんな陰気なブログが3年前に変化します。
ダークなイラストに代わって明るいイラストが増えなかなかハッピーな話題がつづられるようになりました。
これ2年前から更新が止まったままですね。
ええ。
で最後についたコメントがこちらです。
「目撃証言」?千倉さんひき逃げを目撃して警察に通報してます。
調べたところこの交通事故でした。
(米沢)3年前清水ハルさんというお婆さんが路側帯で自転車にはねられ脳出血で死亡しました。
大丈夫ですか?大丈夫ですか!?
(米沢)自転車は逃げそれを見た千倉さんが警察に通報。
赤い自転車でした。
で僕が近づいた時にはあっちの方に走り去っていきました。
(米沢)目立つ色の自転車だったためか千倉さんの目撃証言で近所に住む佐野陽一が逮捕されました。
目撃証言があるにもかかわらず取り調べや裁判で被害者に配慮のない態度をとったという事で禁固3年の実刑になっています。
道交法が強化されたあとですからねぇ。
たとえ自転車でも人をひき殺してますからね。
もっと厳しくてもいいぐらいですね。
この事件の目撃がきっかけで千倉さんのブログが盛り上がってます。
3年前のひき逃げ事故ですか…。
捜査を担当したのは?大橋署です。
鑑識で見た写真だとこの辺りですね千倉さんが倒れていたのは。
ええ。
ちょうど今の人が見ていましたねぇ。
関係者っすかね?3年前に逮捕されたひき逃げ犯ですが確か禁固3年でしたね。
ええ。
満期までいたとしたら今年出所しています。
(佐野陽一)悪いけど手短にお願いします。
刑務所出たばかりなんでこの歳でも新人なんです。
それにもう3年前の事は忘れたいんですよ。
忘れたいって…。
お婆さん亡くなってるんですよ。
いやだからあれは…。
警察に話しても無駄か。
話してもらえませんかねぇ?無駄にはならないと思いますよ。
出来るだけ早く済ませますから。
誕生日でした息子の。
(佐野の声)なのにケーキ屋がローソク入れ忘れて…。
(佐野の声)急いで取りにいってその帰り…。
うわっ!大丈夫ですか?
(清水ハル)はいどうも。
お世話をおかけ致します。
あっ大丈夫ですか?はい。
気をつけてくださいね。
じゃあ。
(佐野の妻)ひき逃げってどういう事?
(佐野)勘違いなんだ!大丈夫!話せばわかるから!すぐ戻るから!早く乗って!
(佐野の声)そのあとの事はもう何がなんだか…。
(片山遼)知らなかったわけないだろう?だからそんなの知りませんよ!
(片山)お前がはねといて何言ってるんだよ!はねてません!お婆さんには当たっていません。
(片山)目撃者がいるんだよ!目撃者?そんなバカな!で禁固3年。
仕事も家族も失いました。
揚げ句に民事でも訴えられて賠償金1200万円です。
今も払い続けてますよ。
もしそれが真実だとしたらあまりにも不当な経験ですねぇ。
佐野さん目撃者に対してどう思われてますか?どうって…。
聞いてみたいですね。
聞いてみたい?ああ。
俺が本当にひき逃げするとこを見たのかって事を。
その目撃者どこにいるんすかね?昨日何者かに殺害されました。
えっ?佐野さん昨日の昼の12時頃どこで何をしていたか教えてもらえますか?12時…。
ええ。
弁当食ってましたよそこの公園で。
それを証明出来ますか?1人で食ってたからね。
それこそ目撃者でもいればいいんですけどね。
公園で1人…。
アリバイを立証するのは難しそうですねぇ。
佐野の写真を美久さんに見せてみましょうか?せっかくの目撃者ですから。
そうですね。
どう?君が見た男に似てる?…かもしれません。
「かもしれません」ですか…。
(芹沢)東海林美久さん。
どうも。
どうも。
あなた千倉さん殺された時119番してますね?しましたよ。
お前が答えるなよ!それを今さらなんで?今さらとか言うな。
っていうかなんでいるんだよ!この人たちも刑事さんなんですか?あのね原則的に言うと刑事っていうのは我々刑事部にいる捜査員だけなんですよ。
ねっ?でこの人たちは違います。
そういう事なんでお引き取り願えますか?ひき逃げの被害者ですが清水ハルさんといいましたねぇ。
ええ清水ハルさんです。
(清水稔)いつもは妻が病院に付き添ってたんです。
でも事故に遭ったあの日は妻に用事があって母が1人で…。
妻は母と折り合いが悪かったんです。
それだけに責任を感じて…。
だから私も母の話はしなくなって…。
それがまるで責められてるみたいだったと妻は別れ際言いました。
あっ離婚したんです。
母を殺した佐野は私から妻や子供も奪ったんです。
今日いらしたのは千倉さんの事ですよね?えっ?ニュースを見ました。
つまりあなたは千倉さんと面識があるんですね?2年前何度か訪ねてきたんで…。
2年前?事故が起きた3年前ではなく…?ええ。
彼が来たのは2年前の年末頃です。
事故から1年以上も経ったあとにどんな用件で?警察から千倉さんの目撃証言を聞いた当時私たち遺族がどう思ったのかそんな事を聞かれました。
不思議な質問ですねぇ。
ええ。
そんな事思い出せないし思い出したくもないし正直迷惑でした。
千倉さんはどうしてあなたにそんな事を?わかりません。
あっ…何か本を出すとか言ってましたけど。
本?本…ですか。
3年前千倉さんは佐野さんのひき逃げを目撃。
その後しばらくしてアルバイトから店長に昇格。
そして東海林美久さんと交際を始める。
その1年後ブログの更新を停止。
店長から降格され再びアルバイトに。
はい君どうぞ。
ええ。
同じ頃千倉さんは突然被害者遺族の清水さんに話を聞きにいった。
ええ。
本を出版するために。
ええ。
でもそれってちょっと妙じゃないですか?だってお婆さんが自転車にひき殺されたのを目撃した人の本って。
ええ。
そういう本を出したいという出版社があるものでしょうかねぇ。
そもそもなぜブログではなく本なのでしょう?ええ。
清水さんは千倉さんの目撃証言のおかげで母親をひき殺した佐野を逮捕出来た。
なのに千倉さんの事をあまりよく思っていませんでしたね。
清水さんの事をもう少し洗っていいっすか?もちろん。
はい。
(中園照生)特命係が?ええ。
また現場でかち合いました。
確かに不愉快だがまあいつもの事だ。
放っとけ!おお…!あっ!先輩!あの美久って女の子他に交際してる男がいますよ。
(芹沢)野島漣斗。
彼女と同じ大学の4年生で同い年です。
だから千倉さんが殺された現場から逃げたのか。
