あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県名取市 丹野明子さん」 2015.11.09


認知症の当事者や家族が自分たちだけで抱え込まない事ですね。
探せば気軽に話せる場所ってあるんですね。
はい。

(テーマ音楽)宮城県名取市の丹野明子さんは小学1年生の娘を迎えに来た学校で津波に襲われました。
あの日海から2キロ離れた閖上小学校は震度6強の地震に見舞われます。
揺れが収まった時すぐに教師の指示が聞こえました。
丹野さんは子どもを抱えて外階段から3階に上がり子どもと一緒に教室に入りました。
学校には保護者や地域住民が続々と避難してきました。
子どもの引き渡しを求める保護者もいましたが学校長は大津波警報が出ている事を理由に引き渡しには応じませんでした。
津波の到達時刻は3時20分ごろとされていました。
しかしその時刻を過ぎても津波は来ません。
保護者からの引き渡し要求は次第に強硬になりついに学校長は子どもたちを体育館へ移動させて引き渡しの準備をするように指示します。
3時45分ごろ丹野さんは一番最後に体育館に入ります。
教師児童保護者合わせて400人ほどが体育館に集まっていました。
学校から海までの距離は2キロ。
その時津波は既に閖上港に到達していました。
津波は家や車を押し流しながら瞬く間に学校に迫ります。
それを目撃した人が体育館に駆け込んで叫びました。
丹野さんはすぐに外に出ようとします。
しかし入り口には人が殺到していました。
ガシッて…。
津波がついに学校を襲います。
丹野さんは娘を抱えて体育館横の非常階段を駆け上がりました。
その時津波がゆっくりと校庭に流れ込んできました。
行って1回…体育館にいた400人ほどの人々はギリギリで津波から逃げきる事ができました。
丹野さんは校庭の津波を見て思います。
2015/11/09(月) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県名取市 丹野明子さん」[字]

東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県名取市の丹野明子さんは、子どもを引き取るために集まっていた体育館で津波に襲われ、パニックになり必死に校舎に駆け上がった。

詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県名取市の丹野明子さんは、子どもを引き取るために集まっていた体育館で津波に襲われ、パニックになり必死に校舎に駆け上がった。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

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