多くの人が「人生の計画は具体的に建てなければいけない」「自分のやりたいことを早いうちに見つけておくべき」と考えている。また、それに従っていくことが成功に必要だと思っているだろう。
しかし、そうしたあらかじめ決められたことは、人生の戦略として必ずしも役立つとはいえない。
人は常に「意図的戦略」と「創造的戦略」を選択しながら生きており、偶然や幸運を受け入れていくことも大きな意味があり、豊かな人生のために必要だという。
今回もハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・M・クリステンセン教授の著書「イノベーション・オブ・ライフ」を紹介する。この本は人生をよりよく過ごすための「理論」を教えてくれる本である。
なお、以下の記事はイノベーション・オブ・ライフの他の内容を説明したものである。読まなくても今回の内容は理解できるようになっているが、もし読んでいてだけるとより理解が深まると思う。
偶然を意図に変える戦略
アメリカとホンダのスーパーカブ
二輪車では、販売台数、売上規模ともに世界首位である本田技研工業(以下ホンダ)は、1960年代アメリカで大型バイクを売ろうとしていたが、当初売り上げは好ましいものではなかった。
当時は、他社のオートバイと比べると見劣りするし、長時間にわたって高速で走行すると、オイル漏れを起こすこともあった。
このように、当時のアメリカでのホンダは資金を枯渇させながらも、最初に構想した戦略をとり続けていた。
ホンダは売るつもりはなかったが「スーパーカブHonda | バイク | スーパーカブ50/スーパーカブ110」という小型バイクをアメリカに持ってきていた。
これはあくまでアメリカにいるホンダの社員が、自分たちのために移動手段として持ち込んだものであり、もちろん売るつもりなどない。
このスーパーカブは日本で配達などに使われていて、細い道を通ったりするのに重宝されていたバイクで、おそらく多くの人に知られている。
ホンダの社員は気分転換もかねて、スーパーカブで丘陵地帯を走った。これが楽しく、同僚も誘って一緒に走り回った。
それを見ていた人たちが「そのバイクはどこで買えるの?」と聞いてきたが、「これは売っていないんだ」と断っていた。しかしあまりにも欲しがるので、日本からスーパーカブを取り寄せるようになった。
そのうち、それを取り扱わせて欲しいという企業も現れた。
ホンダは策定した戦略から逸れることを嫌い、その申し出を好ましく思わなかったが、間違いなくスーパーカブは売り上げを生み出しつつあった。
確かに戦略には一貫性が必要となる場面はあるが、ホンダの経営陣は状況を正しく理解し、小型バイク戦略を正式に採用すべきだという結論をくだした。
これによってホンダは新しい娯楽を生み出し、多くの利益を得た。また、「電動工具店やスポーツ用品店を通じて販売するという、ホンダの大あたりした戦略が生まれたのだ。*1」
意図的戦略と創造的戦略
以上のことから、戦略には2種類あるということができる。1つは「意図的戦略」、もう1つは「創造的戦略」である。
意図的戦略は、ホンダが大型バイクを売ると決めていたように、あらかじめ予期していて意図的に建てた戦略のことである。
創造的戦略は、ホンダが小型バイクを売ると決めたように、意図的な戦略を推進しているときに、予期せぬ機会によって下される戦略のことをいう。
ホンダは「大型バイクが売れない」「小型バイクが思いのほか売れる」という予期せぬ機会を受けて、新たな戦略を策定した。
こうした予期せぬ機会は、言い換えれば「偶然」や「幸運」だ。予期せぬ機会をもとに創造的戦略を策定したとき、「偶然を意図に変えた」ということができるのではないだろうか。
創造的戦略は人生にどう生かせるか
以上の企業の事例は、私たちの人生に関してはどのように生かせるのだろうか。
人は「人生をこう生きよう」と予想や計画をしているが、その通りに行くことはめったにない。
ホンダのような一流企業でさえ予定通りにはいかないのだから、個人の人生もそうであると考えるのは難しいことではないだろう。
私たちは創造的戦略から「人生は計画通りにいかなくてもいい、むしろそうした予期せぬ機会が大きな成功を生み出すこともある」ということを学ぶことができる。
本書では、人は常に「意図的戦略」と「創造的戦略」を選択肢ながら生きており、どちらかが優れているということはないと述べている。
また、企業においても同じように両者が繰り返され、思いがけない勝利の戦略は創造的戦略から生み出されるという。企業も常に計画通りに行動し、利益をあげているというわけではないのだ。
肝心なのは、外へ出ていろんなものごとを試しながら、自分の能力と関心、優先事項が実を結びそうな分野を、身をもって知ることだ。本当にやりたいことが見つかったら、そのときが創発的戦略から意図的戦略に移行するタイミングだ(同上 p.55)。
怖いのは「人生の窓」を閉ざすこと
怖いのは、上手くいっていないときに偶然や幸運を拒絶してしまうことだ。
ホンダも最初はスーパーカブを売ることを渋ったように、上手くいかないときに方向転換することに違和感を覚える人はいる。
最終的に考えて、方向転換をしないと決めるのならいいが、考えもせずにそうしたものを受け入れないという状態に陥ってしまうことも少なくはない。
そうならないためにも、創造的戦略という存在を知っておくことが大切だろう。
「予期せぬ機会にもとづく創造的戦略を受け入れて、もしそれが自分にとってよいものであれば、それを意図的戦略に変える」という生き方も有効である。
このことを知っておくだけで、人生の選択肢は大きく広がる。
本書では「自分のキャリアについてまだ考えがまとまらないうちは、人生の窓を開け放しておこう*2」と述べている。
まとめ:人生は計画通りにいかなくてもいい
- ホンダは予期せぬ機会から利益を生み出した
- 企業ですらそうなのだから、人生が計画通りにいくことはあまりない
- 意図的戦略とは逆に、予期せぬ機会から生まれた戦略を創造的戦略といい、これも非常に有効である
- 人生が計画通りにいかなくても偶然や幸運を受け入れて、それをもとに行動していくと「意外とよい」ことがある
- 創造的戦略で成果が出せるのであれば、それを意図的戦略に変えていけばいい
- 上手くいかないときは「人生の窓」を開け放しておく
人生の計画をしなくてもいいという話をしているのではないし、計画通りにいくことを否定しているわけでもない。
計画通りにいかなくても、そのときに起きた偶然や幸運によって成功を収められるということが、本書の言いたいことだろう。
あらかじめ決めたことから逸れていくのは勇気のいることかもしれないが、偶然を意図に変える戦略は豊かな人生を送るうえで重要なものだといえる。
自分を変えることは難しいものだし、いましていることをそのまま続けるほうが簡単な気がする。だがこの考え方は危険だ。問題に向き合うのを先延ばしにしていると、何年も経ったある朝、鏡の中の自分を見て、こう思うことになる。「わたしはいったい何をしているんだろう?」*3
関連記事(イノベーション・オブ・ライフ)
お金だけでは幸せになれない。とある理論が教えてくれること