警察沙汰になれば千倉さんとの関係が彼にバレますからね。
確認出来る範囲では本のデータはありませんでした。
確認出来る範囲では?ええ。
1つだけパスワードが必要なファイルがありました。
あっいやいや…「H22」ではありませんでした。
そのパスワード突き止めてもらえますか?いや私今一課のご依頼で被害者の携帯のデータを復元してるところなんですけどもね。
もちろんそれが終わったあとで結構です。
どうもありがとう。
この人なんだけど。
ああ…この人だったかもしれません。
えっ?本当に?本当にこの人?ええ。
…だと思います。
(野島漣斗)ええ友達ですけど。
(芹沢)友達?付き合ってるんじゃないの?なんでそんな事聞くんです?あら…聞かれたら困るような事だったかな?お金の事ですか?お金?もしかして彼女からお金借りてる?ちゃんと返しますよ。
もういいっすか?いくら借りた?言わなきゃいけませんか?ここで言いにくいんならもっと言いやすい場所に連れてってやってもいいんだぞ。
10万…を2回。
そんな大金彼女はどうしたんだ?知りません。
借りる時普通聞くだろう!普通聞きませんよ。
カフェでバイトしてるだけの女子大生が20万ね…。
もう1人の交際相手に借りたのかもしれねえな。
あっ千倉さん?だとしたらバレたらもめるわなぁ。
あの…失礼なんですが昨日の昼の12時頃どこにいらっしゃいました?千倉さんが殺された時間ですか?ええ。
関係者皆さんに聞いています。
中岡町の住宅街で営業してました。
営業した先を教えてもらえますか?ありません。
えっ?ここぞって家にはみんな警備会社のシールが貼られていましてね。
私警備会社の営業してるんで。
ああ…なるほど。
ところで千倉さんは本を出すと言ってたんですよね?出版社の当てでもあったんでしょうか?知りません。
でもそのために目撃したひき逃げ事件の事私や警察に聞き回ってるって。
警察?当時目撃証言を話した刑事にも聞いたそうです。
目撃証言を話した刑事…。
(角田六郎)暇か?コーヒーもらってくね。
人は変わるものですねぇ。
えっ?就職に失敗し彼は不本意な生活を送っていました。
(千倉の声)「同じ事の繰り返し」「仕事ってこんなに嫌なものなんだろうか」「世間は年末でばかみたいにうるさい」「来年も再来年もこの仕事を続けてるのかと思うと耐えられない」
(千倉の声)「こんなカフェで働いてるはずじゃなかった」2年後ひき逃げを目撃してからは嫌々していた仕事に打ち込むようになりとうとう店長に抜擢されます。
(千倉の声)「皆さんにご報告があります」「なんとこの度ランディの店長になる事になりました」
(角田)なんでひき逃げ見て店長になるの?ブログを見た奴らがいっぱい来たのか。
彼は何度も警察から目撃証言を聞かれています。
まあ警察も犯人を逮捕しなきゃいけないからね。
犯人逮捕後は刑事に聞かれています。
犯罪を立証しなきゃいけないからね。
亡くなったお婆さんのために何度も聴取に応じる彼に…。
「嫌ならやめろよ」マイナスの発言で埋まっていたコメント欄にも…。
「久しぶりに鳥肌立った」「ここに書いても解決しませんよ」好意的な意見が増えていきました。
「毎日大変ですね」「大変でしょうけど頑張ってください」「あなたを必要としています」警察に頼りにされ好意的なコメントが寄せられる。
それが彼の自信に繋がったのでしょうかねぇ。
まあな…。
それで人生変わっちまうかもしれないねぇ。
しかしこれはどうでしょうねぇ。
ん?何度も聞きに来た刑事に彼は「遺族の無念を晴らせるのは君の証言だけだ」とまで言われています。
目撃者に使命感持たせて供述とる戦法だな。
通常目撃者の聴取にここまで言うでしょうかねぇ?まあ逮捕した犯人がごねてればするよ。
目撃者の調書読んでみたいですねぇ。
あっ…。
千倉さんの目撃証言です。
おやこの調書をとったのは片山さんという刑事ですねぇ。
ええ。
普通ひき逃げは交通課が調べるのになんで刑事課の人間が…。
応援要員ですかね?ここで何してるんですか。
警視庁特命係の杉下といいます。
同じく甲斐です。
刑事課の片山です。
片山さんですか。
ちょうどよかった。
伺いたい事があります。
これなんですがね。
まず3年前佐野さんを逮捕する前に行った実況見分です。
「倒れたお婆さんと走り去る赤い自転車を見た」これは千倉さんの証言ですね。
次は佐野さんを逮捕する際の書類ですねぇ。
「被害者清水ハルさんを救護せずに逃走した被疑者佐野陽一の自転車を目撃した旨の証言を得た」そして…。
ええ。
これがあなたが最後にとった千倉さんの証言です。
「その男は自転車でお婆さんに接触しお婆さんを倒したあと助けずに走り去りました」うん。
最初はですね…これ。
「倒れたお婆さんと走り去る赤い自転車を見た」で次が「救護せずに逃走した」。
つまり助けないで逃げたという事ですねぇ。
で最後が「お婆さんを倒したあと助けずに走り去った」となっていますね。
大した差はないと思いますが。
そうでしょうかねぇ。
僕には大きく変わってるように思えるのですがねぇ。
明らかに証言がエスカレートしています。
その事件は3年も前に終わったはずですよ。
本当に終わったのでしょうか?僕はこの事件が今回の事件を引き起こしたのではないか…。
そう思っているのですが。
その後千倉さんとはお会いになりました?事件以来会ってない。
2年前に訪ねてきませんでした?自分が目撃証言をした時の事を聞きに。
本にしたいからと言って。
そう証言した人がいるんですが。
そういえば来ましたね…。
もう2年も前なんで忘れてました。
フフッ…。
(生田刑事)平成22年2月…。
あっよく覚えてますよ。
この頃私片山と同じ捜査本部にいたんで。
え?あなたもひき逃げの捜査本部に?いえいえ。
横川議員が殺された事件です。
ああ…ありましたねぇ。
その頃そんな事件が。
そんな大事件の捜査本部にいたのになぜ片山刑事はひき逃げの捜査を?駆り出されたんですよ。
犯人が否認してたので。
つまりひき逃げ犯を自白させるために?ええ。
片山が自白調書を作った数うちの署では一番ですから。
本人は迷惑がってましたけど。
迷惑がっていた?そりゃあ誰だってでかいヤマを追いたいですから早く議員殺しの捜査本部に戻りたいって嘆いてましたよ。
議員殺しの捜査本部に早く戻るためには…。
ひき逃げ事件を早く解決する必要がある。
ええ。
(伊丹)特命係のせいで苦情が?
(中園)ああ。
大橋署と清水さんという民間人からな。
清水さんって?3年前のひき逃げ事件の遺族だ!ああ…。
特命が刑事や遺族を疑ってハッピーエンドになったためしがない。
なんで特命にそう勝手をさせておくんだ!いやいや!ですから自分が…。
あっ。
でも参事官が放っておけって。
そんなもん放っておけるか!じゃああの…特命係に捜査させてみたらどうですか?ふざけるな!言っていい冗談と悪い冗談がある。
いやいやいやいや!あのですから…。
この2人のアリバイの裏づけ捜査ですか。
お前らこの2人に勝手にアリバイを聞いたんだろ?だったら最後まで責任持って捜査しろ。
(内村完爾)本来なら捜査本部がやるべき捜査をお前たちにやらせてやるんだ。
ありがたいと思え。
でも普通こういう目撃者探しって50人体制とかでする捜査じゃ…。
以上!健闘を祈るよ。
健闘を祈るよ。
お前も悪い奴だなぁ。
あんな時間と人手のかかる捜査を特命に振って。
だってこっちの捜査の邪魔されたら困るじゃないですか。
でしょ?フッ。
あの…こういう者なんですが。
この時間よくこの辺に来ます?
(牟田勉)ああ。
でももうやめようかと思ってね。
え?この仕事辞めちゃうんですか?辞めないよ!この仕事始めたばかりだからねぇ。
この場所をやめようって話。
ここ昼時なのに客来ないから。
ああ…。
確かにここ人いませんもんね。
あの…買うの?買わないの?ああっ買います!えっと…コロッケナポリタンロールください。
はい。
あの…おとといのこの時間もここにいましたか?いたよ。
この人見ませんでしたか?ん?見たよ。
見ましたか…。
うん。
公園でこのようなものを使うのは条例で禁止されてますよ。
(岡英彦)なんだよ。
誰だよ?すぐどくからよ!いいだろ?それで。
勘弁してくれよ〜。
ホームレスなりたてでさ色んな事知らねえんだよ。
おや。
ホームレスになりたて?ああ。
だからさ勘弁してくれよ。
ひとつよろしいですか?ひとつ?一昨日。
つまりおとといですがこの時間あなたはこちらにいらっしゃいましたか?いたけどラーメン作ってない。
これも初チャレンジ。
その時…この人見かけませんでしたか?見たけど?見ました?う…うん。
まさか…こんなに早く見つかるなんて。
それも2人も。
佐野さんのアリバイ成立ですね。
ええ。
まるで奇跡のようです。
(伊丹)一体どうやって見つけたんだ?こんなに早く…。
すごい…。
普通無理っすよ。
お役に立てて何よりです。
あ…。
大橋署の刑事とひき逃げの遺族犯人扱いしましたよね?やはり苦情が来ましたか。
ああ。
その遺族の清水さん目撃者の美久さんに確認したらこの人かもって言っていました。
何?でも以前は佐野さんかもしれないとも言っていました。
あの女捜査を混乱させようとしてるのかもしれねえな。
(携帯電話)はい。
うんわかった。
すぐに行く。
ああ!特命係にはこの事を伝えるなよ。
いいな。
米沢さんですか?教えません。
行くぞ!はい。
どうも。
どうも。
やっぱり美久さんの記憶あいまいなんですかね…。
もう1人美久さんに確認してみましょうか。
はい。
どうも。
復元した千倉さんの携帯のデータです。
そしてこれが最後に送ったメールです。
(芹沢)「金を返して欲しい」「出版のめどが立った」出版?「12時にいつもの公園に来て欲しい」ミクという相手に送ったメールです。
この人…だったかもしれません。
あなたはこの2人に対しても同じ事を言ってますよねぇ。
そもそもあなたはその男の顔をちゃんと目撃したんですか?警察の人にこの人じゃなかったかって聞かれたらはっきり違うとは答えにくいし…。
(伊丹の咳払い)それは何かを隠してるから?どうも。
どうも。
これあなたが消しちゃった彼からのメール。
「金を返して欲しい。
出版のめどが立った」しれっと読んでんじゃねえよ。
あっすいませーん。
これどういう意味なのかな〜?
(伊丹)おい特命係の前で聞いちゃダメでしょ〜。
(芹沢)そうでした〜。
(芹沢)3年前のひき逃げ犯の佐野。
被害者遺族の清水さん。
そして佐野を取り調べた片山刑事。
あなた一体…誰を見たの?本当は誰も見てないんじゃないのか?いつまでもしらばっくれてるんじゃねえよ!見ました!
(美久)でも顔はよく見えなかったんです。
(芹沢)千倉さんと野島くんに二股かけてるよね?二股って…。
だから2人ともいいお友達です。
どっちが本命のいい友達なんだ?金を借りてた千倉さん?その金を貢いでた野島くん?普通貢いでた野島くんが本命だよね?そんな時に千倉さんに返済をせがまれた。
「金を返して欲しい。
出版のめどが立った」「12時にいつもの公園に来て欲しい」それであんたあの公園に呼ばれて千倉さんを殺したんだな?私が千倉さんを殺すわけないじゃないですか!
(すすり泣き)ええ…。
ええ。
よろしくお願いします。
連絡取れました。
そうですか。
では行きましょう。
はい。
この2人の目撃証言者を調べました。
結果あなたと同じ刑務所出身でしたがそれは偶然ですか?彼は最初に会った時にこう言いました。
ホームレスなりたてでさ…。
そして彼もこう言っていました。
この仕事始めたばかりだからねぇ。
それを聞いた時あなたの言葉を思い出しました。
刑務所出たばかりなんでこの歳でも新人なんです。
新人のこの2人に再びお会いして厳しく事情を伺いました。
調べた結果あなた方は佐野さんと服役期間が重なっていましたねぇ。
佐野さんに嘘の目撃証言を頼まれましたね?2人とも保護観察中ですよね。
こんな問題を起こしていいんですか?金が欲しかったんだよ。
金だけじゃねえ。
警察には恨みもあるし…。
2人とも嘘の目撃証言を認めましたがあなたはどうしますか?嘘の目撃証言…。
ええあなたが頼んだ。
その目撃証言のせいで私は人生を奪われたんだ!ええ確かに。
それで?そいつを見つけるのは簡単だったよ。
(佐野の声)出所したあと「平成22年2月自転車ひき逃げ」で検索したらすぐに見つかった。
(佐野の声)俺をひき逃げ犯と決めつけたブログで色んなコメントがついてて勝手に盛り上がってたよ。
あなたはそのブログを見たあと何をしたんですか?
(佐野の声)書いた奴にコンタクトを取ろうとしたよ。
ところがすでに更新はされていなかった。
(佐野)ああ。
だからそのブログにあったカフェに行った。
その目撃者に聞いてみたかったんだ。
俺が本当にひき逃げするところを見たのかって!あの…。
はい?
(佐野の声)だが奴は俺の顔を見た時言ったんだ。
誰ですか?
(佐野)ああーっ!なんだよ!離せ!何が目撃者だ!離せ!ぬあーっ!うあーっ!うわっ!ああっ…!女房や子供も出ていって家まで手放して…。
俺は人生を棒に振ったんだ。
みんなあいつのせいだ。
だが奴は俺の顔すら覚えてなかった。
いや…知らなかったんだ。
何が目撃者だ!いいですか。
人が不当な目に遭った時最もしてはいけないのは不当な方法による復讐です。
なぜしてはいけないかわかりますか?それはあなたが最初に受けた不当を誰も不当だと思わなくなってしまうからです。
それどころか「やっぱりそういう人間だったんだ」とあなた自身が思われてしまうからです。
(ため息)あなたを逮捕しなければなりません。
残念ですねぇ…。
(泣き声)
(ため息)またあなた方ですか…。
もういい加減にしてくださいよ。
佐野陽一が千倉さん殺害容疑で逮捕されました。
ええ!?佐野は嘘の目撃証言をしたと千倉さんに復讐したんですよ。
あ…。
犯人が捕まってよかったじゃないですか。
なんだと…。
確かに佐野陽一の行った行為は許されるものではありません。
しかし3年前にあなたが千倉さんの証言を誘導さえしなければ佐野陽一が刑に服する事も今回の殺人も起きなかったんですよ。
私はやるべき事をやっただけだ!あんたら同じ警察官ならわかるでしょう。
わかんねえよ!カイトくん!いいですか。
我々警察官は自らの過ちによって簡単に人の人生を狂わせる事があるんですよ。
そんな事もわからない警察官と他の警察官たちを一緒にしないでもらいたい!米沢さん。
ん…?仕事中に居眠りですか?すいませんでした。
どなたかのせいで徹夜だったもんですからね。
それは大変でしたね。
他人事ですか?それはともかく例のパスワードわかったとか。
ええ。
でも犯人はもう捕まったんですよね?一応確認しておきたいのですが。
はい。
それではこれですね。
H220202のTUE…。
「あの日僕は目撃者になった」これ本の原稿ですね。
聞いた事のない出版社ですね。
おそらく自費出版の会社でしょう。
だからか…。
これお読みになりますか?よろしいですか?はい。
どうぞ。
「ブログではコメントなどで持ち上げられいい気になってしまう」「ネットのような双方向ではなく出版という一方通行のメディアを選んだのはそうならないためです」「つまり私は警察に頼りにされ被害者遺族から礼状をもらいすっかりいい気になっていたのです」「そんな私を変えたのはブログに来たコメントでした」「私はそれきりブログを書けなくなりました」「なぜなら絵に出来なかったからです」「私はお婆さんが自転車にはねられた瞬間を見てなかった」「いつの間にかその瞬間を本当に見た気になっていた」「なぜ私は嘘の証言をしてしまったのか」「本当は何があったのか」「この本は3年前の自分を告発するための本です」あっ…。
これ途中で終わってますね。
「私の証言で禁錮三年の罪になった人がいる」千倉さん最後に何を書こうとしたんでしょうね。
(月本幸子)自分の証言で罪になった人がいる…。
そう思ったらそれ以上書けなくなってしまいますね。
3年前に何があったのか…。
その真実を明らかにしたかったのであれば千倉さんはどうしても佐野さんに会う必要があったはずです。
ええ。
でもそれってすごい勇気がいる事ですよね。
しかし出版の準備を進めていたという事はもうその決心がついていたのかもしれませんねぇ。
ええ。
もし千倉さんから先に会いにいっていればこんな事件起きなかったんでしょうね。
やりきれない事件ですねぇ…。
ええ。
カイトさん。
お茶漬けですどうぞ。
ありがとうございます。
おや。
僕もお茶漬け頼んだはずですがね。
あら!ごめんなさい私とした事が…。
すぐお作りしますね。
いや…杉下さん頼んでないですよ。
はい?お茶漬け頼んでないですよね。
お召し上がりになりますか?いや結構。
あっ…よかったら俺の分半分食べます?いや。
本当に結構。
うまっ!ん…。
なんかすいません。
(甲斐峯秋)夏河郷士を知ってるかね?
(杉下右京)小説家の夏河郷士の事でしょうか?さすがだねぇ。
さほど有名ではないんだが。
一風変わった作家なので記憶にあります。
確か20年ほど前に自殺したはずですが。
ここだ。
彼女は矢嶋小百合さん。
現在千歳出版に勤めているんだったね?
(矢嶋小百合)はい。
初めまして矢嶋小百合と申します。
こちらこの前話した特命係の杉下くん。
杉下です。
あっまあまあ…。
実は彼女の父親は夏河郷士が生前住んでいた屋敷の管理人をしていたそうな…。
父は20年前私が5歳の時に突然失踪してしまってそれ以来消息は不明なんです。
20年前というと夏河郷士さんが自殺した頃という事でしょうか?はい。
先日母が亡くなり遺品の中からこんな物が見つかったんですけど…。
拝見します。
(小百合)多分夏河郷士さんの創作ノートだと思うんですけどひょっとしたら…。
ええなんでしょう?私の父が夏河さんを殺した証拠かもしれないんです。
おやおや。
僕はそんな事はないと思うんだがね。
彼女がそう言う以上少し調べてもらえないかなと思ってね。
もし仮にお父様が夏河郷士さんの死に関わっていたとしてどうしてそれを調べようと思われたのでしょう?
(小百合)これが父です。
物心ついた時には母と2人きりでずっと会いたいって思ってました。
万が一父が殺人を犯していたとしても私はやっぱり…。
わかりました。
ではこちらはお預りして少し調べてみます。
ところでひとつ不躾な事をよろしいでしょうか?矢嶋さんは甲斐次長とはどのような…。
(小百合)ああそれは…。
ひと言で言うと母と私にとって甲斐さんは恩人なんです。
恩人?父が突然失踪して生活に困った母に就職先を世話してくださったりそのあとも私の学費を援助してくださったり…。
それはもう感謝してもしきれないぐらいに。
そうでしたか。
(角田六郎)そりゃ隠し子だな。
見ず知らずの親子に援助なんかする奇特な人間はそうそういないからな。
やっぱ次長の隠し子じゃねえのか?課長。
あら…。
俺ちょっと下世話だったか?
(甲斐享)もっと言って頂いて結構です。
そもそも特命係をなんだと思ってるんだろう。
いきなり杉下さんの事呼びつけて訳のわからないノートとか押しつけて。
ですが殺人の可能性があるのならば調べないわけにはいきませんねぇ。
えっ?マジで調べるんですか?もちろんです。
でもどうやって?そろそろ米沢さんの手が空く時間ですねぇ。
(米沢守)うん…。
インクの成分や紙の劣化程度から見て確かに書かれてから20年は経過してるようですね。
筆跡鑑定も行いたいところですが…。
出版社に問い合わせてみたのですが夏河郷士さんはワープロを使って執筆をしていたために直筆の原稿はどこにも残っていないそうです。
じゃあ鑑定したくても出来ないじゃないですか。
あっそうでした。
えっ?ああこれ。
このノートにこのようなメモが挟まっていました。
あっ失礼…。
彼女の父親矢嶋房夫さんは慈朝庵と呼ばれる夏河郷士さんの屋敷の管理人兼雑用係をしていました。
おそらくこのメモは夏河さんが注文した買い物のリストでしょうねぇ。
確実な事は言えませんがノートの文字とこのリストの文字同じ人物が書いた可能性が高いですね。
ほら平仮名の「の」や「を」などの癖が一緒ですよ。
じゃあ夏河郷士さんが書いたもので間違いなさそうですね。
そうなると気になるのは何が書かれているかですな。
矢嶋小百合さんの言うとおりこのノートの中には殺人をほのめかす表記がいくつか見られました。
でも創作ノートって言ってましたよね?小説のネタなら何が書いてあっても不思議はありませんよね。
いやところがそうではないんですよ。
ちょっと失礼。
(米沢)夏河郷士は自然主義文学の影響を強く受け自ら体験した事以外は書かないというかなり偏狭な作風で知られています。
自殺未遂をした登場人物を描くために自ら自殺を試み救急搬送された事があったと記憶しています。
それってまるごと変人じゃないですか。
(米沢)ここに「日常の体験や感じたことを創作ノートに書きためそれを元に小説を書いた後でノートをすべて焼却していた」とありますからもし本物ならお宝かもしれませんな。
じゃあ自分が殺される小説を書く前に本当に殺されたから創作ノートだけが残った。
いずれにしても調べてみる価値はありそうですね。
やはり気になりますか?えっ?そりゃあ本当に殺人ならもちろん気になります。
いえ矢嶋小百合さんと甲斐次長の関係です。
あの人がどこで何をしようと俺には関係ありません。
ここ慈朝庵って言うんですか。
ええ明治時代に建てられた華族のお屋敷です。
夏河郷士の先祖が買い取りそれを相続した彼が亡くなるまでサロン慈朝庵と呼ばれていたようですね。
サロン慈朝庵?ええ夏河郷士には懐古趣味があったようで夜な夜なパーティーを開き文化人や財界人を集め交流を深めるための社交の場として使っていたためにそのような呼び名がついたのでしょう。
で夏河郷士が亡くなったあとは…。
サロンの一員でもあり夏河氏と親交のあった江花須磨子さんという女性が買い取り現在は彼女が代表を務める財団が管理をしているようです。
連絡を入れておいたのですがねぇ。
(江花須磨子)あの…。
警察の方でしょうか?はい。
警視庁特命係の杉下と申します。
同じく甲斐です。
江花須磨子さんでいらっしゃいますか?はい。
江花と申します。
外出しておりましたので遅くなりまして。
何か調べていらっしゃるんですか?ええ20年前の夏河郷士さんの一件を少々…。
夏河先生の…?今さらなぜです?実は夏河郷士さんの創作ノートが見つかったんです。
それが夏河先生の…。
この中にちょっと気になる記述がありまして。
ご主人は江花産業の社主だった江花幸彦氏。
20年前に病気で亡くなっています。
ご主人の死後須磨子さんは江花基金という慈善団体を創設し数十億円という遺産のほとんどを女性や子供たちのために寄付しています。
社会奉仕に尽力されている日本有数の篤志家ですねぇ。
へえ〜…。
しかし表舞台に立つ事はほとんどなくそのために最後の淑女と呼ばれています。
最後の淑女?まあ…嫌ですわ淑女だなんて。
これは失礼。
どうぞ。
恐縮です。
どうも。
ところで夏河先生が自殺ではなかったってそのノートに書いてあるんですか?いえそこまでははっきりとは…。
ただ僕たちなりにノートの内容を読み解こうとしたのですがなかなか難しいものがありまして…。
そうですか。
そこで生前の夏河氏と親交のあったあなたに当時のお話など色々伺えればと思いまして。
わたくしなどお役に立てるような事は…。
何しろもう20年も前の事ですから。
あの…この屋敷の管理人だった矢嶋って人の事を覚えていませんか?矢嶋?ええ。
さあ…。
あまりよく覚えておりません。
実はこのノートその矢嶋さんの娘さんが見つけたんです。
えっ?彼女は父親の矢嶋房夫さんが夏河氏を殺害したと思っているようです。
その彼女のためにも真実を突き止めたいと思っているのですが…。
わかりました。
お力になれるかどうかわかりませんが…。
ありがとうございます。
こちらが寝室です。
あっここですね。
遺体が発見されたのは20年前の11月8日…。
約束のひと月が経っても連絡がない事に痺れを切らしてやって来た編集者が室内に入ったところ…。
(編集者)うわっ臭っ!ああ〜先生何やってるんですか…。
夏河郷士さんが首をつって死んでいるのを発見しました。
缶詰になっていたからとはいえひと月も発見されないものですかね?その夏河さんの死と相前後して管理人の矢嶋房夫さんが失踪したと聞いていますが…。
ええ。
おそらくそのせいで訪ねる人もいなくて誰にも気づかれなかったんだと思います。
そのために他殺の根拠となるものも見つからず死因や正確な死亡日時も特定出来なかったのでしょうね。
ですが警察では自殺と判断されたのでは?ですがもし当時の捜査員がこのノートを発見していたとしたら状況は変わったのではありませんかね?ああ…カイトくん。
はい。
君…あっここ読んでもらえますか?ああはい。
「私はあの男の罪を告発するつもりだ」「そしてあの男は私の決意にすでに気づいている」「だとすれば私を殺しに来るに違いない」「その思いが心に宿ってから私の肌は常にあの男の殺意を敏感に感じとっている」「日常の何気ない瞬間」「譬えば食事の時」「あるいは書きものの合間に外の空気を吸おうと広間へ降りて行こうとした瞬間」「あの男なら毒を盛ることも私の体を突き落とすことも容易いはずだ」これらの描写が仮に事実に基づいたものであれば他殺の状況証拠と考えられます。
つまり夏河郷士は「あの男」に殺される事を予感していてそのとおりに殺害された。
問題は「あの男」の正体です。
矢嶋さんのお嬢さんは父親の矢嶋房夫ではないかと…。
ノートにはそのように書かれているんですか?いえ「あの男」は矢嶋さんだとはっきり示す記述はありません。
ああでも…例えばここなんか…。
「突然玄関の開く音がした」
(ドアの開く音)「あの男がこの家に入ってくる」「ただそれだけで空気は張り詰め同時に濁るように思えてならない」編集者も締め出したこの屋敷に自由に出入り出来たのは管理人の矢嶋房夫ぐらいだったと考えるのが自然ですよね?それとも矢嶋房夫さん以外で例えばサロンのメンバーの中に思い当たる人物はいらっしゃいませんか?さあ…わたくしが覚えている限り夏河先生を恨むような方はいらっしゃいませんでした。
夏河先生はこの奥の書斎を執筆に使われていらっしゃいました。
江花さんは当時もよくここにいらしてたんですか?ええ夫の江花が夏河先生と親しくさせて頂いておりましたのでパーティーなどで何度か…。
じゃあご夫婦ともにサロン慈朝庵のメンバーだったんですね。
サロン慈朝庵…。
確かに当時はそんなふうに気取っておりましたけど。
こちらです。
ここで夏河郷士はこの創作ノートを書いていた…。
あっこれ夏河さんですよね?テニスやってたんだ。
(須磨子)ええ。
近くにテニスコートがあってサロンの方々をお誘いしてよく…。
あっその事について…。
失礼。
はい。
ノートにこのような記述がありました。
「思い出す。
10月の始めあの男とペアを組んだ」「私のささいなミスであの男が怪我をした」
(男性)ああっ!
(男性)ああっ…ううっ…。
その時に夏河郷士と組んだのは?ゲストの人数が合わなくて…。
あっそう管理人さんにも加わって頂いて確か夏河先生とご一緒に…。
その時に矢嶋さんが怪我をしたかどうか覚えていらっしゃいませんか?さあ…そんな事もあったような気は…。
だとするとこのノートに書かれた「あの男」というのはやっぱり矢嶋房夫という事になりますよね?まだ結論を出すのは早いと思いますよ。
ところでこのノートには「あの男」に関してこのような記述もありました。
「私は迷う。
自らの知った事実を公表すべきか」「明らかにすれば傷つく者がいる」「だからといって罪は罪であり許されるべきではない」「あの男の罪は例えるなら杜鵑の罪だ」ホトトギス…?ええこのノートの中に何度か登場します。
あっここも。
ほらここも。
ええ。
どの箇所も「あの男」を例えるために使われているのですがどちらかといえば揶揄し蔑む口調です。
おそらく夏河氏は誰も知らない「あの男」の罪を知りそれを公表すべきかどうか葛藤していたのでしょうねぇ。
だとすると「あの男」は自分が犯したなんらかの罪を夏河郷士に告発されそうになって殺害した…。
でも「杜鵑の罪」…。
意味不明すぎますよね。
小説家の夏河郷士が用いたのですからねぇ。
文学的な比喩でしょうか。
あの声で蜥蜴食らうか時鳥。
はい?あっ…ホトトギスと言えばこんな句があったのを思い出したものですから。
なるほど。
カイトくん。
はい。
ちょっと調べてほしい事があります。
ええっ?
(携帯電話)
(芹沢慶二)おっカイト…。
はいはい?芹沢。
実は犯歴照会してもらいたい男がいるんですけど…。
ええーっ?ダメダメダメ!特命係に手を貸したりしたら後で伊丹先輩に何言われるかわかんないんだから。
嫌ならいいんです。
ただこれ杉下さんのアンテナに引っ掛かってる案件なんで何か出てくると思うんですよ。
気になりません?
(芹沢)「何かって何よ?」何かわかったら芹沢先輩に真っ先に教えます。
名前は?矢嶋房夫。
生年月日昭和31年4月25日生まれ。
おっ前科あるねぇ。
「マジっすか?」「データ俺のスマホに送ってもらえますか?」いいけどさ。
さっきの約束絶対だかんな〜。
もし大きなヤマだったりしたら必ず俺に。
伊丹先輩は抜きで必ず俺に教えてよ。
(伊丹憲一)何を教えるんだ?何をってだから…。
ああーっ!!
(鳥の鳴き声)ひょっとして今のは…。
ホトトギスではないと思います。
ああ…それは残念!ところで先ほど詠まれたのは宝井其角の句でしたよねぇ。
ええ。
あの声で蜥蜴食らうか時鳥。
美しい声で鳴くホトトギスも醜いトカゲや虫を食べている。
転じて人間は見かけによらず穏やかな顔をしていてもその裏にどんな醜い側面が隠されているかわからない。
…という意味だったでしょうか。
杉下さんはなんでもよくご存じですのねぇ。
恐縮です。
杉下さん!ありました。
やはりそうでしたか。
なんですの?矢嶋房夫さんの過去の犯罪記録です。
これによれば矢嶋さんは22歳の時に飲み屋でのケンカに巻き込まれ客の1人を殴り死亡させています。
傷害致死。
判決は懲役4年でしたが模範囚として短い刑期で出所しています。
出所後に結婚してこの慈朝庵の管理人の職に就いています。
ノートに書かれている「あの男」が矢嶋房夫さんを指すのだとすれば隠されていた罪を暴露しようとした夏河氏を殺害する動機にはなりますねぇ。
待ってください。
仮にノートの内容が事実だとしても矢嶋さんが夏河先生を殺害したとは言い切れないはずです。
事実警察では自殺だと…。
それを今から確かめてみようと思います。
何を始めるおつもりですか?もし仮に何者かが夏河郷士さんを殺害したあと自殺に偽装したのだとすれば問題はどうやって遺体を引き上げたかです。
カイトくんお願いします。
はい。
ああっ…。
上がりません。
どうもありがとう。
実はこの部屋に最初に入った時に違和感を感じましてねぇ。
あれあの絵なんですがね…。
この絵。
ここに掛けるには大きすぎてバランスを欠いています。
このサイズの大きさの絵ならば…そうあそこ。
この壁に掛ける方がしっくりきます。
しかもかすかですが壁紙に焼けていない跡とフックの跡が残っています。
いきなり絵がどうしたというんでしょうか?20年前何者かがここに掛けてあった絵をあちら側に移す必要があったのでしょうねぇ。
しかも必要だったのは絵ではありません。
カイトくん。
はい。
お願いします。
はい。
あっ…。
上がりましたね。
自殺ならばこんな手間をかける必要はありません。
これで夏河郷士さんの首つりが偽装だった可能性が出てきたわけですよ。
そんな…まさか本当に矢嶋さんが…。
あっ…ひょっとして夏河さんは矢嶋さんの過去を知ってそれを小説に書こうとしたんじゃありませんかねぇ?ここからは僕の想像です。
夏河郷士という作家は自らが見聞きした事を小説に書く事で鳴らした人物です。
その彼が自らの屋敷の管理人の隠された秘密を知り…。
その苦悩や心情を小説の題材にしようとした。
(矢嶋房夫)ついカッとなってしまいまして…。
しかし矢嶋さんがそれを拒絶したため…。
(夏河郷士)おい!お前何様だと思ってんだおい。
傷害致死で服役した過去を隠し管理人の職を得た矢嶋さんの事を叱責しあるいはサロンのメンバーや家族に彼の罪を明かすと脅した。
それに耐えきれなくなった矢嶋房夫は夏河郷士を…。
もし仮に矢嶋さんが夏河先生を殺したのだとしてももう罪には…。
仮に殺人だとしても20年前に起きた場合当時の公訴時効は15年。
2008年に時効が成立しています。
でしたらこれ以上何を調べる事があるというんですか?矢嶋さんが過去に罪を犯した事や20年前夏河先生を手にかけたかもしれない事も小百合さんには関係ないはずです。
矢嶋さんのお嬢さんの名前をよく覚えておいででしたね。
ああ…それは…。
やはりあなたは矢嶋房夫さんばかりではなく娘の小百合さんとも知己があったんですね。
これでようやく合点がいきました。
何がでしょう?あなたが僕たちに協力してくださる理由です。
最初にお目にかかった時僕たちは生前の夏河郷士さんについて教えてほしいとお願いしました。
しかし…。
わたくしなどお役に立てるような事は…。
何しろもう20年も前の事ですから。
そう言って断ろうとしたあなたが…。
実はこのノートその矢嶋さんの娘さんが見つけたんです。
えっ?矢嶋小百合さんが関わっていると知るや…。
わかりました。
お力になれるかどうかわかりませんが…。
僕たちに付き合う事を選んだ。
小百合さんとはどういう…?あの頃の彼女はまるで天使のようでした。
(小百合)小百合が捨ててくる。
(矢嶋広江)ああありがとう。
(広江)あっ小百合そっちじゃない!
(須磨子の声)わたくしだけではありませんわ。
あの頃サロンに出入りをしていた人たち全員にとって…。
特にわたくしはあの頃夫を突然亡くしたばかりで…。
あの子の無垢な笑顔にどれだけ癒やされた事か…。
ひょっとしてこのサロンには甲斐峯秋もいたんじゃありませんか?あなた峯秋さんの?ええ。
警察庁次長甲斐峯秋氏の息子です。
やっぱり…。
甲斐って聞いた時もしかしてと思っておりました。
だからあの人は矢嶋小百合さんに…。
杉下さん甲斐さんお願い致します。
小百合さんには矢嶋さんの過去や20年前に起きた事をどうか伝えないで頂けませんか?お願い致します。
どうするつもりです?どうするとは矢嶋小百合さんに真相を伝えるかどうかという事でしょうか?ええ。
彼女はこう言っていました。
ずっと会いたいって思ってました。
万が一父が殺人を犯していたとしても…。
事件が明らかになれば父親が見つかるかもしれない。
そういう期待と覚悟があったからこそ彼女はあのような依頼をしてきたのではありませんかねぇ。
ええ。
じゃあこっちも覚悟を決めないとダメですね。
父の事で何かわかったんでしょうか?どうやらお父様はあなたやお母様にある隠し事をされていたようです。
隠し事?ええ。
もしかして傷害致死で服役していた事じゃないでしょうか?知ってたんですか?ちなみにその事はお父様が失踪される前から?はい。
母はもちろんお世話になった夏河先生やサロンの人たちにも父は包み隠さず話していたそうです。
どういう事ですかね?申し訳ありません。
また出直します。
カイトくん。
はい。
失礼します。
矢嶋房夫にとって傷害致死で服役してた事は隠さなきゃいけない秘密じゃなかったって事ですよね。
ええ。
僕とした事がうかつでした。
手掛かりは既に十分目の前にあったんです。
(チャイム)まだこちらにいらしたのですね。
よかった。
(須磨子)何かまだご用でしょうか?財団の方に伺いました。
須磨子さんはこちらでお仕事をされる事もあると。
ええ。
今も事務の仕事を少しばかり…。
よろしければそちらのお部屋を拝見出来ませんでしょうか?はぁ〜。
こちらも素敵なお部屋ですね。
夏河先生ご存命の頃はサロンにお見えになった方々の客間に使っておりました。
では須磨子さんも当時はこの部屋を使われていたわけですね。
ええ。
それより一体何か?実はつい先ほど矢嶋小百合さんに会って確認しました。
矢嶋房夫さんが服役していた事は家族もサロンの皆さんも周知の事実でした。
まああれほどお願いしたのに…。
それに関してはお詫び致します。
ですがそれによって矢嶋さんが夏河さんを殺害したという前提が崩れてしまいました。
僕たちはこのノートに書かれている内容に従って20年前に何が起こったのかを読み解こうとしましたがその際大きな勘違いをしていたようです。
冷静に考えればどうにも納得のいかない記述がこのノートの中には何か所かありました。
例えば…。
「あるいは書きものの合間に外の空気を吸おうと広間へ降りて行こうとした瞬間」…。
「広間へ降りて行こうとした」という事は書き物は2階でしていたという事になります。
しかし書斎は1階。
妙ですねぇ。
それからもうひとつ。
あの男の殺意に触れた部分に解せない記述がありました。
カイトくん。
「あの男なら毒を盛ることも私の体を突き落とすことも容易いはずだ」写真で見る限り夏河郷士さんは背が高く体格も立派でした。
それに対して「あの男」矢嶋房夫さんが体格で夏河さんに勝るとは考えにくいんです。
確かに妙ですわね。
このノートの書かれた場所が1階の書斎ではなく2階であった事。
ノートの中の「私」という人物が夏河氏だとは考えにくい事。
それら2点に気づいた時ある仮説が生まれました。
どんな仮説です?夏河郷士は「私」ではなく「あの男」だった。
まあ〜。
杉下さん刑事さんにしては随分突飛な発想をなさるんですのね。
ですが「あの男」は矢嶋房夫さんではなく夏河郷士だと仮定して読み返せば他の矛盾した記述にも納得がいくんですよ。
例えばノートの中に書かれている「突然玄関の開く音がした。
あの男がこの家に入ってくる」それのどこが矛盾なんでしょう?ここは夏河氏の自宅です。
いくら管理人といえども突然玄関を開けたりはしないでしょう。
普通の感覚ならばチャイムを鳴らしますよ。
しかし…。
家主の夏河氏ならばチャイムなど鳴らさずいきなり入ってきたとしても不思議はありません。
ですが矢嶋さんが私だったなんてそんな根拠はどこにもないと思いますけど。
私は矢嶋房夫さんだとはひと言も言ってませんよ。
20年前にこの部屋を使っていたとあなたは先ほど言いましたねぇ。
おそらくこのノートを書いた「私」という人物もこの部屋で夏河郷士の犯した罪を告発すべきかどうか葛藤していたのでしょう。
「私はあの男の罪を告発するつもりだ」「そしてあの男は私の決意にすでに気づいている」「だとすれば」…。
(須磨子)《私を殺しに来るに違いない》いい加減にして!最後の淑女と呼ばれているあなたらしくもない。
これでもまだお認めになりませんか?当たり前です。
第一どこにそんな証拠が?では…。
このカレンダーの文字を見てください。
ノートに書かれている字とそっくりなんです。
特に「の」や「を」の平仮名の癖が一緒なんですよ。
これを見てこのノートが夏河さんが書いたものだと誤解してしまったんです。
しかし解明のヒントはこの中にありました。
「思い出す。
10月の始めあの男とペアを組んだ」「私のささいなミスであの男が怪我をした」あっ…ああ…。
自分のミスで夏河さんが怪我をしてしまった事に責任を感じたあなたは日常生活に不自由をしていた夏河氏に代わり…。
(須磨子)矢嶋さんにお買い物をお願いしますけど何か?スコッチが切れてたかなぁ…。
それとワープロの感熱紙インクかな。
はい。
つまりノートの中の「私」は江花須磨子さんあなた。
そして私を殺そうとしていた「あの男」が夏河郷士だった。
万が一そうだとしてもその「私」が何を告発しようとしていたのかおわかりなんですか?杜鵑です。
「あの男の罪は例えるなら杜鵑の罪だ」書いたあなたにはその真の意味がよくわかっていました。
ですがそれにもかかわらず…。
あの声で蜥蜴食らうか時鳥。
それが矢嶋さんがかつて犯した傷害致死の罪であるかのように我々を誘導しました。
あなたが最後の淑女の仮面をかぶり続けて隠しておきたかったのはその杜鵑の罪。
違いますか?杜鵑の習性で最もよく知られているのは托卵です。
自らの卵をウグイスなどの小さな巣に残し卵や雛の面倒を見させる。
鳥ならば習性ですみますが人がこれを行えば非道であり紛れもない罪です。
あなたにはそれが耐えられなかった。
江花さん。
もう本当の事を話してもらえませんか?あの男が犯したのは決して許されない罪だったわ。
やめてください。
(須磨子の声)前科のある矢嶋さんを雇った見返りにと奥さんの広江さんに強引に関係を迫っていたの。
小百合さんの出生に関してはどうして?あの男は自分から口にしたわ。
それもまるで自慢話でもするかのように…。
矢嶋みたいな男の子孫を残すくらいなら私の優秀な遺伝子を残した方がよっぽど世界のためになる。
須磨子くんなら当然理解してくれるよね?絶対に許せない…そう思った。
その思いをこのノートに書き連ねたわけですね。
心の中に抱えておく事がどうしても耐えられなくて…。
それより杉下さんはどうして小百合ちゃんが…。
もちろん最初から疑っていたわけではありません。
ただここに来て夏河氏の写真を見た時に小百合さんにとてもよく似ているのに気づきました耳の形が。
そう…。
もう結構。
夏河郷士…。
あの男を殺したのはわたくしよ。
俺があの女に子供を産ませた事をあんたが妙な正義感で告発しようとしてる事ぐらいお見通しだ。
どうしてそんなひどい事をなさったんですか?ああ?それを言うならあんたの死んだ亭主に言えよ。
えっ?矢嶋の女房に最初に手を出したのはあんたの亭主だ。
「管理人の仕事を辞めさせられたくなければ言う事を聞け。
そう脅せば言いなりに出来る」そう教えてくれたのは天下の江花幸彦さんだったんだよ。
まさか…嘘よ!
(笑い声)確かめたきゃサロンの他の男どもに聞きゃあいい。
みんな同じ穴のムジナなんだからな。
(笑い声)あっ…!
(ため息)気がついた時あの男は既に…。
自殺の偽装を手伝ったのが矢嶋さんだったわけですね。
ええ。
(須磨子)あ…私なんて事を…。
(泣き声)ひょっとして小百合の事が…。
(須磨子)えっ…知ってたの?知っていて知らないふりをしていました。
わたくしが警察に自首をすると言ったら矢嶋さんが…。
お願いです。
やめてください。
小百合のためにも…。
えっ?
(須磨子の声)わたくしが自首をすれば事実が小百合ちゃんに知れてしまう。
それだけは避けたくて…。
そして矢嶋さんは姿を消したのですね。
ええ…。
(矢嶋)これ以上広江や小百合と家族でいる事は出来ません。
(須磨子)でも矢嶋さんがいなくなったら…。
(矢嶋)私は何があったかここで何が起きたか絶対に生涯口にはしません。
ですから広江と小百合を私の代わりに守ってやってください。
お願いです!わかりました。
何があっても小百合ちゃんたちはわたくしが守ります。
矢嶋さんとはその後…。
一度だけお手紙が…。
「自分を知る人のいない町で静かに暮らしている」とだけ書かれていたわ。
たとえ時効でも罪は罪でしょ?確かに殺人を自供された以上聴取は必要です。
あの頃の峯秋さんと同じ。
はい?真っすぐな目ね。
その目で見据えられたから本当の事を話さなくては…。
そう思えたのかもしれない。
でも誤解しないでね。
このサロンは気取り澄ました俗物たちの集まりだったけどあなたのお父様だけは違ったわ。
何よりわたくしが唯一信頼出来る殿方でしたから。
ひょっとして矢嶋広江さん小百合さん親子に長年援助をしてきたのは須磨子さんあなたご自身で甲斐次長は名前を貸していただけだった…。
そうですね?あの人に聞いても何もおっしゃらないと思うけど。
そういう約束ですから。
あっ…最後にひとつだけよろしいでしょうか?あなたが亡くなったご主人から相続した遺産のほとんどを女性や子供たちのために使われたのはひょっとしてご主人への…。
そう復讐よ。
そしてこの腐ったサロンの男どもへの…。
最後の淑女は仮面だっておっしゃったわよね。
申し訳ありません言葉が過ぎたようで。
いいえ。
ずっと外したかったの。
ありがとう。
恐縮です。
どうも。
どうも。
あとの事はお願いします。
はいはい。
えーっと…。
江花須磨子さん。
はい。
とりあえず警視庁でお話を。
どうぞ。
復讐だけであれほどの慈善事業が出来るとは思えませんがねぇ。
ええ…。
あれ?あの車…。
もういい。
出てくれたまえ。
さあ俺たちも行きましょうか。
(鳥の鳴き声)2015/11/07(土) 12:00〜14:50
ABCテレビ1
相棒 season12[再][解][字]
▽「右京の腕時計」
▽「目撃証言」
▽「最後の淑女」
詳細情報
◇番組内容1
水谷豊&成宮寛貴の相棒!右京(水谷豊)の機械式腕時計がどうやら狂ってしまったようだ。馴染みの公認高級時計師(CMW)のもとへ享(成宮寛貴)と向かうのだが…。
◇出演者1
水谷豊、成宮寛貴
川原和久、山中崇史、六角精児、山西惇
【ゲスト】
篠田三郎、井上純一
◇番組内容2
3年前のひき逃げで目撃証言をした男が殺された!容疑者は4人! 取り調べ刑事! 実刑をくらった男! ひき逃げ被害者遺族! そして逃げた恋人!
◇出演者2
水谷豊、成宮寛貴、鈴木杏樹
川原和久、山中崇史、六角精児、山西惇、小野了、片桐竜次
【ゲスト】
小松和重、井田國彦
◇番組内容3
ゲストに岩下志麻を迎えた特別な相棒! 20年前、サロンと呼ばれた文豪の邸宅で一体何があったのか!?右京と享が徹底追及する!
◇出演者3
水谷豊、成宮寛貴、石坂浩二
川原和久、山中崇史、六角精児、山西惇
【ゲスト】
岩下志麻
ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ
福祉 – 文字(字幕)
福祉 – 音声解説
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
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日本語
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2/0モード(ステレオ)
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